081:洗脳と魔法薬
「彼らこそが、我がダイクーアの誇る真のエース達なのだよ」
ウルガスが誇らしげに、そう言って高らかに笑っているのが遠く見えた。
それでもまだ俺は、信じられないものを見ている想いで、その場に立っていた。
「和兄ぃ~!」
ミリアムさんが笑顔で俺に手を振っているのが、とても場違いに見える。
どう考えても、そんな暢気な場面じゃないだろう!
「いやあ、病院でスカウトされたんだけど待遇が良かったんで、ついアルバイトのつもりで…」
パンギャさん、それは無いよ……
「廃人くん、ごめんね~! 私も病院で…… 入院中に仕事クビになってたし、生活掛かってるもんだからついね…… 」
アモンさん……
「私も病院で…… でも、こんな事になると思ってなかったのよ」
「私も、居酒屋よりは条件の良いアルバイトだと思って…… 」
「僕もそうなんだよね」
聞けば、みんな病院で入院中にスカウトをされたらしい。
「和兄ぃゴメンね~、まさか和兄ぃと こんな事になるなんて思ってなかったのよ~」
俺は、ミリアムさんがオフ会の日に元気が無かった事を思い出した。
そういう事だったんだ、ミリアムさんまで……
「ほうほう」
「あらあら」
イオ爺とレイ婆は、こんな絶体絶命な状況なのに何を考えているのだろう。
「それじゃあ和兄ぃ、いっちょいっくわよ~」
そう言ってミリアムさんがソードメイスを振り上げると、エクソーダスのみんなが一斉にスキルの構えを取った。
俺は魔力を出し惜しみせずに地面設置型の防御スキルを修蔵爺ちゃんの足下と、俺たちの足下に多重展開させる。
喉が異様に渇いて、自分の唾液を飲み込む音が妙に大きく聞こえた。
「せぇ~のぉ」
次の瞬間、ミリアムさんが振り上げたソードメイスが、横に居るウルガスの横っ腹をなぎ倒した。
「へ?」
予想外の行動に驚いている俺を尻目に、アモンさんが神殿にうごめく有象無象のプレイヤーたちに風魔法でなぎ倒していた。
見ればイオ爺も同じように、雷撃を敵に向かって次々と落としている。
ミリアムさんに吹っ飛ばされたウルガスは神殿の隅で、脇腹を押さえて蹲っているのが見えた。
「じゃあ、契約解除って事で、ひとつよろしく!」
パンギャさんが、ウルガスに向かってそう言い放った。
余程ミリアムさんの打撃が堪えたのか、ウルガスはピクリとも動かない。
「悪事には使わないっていう約束を破ったのは、そっちだから契約金は返さないわよ」
アモンさんが、そう冷たくウルガスに言い放った。
さすがアモンさん、転んでもただでは起きない。
「じゃ、そういうことで」
ミッシェルさんが、弓でプレイヤー達の武器を弾き飛ばして行く。
「以下同文って事で」
ジュディスさんも、峰打ちで次々とプレイヤーを倒している。
「同じく」
ハイドさんは、長大な盾で一気にプレイヤー達を吹っ飛ばしていた。
「和兄ぃに、手を出すなら先に言えってぇ~の! あんな変な薬飲ませるとかバっかじゃないの? こっちは解毒スキルを持ってるつぅーの!」
ミリアムさんがプレイヤーたちをぶっ飛ばしならがら、ウルガスにそう叫んでいた。
「ありがとうみんな……」
俺は、少しでもみんなを疑った事を恥じた。
「オフ会の日にな、打ち明けられたんじゃよ」
イオ爺が、意外な事を言い出した。
みんなは俺がされた事を全て知って、自分たちが何に協力させられているのかを初めて知ったらしい。
あのプレゼントをあげた時に話した、俺がみんなに対して思っている気持ちを知って、報酬や身分に釣られた自分たちが恥ずかしくなったのだとイオ爺に言ったらしい。
俺が先に眠った後に、パンギャさんが口火を切ってイオ爺に打ち明けたのだと言う事だった。
ウルガスが俺を待ち受けている事を知ったイオ爺は、彼らにイオ爺たちの事はウルガスに内緒にするように依頼して、いざとなったらイオ爺たちが助けに行くつもりで刻印をした魔石を俺に持たせたのだそうだ。
みんなは、ウルガスの事も知らず教団の事も良く知らず、ただ俺も仲間に入れてまた一緒に楽しくやりたくて協力をしていたらしい。
ウルガスも、そう言ってみんなを勧誘していたそうだ。
「和也ウルガスが逃げるぞ!」
イオ爺の声に俺は我に返る。
そうだ! 俺のすべてを奪ったウルガスを逃がしてはならない。
本来の目的は、ウルガスを俺の手で倒す事なのだから。
俺たちは神殿から逃げ出したウルガスを追った。
途中の通路で邪魔をする白い服を着た信者達を、次々と石化で排除して追いかけた。
ウルガスは、神殿の更に地下にある礼拝堂へと逃げ込んで行ったのが見える。
俺たちが追いついて礼拝堂のドアを開けると、そこに居たのは、なんと紫織だった。
「紫織…」
礼拝堂に入った俺は、その場に居るはずの無い紫織を目にして、その場から動けないでいた。
