069:獣人と少女の絆
ゴオオォォォォオオオと言う轟音と共に、俺に迫る4体のうち3体が突然足下から吹き出した激しい炎が形作る火炎の花弁に包まれて、その動きが止まった。
薔薇の花びらにも似た幾重にも広がる紅い炎の花弁が纏わり付くように、炎の花から逃れようと藻掻くアームドスーツの動きを阻害して、その高熱で燃え盛る青白い花芯に吸い寄せるように彼らの金属製のボディを絡め取ってゆく。
ゴム弾の直撃を受ける前に俺が罠として設置していた中級火炎地雷の紅蓮奏火が発動したのだった。
ただ炎の柱が吹き出して火属性ダメージを与える初級火炎地雷の火炎柱と比べると中級魔法だけあって紅蓮奏火は効果時間が長いだけでなく、その炎に周囲の敵を引きずり込み逃さないという特徴が有る。
紅蓮の炎で形作られた多層の花弁の中心部には青白い高熱の火芯が存在し、捕らえた物すべてを焼き尽くす地面設置型のトラップである。
敵が放った閃光弾の炸裂により設置型地雷魔法は3つまでしか設置出来なかったが、それぞれがアームドスーツを取り込んで燃え盛っている。
逃げようとして藻掻く様が炎の花の中で踊っているように見える事から奏火と名付けられたなどと、もっともらしい説明がスキルの解説サイトに書いてあったが、大型機械人形は傍から見れば苦しそうに藻掻いているようにも見えて、確かに踊っているようにも見える。
運良く火炎地雷を避けて突破してきた残る一体に向けて、俺は掌の中で作った氷属性の小さく圧縮した魔力玉を指で弾いて発射する。
魔力加速効果により瞬時に加速された魔力玉は、恐らくは強化された金属製のボディに小さな穴を開けてめり込むと中で氷属性の魔法を発動させて一瞬でそのボディを中と外から凍り付かせる。
ビシッ!と言う擬音が聞こえてきそうな勢いで凍り付いたアームドスーツの体表に極低温を示す霜が一瞬のうちに張り巡らされ、ギギギィ…と軋むような異音を発して最後の1体の動きが止まった。
ドガガガガガガガガガッ!、それを見て迷わず俺は中級の火炎弾を10発、その場で凍り付いた大型機械人形に叩き込んだ。
初級火炎弾の炎の色は赤いが、中級レベルともなるとその炎の色はより高温を示す青白い色となる。
その金属製の体は溶け崩れてただの塊となって俺の前で燃えていた。
追い詰められて余裕が無かったせいもあるのだろうが、俺はいつの間にか自分を攻撃する者に対して何の良心の呵責にも苛まれる事無くスキルを使えるようになっていた。
少し離れた位置で燃え盛る火炎の薔薇が消えた後にも金属の塊が3つ、煙を上げて燻っていた。
アーニャ達を心配する余裕が生まれて彼女たちの方を見ると、アーニャの前では1体の大型機械人形が心臓を掻きむしるような体勢で蹲ったまま動かなくなっていた。
金色虎男は、捻り取ったアームドスーツの腕でそのボディを乱打して金属のスクラップに変えていた。
灰色狼男は、その手の装着された金属製の手甲ごと腕をアームドスーツのボディに突き刺している。
よく見れば、大型機械人形の大きなボディも激しく損傷していて、足は半分程取れ掛かっていた。
どうやら、すべて片付いたようだった。
一息ついた俺は、アーニャに向かってゆっくりと歩き出した。
「触ったでしょ」
「えっ?」
何を言うかと思えば、この金髪ロリ美少女はとんでもない事を言い出した。
「私の体に触ったでしょ」
「え、えぇ~???」
俺は、あまりの展開に何を言われているのかさっぱり判らない。
と言うか、条件反射で疚しい事も無いのに、オドオドしてしまうのは何故なのだろうか?
