073:オカマ野郎
「どういう事だ!、西房はどうした?」
突入するとの連絡が入った後、一切の連絡が途切れてから約30分後、ようやく鏑木の元に西房のチームから連絡が入った。
西房たち9体とは別行動を取っていた、3体の別チームからの連絡であった。
「全滅だとぉ、何があったんだ!」
鏑木はモニターの画面に向かって叫ぶ。
「連絡のあった近隣国の物とみられるトラックを発見し、我々のチームはこれを排除しましたが、西房隊長の班は全滅した模様です」
モニターに映る戦闘服の男が冷静に報告をしている。
「9体だぞ! 9体ものアームドスーツがあって、どうして全滅するんだ!」
鏑木は叫ぶ、それとは対照的に冷静なモニター上に映るアームドスーツのパイロットに向かって。
「戦闘指揮車両も何者かに破壊されただと? 君らの乗っている1体140億円もするそれは只のオモチャなのか?」
本来であれば、衛星通信で逐次送られてくるはずのデータリンクされた貴重な戦闘データさえも手に入っていない理由が、この時鏑木にも判った。
これは、自分たちの打つ手が敵勢力に初めからバレていると言う事を意味する。
あまりに敵対勢力の手際が良すぎるのだ。
鏑木にとって、八坂和也に対する対処は初手から失敗続きであった。
その価値を見いだせずに対処が後手に回ったことに始まり、荒事が専門の鮫島を充てた事で八坂和也の反発を招き、平和的な対話の糸口を失った。
所詮は一介の高校生である、ちょっと脅せばすぐに言う事を聞くだろうという上から目線の慢心もあった。
常に他人に対して指示をする立場に置かれて、命令で即座に動く部下に囲まれているうちに、それが自分本来の立ち位置であると勘違いをしてしまう事は鏑木に限った事ではない。
そんな環境に置かれて、本来の臆病な自分を見失っている事に鏑木は気付くことが出来ていなかった。
それもまた、小物故の誤謬であったのだ。
更には鮫島の暴走をコントロール出来ずに配置換えをするに至っているだけでなく、鮫島にまんまと騙されて武器装備類を持ち出されているという始末だ。
その鮫島の行方は、追跡を指示しておきながらも見事に逃げられているのだから、失態を取り返す処の騒ぎでは無い。
もし、鮫島がその武器装備でトラブルを起こせば確実に自分の首は飛ぶ、そう覚悟していた。
そして港湾地区での失敗も痛かった。
敵対勢力との遭遇という偶然も重なり、虎の子のアームドスーツ部隊を派遣した港湾地区での捕獲作戦に失敗し撤退を余儀なくされ、敵対国の造り上げた遺伝子改造生物のサンプルを獲得出来た事は幸運であったが、本来の目的である八坂和也の捕獲については何も結果を残せていない。
更に今回は八坂和也の戦闘能力を見誤り、例え伏兵の存在があったとしても今回の失敗で9体の貴重なアームドスーツを失ってしまっている。
八坂和也への対処方法が判ったと言っていた西房の言葉に縋り付いてしまったのが、今回の失態の大きな要因だろう。
なんとかして、一刻も早く失態を挽回したいという想いが鏑木の冷静な判断を誤らせたと言える。
この失態続きが、もはや弁解不能である事は鏑木にもよく判っていた。
それが判っていたが故に鏑木の焦りは募るばかりであったのだ。
これ以上悪い報告はしたくない、そんな心理が犬塚への報告を遅らせていた。
これもまた、鏑木に対する犬塚の評価を下げる要因となることも判っているのだが、どうしてもすぐに報告する事が出来なかった。
何とかなるのではないか、もしかしたら良い報告が聞けるのではないか、そんな可能性の限りなく低い願望を予想と言い換えて鏑木は上司への報告を後回しにしてしまったのだ。
犬塚が、それを最も嫌う性格であることは重々承知していると言うのに、承知しているだけに一旦遅らせた報告は犬塚の性格とその反応を考えれば考えるほど、今さら言い出せなくなっていた。
