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067:狼男と虎男

 ズグボッ!

 そんな湿った音をさせて、戦闘服の男の背に突き刺さった血まみれの金属製の手甲らしき物が装着された右手を抜き取る、金色の短髪で両サイドを縞模様に刈り上げている男。

 かなりの巨体である。


 身長は2m近くあるだろうか、肩幅もその肉体を構成している筋肉も鎧のように分厚いが、ボディビルダーのような極端な肉体の歪さは見られず、身長と比してみればバランスの取れた柔軟な体つきである事も判る。


 髪の色は濃いめの金髪、全体を短く刈り上げていて、両サイドは更に模様が入っている。

 虎に似せて染めているのか金色の短い髪の毛は部分的に黒っぽい縞模様が何本も入っている。


 その男は左手で戦闘服のヘルメットに付いているカメラのレンズを握ると、それが柔らかい物であったかのように、グシャリと簡単に握りつぶしてしまった。


 『終わりか?』

 巨躯の男が低く太い声でそう問い掛ける声の先には、もう一人男が居た。


 身長にして180cmくらいだろうか、痩せ形の体型だがしっかりと筋肉が付いている体が着用しているピッチリしたシャツからも判る。

 おそらく体脂肪率の非常に少ない体型なのだろう、顔も頬が痩けて少々筋張っているように見える。


 髪の毛の色は白っぽい灰色、髪型はやや長髪気味で、あえて伸ばしているのであろうもみ上げから顎のあたりまで長めの髭が生えていて、人にしては尖り気味の長い耳にも灰色の短い毛が生えている。


 『ああ、こいつで最後だ』

 低い良く響く声で、声を掛けられた男はそう言うと背中に膝を落として動けないようにしていた戦闘服の男の首を金属製のナックルを装着した手で背後から事も無げに「ゴキリ!」と捻って絶命させると、ヘルメットのカメラを引きちぎって握りつぶした。




 俺は、戸惑っていた。


 周囲を取り囲まれて警戒していたのだが、次々と自分を取り囲んでいた反応が消えて行くのだ。

 まるで訳が判らない……


 それと同時に、すごい速度で周囲を動き回る二つの反応に気を取られていて、声を掛けられるまで良く知っているその存在に気付く事が出来なかったのだ。


 「ひさしぶりね和也」

 そう言って、森から和也の居る開けた場所に出て来たのは金髪ロリ美少女のアーニャだった。


 「この間、会ったばかりだろ、アーニャも俺を捕らえに来たのか?」

 ちょっとホッとしたのは内緒だが、この場に動く物はアーニャと彼女の後ろ控えている二つの反応だけだった。


 「あなたを捕らえられるなんて考えてる訳が無いでしょ、そんな事を考えるお馬鹿さんには退場してもらったわ」

 「今のは、アーニャの仲間がやったのか」


 僅か数十秒の出来事だった。

 俺を取り囲んでいた20人以上は居ると思われた存在を僅か数十秒で片付けたと思われる存在は、目の前に立っているアーニャの仲間だと言う意味なのだろう。


 「ヴォルコフ!、ティグレノフ!」


 アーニャが右肘を軽く曲げて片手を顔の辺りまで挙げて後方に合図をすると、森の中から二人の男が姿を現した。

 「大きい方がティグレノフ、痩せている方がヴォルコフよ」


 アーニャが二人を紹介してくれた。

 なんか、二人とも雰囲気がアーニャの仲間とは言いながら凄い場数を踏んでいるプロの雰囲気がする。

 俺はアーニャが、見かけとは違って俺とは違う世界に居ることを再認識させられた気分だった。


 「あ、初めまして…」

 二人に威圧された俺は反射的に軽く頭を下げて挨拶をしてから、自分で自分に何を言っているのだろうと突っ込みを入れてしまった。

 そうじゃないだろう、俺!


 『コンニチハ』

 俺の挨拶に釣られたのか二人が日本語では無い言葉で何か言いながら、いかにも外国人が日本風を意識したようなギクシャクした動きの軽いお辞儀を返してきた。

 もしかして、見かけと違って良い人なのか?