その目は何処か虚ろで、いつもの紫織とは違う印象を受けた。
「和也くん…、ごめんなさい」
ゆっくりと近寄ってくる紫織に俺は小さな違和感を感じて戸惑う。
「わしらはウルガスを追って先に行っておるぞ!」
イオ爺たちが礼拝堂の祭壇の裏にある次の間へと走って行くのが見えたが、俺も行かなければならないと言うのに、どうしても足が言う事を聞かない。
「すまない、和也…」
その聞き覚えのある声に振り返ると、そこには義則の姿があった。
義則の目も何処か虚ろで、こちらを向いているのに俺を見てないかのように見える。
「な、何なんだ二人とも」
信者である義則はともかくとして、紫織が何故此処に…
そう思って俺は、ある話に思い至った。
最初に破壊して燃やし尽くした教団の地区本部と、そこで聞いた会話を俺は思い出していた。
紫織の母親の職場とダイクーアの関係、そしてその母親の結婚相手とダイクーアの裏の関係…
そうだ! 紫織は俺のせいで、俺を孤独にして教団に引き入れるために、彼女もダイクーアに引き込まれようとしていたのだ。
「和也くん、おねがい逃げて」
その声を聞いて、再び紫織の方へと振り返る。
首筋にチリリという違和感、ドン!と言う背中への衝撃が俺を襲う。
ゆっくりと振り返ると、涙を流している義則が、俺の背中に小さな紅い石の埋め込まれたナイフの刃を突き立てている。
「な…」
俺がそちらに首を向けて何かを言う間もなく、前からも何かがぶつかった重い衝撃を感じた。
そこには柔らかい紫織の体が、俺の腕の間にあった。
俺の腹部に突き立てられているのは、紫織の持つ義則と同じナイフの刃だった。
しかし、どちらも俺の防御結界に遮られて直接体には通っていない。
だけど、魔法防御結界が僅かに損傷しているのは判った。
二人が持っているのは紅い魔石に魔力が込められた特殊なナイフだ。
「こんなつもりじゃ無かったんだ。 正直言えば羨ましいとは思って居たけど、お前から紫織ちゃんを取るつもりなんか最初は無かった」
後ろから義則が、哀しそうな声でそう告げる。
最初はだと? それじゃ取る気がありありじゃねーか。
「何を今更…」
俺は怒気を強めて、その言葉を遮る
こいつだけは、こいつは親友だと思っていたんだ。
「私がいけないの、和也君が急に私の前から居なくなって、お父さんが居なくなった事を思い出して不安だったの。 そこへお母さんの好きな人に色々言われて…… 」
そう言って俺の胸を熱いもので濡らすのは紫織の涙だった。
「彼女のその気持ちを判っていて利用したのは俺なんだ、前から好きだった紫織ちゃんの過去を教団から聞かされて、俺が救わなければいけないと思ったんだ。 俺が救いたいと思ったんだ。 本当にすまなかった」
そんな風に、今更そんな事を告げられても俺はどうしたら良いって言うんだ。
俺は、これじゃあ誰も憎めなくなってしまう。
事情なんてものは、聞きたくなかった。
2人の事を憎んだままで、異世界へ行きたかった。
「変な薬を飲まされて、頭で思って居ることと体は違うことをしちゃうの、今まで本当にごめんなさい」
「今までお前を苦しませてすまなかった、自分に罪が無いなんて言うつもりは無いが、教団にみんな操られていていたんだ」
「和也君を殺そうとする自分を止められない…」
「体が言う事を聞かないんだ、俺はもう…」
二人とも叫ぶように、そう言うと俺から一歩離れた。
おそらく、失敗したら自殺しろという指令でも受けているのだろう、二人が自分の喉に刃を向けるのが見えた。
「やめろ!」
とっさの事で、俺はキュアポイズンでは無く石化で二人を石にしてしまった。
しばらくの躊躇の後、俺は解呪をせずに石になった紫織と義則の持つ、同じく石になったナイフの刃を掴んでパキンと折る。
そして、紫織を義則から引き離して部屋の隅に置いた。
まだ身体能力強化スキルが残っているから、石になった紫織を抱きかかえても苦労はしない。
そう、何故か一瞬でも紫織は義則と近い場所に一緒に置きたく無かった。
俺は二人を、そのまま向かい合わせで置いておきたくなかったのだ。
後で、全てが落ち着いてから解呪しよう、そう思っていた矢先の事。
ドン!と言う激しい爆発音が礼拝堂の裏から聞こえた。
「ウルガス!」
我に返った俺は、自分の目的を思い出していた。
俺は全速力で、礼拝堂の裏の部屋に向かって走る。
俺や親父達だけでなく、紫織までこんな事に巻き込んだウルガスだけは許しておけない。
誰が止めようと最大級のスキルで跡形無くこの世から消してやる!
「来るな和也!!」
部屋に飛び込んだ途端に聞こえたイオ爺の叫び声に、そのまま部屋の中央へと踏み込もうとする足を止めようとする。
しかしスキルによる勢いがついていて、俺はすぐには止まれなかった。




