072:再確認される決意
俺は食事の後で千絵婆とメルが後片付けをしている時に、イオ爺とレイ婆、そして修蔵爺ちゃんに今までやってきたやつらへの復讐の事を話す事にした。
俺が話し始めるとその内容を耳にしたイオ爺が別室で聴こうと言うので、場所を別室に移して改めて以前話した事も含めて話をした。
ゲームの事、俺を狙っている奴らの事、ゲームに取り込まれた事件の裏側と俺を孤立させる目的での親父の事故死と美緒の死にもダイクーアが最初から絡んでいた事、そして果たした幹部達への復讐をすべて話した。
イオ爺とレイ婆が異世界から来た事を知って理解してくれている千絵婆でも、普通の日本人として育ってきた千絵婆の耳には入れたくないと言うイオ爺と修蔵爺ちゃんの意見には、俺も賛成だった。
俺だって、今まで受けてきた日本人としての躾や教育からすれば自分がやってきた復讐も、これからやろうとしている事も法律で許される事では無いのを充分に承知はしている。
真相を聞いてしまう事で、温和な千絵婆までも血なまぐさい復讐劇に巻き込みたくは無かった。
実の息子や孫を失った立場とすれば千絵婆にも知る権利は当然あるだろう。
けれど、事故で死んだはずの息子が謀殺されたと知ったら、哀しい事件に偶然巻き込まれて自殺したと思って居た孫娘が計画的に殺されたと知ったら、 千絵婆は正常で居られるだろうか?
それを此処に居る全員が心配していたのだ。
イオ爺もレイ婆も、この場には居ないがメルも異世界人だから日本の常識に必要以上に縛られる事は無いし、もうすぐ異世界へと旅立つ身だけに恐らく俺が教祖と教団に対して行う復讐を止める事も無いだろう。
修蔵爺ちゃんも日本人として育ってきているが死んだ親父の父親という立場を考えると、さすがに話さない訳にはいかないと考えたのだが、その修蔵爺ちゃんは黙って天井を見上げて無言だった。
「許せんな」
そうイオ爺が呟いた。
「許せませんね」
そうレイ婆が応えた。
他に言葉は無い...
社会もルールも異なる元異世界人と言っても、70年以上の月日をこちらの世界で過ごしてきた二人にとって親父や美緒は可愛い孫や曾孫なのだから、その愛情は日本人の俺や修蔵爺ちゃんと何も変わらないはずだ。
おそらく二人が最も現代人と異なるのは、その強い自己責任の姿勢と、目には目を歯には歯をと言う異世界の価値観なのだと、今にして二人が語る言葉を思い出して改めてそう思った。
やられたらやり返す、他人を害する時は自らも同じようにやられる覚悟をする、そんな事を当然のように二人は言っていたから、きっと修蔵爺ちゃんもそういう考え方に理解はあるのだと思う。
「止める気は無いが、和也はどうするつもりなんだ?」
修蔵爺ちゃんが俺の答えは判っているはずなのに、そう問い掛けてきた。
ここまで来て、これだけの事実が判っていて黙って何もせずに異世界へと旅立つ事は俺には出来ない。
例え返り討ちに遭って死ぬ事になっても、復讐を諦めて親父や美緒の仇を討たずに負け犬のままこの世界を去ってしまったら異世界へ行っても一生後悔するだろうと思っている。
だから、俺はウルガスという教祖を倒して思い残す事無く異世界へと旅立つのだ...
