008:ゲーム内拉致監禁・人質事件
俺は加速スキルを自身に掛けると、モンスターの群れに最弱であるLv.1の火炎弾を落として、その群れ全体を挑発した。
右に左に移動して動き回っているうちに、追いかけてくるモンスターの中でも動きの速いものと遅いもので列が形成され始める。
「3連ファイアーウォール」
メインとモンスターとの間に大きな炎の壁が3列出現するが、止まりきれないモンスターは炎の壁に向かって突っ込んでは全身を炎に焼き尽くされ、壁の外へとはじき出されて行く。
火属性に耐性を持つ何種かのモンスターは、大きなダメージも受けずに壁を突破して俺に向かってくる。
「サンダーマシンガン!!」
雷属性の玉(球電)を無詠唱で連打すると、当たった物を弾き飛ばすノックバック特性により、向かってくるモンスターは雷属性のダメージを受けながら後ろに連続して吹き飛ばされて行った。
魔法発動後の硬直時間が設定されてい無いサンダーボールを詠唱時間が無いに等しいLv.1で連続して使うと、マシンガンのように連発できる事を発見したのは当然俺では無い。
この一見派手な魔法は、詠唱時間を短縮するアイテムを持っている雷氷系の魔法使いにとっては殲滅までに何発も連続しての発動が必要で、トータルの殲滅時間が掛かるため実戦で使うものは少ないのだ。
他のモンスターが居ないような1対1の条件でしか使い道が無いような遊びスキルではあるが、しかし見た目の派手さかと属性相性の良い水属性のモンスターには絶大な威力を発揮する為に、魔法使いなら一度はやってみたいスキルでもある。
何故、俺が狩り場でそんな遊び半分のような危険なことをするのか疑問を持つ人が居るかもしれないが、決して此処はレベルの低い狩り場では無い。
その上、いくら高性能の物理ダメージ軽減アイテムを身に纏っていたとしても、魔法使いの低い基本物理防御力と低い体力では中位・低位クラスのモンスターであっても無事では済まないはずである。
全てのモンスターを片付けてしまうと、俺の後ろから長い胴体を持った大きな蛇が、ズルリと地を這いながら近づいてきた。
蛇と言ってもそれは20mを超える長さとバスのように太い胴体を持っていて、蛇と表現するのも可笑しな話だが種族は蛇族でありウツボのような凶悪な顔をした頭に、数本の鋭角な角が突き出している。
俺が待っていた青マンダと呼ばれる、このエリアのボスモンスターが登場したのだった。
その鱗は竜族に次いで固く、魔法防御力も高いために防具を作る為のレアアイテムとしても有名だ。
その口から飛ばす毒液は最上級のミスリル金属で出来た鎧すらも腐食させると言われるだけに、要注意である。
俺はそれに気付くと光学透過結界を身に纏い、姿を隠してその場から移動した。
マンダはピット器官と呼ばれる熱線感知機能を持ち、ヤコブソン器官と呼ばれる嗅覚感知機能も口内に持っているので、ただの光学透過では逃げることはできない。
しかし、ボスマンダは俺の姿を見失ったかのように二つに割れた舌を動かしながら辺りを見回している。
次の瞬間、ボスマンダの下にある地面に巨大な魔方陣が展開されると一気に地面が泥沼化しマンダを飲み込み、行動の自由を阻害した。
続けてマンダの目に二本の雷の矢がそれぞれ10本ずつ連続して突き刺さり目を黒く焦がしたかと思うと、続けて風の刃が奔り、その口から飛び出してチロチロと小刻みに動いていた先端が二本に割れた舌を切り落とす。
既に地面は石のように硬化していて、ボスマンダは逃げることも出来ずに苦痛から逃れようと石化した地面を割り飛ばして暴れている。
苦し紛れに大きく開いた大きな口に、今度は暴風とも呼ぶべき猛烈な突風が吹き込んだ!。
開いた口を閉じることもできず、一気に口の中に空気の塊が吹き込み風圧でボスマンダの腹がボコっと膨らむ。
その大きく開いた口に向かって今度は青白い高熱の炎の玉が何発も降り注ぎ、マンダの腹の中を灼熱の炎が焼き尽してゆく。
肉が焼け焦げるような臭いがして、ボスマンダは轟と地に倒れ伏した。
次の瞬間には周囲に再び湧き出したモンスターの群れを包むように、巨大な二つの魔方陣が重なり合って展開される。
二つの魔法陣が展開されると同時に猛烈な吹雪が舞い、天からは無数の雷と巨大な氷片が豪雨のように降り注いで、大量のモンスターを巻き込んで荒れ狂う。
その二つの魔方陣の中に存在する生き物はすべて焼き尽くされ同時に叩き潰されて行った。
ロードオブバーミリオンとアイスストームの二つの魔方陣の範囲から逃げ延びたモンスターを、地面から唐突に筍のように飛び出した巨大な石の突起が次々に貫いて行くと、やがてその場に生きて動く物は無くなってしまった。
光学透過結界を解除して姿を現した俺は、巨大なボスマンダの太い胴体の上によじ登ると其処に腰を下ろして、深くため息を吐いた。
