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062:断ち切られた想い

 「ちょっと鮫ちゃん、歩くの速いよ」

 「しょうがねぇなあ... 由紀、お前が遅すぎだって」

 「鮫ちゃんが沢山食べるからお弁当が重いのよ、少しは持ってくれたって良いじゃない」


 高校では可愛い彼女も出来た。

 北原由紀という同級生で、黒髪のロングヘアが風に揺れている。


 少し色黒な顔は、彼女が陸上部に所属していて日に焼けているからだろう。

 北原由紀は、大きな瞳とほんの少しだけぽっちゃりしたピンクの唇が可愛い女子高生だった。


 中学校の頃からの同級生だが互いに顔は知っている程度の認識で、同じ高校に進学したのは只の偶然である。

 そんな二人が付き合いだしたのも、只の偶然が切っ掛けだった。


 廊下の角で出会い頭に鮫島の巨体にぶつかった由紀がコンタクトレンズを落とし、それを鮫島が知らずに踏んでしまった事、それから鮫島を見かけると何故か由紀が話しかけてくるようになった。


 鮫島も、柔道場の窓から見えるグラウンドに由紀の姿を無意識のうちに探すようになり、やがてクラブ活動が終わった後に由紀に声を掛けられて一緒に帰るようになった。


 「ったく、お前と居るとなんかペースが狂うんだよな、ほら持ってやるから寄越せって」

 「鮫ちゃんは強面こわもてだもんね、こんな処を誰かが見たらイメージ狂っちゃうってクレームが来るよきっと」

 下から鮫島の仏頂面を覗き込むようにして由紀がからかう。


 「うるせえんだよ、クレームが来たらぶっ飛ばしてやるさ」

 そう言って、由紀の持つ二人の昼食が入った大きなバスケットを取り上げる鮫島。


 「ありがとっ」

 そう短く言って、嬉しそうな顔をする由紀。

 照れくさそうに由紀の方を見ないようにする鮫島、他人に舐められることを許さない男が 「鮫ちゃん」と馴れ馴れしく呼ばれて怒らないのは由紀が呼んだ時だけであった。


 こいつと居るとペースが狂う、それは頑なに他人と馴れ合うことを拒絶してきた鮫島の心を、由紀というマイペースな性格の女性が唯一解きほぐす存在だったからに他ならない。


 やがて二人が深い仲になるのにも時間は掛からなかった。

 由紀は鮫島の全てを知り、それでも鮫島を選んだ。

 鮫島も、由紀だけには心を開いた。


 由紀と居るときだけは、鮫島のささくれた心が温かくなる気持ちがした。

 早生まれの鮫島と由紀が17歳になった高校2年の終わりには、二人で将来の結婚を約束する程の関係になっていた。


 その為にも柔道で認められて食べて行けるようになる!、 既に周囲より実力を認められてオリンピックの強化選手候補にも選ばれていた鮫島は忌まわしい過去を忘れるように、より一層練習に打ち込んだ。


 将来有望で優秀な選手である鮫島の元には様々な誘いがあった。


 地方紙に載り、ローカル局ではニュースでも取り上げられた。

 大学からの誘い、公安関係からの誘い、国防軍からの誘い、鮫島は各方面から注目を浴びていた。

 その将来は引く手数多あまたであったのだ。


 そんなある冬の日の帰り道、夏ならばまだ太陽がある時間帯だが既に日は暮れていた。

 地方の高校に通っている鮫島たちの通学路には周囲に畑が多い。


 農道と言っても耕耘機や軽トラックが擦れ違える程に道路の幅は広い。

 そんな農道を歩く方が駅までは近道だったりもするので、明るい時間帯は学生の姿も多いのだが流石に暗くなってから街灯も少ない農道を歩く学生は他には居ない。


 自分の強さに絶対の自信を持っていた鮫島は、迷わずいつもの農道を選んで由紀と歩いていた。


 農道に申し訳程度に設置されている、数少ない街灯の間隔は長い。

 鮫島と由紀は、その灯りが届ききらない薄暗い空間にたむろする10人程の人影を見つけた。

 鮫島たちから見て道の右側に黒い人影が集まっている。


 「鮫ちゃん... 道、変えようか?」

 それを見つけて、由紀が鮫島の制服の左袖を不安そうにギュッと掴む。


 「心配すんな、大丈夫だよ」

 そう言って由紀を自分の方へと引き寄せる。


 引かない、負けない、曲げない、そうやってあれから生きてきた。

 そうして掴んだ成功への道、絶対に曲げられない!