そう考えた俺の脳裏に、一瞬だけ紫織の哀しそうな笑顔が過ぎった。
彼女と離れてしまうのは心残りだが、こうなってしまった以上は近くに居ても逆に苦しいだけだろう。
さっきまでの決意とは真逆な気持ちで、それが矛盾している事は百も承知だ。
この件に関しては異世界へと逃げる事で忘れようと思っているのだ。
俺が何かする事で彼女が哀しい想いをするような事だけはしたくないからと復讐を考える気にもならないのは、 本当に我ながら矛盾していると思っているが、恐らくこんなヘタレな性格が俺の本質なのかもしれない。
言い換えるなら、紫織が離れて行く哀しみよりも身の回りに起きた全ての真相を知った怒りの方が強かっただけなのかもしれないが、俺にもその理由は判らないのだ。
「当然、俺の人生をメチャクチャにして親父や美緒まで巻き込んで笑っているあいつらを許しておく事はできないから、爺ちゃん達とこの世界から旅立つ前に復讐はするよ。 あの贅沢を極めた施設ごと吹き飛ばしてやる!」
俺は自分に言い聞かせるように、そう言って拳を握りしめた。
親父や美緒は俺の力を手に入れるという、あいつらの身勝手な理由でゴミを掃き出すように簡単に殺されてしまったというのに、あいつらは今でも信者の金で贅沢をして笑っていやがる。
あの衛星放送の画面で信者に囲まれて笑っていた教祖ウルガスの顔を思い出したら、再び怒りが込み上げてきた。
「じゃが、お前は成り行きでしか人を殺した事が無いんじゃないのかのぉ?」
「怒りに我を忘れてしまっては、力の差が有っても足を掬われてしまう事もあるわよ」
イオ爺とレイ婆が冷静に俺の心の弱点を指摘する。
確かに、咄嗟にスキルを放った結果であったり、一瞬の怒りにまかせて遠慮の無いスキルを放って結果として殺してしまったパターンが多いが、最近の幹部連中に対する行為は最初から殺すつもりでスキルを使っている。
だから、その点には俺も心配をしていない、きっと躊躇無く殺れるはずだ。
そう答えると、修蔵爺ちゃんが俺の想定していなかった事を指摘してきた。
「だが、事件に直接関係の無い人達が教祖の周りに偶然いたとして、その人達を巻き込むような事が出来るのか?」
復讐する事にばかり気持ちが行っていて、それは考えても居なかったが充分有り得る話である。
いや、むしろ今までの復讐で無関係な人達を巻き込まなかったのは偶然に過ぎない事にも気が付いた。
俺は、出来るのだろうか...
出来なければ、せっかくの機会に恵まれてもウルガスを見逃してしまう事になってしまう。
「何も、殺すばかりが魔法じゃなかろう...」
そう言ったのはイオ爺だった。
そうだ、殺さないスキルだって魔法にはいくつもある。
何も殺すばかりが魔法じゃ無い、そうだ!その通りだ、俺は俯いていた顔を上げてアドバイスをくれた魔法使いの大先輩であるイオ爺に笑顔を向けた。
「もっとも、お前のまだまだ未熟な魔力コントロールでは殺さず逃がさずの力加減も難しかろうがのぉ」
そう言って、イオ爺は俺を見て笑った。
魔力の正確なコントロールに関して、元筆頭宮廷魔法使で天才と呼ばれたイオ爺には返す言葉も無い。
そこで落とされるとは思わなかったけど、なんだか少しホッとして力が抜けた気がした。
「張り詰めてばかりいては、勝てる戦いにも勝てないわよ」
そう言ったのは、異世界で騎士団の副団長として幾つもの修羅場を潜り抜けてきたと言うレイ婆だった。
「勝負事は常に冷静でないと、勝てる勝負も勝てんからのぉ」
そう言って、イオ爺は席を立つと俺以外の全員を促して居間に戻っていった。
「和也一人で大丈夫ですかねぇ..」
「相手は、わしより数段下とは言え魔力のある異世界人のウルガスじゃからのぉ...」
「あいつは火属性魔法を使ってましたね、この世界で何処まで使えるかは判りませんけど」
「教祖に祭り上げられる程度には、何らかの術を使えると考えて置いた方が良いじゃろうな」
そんな会話が、後ほどイオ爺とレイ婆の間で交わされていた事を和也は知らなかった。




