076:魔素と魔法パッケージ論
オフ会が終わった次の日、偶然だとは思うけど、ダイクーア教団のWEBサイトにウルガスの行動予定が掲載されていた。
教団のホームページには、普段から教祖や幹部の行動予定が記載されている。
だけど俺の教団幹部殺害によって、他の幹部や教祖が襲われることを警戒したらしく、最近は全く掲載内容が更新されていなかったのだ。
それが珍しく、今日は行動予定が更新されていた。
その中に、教祖が明日教団本部に終日居る事が書いてあったのだ。
それはあまりに唐突で、当然罠であることを疑ってはみた。
だけど、他に復讐のチャンスがあるかと言えば考えつかなかった。
それ以外の日は教祖も幹部連中も動きが書かれていないので、例え罠だとしてもこの日しかチャンスは無いと俺にはそう思える。
だから、俺は爺ちゃん達に翌日決着を付けると伝える事にした。
「おそらく、罠の可能性は高いじゃろうな」
イオ爺は、そう言いながらも俺を止めなかった。
「判っているけど、チャンスなんだ」
俺はそう言い切った。
「ふむ、本当にわしらが手助けせんでも良いのか?」
イオ爺は、今までも何度かそう言ってくれたけれど、俺の方から手助けを断っている。
俺がそう言ってしまえば、イオ爺はそれ以上の事を言わない。
その事は、もう何度目かの事なので判っている。
異世界では15歳になれば成人として扱われるらしいから、イオ爺は俺の意見を尊重する方針らしい。
本当はイオ爺たちだって自分の身内を殺されたのだから、俺が頼めば復讐を手伝ってくれるだろうと言う事は判っているのだ。
だけど、自分1人でやると決めたのは、俺の意地のようなものだ。
この世界で生まれ育った俺が、この世界の法律やルールを破る事は、俺にとっての決別宣言のようなものなのだ。
俺にとって復讐を独りで成し遂げる事は、この理不尽な世界から異世界へと逃げるのではなく、この世界を見捨てて異世界へと旅立つ為に必要なことだと思うのだ。
それに、テレビでウルガスの顔を見た時の、イオ爺とレイ婆の顔に浮かんだ『天敵にあったような嫌そうな顔』を見たら、ウルガスへの復讐を手助けしてくれとは言えない。
それに、俺が復讐に拘っているせいで、異世界へ旅立つ日が先延ばしになっているのは事実だ。
その事を、イオ爺たちは何も言わないけれど、少なからず俺にとってはプレッシャーとして感じている事ではある
メルだって一刻も早く国に帰って家族の事を知りたいだろうし、こうしている間にもメルの国は占領されて取り返しがつかない事になっているかもしれない。
異世界へ行くと決めてすぐに、俺の居場所の無くなった高校は中退している。
学校と縁の無くなった俺は、その日をウルガスと決着を付ける日に決めた。
異世界へ行く俺にとって、学歴はもはや関係の無いものに過ぎない。
今の俺に必要なのは、異世界へ行ってから役に立つ、実利的な知識や技能だけなのだ。
その夜、俺は魔力コントロールの練習として言いつけられているスケジュールに沿って、苦手な座学のレクチャーを受けていた。
「魔法はのぉ、色々な設定の詰まったパッケージだと考えるのじゃ」
「どういう事? 脳内イメージを具現化するのが魔法じゃないの?」
「概念としてはその通りじゃ、脳内イメージという原因によって引き起こされる物理現象を超えた結果に於いては、お前達の世界で言う超能力と呼ばれる物との大差はないじゃろう」
「えっと…… アーニャのサイキックは魔法じゃないって事は判るけど」
「一番の違いは、力の根源として魔素から生み出される魔力という物を使っているかどうかじゃ」
「て言うか、その魔素って何なんだ?」
「わしらの来た世界では、魔素は植物や大地が生み出す物と生き物の体内で生み出される物の2つがあると考えられておる」
