亜門菜都美の修羅場LOVE:キツネ面の女
空を見上げれば月は出ているが、ぶ厚い雲がそれを覆い隠していた。
男達の視界には、ただ薄暗い夜空だけが見えている。
時折吹く風に、倉庫のシャッターが押されて軋む音だけが聞こえてきた。
もう夜中だと言うのに、広大な敷地を有する埠頭の倉庫群の前には、多数の高級車が停まっている。
カツ、カツ、とコンクリートを叩く硬質なヒールの音が、静かな夜の闇の中に響き渡ってゆく。
ヒールの主はと視線を上げれば、黒革に赤と金で火炎の模様が施された太腿まで届く程のロングブーツが目に入った。
更に視線を上げてゆけば、赤の薄いストッキングに包まれた細すぎない魅惑的な太腿が垣間見える。
密かに周囲を取り囲んでいる男達は、その魅力的な太腿に視線を集めていた。
その官能的な肢体を目にして、男達の中にはゴクリとあからさまに喉を鳴らす者もいる。
そんな男達の存在に気付いていないのか、そのまま近付いてくる黒いロングブーツの女
タイトな黒革のミニスカートは正面から見て左右が非対称にカットされ、前から見て左側がやや長く、ラフに末端処理をされていた。
そして、両サイドにはブーツと同じく炎の意匠も施されている。
一陣の風に煽られて、黒を基調とした革のロングコートの真っ赤な裏地がふわりと翻えって、鮮烈な印象を男達に与える。
そして張りのある腰からくびれたウェストにかけてのラインを覆う、編み込みのショートレングスな革のボディスーツと金属製の胸当て。
そこから覗く素肌の陰影が艶めかしい。
突然咳き込むようなセルモーターの音と共に、駐車していた車のエンジンが始動する音がした。
空吹かしの排気音がロングブーツの女を威嚇するように唸る。
タイヤのスキッド音と共に突然駐車区画から飛び出した黒のワゴン車が、彼女の退路を断つように塞いで急停車する。
それでも構わず、彼女は左右に停められた高級車の間を悠然と歩いて来る。
「引っかかったな!」
夜の闇の中に、男の勝ち誇ったような声が響く。
「お前が何者なのか仮面を外して、ゆっくりと拝ませてもらうぞ!」
「その後は、擦りきれるまで犯りまくってやるぜ!」
別の方向からも罠に相手を嵌めた事を確信したのか、勝ち誇ったような男の声がした。
キツネを無機質にデフォルメした不気味な白い仮面が、薄暗い中に一瞬だけ姿を現した月の光を反射して姿を現して、再び闇の中に沈んでゆく。
その掛け声が合図だったのか、わらわらと駐車していた車の陰から次々と粗暴そうな男達が湧き出してきた。
彼女を遠巻きに取り囲む男達の総勢は100名程いるだろうか、それぞれが手に手に鉄パイプや金属バット、スタンガンや大型のナイフ、更にはボウガンなどの凶器を手にしている。
「現れたのが女一人とはな、俺たち蛇毒牙を虚仮にしてくれたもんだ…… 」
一人の男が呆れたように、彼女を見て言った。
「女一人で奇冥羅を潰せる訳が無いだろう。 隠れて様子を見ているなら出て来い! この女を壊されたくなければなっ!」
リーダーらしい粗暴そうな男が大声で周囲の暗闇に向かって吼え、再び彼女の方に顔を戻す。
しかし彼女は嘲りを込めた呼び掛けに一言も答えず、男達が持っている武器の中でも鉄パイプだけを一瞥して視線を戻し、歩みを止める様子もない。
「ふははっ、これだけの人数にビビって出て来られないか?、俺たち蛇毒牙を甘く見過ぎていたようだな!」
男の威嚇を気にする様子も無く静かに近付いてくる彼女が、路上に停められている黒塗りの高級車や高級ワゴン車の間を通り過ぎる時に、ポツリと呟いた。
「期待を裏切って悪いけど、私一人よ」
それだけ言うと、彼女は左手を胸の高さまで上げてパチリと指を鳴らした。
僅かなタイムラグの後、彼女の背後に停まっていた二台の車両が突然地面から吹き出した紅蓮の炎に吹き飛ばされて高く舞い上がり、次に落下してグシャリと潰れ炎に包まれる。
吹き上げ続ける二本の炎の柱は、暗闇の中で辺りにあるものを残らず照しだす照明のようなものだ。
闇夜を照らす地獄の業火にも似た、二本の炎の柱。
その光の反射に照らされて、チタンの鈍い輝きに金と赤のラインで炎の装飾が為された金属製の胸当てが闇夜に鈍く光る。
「一人残らず、死んで貰うわ」
無機質なキツネの白い仮面がそう言うと、今度は右手の杖を小さく振るった。
断罪の矢!
突如、天より振ってきた槍程もある炎の矢がリーダーらしき男を上から串刺しにして、地面に縫い付ける。
赤熱する矢に焼かれて黒い煙を上げて燻っていた男は、やがて激しい炎に包まれ、黒く炭化して崩れ落ちていった。
それを目の当たりにして、一斉に男達から威勢の良さが消えて後ずさる。
「逃げられないのは、そっちの方だったようね」
彼女を取り囲んだ男達を取り囲むように、激しく燃えさかる炎の壁が覆い尽くして行く。
その明るさに照らされて、仮面に開けられたスリット状の左目と、その下に描かれた青い涙マークがキラリと光ったように見えた。
しかし、無機質で無表情な仮面の下の素顔は、誰にも窺い知る事は出来ない。