何か、ひとつでも良い報告を一緒に持って行きたい。
そう考えた鏑木はモニターに映っているパイロットに、撤収を指示した。
もうこれ以上、高価で貴重なアームドスーツを壊すわけには行かないのだ。
しかし、より大きな損害を恐れる余り、鏑木はここでも判断を誤っていた。
例え残骸になっているとしても、現場に残っているであろうアームドスーツの回収は指示しなければならない最重要案件であったはずなのである。
1機140億円もの費用が掛かっている第二次試作型アームドスーツが9体も全滅したと言うのだから、鏑木がモニターに向かって叫ばずにはいられない気持ちも理解は出来る。
例えアームドスーツ本体が壊れたとしても、機体の残骸と戦闘データを回収できていれば、敵の攻撃力や対処方法を次の開発にフィードバックするという名目は立つ。
しかし、機体は回収出来ない上に戦闘データまでもが回収出来ていないのでは、どう取り繕っても報告はし辛い。
それは、まるで自分が無能であると報告するのに等しいからである。
そんな、対処について悔いている鏑木の元に連絡が入った。
「なに!、鮫島に間違い無いんだな?、判った追って指示をするまで見失うな」
和也の住む地域がある街へと繋がる一般道路や周辺の道路を張っている監視チームから、鮫島を発見したとの報が入ったのだ。
鏑木は鮫島という男が嫌いだった。
上司という自分の役職に媚びない横柄な態度も気にくわなかったが、その暴力的な雰囲気が何より嫌いだった。
給与と将来の生活の安定を掴む手段として国防大学を選んだ鏑木にも、ちっぽけな愛国心はある。
国のために働いているという自負心もある。
しかし、常々から鮫島はそれを悉く否定する言動をする上に、愛国心では無く金で動く。
そのくせ荒事に掛けては有能でもあるだけに、切ることが出来ないトラブルメーカーでもある。
何度、犬塚の指示で鮫島の引き起こしたトラブルの尻ぬぐいをさせられた事か……
鏑木は自分が配属される前に犬塚が鮫島の上司であった事を知ってはいるが、何故犬塚があのトラブルメーカーの鮫島を重用するのかが理解出来なかったのだ。
その後も、鏑木の元へと矢継ぎ早に報告が入る。
各組織に貼り付けている監視チームからの連絡である。
その報告は、和也の学校へ転校してきた某国の女性が更迭されて、近日中に帰国する事となった事を伝えていた。
犬塚の下には鏑木の他に4名の直属の部下が存在するが、実行部隊を指揮するのは鏑木の部署が担当をしている。
他は総務部門であったり、世間に向けた偽装の対外部門であったり、開発部門であったりしていて、一旦事が起きれば鏑木の負担が大きいのは事実であるが、それだけの報酬は得ているのだ。
鏑木とて、それだけの処理能力は持ち得ていたはずなのだが、今は相次ぐ失敗により冷静な対処が出来かねている状況にあった。
そこへの相次ぐ報告や指示を仰ぐ連絡は、元々の度量が小さな鏑木の精神を追い込んで行く。
それから、鏑木が残っている機体を回収する必要性に気付くまでに、たっぷり5時間以上の時間が経過していた。
時刻は既に夕刻となっていた……
和也がちょっと癖のある謎の肉尽くしのメニューが並ぶ夕食を楽む、少し前の事……
八坂家の裏山の奥ではアームドスーツの残骸を回収する作業がアーニャ達の組織の手で進められていたが、そこにアーニャ達の姿は無い。
ヒュンヒュンヒュンヒュン … と、空気を振るわせる二重反転ローターの音。
それは海上に待機する大型貨物船から飛来してこの地に向かってきた、複数の輸送ヘリの最後尾を飛んでいた一機だった。
陸地に入ってからハイブリッド構造のモーター駆動に切り替えると、空気を巨大なローターが切り裂く音だけをさせて着陸体勢に入る大型ヘリコプターの黒い姿が、月明かりに照らされている。