「なんか、もう狩り尽くしちゃったなあ」
ログアウト不能になってゲーム内に閉じ込められてから、もう実時間の4倍で推移するゲーム内時間では2年近い月日が経過している。
おそらく現実世界での実時間では半年程が経過している事になるのだろう。
狩り場にも街中にも人の姿は殆ど無い。
ゲーム内に残っているのは100名程のログアウト不能者だけである。
現在俺たちが閉じ込められているゲームサーバーはメンテナンスでの中断も無く稼働しているが、俺たち以外の一般人のプレイヤーはゲームへのログオンが規制されていて、此処には立ち入る事ができないようになっていると、運営会社からゲーム内の俺たちにも告知があった。
VRネットカフェでゲームをやっていた人達は、意外に素早い運営会社の動きで応急措置がとられ、栄養補給と排泄用の機器を体に取り付けられた大半の人達は現実世界でも生き延びることが出来ていた。
残念なことに1日4時間までという法的な連続接続時間の制限があると言うのに、自宅にダイブ装置を設置してまで引きこもっていたような人は事件発生から数日後に衰弱死して発見されたらしい。
他所のVRネットカフェでは、連絡を受けて駆けつけた事情を知らない被害者の家族によってダイブ装置を強制的に取り外されると言う事故も発生して、そんな人達は意識を取り戻すこと無く植物人間となり数日後には死亡したとも聞いている。
あの日、ゲーム内での異常を察知した運営会社スタッフによって、即座に全員へのログアウトが呼びかけられた。
しかしログアウト不能者の数が、ログインしている多くのプレイヤーの中の100人にも満たない少数だけである事が判明すると、続く被害の拡大を阻止するためにログアウト出来たプレイヤーが再度のログインを出来ないような特別措置が為されたと言う事だ。
そのために、このゲーム内世界はあの日以来ログオンして来る者すら居ない、過疎の世界となっている。
ここには俺を含む生き残りの50数名の人間が操るアバターと、NPCやモンスターだけがいつも通りに変わらず動いているだけである。
まるでMMOの名に相応しくない、人の気配が希薄な忘れ去られた世界のように成り果てていたのが、事件が起きてからの「ソード&マジックOnline VR」の世界なのだ。
ゲームサーバーとの物理的なネットワーク接続を切ることは、決して意識が戻ることの無い脳死を意味していた。
俺たちのようなログアウト不能者たちは、VRネットカフェに設置されたダイブ装置から物理的な接続を切る訳にはいかない。
最初は時間制限を気にせずゲームが出来る事に喜んでいた猛者(廃人)も居たのだが、そう思えていたのはログアウト不能から数日の間だけだった。
やがて何時ものようにボス狩りに出たお気楽なパーティの数名が逆にボスモンスターに殺られ、ダイブ装置の中でも同時に脳が活動を停止して死亡したという事が運営側から知らされ事になったのである。
対策が決まるまでは安全確保の為に街から出ないように告知がされて、俺たちは何も出来ずに街に閉じ込められる事となった。
現実世界では俺たちゲーム内拉致監禁被害者のために、ダイブ装置に身を委ねた姿勢のまま栄養補給のための点滴や各種検知装置のケーブルが体に取り付けられた事を、エリクサー社からのゲーム内告知によって後から知った。
それを聞いた時には、自分の身の安全が確保された事に被害者全員が一様に安心していたのだが、生きるためには食べるだけではなく排泄も必要な事を思い出し、それを滞りなくできるように全員の体に排泄用の器具も取り付けられたと聞いた時にはある種の絶望が俺たちを襲った。
まだ汚れの無い俺の未経験なアレを誰とも知らない人に見られて触られたかと思うと、正直言って恥ずかしくて泣きたくなったのは解ってもらえると思う。
それを告知された時に、同じようにゲーム内に閉じ込められたゴリラのような体躯の男剣士が「嘘ぉぉぉぉ、嫌あぁぁぁぁぁぁ!」と太い声で叫んでいたが、きっとその人はリアル世界の本体は女性で、ボイスチェンジャー機能を使って「ネナベ」と呼ばれる男性をロールプレイングしている人だったのだろう。
そう考えて見ると、女性キャラなのに反応が薄いのは「ネカマ」と呼ばれる女性をロールプレイングしている男の人なのかなとも思えたが、まあゲームの世界では目の前に存在するキャラクターが全てであって知り得ることの無いリアル(現実世界)を気にしても仕方のない事である。
何故なら、すべて性別も含めて別の存在になりきる、それがロールプレイングゲームの世界なのだから。
そして、何がそんなに恥ずかしいとのかと言えば、それは見られたという事だけではない。
排泄とは糞尿だけでは無いのだ。
それが健康な若い男女であるなら尚更別の生理的排泄行為も存在する。