 『母国語じゃあ和也には判らないから、片言でも良いから日本語で話しなさい』

 アーニャが二人を振り返って何かを言うと、二人はアクセントが変だけど日本語で話してきた。


 「ぼるこフでス」

 「てぐれのフでス」

 やっぱ良い人だろう、この人達。


 日本語は片言でしか話せないからと、代わりに紹介を始めたアーニャによると、ヴォルコフと言うのが灰色の髪の毛をした痩身長髪の男で、大柄で厚い筋肉纏った大男がティグレノフと言う名らしい。


 二人ともアーニャの組織の仲間で、小さい頃から同じ施設で一緒に育ってきた兄妹のようなものだと言っていた。


 「俺を取り囲んでいた反応には気付いていたけど、俺の力を狙ってる奴らはいったい幾つあるんだよ」


 考えて見れば、俺を車で拉致しようとした組織、あの鮫島の属する組織、港湾倉庫での一味、アーニャたち、そして裏で暗躍していたダイクーアと数えれば、それぞれが仮に別々としても既に4つや5つの組織と関わっている事になる。


 俺の問いを聞いて、それが何処の組織なのか知っている口ぶりでアーニャは蔑むように言い放った

 「何処の国でも良いけれど、少なくとも情報もろくに集めず戦力の分析もしないで他人が狙っている物は何でも欲しがる輩ってのは、どこにも居るものよ」


 そう答えるアーニャの言葉を聞いていた俺は、突然危険を察知して叫んだ。

 「アーニャ!、危ない!!」


 アーニャとの会話に気を取られて、俺は迂闊うかつにも急速に接近する9つの大きな反応に気付くのが遅れてしまっていた。


 その叫びに反応する間もなく、アーニャの背後にあたる太い檜の森から飛び出してきた迷彩柄の巨体、3体の大型機械人形アームドスーツがそれぞれアーニャと少し離れて森との境界線付近に控えるヴォルコフとティグレノフの二人にそれぞれ1体ずつ急接近するのが見えた。


 俺がその僅かな時間に何も出来なかったのは、別の大型機械人形アームドスーツが前方から2体、そして上方からも2体が、何か黒く太い丸太のような物を抱えて飛びかかってきたからだった。


 俺が叫んで警告する直前にヴォルコフとティグレノフの二人は、アーニャの危機を察知したのか、後ろを振り向いたまま一瞬硬直してしまっていた彼女に向かって必死で駆け出していた。


 ヴォルコフとティグレノフの二人は、大型機械人形アームドスーツとアーニャの間、その射線上に立ちはだかるようにして立ち塞がるのだが、2体の大型機械人形アームドスーツが持つ太い丸太のような武器でそれぞれが左右へと、あっけなく弾き飛ばされた。


 ヴォルコフと言う男は10m程離れた檜の太い幹に激突して血反吐を吐き、それきり動かなくなった。

 丸太のような武器を右腕でガードした時に損傷したのだろう、その手はあらぬ方向に捻曲がっている。


 虎刈りの大男も同じように吹っ飛ばされ、地面を激しく転がって進路上にある小さな木立をなぎ倒し、ようやく止まった。


 丸太のような武器を防ぐのに、蹴りをガードするように膝も使ったのだろう、左足が潰れて足首が変な方向を向いていた。


 そして、二人を弾き飛ばした2体は追撃体勢に入ると倒れたままの二人に向かって武器を構えてスローモーションのようにゆっくりと移動を始めていた。


 視界の端に捕らえたその動きがゆっくりと見えたのは、自分自身に迫る危険を察知した危機回避スキルの発動により超高速で脳が情報処理を始めたからである。


 俺は、不意を突かれて立ちすくんだままのアーニャには悪いが、自分を守るためにスローモーションのような動きで自分に迫って見える6体の大型機械人形アームドスーツの動きに意識を切り替えた。


 またしても、港湾倉庫の時のような左右から1体ずつと上から2体で俺の逃げ場を塞ぐような手慣れた攻撃に加えて、正面の2体は丸太のような武器をライフル銃のように俺に向けて構えている。


