066:捕獲部隊と暗殺作戦
8月も終わり、9月を迎えた1日の早朝
俺はいつもの朝練のために実家の裏山へと歩を進めていた。
退院してから毎日続けているウォーキングのお陰で、体力は既に元通り以上に回復していた。
今ではあまり息が切れる事もなく、裏山の上り坂を登って行けるようになっている。
このところずっと魔力制御の練習をしている周囲を檜の森に囲まれた空き地に向かって、いつものようにゆっくりと歩いている。
この山全部がかつては大地主だったと言う八坂家に残された所有地の一つなので、ここで多少派手に魔法を使っても村人に見られる心配はまず無いだろう。
イオ爺とレイ婆は早朝から隣の山にある谷間の畑へ、仲良く二人で茄子とピーマンの収穫に向かっていた。
9月になったと言ってもまだまだ暑い日は続いている。
この時期は、特に日差しが強くなる前に仕事を済ませて置かなければ日中は暑くて仕事にならないのだ。
俺も暑くなる前に一通り練習をするつもりで出て来た …… と言う訳ではない。
本来は、練習に充てている時間と場所なのは間違い無いのだが、今日は朝から珍しく索敵感知に引っ掛かる複数の反応があった。
その反応は、俺がいつもより早めに家を出て山に登り始めると、追いかけるように一斉に移動を始めた。
だから、派手に魔法を使っても近所に迷惑の掛からない場所へとそいつらを誘い込んだのだ。
同時刻……
和也の登っていった山に隣接する場所へと場面は変わる。
麓の街から村へと繋がる県道から分岐して周囲の山へと続く農道のひとつに、一台の宅配業者の中型貨物車が止まっていた。
本来は段ボール箱などの荷物が積んであるはずの貨物室内には複数のモニターと電子機器が設置され、それぞれ画面が別々の状況を映し出していた。
室内にはヘッドセットを頭に付けた男たちが4名、機械を操作しているらしく慌ただしく動いている。
そのうち3名はそれぞれモニターに向かい機械を操作しているが、もう1名の男は上官らしく後ろからそれを見ていた。
複数のモニターに映し出される映像には、迷彩柄をした戦闘服の集団がそれぞれチームを組んで森の中を移動しているのが見える。
その戦闘服のヘルメットに取り付けられたカメラの画像が、この貨物車に偽装した作戦指揮車両に送られていたのだった。
同じ頃、畑へと歩を進めているのは偉緒那と玲衣那の二人。
修蔵はキャリキャリキャリと音を立てて巻き上げられる、整備工場のシャッターを開けて機械のメンテナンスを始めていた。
千絵は洗濯の合間にメルと一緒に室内の掃除を始めている。
偉緒那と玲衣那が向かう谷間の畑は、両脇を二つの斜面に挟まれた場所にある。
その畑の周囲にある斜面の上の木立に隠れるように早朝から潜んでいる、戦闘服の集団とは別の集団がいた。
彼らも迷彩服を着てはいるが、それはポピュラーな柄ではあるが既に米軍の正式採用から外されて久しいウッドランドパターンと呼ばれる柄の物であったり、市街戦用のグレーを基調とした物であったりと、その統一性の無さが何処か素人臭さを醸し出している。
彼らの位置から少し離れた斜面の途中、狭い畑を見下ろす位置に設置された大きな檻が三つ、台車のような物に乗せられて置かれていた。
それは周囲の風景から不自然に浮いている。
その中で神経質そうに動いているのは、熊であった。
本州に生息する月の輪熊であったが、その体躯は標準を大きく超えていた。
斜面の上に潜む彼らは、近付いてくる偉緒那と玲衣那の姿を認めるとリモコン操作で檻の扉を開放して3頭の熊を野に解き放った。
数日間、餌を与えられていない3頭の羆たちは飢えていた。
野生の羆と異なるのは、彼らが特殊な形状をした首輪をしている事だった。
3頭の羆たちは檻から解放されると、互いを警戒しながらも何かの臭いを嗅ぎ取ったのか一斉に下に見える畑へと一気に駆け出した。
その畑の先に居るのは偉緒那と玲衣那の二人である。
暑苦しい覆面で顔を隠している男達は、斜面を駆け下りて行く羆たちを双眼鏡で追っていた。
うなり声を上げて斜面の上から偉緒那と玲衣那に迫る羆たち。
それぞれが2m近くある体躯をものともせずに一直線に、畑に向かって近づいてくる二人に向かって駆け下りて行く。
「あらあら」
ふっと笑みを零す玲衣那
「うむ … 」
短く答える偉緒那。
二人とも、それに気付いたようである。
しかし、監視している男達から見れば二人は迫り来るそれに気付いた風でも無く、今までと変わらず自然に歩を進めている。