 そんな愚かな鮫島の意地が不幸を呼び寄せた。


 「よう鮫島君、ニュース見たよ。 凄いねぇ、元いじめられっ子が出世したもんだねぇ」

 集団の横を無視して通り過ぎようとした時に、その中から鮫島に声が掛けられた。


 立ち止まり、無言でそちらを見る鮫島。、

 「ちょっと、駄目だよ行こうよ鮫ちゃん」

 由紀が力一杯鮫島を引っ張るが、女性の非力な腕力では鮫島の100kgを超える巨体を動かす事はできない。


 「なんだよ、可愛い彼女まで出来たってか? 世の中は不公平だよなあ、鮫島くん」

 「誰だ?、お前」


 その問いに、薄暗い空間から一人の男が前に出た。

 「お前にやられて、したくもない転校までさせられた俺を忘れたとは言わせねぇぞ!」

 男が興奮して叫ぶように鮫島に近づき、その顔を晒した。


 薄明かりに見えた顔に見覚えは無かったが、転校という言葉には思い当たる記憶があった。


 「なんだよ石留いしる、お前の片思いだったんじゃねーの」

 「そうだよ、哀しくて泣けるぜ~」「美味しそうな彼女、名前なんていうのかな?」

 「ビビって何にも言えないんじゃねーか、おい!」


 周囲の男達が、堰を切ったように口々に挑発するような言葉を投げてくる。


 「石留いしる?、小学校の時に俺に殴られて泣いて謝っていたお前が、今頃俺に何の用だ」

 ようやく思い当たった、遠い記憶。


 石留いしるという変わった名字の男は、小学校の時に鮫島を虐めていて鮫島の反撃を喰らって学校に来なくなり、やがて転校していった本人だった。


 先に行こうと促す由紀の体を、自分の後ろに隠して警戒する鮫島。


 由紀を先に逃がし、こいつらを引き止めるか? そんな逡巡の間に カラン… 金属が未舗装の道路の小石に当たったような小さな反響音が聞こえた。

こいつら、何か持っている……


 「むかつくんだよ! 鮫島ぁ、なんでお前だけが幸せになってるんだよ」

 石留いしるを突き動かしていたのは、嫉妬だった。


 転校してからは、全てが上手くいかなかった。

 新しい学校とクラスには馴染めず、クラスからは無視されて孤立する日々。

 小学校の卒業を契機に中学校デビューをしてみた。


 悪い仲間は出来たが、普通の友達は居なくなった。

 その仲間からも使い走りにさせられ、良いように使われてきた三年間。

 高校生になり、ワル仲間にいじられながらも居場所を見つけて足掻いてきた。


 もう自分に明るい未来は見えない。

 周囲の幸せな光景が意味も無く憎くて、それを目にすることが苦痛だった。


 みんな(俺と同じように)不幸になればいい、彼は世の中で何事も無く過ごす人々を心の底で呪っていた。

 そんな心の闇に自分では気付くことは無い。

 だからこそ内心では認めたくない、湧き上がる嫉妬や憎悪の気持ちに整理が付けられずに、ただ一言「むかつく」という表現ですべてを済ませていた。


 何気に見ていたテレビのニュースで鮫島の事を知り、心の底から湧き上がる黒い嫉妬と憎悪を抑えられなくなったのは言うまでも無い。


 仲間達に声を掛けて鮫島のことを話した。


 同じような闇を心に抱えている仲間達も、虐められる側であった鮫島の成功を嫉んだ。

 自分たちと同じ底辺に引きずり下ろして絶望する顔を見てやりたいと願った彼らは、鮫島襲撃の計画を練り始めた。


 計画を練ったと言っても、烏合の衆である彼らに周到な事は出来ようも無い。

 ただ、帰り道を待ち伏せして襲撃する、それだけだった。


 何回か帰り道を追跡すれば、農道を近道することは誰にでも判る。

 かくして、歪んだ嫉妬による鮫島襲撃計画は実行された。


 当然のように由紀が毎日一緒に帰っていることも織り込み済みで、鮫島が一番精神的な苦痛を覚えるであろう事を彼の目の前で由紀に対して実行する事も計画の中に組み込まれていたのだった。