「ドサクサに紛れて私の胸に触ったでしょ」
アーニャは俺を睨み付けると、そう繰り返す。
感謝されこそすれ、俺はそんな辱めを受ける理由は無いはずだった。
そう、どう考えてもこれは理不尽な扱いだ。
離れていても治癒魔法は使えるが、当然直接損傷箇所に触れた方が具体的な部位の治癒はし易い。
金色虎男さんと灰色狼男さんには力業で最大レベルの治癒魔法を全身に掛けたが、アーニャには確かに損傷部位に触れて治癒魔法の効きを優先させたのは事実だった。
「だれがお前のつるぺたな胸なんか好き好んで触るかよ!」
「むぅ~!!」
俺が余りの雑言に反論すると、アーニャは頬を膨らませてプイと横を向いた。
「それは、お前の体の損傷が一番激しかったから確実にと思ってだなぁ….」
「あと5年、ううん、あと3年もすれば和也がビックリするようなナイスボディになってやるんだからね!、そんな事言ってると後悔するわよ」
俺の言い訳を最後まで聞かずに、とんでも論理を展開するアーニャ。
なんだか、最初に出会った時の妙に澄ました気の強そうな美少女といった雰囲気が、少しばかり壊れているような気がするんだが…。
「お前、キャラ崩壊してるだろ」
「してないもん!」
俺の突っ込みに速攻で返してくるが、この反応がキャラ崩壊だと思うんだよな。
「アナスタシア、かずヤをキにイってるンダよ」
そんな俺の戸惑いを見るに見かねたのか、すっかり元の姿に戻った灰色狼男さんがフォローしてくれた。
「めズらしイね、アナスタシアがこンなにタニンになつくなンて」
虎男さんも、そんな突っ込みを入れて来た。
良かった、二人とも強面だけどやっぱり良い人そうだ。
俺アーニャの国に行っても良いかも、そう思いかけて先ほどの戦闘シーンを思い出して考え直す。
いやいや、やっぱりヤバイ人達だよ。
生身でアームドスーツとか言う大型の機械人形の関節を折るんだもんな。
「懐いてないもん、今はわたしの事を子供扱いしてるけど、あと3年もしたら和也から私に寄ってくるに決まってるんだからねっ」
灰色狼男さんと金色虎男さんの二人にも突っ込まれて、更に態度を硬化させてむくれているアーニャだったが、次に言った俺の不用意な一言で表情を一変させた。
「そっか、アーニャの3年後を見られなくて残念だよホントに」
本当に何気なく言った言葉だったが、この世界を捨てて異世界へ行く事は家族だけの秘密であるだけに、俺は瞬時に軽々しく言ってしまった事を後悔した。
そして、案の定アーニャはそこに食い付いてきた。
「ちょっと和也、見られないってどういうことなの?」
ちょっと、日本人じゃないのに日本語が堪能過ぎませんかアーニャさん。
なんだか馬鹿に真剣な顔で俺を見つめてくるんだが、そんなマジな顔で見つめないで欲しい。
どうやって誤魔化そうかと考えていると、狼男さんが冷静に逃げ道を塞いできた。
「見なイとか見たくナイじゃナくて、見られナイとイウことハ、じぶンのイシにハンして見ルことがデキないとイウいみでスね」
言葉は片言だけれど、鋭い指摘だ(冷汗)
「まるでアナスタシアのいなイとこロろへイッてしまウみたイデス」
虎男さんも鋭いです……
「和也、どう言うことなの?」
当然、俺は答えられない。
嘘は言いたくないし、本当の事はまだ家族だけの秘密なのだから言える訳が無い。
とは言え、ゲームの中でパーティを組んでいたエクソーダスの仲間達には最後にお別れを言っておきたいと思ってはいるのだが、今はまだ早い…。
黙ってしまった俺を見て、狼男さんが突然自己紹介を始めた。
「コにちわ、わたシはヴォルコフです、アナスタシアとオなじ施設でソダったナカマです、オカマちがいまス」
ヴォルコフさん、さりげなくネタ絡ませて来るかよ!
「わたしはティグレノフです、わたしもアナスタシアもヴォルコフもイデンシカイゾウでつくラれたケモノニンゲンです」
えっ、アーニャも獣人って….
それに遺伝子改造とか言ってなかったか?
「私は猫獣人なの…」
アーニャは、そう言うと長い巻き毛の金髪とカチューシャに隠されていた小さな猫耳を見せてくれた。
「え?、え~~~~~!!」
「わたしたちには….、この世界に居場所が無いの、いつかは同じ境遇の者達がを集めて自分たちだけの世界を作りたいと思って祖国に協力する振りをして仲間を募っているのよ」
アーニャが、しきりに俺を誘っていたのはそういう訳だったのか….
俺は、なんとなくずっと抱いてきた小さな疑問が腑に落ちた気がした。
アーニャの祖国のイメージを考えると、もっと力ずくとか強引という方が納得できるのだが、そうでなかった事が密かな不思議だったのだ。
主に日本語の得意なアーニャが話してくれた内容は、寄る辺ない遺伝子改造で生み出された人達の哀しい話だった。
彼らは祖国の研究所で、軍用の強化人間を作る過程で行われた遺伝子改造の実験で偶然生き残った、数少ない成功体だった。
彼らの祖国でもまだ、彼ら3体だけしか成功例が無いらしく、彼ら3人は肩を寄せ合って兄妹のように育ってきたのだと言う。
しかし、強化人間の研究は続けられているので、いずれは動物の強さと人間の知能をもった強化人間が兵士として生み出される事になるだろうと言っていた。
遺伝子改造は、ウィルスサイズのナノマシンを使った全身の遺伝子書き換えまで実験室レベルでは成功しているらしく、そう遠くない将来には獣人の戦士が戦場で殺し合いをする時代がくるだろうと、哀しい顔で言葉を終えた。
そう、彼女たちもこの世界では人格を認められていない世界に拒否された存在の仲間だったのだ。
俺は、彼女たちに異世界へ旅立つ事を伝えて3年後にナイスバディになったアーニャと会う事は出来ないと詫びて、その場を去る事にした。
明らかに気落ちしたように見えるアーニャだったが、ヴォルコフさんとティグレノフさんに連れられて帰って行った。
其処此処に散乱している大型機械人形の残骸は彼らの組織が回収すると言っていたので、俺は後始末を彼女たちの組織に任せる事にした。
そして、俺は日課になっているダイクーア教団の監視をする為にその場から転移して消えた。