既に、溶解して使い物にならない金属の塊は先に飛来した同型機によって運び出されており、今頃は海へ出て低空を飛行中のはずであった。
その金属塊は洋上で待機している彼らの祖国とは無関係な船籍の大型貨物船に積み込まれて、一路彼らの祖国へと向かう事になっている。
最後の積み荷となるのが、一体だけ屈み込んだ姿勢で動かない無傷のアームドスーツだけであった。
この機体だけは、慎重に運び出す必要があって最後に回されたのであった。
それはアーニャのサイキック能力により、生きながら心臓を鷲づかみされてパイロットが絶命した機体である。
既にこの現場に残っているのは、機体を回収後にヘリに搭乗して戻る予定の作業員6名とヘリの操縦士2名だけであった。
『こいつだけが無傷だな』
『ああ、こいつはあの可愛い顔をした猫娘がやったんだろう』
『まったくゾッとするな、あいつら』
『ああ、可愛い顔をしてるが騙されるなよ、あいつらは人間じゃ無い。 化け物だからな』
『所詮は実験動物さ、危ない橋は奴らに渡らせておけば良い』
『人間様は、後から行けば良いのさ』
『違いない、ハハハハハ』
作業員達は母国語で会話しながら、蹲った姿勢のアームドスーツにワイヤーを掛けてゆく。
『おい、なんだこいつ! 胸に小さくキスマークが描いてあるぞ』
『なんだなんだ、撃墜マークのつもりか?』
『どれどれ…』
そう言って蹲った姿勢のアームドスーツに近づき胸元を覗き込む作業員の一人。
その頭が弾かれたように突然後方に仰け反ると、その後頭部から爆発するように後ろへ中身と破片を撒き散らし、糸の切れた人形のように力無く地面に崩れ落ちた。
同時に、タァーン!と破裂音が静寂を破るように鳴り響く。
銃声を確認したヘリコプターは、その二重反転ローターを高速で回転させて上昇を始める。
パイロットの眼下では、次々と作業員たちが頭から血煙を上げて倒れて行くのが見えている。
『攻撃を受けている! 地上作業員は全滅だ、我々は退避する!』
パイロットが緊急連絡を何処かへ入れているその時……
その地表で何かが一瞬小さく光ると、上昇して移動を始めていたヘリコプターに何かが向かってくるのが見えた。
月明かりを浴びて明るく見える細長く白い煙を引いて、それは真っ直ぐに突き進んで来た。
ドオォォォォォォン!と重く大きな爆発音が響き閃光が一瞬辺りを明るく照らした後、ヘリコプターだった物は錐もみをしながら山間の谷へと落ちていった。
和也が、まだ千絵とメルが支度をしている最中の、謎の肉料理メニューの並ぶ夕食の支度が出来るのを待っていると、窓ガラスを僅かにカタカタと揺らす振動と遠く聞こえる微かな重低音が聞こえた。
それに反応して和也の膝の上で丸くなっていたバルが、ひょいと顔を上げて裏山の方向を見上げる。
その波動に思わず顔を見合わせる和也とイオナにレイナ、そして修蔵。
食事の支度をしている千絵とメルは気付いていないようだ。
バルを膝の上から退かせて和也が立ち上がり裏山に面した窓に向かうと、二人で目配せをするイオナとレイナ。
バルは和也を追って窓の方へトコトコと歩いて行く。
気配探知を最大で働かせるが、感知出来る範囲に害意を持つ者は感じられない。
しかし、次に起きる最悪な展開を予想して緊張したまましばらく待つ和也だったが、それきりで何も起きなかった。
和也は窓際から気配感知を働かせたままイオナとレイナの元へ戻る事にしたのだが、バルは和也の後を付いて来ずに、相変わらず窓の外を興味深そうに見ているのだった。
ガサリと草を踏みしめる音がして、檜の林の中から一人の巨躯が現れた。
対空ロケットランチャーを手に持った鮫島である。
彼は迷彩服に身を包み、厚手の防弾ジャケットを幅広な上半身に装着していた。
