079:悪化する戦況
エナジーコーティングの効果により撃ち付けられる攻撃を次々と相殺して行くが、それに伴って魔力消費も激しく感じられた。
このままではジリ貧で、最後には魔力切れでやられてしまう。
俺の弱点は接近戦での連打に弱いと言う事が、こうなると嫌でも身に沁みて解ってしまう。
剣士達の攻撃速度も先ほどから急に遅くなったので、恐らくは強化魔法の効果が、既に切れているのだろう。
たぶん敵パーティの全員が同様に、俺と違って魔力量に関しては相当に少ないのだろう。
プリーストの支援が無くなり弓手と魔法使いの攻撃が途切れたタイミングで、何度も俺の窮地を救ってくれた火炎防壁を、苦し紛れに2人の剣士の足下に発動させる。
火炎防壁のノックバック効果で、剣士たちを後方に吹っ飛ばした。
再び、仕切り直しだ。
俺は後方の座席の陰に隠れて体勢を取り直し、真っ先にMP回復力向上スキルを発動させた。
ドクン!と脈を打つような感覚の大きさで、スキルの効果により10秒毎に回復するMP量が増えるのを体感する。
1回当たりの回復量が、立っている時に比べて倍になるから腰を下ろしていたいのだが、ソロでの戦闘中にそんな悠長な事はやっていられない。
飛ばされた剣士が立ち上がってくる前に、エナジーコーティングを掛け直し、魔法と物理の防御スキルを上に重ね掛けしてすぐに立ち上がる。
迫る剣士二人の先頭に居る両手剣の方にサンダーストームを炸裂させ、後ろの剣士を巻き込ませて、再び後ろに吹っ飛ばす。
俺のスキルが直撃した両手剣の方は相当なダメージがあるはずだが、すかさずプリーストから治癒魔法が飛び、やっかいなことに身体強化魔法まで掛けられて、敵の身体能力が更にブーストアップされた。
俺は後方へと走りながら剣士の前に沼地を召喚して時間を稼ぎつつ、枯れ木のような魔法使いへと陽動でファイアーボルトを1発だけ落とす。
それに矢をぶつけて相殺させるアーチャーの小太りな中年女、魔法使いは恐らく防御結界を張っているだろうに、明らかに動揺して自位置をプリーストの方へと近づけている。
自分に本当のダメージが及ぶリアルな戦闘は、俺だけじゃ無くて全員が素人なのだろう。
自分に危害を加える攻撃が間近に迫って、平静で居られる方がおかしいのだ。
それを見て、ちょっとだけ俺は安心した。
みんな、死ぬのは怖いのだ。
俺が本気で殺す気になれば、この状況を逆転させるのは恐らくは容易い。
無詠唱の利点を生かしてプリーストの周辺から先に、『気化爆弾』や『メテオストーム』などの最大級の範囲攻撃で、魔法職や弓手を巻き込んでしまえば良いのだから……
幸いにも魔法使いはプリーストの近くに寄っている。
やるなら今だ!
だが、俺はこの人達に直接の恨みは無いし、恐らく何らかの方法で操られているのだろうとも思えた。
そう思える程、彼らは何も喋らずに無表情で機械のように繰り返し攻撃を仕掛けてくる。
しかし、殺らなければ確実に俺が殺られる!
それも1つの事実だった。
甘いことを言っては居られない
貴重な時間を、そんな堂々巡りの思考に費やしている間に体勢を立て直した剣士二人が両サイドから攻撃を仕掛けて来た!
回避行動に移ろうとしたときに、防壁に矢が激しく降り注ぐ。
魔力が回復したのだろう、魔法使いも詠唱を始めている。
見る見るうちに防壁は削られ、エナジーコーティング一枚の防御に戻ってしまった俺は、再びMPが減少して行く嫌な感覚に包まれて行く。
そこへ中空からファイアーボルトが降ってきた。
攻撃を相殺する度に、確実に俺のMPが消耗してゆく。
右からスローモーションのように、ゆっくりと確実に迫って来る両手剣の軌道を見ながら回避行動を取るが、粘度の高い油の中にいるかのように自分の体が重くて中々自由に動かない。
その避けた先を見越したかのように、片手剣の軌道が反対側から迫ってくるのを視界の隅に捕らえた。
しかし、両手剣の攻撃を避ける為に体勢を崩しすぎていて、これは避けきれないと予感した。
手元に高圧縮した空気の塊を作り出して、俺と片手剣の剣士の間で破裂させる。
その突風による反動でなんとか片手剣の軌道をギリギリで回避した。
しかし、上からの矢による範囲攻撃が降り止まずに、俺のMPを確実に削って行く。
現実の戦いは、一瞬の躊躇が死線を分ける事を、俺は身をもって知った。
自分の風魔法スキルで自分を吹き飛ばさせて、ゴロゴロと床を転げて神殿の入り口付近まで行って止まった。
そこへ、追い打ちを掛けるようにダッシュを掛けて、両手剣と片手剣が迫る。
「ふはははは、どうした! まさかゲームのスキルを使えるのが自分だけなんて思って居たんじゃ無いだろうな」
ウルガスが大きな声で笑っている。
激しい怒りが湧き上がり、萎かかっていた俺の心に再び火を付けた。
「くそっ! お前だけは絶対に許さないぞ!」
しかし、そう負け惜しみを言うのが精一杯だった。