 どいつが一番ヤバイか?、迷わず俺は正面の2体だと判断した。


 「ぎゃっ!!」


 美少女の声とは思えないような濁った断末魔のような悲鳴を聞いて、俺の意識は反射的にアーニャの方に向いてしまった。


 一瞬の硬直があだとなったのか、アーニャは回避行動は間に合わなかったようだ。


 グシャッと言うような湿った音が聞こえたかと思うと、そちらを向いた俺の視界の隅でアーニャが丸太のような武器で横に薙ぎ払われるのが見えた。


 その一瞬に気を取られたせいで俺の回避行動も僅かに、しかし致命的に遅れてしまった。


 自己防御スキルによる脳の高速演算活動により周囲の光景がスローモーションに見えるだけで、実際に攻撃が俺に届くまでの実時間は短い。


 アーニャが回避を初めてから横に薙ぎ払われるまでの間に、俺への攻撃を回避するのに必要な時間を使い込んでしまった事になる。


 意識を自分への攻撃へと戻せば、バチバチバチッと言う放電音とスパークの青白い火花を散らしながら、丸太のような武器が俺に左右と上から至近距離に迫っていた。


 スキルにより敵の動きがスローモーションに見えるのと引き替えに、水の中に居るかのように濃くなった空気の壁が俺の動きを阻害しようとする。


 身体強化を発動させてギリギリで後方に上体を反らせて左右からの攻撃を回避する事に成功したが、その崩れた体勢で上からの二連攻撃を避ける事は出来なかった。


 俺の纏う防御結界ごと押しつぶすように重量のある打撃がすぐに二つ連続して叩きつけられた。


 ヴウゥゥゥゥム!

 そんな重量のある機械が軋むような動作音が、静かな山間の森と森の間に広がる小さな平地に響き渡る。


 二つの連続した打撃の衝撃をまともに喰らった俺を中心とした地面が半径1mほどの円を描いたように小さなクレーターを作って凹んだ。


 防御結界で守られているとは言え、その大型機械人形アームドスーツの巨体を生かした全力の打撃による衝撃は、防御結界に守られた俺の脳と内臓を揺らすには充分だった。


 あの港湾倉庫の強化外骨格、パワードスーツよりも大きく重い分破壊力は比べものにならない。

 その上、動きの速さは体躯の大きさに似合わず速い!


 動きが止まった俺に体勢を整えさせる間もなく、連続して丸太のような凶器による打撃があらゆる方向から降り注ぐ。


 辛うじて防御結界の中で直接のダメージは防がれているが、その止むことの無い連続した衝撃は生身の俺を激しく揺さぶり続ける。


 ログアウト不能になったゲームで貰った特別スキルの中の一つである、超回復によって少し待てばダメージから回復するが、これだけ連続して振動を受け続ければ回復が間に合うのか判らない。


 その場で耐えていると、いきなり機械の足で蹴り飛ばされて防御結界ごと俺は吹っ飛ばさた。

 

 バギバキッ!

 俺は立木に背中から激突し太い幹をへし折って止まった。


 「がはっ!」


 これは効いた、明らかに内臓にもダメージがあった感覚があって、目眩だけで無く酷い吐き気がする。

 それを追って6体の大型機械人形アームドスーツが殺到してくるのが見えたが、頭が朦朧としてすぐに対処ができない。


 いや、奴らが来るのは見えているし自分が何をされているのかも頭では判っているのだが、それで何をするべきなのかという肝心の事が思いつけないのだ。


 ただ、第三者的に自分に加えられる攻撃を傍観している感じと言えば判るだろうか。

 ああ、まずいなぁ、避けないと不味いよなぁ、逃げないと…、あ、また喰らった、あ、あ、あ、あ……


 そう俺は脳に加えられ続けた振動で軽い脳震盪パンチドランカーの症状を起こしていたのだ。

 ぼぉーっとして上手く頭が回らないような、どこか他人事のような変な感じだった。


 パッシブな超回復スキルを持ってしてもダメージの回復は一瞬ではないし、能力の要である脳をやられては正常な判断ができるまでに数秒を要する。


 そしてその数秒の間に攻撃を加えられて脳や内臓を揺さぶられると、ぼぉ~っとして次の手が打てないのだ。

 ヤバイと言う事は判っていたが何も手が出せずに、加えられるダメージと回復が繰り返されて時が過ぎて行く。


 反射的に両手を交差させて頭をカバーしたままの俺の視界の隅に、アーニャが腹部へと打撃を受けたのか口から血の糸を引きながら俺の視界を横切り、凄い勢いで左へと吹っ飛んで行くのが見えた。


 それはまるで操る者のいない人形のような、そして彼女が既に意識を失っている事が誰からも明白に判る姿だった。

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