偉緒那は右手に持っていた鍬を何気なく地面に置くと、腰に差していた装飾の付いた身の丈程もある長い杖に持ち替え、歩を止めて一歩下がる。
それは和也に作って貰った、魔石を埋め込んだチタン合金製のロッドであった。
玲衣那もその動きに合わせて腰の後ろに取り付けた、大きな鉈と呼ぶには幅が広く長さも長過ぎる和也に作ってもらった大型で異形の鉈を装飾の付いた腰の鞘から抜き出すと、何事も無いように5mほど偉緒那の前に進み出た。
そして同時刻、和也の実家が有る村へと向かって爆走する4台の大型トラックと1台に戦闘指揮車があった。
先頭を走るトラックの荷室には、西房自身がアームドスーツのコックピットに座って苦虫をかみつぶしたような顔で指示を飛ばしていた。
「ターゲットを他国に取られる前にうちが奪取するのよ、急いで!」
「全員、いつでも出られるように出動準備を済ませておくのよ!!」
「了解!」全員が声を揃えて返事を返す。
「もう、こんな時に鮫ちゃんは何処に行っちゃったのよ」
発端は教団が報復に動いたという情報だった。
次いで協定を呼び掛けていた側の赤坂から近隣国の一つが突然動いたという情報が入る。
それを裏付ける情報は鏑木の元にも入っていた。
今まで何の動きも無く、和也の能力に関する事情を充分に知らないはずの近隣国からの横槍に怒りを覚えながらも、鏑木は同時期に教団の実行部隊が昨夜から和歌山方面に移動を開始したとの情報もあって、西房のチームにも昨夜出動命令を下したのだった。
「ターゲットの能力により直接傷つける事はできないけど、内部に浸透する衝撃を加え続ける事が捕獲には有効だと分析結果が出ているわ。 総員はターゲット捕獲用の特殊武器を装着、今回も隠密行動につき重火器の使用は無いわよ」
早口でそういう西房だったが、内心では鮫島の事を心配していた。
「鮫ちゃん、メッセージを読んで早く戻ってらっしゃい」
トラック1台につき3体の森林迷彩に塗装されたアームドスーツが、着座姿勢で荷室に背中から固定されている。
トラックの内、1台は指令車で残り4台にアームドスーツが積まれているから、都合12台のアームドスーツを運んでいる事になる。
場面は和也に戻る
相変わらず俺の後頭部からは、チリチリと焦げるような違和感が消えない。
もうずいぶん前から索敵感知には24程の人体と思われる反応が周囲を取り囲んでいるが、俺が気付いている事を察知しているのかまだ動きは無い。
俺は気付いていない風を装って静かに防御結界を再度掛け直し、両手を上に伸ばすと大きく息を整えた。
指揮車のモニターに、和也をスコープの照準に捉えている映像が複数映っている。
ターゲットの補足準備完了を報告する、そんな通信が次々と指揮車内のスピーカーから響いてくる
「よし、30秒後に一斉に捕獲開始だ、各自自分の役割をチェック、狙撃班は麻酔銃の安全装置を解除、やさしく眠らせてやれ!」
彼らが、アーニャの言っていた、情報も足りていないのに後から割り込んできたと言う別の組織なのだろうか?
和也に対する調査と情報が充分で有れば、麻酔銃などは防御結界に阻まれて通用しない事は判っている事なので、そんな手を今更使う事は無いだろうと思われる。
「うっ…」「ぐはっ…」
小さなうめき声と共に次々とモニターの画像が乱れて行く。
「なんだ、どうした何があった、報告しろ!」
指揮官の声がマイクに向かって飛ぶが、聞こえるのは代わらず聞こえてくる悲鳴や呻き声だけだった。
「敵襲!、敵襲!」
「な、なんだこいつらっ?…」
「うわぁぁっ!!」
「なんで金髪の…」
「ぎゃっ!」
次々に壁面の大型モニターに分割表示されていた小さな画面が次々とブラックアウトして、何も写らなくなった。
「なっ、あっという間に全滅だというのか?」
絶句する指揮官に向かって、周囲の隊員からも疑問の声が上がる。
いったい、何が起きたのか把握できる程の情報は誰にも無かった。
「いったい何が?」
その時、車外をモニターしていた隊員が大声で叫んだ!
「赤外線モニターに3体、この車に急速接近する個体があります!、なんだこいつらは大きいぞ!!」
ドン!と大きな音と共に車でも車同士が衝突したのかと思うような強い衝撃が指揮車の車内を襲い、ぐらりと大きく傾く室内に居た指揮官を始めとする3名の隊員は椅子から突然放り出されてパニックになっていた。