例えそれが医療関係者だとしても、自分の元気なアレとかアレを見られる事も有るのかと思うと情けなくて恥ずかしくて泣きたくなる気分だったが、それでも自分が女性で無いだけ少しはマシかなと思う事にして諦める事にした。
運営会社のエリクサー社は、閉じ込められた人達が不安にならないようにリアル世界の状況を告知という形で知らせてくれたので、ログアウト不能事件が発覚した当日の夜にマスコミと政府宛に犯行声明が送りつけられた事を被害者全員が知っていた。
ただのログアウト不能事故だと思っていたものが、ゲーム内拉致監禁人質事件という新しい犯罪の名称に呼び名を変えた時には、これがプログラム上の不良や事故では無くて意図的な事件だったのかと驚くと共に、事件だとすれば解決する事でリアル世界に戻れるのではという希望が逆に持てたので、妙にホッとした事を覚えている。
城壁に囲まれて安全が確保されているとは言え、ゲームの世界からだけで無くモンスターから守られている街の中からも出られないという、そんな二重の監禁生活は想像を絶するストレスを俺たちに与えるものだった。
街の外にも出られない長期間の生活とゲームの内に閉じ込められているという閉塞的な現実に精神を病む者も現れ始めて、運営側は街から出さないと言う方針を変える事にしたようだった。
リアル(現実)世界の4倍に換算される長期間の退屈な生活の連続に、普通の人はそうそう耐えられるものでは無いと思う。
俺も暇潰しに溜め込んでいたアイテムを一つ残らず錬金して、朝から晩まで武器やアイテムを作っては倉庫に放り込んで生産スキルの向上に励んでいたのだが、セーフハウス内のアイテムBOXもやがて一杯になって来て溜めていた素材も使い尽くした頃には、この単調な生活にも飽き始めていた。
リアル世界での1ヶ月(ゲーム内での4ヶ月))が経過して、ゲーム内に閉じ込められた人達からの不満が抑えきれなくなった頃、俺たちに一時的措置として新たな特殊スキルの付与が行われた。
それはチートと呼ばれる程にゲームバランスを無視したスキルだったが、次にログイン出来た時にはスキルは消滅していると言う条件付きで、俺たちのゲーム世界での安全を優先しつつも街から出て遊べるようにする措置だった。
ゲームの基幹システムを犯人に握られている運営にも出来る、各種の設定値変更やゲームマネージャーだけが使えるチートな特殊スキルの一般解放などによる特別措置であった。
何が行われたかというと、まず赤外線から紫外線を超えてX線まで遮断する光学迷彩に臭気遮断を付加した「熱光学透過結界」が無条件に付与されたのである。
それに加えて常時稼働型スキルとしてMP消費の少ない「物理攻撃無効化防御スキル」と「魔法無効化防御スキル」が付与された。
最後に俗に「不死身化」とも被害者間で呼ばれ揶揄された、MPを一定量消費して身体の欠損部位を自動再生する常時可動型な「超再生スキル」と、詠唱時間制限の撤廃(つまり無詠唱化の)実現であった。
俺たちは一時的にGM=ゲームマネージャー(ゲーム内での問題解決を行う運営側の万能キャラクター)と同等の超人的なスキルや能力を得たのである。
それは、ゲーム中にどのような間違いやバグがあってもゲーム内に取り残された人達を殺さないように、という運営側のゲームバランスを崩しても助けるという決意が垣間見える措置でもあった。
しかしその付与されたスキルについて閉じ込められた一部のプレイヤーから何故か苦情が出た。
物理と魔法の自動防御のスキルに関しては、自身のHPをあえて減らす事で発動出来る黒騎士のベルセルク(凶戦士)スキルや、契約と召喚に自らの血を必要とする召喚術のスキルが使えなくなるからという馬鹿馬鹿しい理由であったのには少しばかり呆れてしまう。
せっかく与えられた万能な力を常時展開型では無くして、発動時間にも制限を加えるという、生き残るためには寧ろ不要な(リスクを増やすと言う)設定の改変が追加で行われる事となってしまった。
それが、閉じ込められたユーザー側からの要望だったというのは、生き延びる事よりもゲームが優先なのかと思うが、これは笑えない事実である。
こうして、物理防御と魔法防御に関しては自動展開ではなく、自分の意思で発動させる必要のあるアクティブスキルに変更が為された。
そして閉じ込められている長い時間に様々な職業を楽しめるようにと、ジョブの切替も無く全てのスキルが使えるようになるのと同時に、200迄だったレベルキャップも300迄に制限が緩められた。
俺たちはそれぞれがゲーム内に拉致されて何時か死んでしまうかもしれないと言う現実を忘れて、僅か100名程の人間とNPCしか存在しない孤独な世界で狂わずに生きるため、更なるレベル上げと新たなスキルの取得・育成に励むこととなったのだった。