「俺の魔力が大きいってのは、俺の体内で作られる魔素が多いって事なのかな?」
「そう考えるべきじゃろうな、この世界にはそれ以外に魔素が存在しておらぬようじゃ」
「なんで現代世界では魔素が存在していないんだろうね」
「この世界に無いものが未来にはあるとすれば、何処かの時代に誰かが作ったという事かもしれぬな」
「あるいは、突然変異で自然発生したものって事もあるよね」
「そうじゃな、そう考えなければ、お前の友達が多少なりとも魔法を使える説明にはならんじゃろうな」
「じゃあ元から体内に魔素を持っていて、脳内イメージと結果を結びつけられる人だけが魔法を使えるって事になるのかな?」
「そこまでは判らぬが、お前が巻き込まれたゲームの中で、脳内の魔法イメージと魔法の結果イメージが、ゲームのビジュアルエフェクトを伴って強烈に結びついた人だけが、結果として魔法を使えるようになったとは言えるじゃろうな」
(それが、アーニャの言っていたシンクロ率って事なのかなぁ…… )
俺は、イオ爺と話していて、それを思い出す。
ゲームへの熱中度とか依存度じゃなくて、単純に計測されるゲームと脳との親和性を示す『シンクロ率』と言う言葉が、イオ爺の言っている『魔法イメージとの結びつきの強さ』に近いのかと思った。
「じゃがそれだけでは、未来に魔素が充満しておる説明としては弱いかの」
「大気中にも魔素が大量にあるって言ってたね」
俺が別の事を考えているのを知らずに、イオ爺が話を続ける。
俺は現実の会話に戻って、相づちを打った。
「そうじゃ、それを加味すると突然変異で産まれた魔素が、どこかの段階で更に進化して量が増えたか、あるいは誰かの手によって人工的に大量に作り出されるようになったとかかの」
この後も延々とイオ爺の講義は続いたんだけど、途中で意識が遠くなって良く覚えていない。
でも、俺だけじゃなくてきっと、誰でもそうなると思うんだよな。
イオ爺が言った魔法のパッケージとは、こんな話だ。
魔力を投入して火を起こすと言う単純な事の中には、そこに火を発生させる座標であるとか、投入する魔力量であるとか、魔力の属性であるとか、様々なパラメータやプロパティ値が必要なんだと言っていた(ような気がする)。
新しい魔法を作る時も、以前から有る魔法を元にしてそのパッケージを流用して新しい要素を加えて行けば、1から魔法を構築する必要も無いし想定外のバグも防げると言っていた。
なんだか、授業でちょっとやったオブジェクト指向なプログラムの匂いがしたんだけど、気のせいだろうか?
退屈な座学が終わった後は、イオ爺が持っている魔石を壊さずに魔力を充填する練習が待っている。
魔石はイオ爺が定期的に消費しているのか、毎日空になった物が俺のために用意されていた。
多量の魔力が込められた魔石は、魔力の充填補助ツールや魔道具の動力源として高く売れる筈なので、異世界に行った時の行動資金にする予定である。
異世界へと旅立つ準備は、もう始まっていると言う事になるのだ。
なんとしても復讐を遂げて、ここに生きて帰ろうと俺は決意していた。
生きて帰ってイオ爺たちやメルと一緒に異世界へ行き、滅茶苦茶になった俺の人生をやり直すのだ。
今週中に、異世界へ持ち込む予定の品物をあれこれと、買い出しに行く事にもなっていた。
異世界への転移は、待ったなしだ。
なんとしても、復讐を無事に遂げて帰ってこなければならない。
何で買い出しなんて事になったかと言うと、話は少し遡る。
俺が魔法を使えるようになったとカミングアウトした日に、色々とゲームで出来た事をやって見せたんだが、それが今回の買い出しの原因になった。
