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063:コードネーム鮫島

 「駄目だ、これは命令だ。 西房にしぼう君の処へ帰りたまえ」

 そう冷たく鮫島に言い放つのは鏑木である。


 デスクでPCのモニターに表示された資料に目を通している鏑木は、鮫島の顔すら見ようとせずに答える。

 彼にとって鮫島というのは、手足が壊れた時点で利用価値が無くなってしまった、ただの言う事を聞かない厄介者でしか無かった。


 「そう言えば、君は自分の部屋にも戻っていないようだが、何処に根城を移したのかね」

 鏑木がモニターから目を上げて、鮫島に問いかける。


 「身内に監視されてたんじゃ居心地が悪いからな、引っ越したんだよ」

 そう言って、鮫島は乱暴に包帯の巻かれた右手でドアノブを掴むとドアを開けて出て行った。


 それを見ていた鏑木は、受話器を取ると内線電話を掛けて指示を出した。

 「鮫島が来ている、三人回してくれ。 この機会に根城を掴んでおくんだ、いいな」


 電話に出た相手に、そう指示をする。

 そうして、しばらくしてから思い出したように受話器を上げると、鏑木は犬塚の処へ連絡を入れた。



 「駄目です!、予約アポイントの無い方はお通しできません!」

 そう叫ぶ犬塚の秘書を無視して鮫島は、犬塚の部屋のドアを強引に開けて中に入った。


 「よぉ、元気そうじゃねぇか」


 ドアを開けて、鮫島らしくも無い照れくさそうな顔で大きなマホガニー製の重厚なデスクの向こう側にいる犬塚に声を掛ける。


 「ああ、判った。 … こちらに来たようだ。 … ああ、そうしてくれ」

 犬塚は窓を向き鮫島に背中を向けて、鏑木からの連絡を受けている処であった。


「 騒がしいと思えば、鮫島君か。 どうした?」


 「どうもこうも無ぇだろう、何で小僧の捕獲作戦が中止になってるんだよ」

 受話器を置いて振り返った犬塚が鮫島を見て問いかけると、それに被せるように鮫島が疑念をぶつけてきた。


 「詳しくは話せないが、大人の事情って奴だ。 お前の生き方からして納得は出来ないだろうが、ここは引いてくれ」

 そう言って、チラリと鮫島の包帯を巻かれた右腕とギブスで覆われて不自由そうな左足に目を動かす犬塚。


 「その怪我は、八坂和也にやられたらしいな。 ダメージが酷いと聞いているが今後の作戦に関わって行けるようになるまで、まだ時間が掛かるだろう」

 優しそうな口調で犬塚は問いかけるが、それを聞いて鮫島は嬉しそうに答えた。


 「ああ、前より調子が良いくらいだ。 いつでも行けるさ」


 そううそぶく鮫島。

 酷薄そうに大きく薄い唇からは、彼の頑丈そうな歯が覗いて見える。


 「上の方で話が着くまでは、我々も独断で動くわけには行かないんだ。 判ってくれ」

 「わかんねぇなあ、騙し合いが俺たちの稼業だろう。 先に捕まえなけりゃ余所に取られちまうだろうが」


 犬塚の説得に、鮫島は聞く耳を持たないといった体だ。

 とても組織の上司に対する口の利き方ではないが、それが鮫島という男であり、それを一番判っているのが犬塚というかつては鮫島の直属の上司であった男の筈であった。


 「当面は何処も動けんさ。 赤坂は巨額の予算を投入して極秘に開発し育て上げた精鋭部隊を容易く石にされて、相当怒っているようだがね」

 「そりゃあ、本当なのか? 俺にはどうにも眉唾まゆつばに聞こえるぜ」

 即物的に生きてきた鮫島には、まだ魔法というものの存在が自分の中で消化できていないようだった。


 「じゃあ聞くが、君のその右手はどうやって壊されたのかね?」

 そう問いかける犬塚の言葉に、鮫島は返す言葉が無い。


 左足は物理的なダメージによって直接壊されたから、ある意味納得している。

 しかし、この右腕は誰も触っていないのに勝手に弾けて壊れたのだ。

 それに、腕が弾ける前に一瞬凍り付いたようにも見えた。

 膝の激痛による錯覚だと思い込んではいたが、やはりあれが魔法という荒唐無稽なものを喰らったと言う事なのか…


