083:旅立ちの支度
翌日になるのを待って、俺たちは買い出しに出かけた。
修蔵爺ちゃんの運転するハイルーフのワンボックスカーと、イオ爺の運転する2トンのロングボディで、大きなアルミ製の荷室があるレンタカーのトラックに分乗して、ホームセンターへと買い物に出掛けたのだ。
これから入る親父の保険金やら、早々に売れた親父の家のお金やらで、資金は潤沢らしい。
約1時間程走って着いた街のホームセンターで、最初の買い物となった。
メルは、あちこちで目にする物を珍しそうに見ている。
「和也兄ちゃんの世界には、こんな大きなお店があるんだねぇ~」
目にする色んな物が、メルにとっては初めて見る物ばかりなのだろう。
あちこちをキョロキョロと、落ち着かない様子で見ている。
イオ爺とレイ婆はあらかじめ打ち合わせてあったのか、大きなカートに色々と買い込んで行く。
「イオ爺! 電気製品とか買ってるけど、電気なんて無いんだろ向こうは」
電動鋸と電動ドリルをカートに入れようとしている爺ちゃんに、俺が突っ込む。
すると、イオ爺は笑って俺の方を見た。
「な~に、たかが交流の100Vごとき、わしの魔力コントロールをもってすれば」
そう言って展示されているドリルのコンセントを片手で摘まむと、事も無くギュイィィィンと動かして見せた。
(じいちゃん、あんたの存在がチートだよ)
「でも、異世界でそんな物を使ったら怪しまれないのかよ」
俺が頭に過ぎった疑問を挟むと、そんなことは無いというイオ爺の見解だった。
「なぁに、新しい魔道具じゃと言い張れば良いのじゃよ」
どうやらイオ爺の話によれば、動作原理が判らない道具類は全て魔道具って呼んでいるようだ。
それからもイオ爺は次々と釘やらビスやらネジ類など、細々した物も箱買いで沢山色々と買っている。
どうやら刃物に関しては、こちらの世界のほうが鍛造の品質が段違いに良いそうだが、それは俺が錬金で作る物には敵わないので、結局刃物類は俺が作る事になるようだ。
ネジとかは、見本が1つあれば俺でも造れると思うんだけどな。
爺ちゃんの作業小屋には、大きな山刀や草刈り用の大鎌なんて物が沢山あったっけ。
あれを錬金術で素材ごとグレードアップもさせる仕事も転移前には終わらせなければならないんだろうなぁ……。
まだまだ色々と忙しく、今後の予定が詰まっている事が実感できた。
次に全員でスポーツショップへ行き、アウトドア用品を購入する。
俺は、夏でも専門店ではダウンジャケットまで売っているとは知らなかった。
チタン製の軽い調理器具とスプーン、フォーク、ナイフのセットを何セットもまとめ買いして、グースダウン900フィルパワーの寝袋も複数買う。
多人数用のドーム型テントもだ。
何か、俺の結界魔法で断熱とかも出来ると思うんだけど、まあ有って無駄にはならないだろう。
暖房だって、俺の火魔法さえあれば……
ダウンは手入れが面倒だからと、イオ爺はシンサレート素材の寝袋も買っている。
魔法が使えるので火起こし道具なんかは不要だけど、いつも俺がいるとは限らないから、それも大量に買う。
靴もゴアテックスをラミネートした軽登山用の丈夫なハイカットのブーツを何足かまとめ買いするが、革製の本格的なブーツは重いからと買わない。
それにゴアテックスと言っても素材の寿命ってものがあるから、長く使う前提なら、まとめ買いをするしか無い。
何度もレジを通って車へ積み込んで、再び店に戻って買い物を続ける。
全部が複数買いなのは、魔力の強い曾祖父たちはあと少なくとも100年は寿命があるからだそうだ。
イオ爺はバイクも異世界へと持って行きたいようだったが、それはガソリンを作れないから諦めたと言っていた。
まあ、イオ爺ならそれも魔道具じゃと言い張るのかもしれないけど…
「じゃがなぁ、異世界を気ままに旅するのにはオフロードバイクが便利じゃと思うんじゃよ」
もう、勝手にしてくれと俺は言いたい。
気持ちは、判らないでもないけどな。
イオ爺は次にミリタリーショップへ寄ると森林パターンの迷彩服の上下をアンダーウェア含めて箱買いしやがった。
別に買い物に行くレイ婆とメルとは、ここで一旦別れる事になった。
よくそんなに在庫があるなあと思っていたら、大分前から予約注文をしてあったらしいと聞いて、漸く納得できた。
「和也は銃なんかに興味があるのか?」
俺がすることも無いのでBB弾を撃つエアガンを見ていると、熱心に買い物をしていた爺ちゃんが話しかけてきた。
男の子が銃とか武器に興味が無い訳はないだろと応えると、イオ爺は怪しい笑いを浮かべていた。
まさか銃も買うのかと冗談で言うと、それはもう家にあるから買わないと言うのだが、そんなものが家にあるのかよ!