全ての属性を扱える多種多様な俺の魔法の多彩さには、信じられないという顔をしていたイオ爺とレイ婆だった。
だけど、それよりも何よりも、イオ爺は俺のアイテムボックスの容量の大きさに一番興味を惹かれたようだった。
アイテムボックスはゲームに拉致されたときにマイルームへとアクセスが出来なくなった代わりに救済措置で与えて貰った追加スキルの一つである。
999種のアイテムをそれぞれ同種なら99個まで大きさに関係無く入れられるアイテムボックスは、異世界にもある時空魔法を使ったアイテムバッグと比べても格段に収容力が大きく、それも桁違いだったらしい。
それで、異世界へと持ち込む予定の物が一気に激増したという事なのだ。
具体的にどうするのかと言えば、俺が時空魔法と製造魔法を駆使して作った拡張アイテムバッグに必要な物を詰めてそれをアイテムBOXに入れることでアイテムBOXの制限を拡張して無駄なく色々な物を異世界へと持ち込む計画になっている。
レイ婆とイオ爺は味噌麹と醤油麹や酵母菌や糠床や乳酸菌など、発酵食品を異世界で作る気になって種菌を集めている。
そんな物が個人で作れるのかと聞いたら、どうやら昭和の中頃までは地方の農家には味噌部屋や麹室などが実際にあって、各家庭で自家製の味噌や醤油を作っていたのだと言われた。
だからレイ婆も昔は毎日麹の管理をしていたと言っていた。
乳酸菌は、八坂家伝来の糠床を分けてもらって持ち込むらしい。
貧しい生活も不便な生活も苦にはならないが、現代日本の食生活を味わったらそこから後退するのだけは無理だとイオ爺もレイ婆も言っていた。
異世界には、素朴な味付けや簡単な味付けの食べ物しかないらしいから、こっちの食生活に慣れたメルも、それには大賛成のようだった。
イオ爺が特に興味を示したのはアイテムボックスだけではなく、俺の鍛冶スキルと錬金スキルについてもそうだ。
半ば呆れてはいたが、すぐに現代の素材で剣やら杖を作らされた。
イオ爺が使っているチタン製のスタッフも、レイ婆が山仕事で使っている大きな剣のようなダマスカス綱の鉈も、エクソーダスのメンバーにプレゼントした武器や防具類、そしてアイテム類などは俺がイオ爺の工房で作ったものだ。
他にも、レイ婆用の大剣やらメルの複合素材弓やらボウガンやら短剣やら、色々と異世界への転移に備えて作ってきた。
逆に俺が一番度肝を抜かれたのは、イオ爺の工房にあった町工場でも開けるのでは無いかと思えるような加工機械の数々だ。
八坂モータースで、製造中止になった自動車部品をオリジナルで作ったりするのに便利だから揃えたと言っていたけど、それは小さなモータスには不似合いな工房に思える程の設備だった。
その工房の一角には、かつて鋤や鍬などを作っていたという鍛冶の設備まであって、そこで色んな物を作らされた。
作らされたと言っても、まあ自分のスキルの確認も兼ねてだから結構楽しかったのだが、イオ爺は異世界でも有り得ない俺のスキルの多彩さに呆れていたのは間違いが無い。
魔石への魔力チャージは、過充填で2つ割ってしまったが残りは無事に完了したので、俺の魔力コントロールも身についてきたと思う。
それでも転移石への魔力チャージは慎重にやらなければと、今からドキドキしている。
それはそうだ、転移石だけは壊したら次がある訳じゃ無いのだから。
まあ、最悪壊した場合は錬金スキルで割れた転移石の再構成も出来るとは思うんだけどね。
だけど、それが理屈では可能だとしても、やった事が無い事には自信が持てないのは正直な処だ。
それに、作り直した転移石が何処へ転移させてくるのかも不安が残る。
だから、なるべくならそれはやりたく無いというのが、俺の本音でもある。