 「おそらく八坂和也には、物理的なダメージは一切通用しないだろうとの中間報告が出ている」

 「それじゃお手上げじゃねぇか、俺たちから物理攻撃を取ったら何が残るよ」


 絶望的な答えを聞いたかのように鮫島が、らしくもない弱音を吐き出す。

 鮫島から物理攻撃を取り上げたら、ただの無駄に体の大きな穀潰しに他ならない事は自分が一番良く知っている。


 心理攻撃が出来る程、他人に興味を持ったことは無い。

 デスクワークが出来る程、自分を殺してへつらい生きて行ける程に器用では無い。


 「一つだけ、効果がありそうな物理攻撃方法が提示されてはいるがね」

 犬塚は、机の書類に目を落としながらそう呟いた。


 「なんだよ! 物理攻撃は効かないって言っただろ。 まさか核でも落とすとか言うんじゃあ無いだろうな」


 「まさか、 愚かな軍事独裁国家じゃああるまいし、自国に向けて核を落とす為政者が居るわけが無い」

 「じゃあ、なんだよ!」

 即座に鮫島の言った核攻撃を否定してみせた犬塚は帰ってきた問いかけに、たっぷりと間を置いてから嬉しそうに鮫島に告げた。


 「内臓、若しくは脳を揺らすんだ」

 「はぁ?」


 意味が解っていない鮫島に呆れたように、編集された動画を見せた。

 それは、和也が頭を撃たれて一瞬脳震盪を起こしたかのようなシーンだった。


 「これは推測の域を出ないが、恐らく彼がダメージを受けないのは表面だけだ。 脳や内臓は恐らく衝撃でダメージを受けると分析できるシーンとも言えるだろう」


 「なるほど、外側は固いが中は生身って訳か…」

 普段であれば鮫島もこれ程呑み込みが悪い訳では無いのだが、こと魔法という事になると心理的な抵抗がどこかにあるように理解が遅かった。


 「その後の状況を見れば、それなりにダメージからの回復も早いようだがね」

 「なぁに、やりようはあるさ」

 そう言って舌なめずりをするように、ニヤリと笑う鮫島。

 そして、鮫島に気が付かれないように下を向き口角を僅かに上げて、こっそりとほくそ笑む犬塚であった。


 そうして、鮫島の発言に今気が付いたかのように顔を上げて釘を刺す事も忘れない。

 「ああ、駄目だよ。 八坂和也には手を出さないのが当面の決定事項だからね」


 「何でだよ!、そこまで判っていて手を出さないなんて有り得ないだろ」

 「だから言っただろう、各国とも一時活動を停止することで意見の一致を見ている。 これは決定事項だ」


 犬塚は冷たく鮫島に言い放った。

 対する鮫島は、憤懣やるかたないといった風情で足早に犬塚の執務室を出て行く。

 「わかったよ、俺は勝手にやらせてもらうからな」


 「命令違反を犯した場合は、例え君だとしても登録を抹消せざるを得なくなるよ」

 立ち去る鮫島の幅広い背に、そう言葉を投げかけるのを犬塚は忘れなかった。


 彼らの組織に於いて登録を抹消されると言う事は、始末されると言う事に他ならない。


 鮫島が立ち去ったことを確認すると、犬塚は内線電話で鏑木を呼び出した。

 「私だ、鮫島は餌に食いついた」


 「ああ、そうだ。 これは組織に不満を持った命令違反の常習者が勝手にやることだから、我々は関知しない。 … ああ、武器の無断持ち出しをあえて見逃したのはそういう事になる」


 「いわば、今後の対応方法を確認するための威力偵察というところだ」


 「鮫島の始末は君に一任する。 怪我をして働けなくなった家畜は肉にでもなってもらうしか利用価値が無いからね。」

 「そうだ、我々のあずかり知らぬ処で起きた反乱分子を我々が始末した、そういう事だ」


 犬塚は受話器を置くと、座っている椅子をクルリと回転させて後方にある広い窓へと向き直り、酷薄そうな目をしならがら呟いた。


 「まあ、彼も色々と私の出世に役立ってくれたが、そろそろ私も次のステージへ行く為に身を綺麗にする潮時ではあると言う事だ」


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