それって色々とヤバくないか?。
まあ、これから異世界へ行くから、それが本当でも問題は無いんだろうけど……
ワンボックスカーとトラックに荷物を積んでいると、一足先にミリタリーショップを出たレイ婆とメルから連絡があった。
量販店で下着とか衣類関係を大量に箱買いしたからピックアップしに来いという連絡だった。
確かにブラやら何やら、着心地の良い下着類なんて物は、きっと異世界には無いんだろうな。
それに、ドライだったりサーモだったりする機能性ウェア類は、現代の便利な品物になれてしまった俺も欲しいと思う品物だ。
だけど、これじゃなんか異世界へ行くっていう覚悟っていうか、雰囲気というか、そういうものが台無しな気もするんだけど、俺の考え過ぎなのだろうか……
その後はレイ婆とメルの、衣類や調味料類などの買い物に付き合わされ、午前中に家を出たはずなのに、戻った時にはもう夕方になっていた。
さすがに、これだけ買い物をすると付き合っているだけでも疲れる。
以前イオ爺とレイ婆が話していた、各種の菌類とか調味料の原料となる素材とか野菜の種なんかは既に倉庫に積み上がっているらしい。
荷物を満載して家に帰ると、イオ爺が俺を誘って作業小屋へ入って行く。
作業後小屋には本格的な金属加工の機械が並んでいるが、イオ爺が見せてくれたのは金属製のエアガンだった。
「ちょっ、冗談じゃ無かったのかよ! ってか、これって肝心のBB弾が入っていないよ」
俺の言葉を聞いてニヤリと笑ったイオ爺が、裏庭で拳銃のスライドを引くと、それを無造作に撃ってみせた。
なんだよ、その慣れた動作は…
安全装置を外す動作とか、薬室に玉を装填する手順は実際のエアガンと同じらしい。
だけど肝心の玉が何処にも見えない。
その銃の引き金をイオ爺が無造作に引くと、パン!と軽い音がしてスライドが本物のように後退し、狙った木の板に何かが貫通したようにポツンと小さな穴が開いて、その的は一瞬で凍り付いた
「本来は弾が必要無いのじゃが、最初は弾が有った方が感覚的には良いんじゃろうな」
そう言って、不思議な銃を俺に渡してきた。
ずしりと重みを感じる銃
引き金を引いてみても、何も起きなかった。
それを見て、不思議そうに銃を眺める俺に、一種の魔道具じゃとイオ爺が種明かしをしてくれた。
弾倉には魔石を入れてあって、それに自分の属性魔力を溜めておいて発射の際に放出するのだと言う。
銃が金属製なのはプラスチックだと可動部に耐久性が無いからだそうで、樹脂製のエアガンを買って参考に金属パーツで作り直したのだとか言っていた。
「これはまだ試作品じゃ」
そう言って試射した銃を仕舞うと次に取り出したのは明らかに口径が6mmじゃない1cmくらいある大型拳銃だった。
「これは犯罪じゃ…」
そう俺が、イオ爺に問う。
「いや異世界には。そんな法律は無いぞ」
イオ爺が事も無げに応える。
だけど、こっちで見つかったら確実に銃刀法違反なんじゃないかな?