なにしろ、次の一撃でMPが途切れてしまうかもしれない疑心暗鬼による恐怖とも俺は戦っていたのだ。
自分のMP残量がゲームのようにバー表示で把握できないと言う事が、こんなにも不安を掻き立てるものとは、俺は思っても居なかった。
『死んでも許さない』などと、口では覚悟をしたような事を堂々と言っていたが、いざ次の一撃で死ぬかも知れないと言う状況に陥ると、恐怖心が先に立って冷静に戦う事なんてできやしない。
そんな恐怖心を打ち消すことが出来るのは、もっと激しい怒りの感情だけなのかもしれない。
だけど、怒りで冷静さを失っては、勝てる戦いだって勝てなくなるのも事実だろう。
俺がこのまま死んでしまっては、親父にも美緒にも顔向けができない。
俺は自分への攻撃を躱す事を止めて、ウルガスへとサンダーボルトを放った。
せめて一矢を報いたいという想いが、俺にそうさせた。
だけど良く考えれば、せめて一矢を報いたいと思う時点で負けている事は、冷静になれば誰にでも判る。
俺の悪あがきは、枯れ木のような痩せた魔法使いの防御結界に阻まれていた。
威力を相当削られた俺のサンダーボルトは、それでも防壁を突き破ってウルガスに突き刺さる。
しかし、瞬時に放たれたプリーストのヒールで、何事も無かったようにウルガスは回復していた。
プリーストは、続けて詠唱を行うと1回限りだが魔力量に関わらず絶対防御を誇るホーリープロテクションをウルガスに掛けたのが、スキルエフェクトで判った。
そこに注意を向けてしまった俺の目が、剣士たちの攻撃から離れた。
次の瞬間、俺の体は足下から吹っ飛ばされて入り口脇の壁に激突していた。
そこへ片手剣の剣士が盾を構えて体当たりをしてくる。
ゴン!と、鈍い盾の音が室内に響き、俺は再び壁に叩きつけられた。
その衝撃度は半端ないもので、俺の激突した壁が大きく窪んだ。
しこたま脳を揺らされて内臓を痛めつけられ、俺はその場で吐きそうになる。
瞬時に体は回復するが、これは何度も喰らうとキツい!
気が付くと矢の攻撃の威力が減っていた。
威力があろうと無かろうと相殺されるたびに消費するMPは変わらないのだが、それで相手のアーチャーのMPが尽きたのが判る。
防御結界を張ってから再び振り下ろされる両手剣をランダムな転移先指定の空間転移で避けるが、出現したポイントにすぐさまスキルを伴わない矢が飛んで来る。
どんどん減り続けるMPに堪らず、MP消費が大きい為になるべく使用を控えていた空間転移を再び使用して別の場所に飛ぶ。
そこにもすぐに矢が降ってくるので、三度目の空間転移をしようとした処で、足元が凍り付き一瞬スキルの発動を止められる。
そこへ大きな魔方陣が俺を中心に展開された!
枯れ木のオッサン魔法使いは、いままで魔力を温存していたらしい。
しかも、氷属性魔法が使える素振りも見せていなかっただけに、正直填められたと思った。
ワープしようにも体を床に固定されているので、凍り付いた床と一体になった神殿ごと転移する事になってしまう。
自分が触れている数人を連れてのワープならいざ知らず、そんな大きな物は一緒に転移させられる訳がない。
氷を地属性のアーススパイクで強制的に砕いた処に、詠唱も終わりが近いらしく吹雪が周囲に舞い始めた。
これはヤバイ、俺がさっき会議室で使った『ハイパーブリザード』かもしれない。
向こうは躊躇無く、俺を確実に殺しに来ているのが判る。
俺は自分を中心に多大なMPを消費させて火炎旋風を発動させた。
高熱渦巻く火炎の竜巻が魔方陣の中で荒れ狂い、極寒の吹雪を相殺してゆく。
しかし、窮地を脱したと言うのに俺の体は妙にだるくて重い…
恐らくはMP切れが間近なのだろう、散発的に矢がエナジーコーティングに威力を相殺されて床に落ちて行くが、それだけ俺の残りMPも確実に減って行く。
スキル攻撃が来ないのは、こちらもガス欠寸前だが向こうも同じくガス欠寸前なのだろう。
動きが止まった俺に、二人の剣士が剣を振り上げて迫って来た。
上からは矢が迫ってくる。
スローモーションのように攻撃が見えているが、体が重くて動きが鈍い。
逃げ回っているうちに、身体能力強化と速度上昇を切らしてしまっていた。
冷静にならなければ勝てる戦いも負ける、そんなレイ婆の言葉が脳裏に過ぎった。
空間転移で逃れようとしたが、MP消費が大きな空間転移が発動しない!
ワープがゲームと同じMP消費量なら、確実に俺の残りMPが枯渇間近という事になる。
相手の攻撃はスローモーションのように見えているのに、ブーストスキルの切れた状態では相手の攻撃を全ては避けきれない。
恐らく最後のMPで、俺は防御結界スキルを発動させる。
もう回避が間に合わない処まで、敵の剣が迫っていた。
万事休す! 復讐も遂げられずここまでか……
俺は思わず目を瞑って、敵の攻撃が自分に炸裂する瞬間を待った。