鮫島が西房からの、連絡とも言えないメッセージを確認したのは昼過ぎの事だった。
西房のメッセージを受け取ったのは、ある巨大掲示板サイトのネットゲーム板にあるマイナーな架空のオンラインゲームを語るスレッドだった。
それは数十年前に作られた、近未来の対犯罪組織に所属する公安サイボーグ達の活躍を描いたアニメの、その世界観を元にした架空のオンラインゲームが存在するという仮定の中で、そのアニメのファンたちが架空のゲームの出来事を語り合うという、一風変わった過疎スレッドである。
面白いネタが投下されると一気にレスが入るが、通常は月に一つか二つしか書き込みが無いそのスレッドに、西房がカムフラージュの為に定期的に書き込みをしていたのだ。
何かあったら、ここにメッセージを書き込むというのが、西房からの鮫島への提案だった。
そして何事も無く西房と出会ってから数年が経過し、今に至るのだ。
組織を抜け出して単独行動を取り始めてから、無駄と思いつつも毎日定期的にチェックをしていたそのスレッドに書き込みを見つけたのは今日の昼過ぎである。
796 名前:美少女西房愚[sage] 投稿日:20XX/09/01 03:23:01.80 ID:???
第三次非核大戦イベントが今日運営から発表されたけど、みんなどうする? あれチームじゃないと参加できないんだよな。 俺陸自のアームスーツしか持ってないんだけど、胸に小さく紅いキスマークのついている機体があったら声を掛けてくれ、一緒に参加しようぜ。
過疎ったスレッドであるから、新しい書き込みを見つけるのに苦労はしない。
何の変哲も無いアニメオタク同士の書き込みに見えるが、鮫島は名前欄に西房の文字を見つけた。
恐らく鮫島に向けて何らかの作戦発動の通知と、それに協力するように呼び掛けているのだと想像できる。
恐らく、何らかの作戦とは西房がわざわざメッセージを入れてくるのだから八坂和也絡みの事だろうと検討をつけて、ここまで来たのだ。
陸自のアームスーツとは、陸軍に配備が予定されている菱川島重工のアームドスーツの事だろうし、胸部装甲に小さく紅いキスマークを入れた機体とは、確かに西房の趣味らしい。
鮫島が武装を整えて監視の目をくぐり、高速道路を使わずに現場にやってきた時には既に敵対勢力による回収作業が始まっていた。
鮫島の目の前に蹲っているアームドスーツの機体の盛り上がった胸部装甲板には、小さく紅いキスマークが描かれていた。
鮫島は、その機体が手にしていた丸太のような重い武器を全身の力を使って持ち上げると、蹲っている機体の腹の下辺りの空間にそれを突っ込んだ。
丸太のような凶器は表面が弾力性のある素材で覆われている。
なるほど、これでダメージを内部に浸透させようというのだろう。
内部に浸透するダメージが有効だという分析結果が出ているので、電圧で痺れさせる以外にも恐らくバイブレーションを伝える機能もあるに違いない。
「フンッ!」
全身の力を込め、体と地面の隙間に突っ込んだ丸太状の武器の先端を自分の肩に乗せて思い切り伸び上がるようにしてそれを持ち上げると、テコの原理を利用して思ったよりも簡単にアームドスーツの機体はドサリと横倒しになる。
それは胎児が胸に両手を当てて膝を曲げ、あたかも安らかに眠っているかのような姿勢だった。
「けっ、オカマ野郎がドジ踏みやがって、似合わねぇ~んだよ」
その胎児のような姿勢を見て、鮫島が毒づきながら胸部装甲板の脇にある小さなヒンジを包帯の巻かれた右手で回し、厚い装甲板に守られた小さな操作パネルを開くと、その中にある赤いレバーを引いた。
プシュゥゥゥゥ… と圧力が抜ける音がして、胸部装甲板がゆっくりと開いてゆく。
其処には、厚く化粧をしているのに髭剃り痕が青々とした、赤毛で短髪の西房の姿があった。