イオ爺が言うには、撃針が無いからモデルガンだと言い張るけど、モデルガンなら銃口は塞がないと駄目だと、俺は思う。
「込める魔力次第なんじゃが、口径6mmじゃ時と場合によっては巨大な魔物相手に不安もあるでな」
そう言うと、イオ爺は大口径の銃を構えて無造作に引き金を引く。
パンッ!
先ほどよりも大きな破裂音がして、標的に大きな穴が開いた。
「高硬度の土属性の弾をな、その場で魔力を練って創ったのよ」
驚くべき事を事も無げに言う人が、我が家には居ます…
「ちょうど1cmで創れるようになるには微細な魔力コントロールが要るがの、わはははは」
イオ爺、やっぱり、あんたの存在がチートだと思うよ、俺は。
「だけどさ、それなら圧縮した魔力球を撃った方が、威力があるんじゃないかな」
俺は、思いついた事を言ってみた。
やっぱり、俺だって男の子だから、こういう事は嫌いじゃない。
「さすがじゃの、そう思ってお前向きに6mm口径の銃も作ってあるぞ」
やはり、この人には勝てない。
きっと100年経っても、俺は勝てない気がする。
レイ婆は、倉庫から取り出してきた調味料の材料をアイテムバッグに詰めて、一つずつタグを付けて整理していた。
米麹とか麦麹とか乳酸菌とか納豆菌とかそのあたりだ。
イオ爺が言うには、納豆のない生活は考えられないそうなのだ。
関東育ちの俺には嬉しい限りだけど、イオ爺の住むこのあたりではポピュラーな食べ物では無いと思うのですよ、俺は。
醤油も味噌も自作すると言っていたからか、大豆やら小麦やら色々な農産物の種も大量に買ってあるらしい。
以前から昔の農家は味噌も醤油も自作していたと言っていたので、レイ婆にとってはそれくらいは出来るのだろう。
しかし、イオ爺は異世界の植物体系とか生態系を破壊するつもりなんだろうか?
そんな俺の疑問を投げかけるとイオ爺は笑っていた。
「なあに、異世界の環境で育つ物もあれば育たぬ物もあるじゃろう、落ち着くところに落ち着けば良い。 魔素を吸って変わってしまうかもしれぬでな」
荷造りが落ち着いた処で、俺は一つの疑問をイオ爺に投げかけた。
「なあイオ爺… ウルガスも転移石を持っていたけどさ、あれってそんなに異世界で沢山存在するものなの?」
これは当然の疑問だと思うんだ。
もしそんな物が沢山あったら、異世界とこちらの世界を往復する事だって出来るんじゃ無いかと、俺は思っていた。
「古代の遺跡と思われる場所の地下から掘り出される物もあれば、地下迷宮の奥で発見されるものもあるが、基本的に転移石は大陸のごく一部でしか見つかっておらん」
どうやら、現存する転移石は大陸の北西部にある一部の国々でしか発掘されていないようだった。
それでも、ある程度の量は出土されていて北西の大国に限れば1国に1つずつくらいは国宝として現存しているらしい。
「じゃあ、異世界の人はどうしてこっちの世界へやって来ないんだ?」
そう訪ねてみると、イオ爺はいともアッサリ言い切った。
「来ておるじゃろうよ、こちらの世界でも異常に長命な人物の伝説などが残っておるじゃろう」
「サンジェルマンだか何だとか言う伯爵とか、何とか比丘尼とか、そういうのが?」
「さて、それは判らぬが行った者は誰も戻って来ぬからな。 それは誰も判らぬ事よ」
確かに、魔素が基本的に存在しないこちらの世界で、元に戻るために転移石に魔力を再充填する事は、至難の業なのだろうな。
「行く前から、戻ることを考えても仕方あるまいて…」
イオ爺は、そう言うとレイ婆たちの荷造りを手伝いに行ってしまった。
まあ確かに、行く前からあれこれ心配しても無駄だよな。
俺も荷造りを手伝うために、レイ婆とメル達の処へと向かう事にした。