 如何に実力があっても、1対10で勝てる者はそうそう居ない。

 鮫島も一人・二人・三人目迄は土の路面に叩きつけたが、後ろから後頭部を金属バットで殴られては堪らない。

 鈍い音がして動きが止まった処を膝にも背中にも金属バットと角材が叩きつけられ、崩れ落ちる鮫島の巨体。


 意識が遠くなりかけた処で聞こえる由紀の悲鳴。


 激痛で悲鳴を上げる体に構わず鍛え上げた全筋力を総動員して瞬時に起き上がり、悲鳴の聞こえた方向へ突進すると由紀を捕まえている男の腰を刈り、頭から地面に叩きつけた。


 朦朧とする意識の中で手加減をする余裕は無い。

 負けたら全てを失ってしまう、何よりも由紀を守らなくてはならない。

 必死の想いで戦う鮫島だが、物語のヒーローのようにはいかない。


 素手の鮫島に対して、金属バットや角材、鉄パイプといった長い武器を持った相手は、鮫島の手が届く前に鮫島を打ち据える。

 ましてや、朦朧とした意識で後ろからの攻撃は避けようも無い。


 左前腕の外側にある尺骨は、相手の凶器による打撃を受け止められず簡単に折れた。

 左腕に激痛が走る、肩を強打され足をも強打されて不覚にも膝をつく鮫島。


 「無様だな、鮫島くんよぉ!」

 ふらふらと、膝をついた低い姿勢から声がする方向へと顔を上げた鮫島の頭部へ向けて、石留いしるが金属バットを振りかぶり、思い切り振り下ろした。


 「鮫ちゃん!!!」


 その時、鮫島は自分に覆い被さる柔らかくて温かい物を感じた。

 ゴシャッ!

 鈍い音がして、その柔らかく温かいものは急に重さを増したような気がした。


 生温かい液体が鮫島の顔を濡らす。


 それが由紀の頭部から流れ落ちる血であることに気付いた鮫島は吼えた。

 周囲の男達は急に熱から冷めたように動きを止めて、鮫島の上から崩れ落ちる由紀を見つめている。


 「こ、こいつが...」


 石留いしるが言葉を言い終わる前に鮫島は目の前にある、その足を掴んで地面に引き倒し、全身の体重を乗せた拳を上から叩きつけた。


 100kgを超える鮫島の全体重を乗せた拳は、後ろが地面で力の逃げ場が無い石留いしるの頭を、いとも簡単に一撃で物言わぬ肉塊に変えた。


 その石留いしるだった物の右足首を右手一本で掴み上げると、軽々と振り回して周囲で呆然としている男の一人に叩きつけた。


 柔らかい物同士が激突する鈍い音がして男が周囲の仲間を道連れにして吹っ飛ぶのを待たずに、鮫島は言葉にならない叫び声を上げてそこへ突っ込んで行く。


 鮫島の叫び声を聞きつけた人が通報したのか、警察が駆けつけた時には全てが終わっていた。

 その場で生きているのは鮫島一人だったのだ。


 鮫島は、徐々に冷たくなって行く由紀の体を抱きしめて、無言でうずくまっていた。


 どんな事があっても勝たなくてはならない、どんな手段を使っても勝たなければ大事な物を無くしてしまう。

 鮫島の心にそれは、再びより深く刻み込まれた。


 圧倒的な力で叩き潰す、容赦をすれば自分の大事な物はすべて消えてしまう、だから勝つ!、絶対に負けたままでは終われない、どんな手段を使っても自分の前に立ちはだかる者は叩き潰す。


 それが鮫島の誰にも譲れない、自分の不器用な生き方を決定づける不幸な出来事だった。



 鮫島にも情状酌量の余地は多分にあったが、10人を殴り殺したという事実は大きかった。

 高校は退学処分となり、まだ17歳の鮫島は鑑別所に送致された。


 熱心にスカウトに来ていた人達も、波が引くように一斉に姿を見なくなってしまった。

 当然、拘置中の鮫島は由紀の葬儀にも出られず、警察でその報を聞くこととなる。


 どんなに体を虐めて鍛えても、多人数を相手にすれば自分の身も由紀の身すらも守れない頼りにならないものでしか無かった。

 もっと力が欲しい、もっと圧倒的な力が欲しかった。


 そんな鮫島を訪ねてくる珍しい人物が居た。


 まだ20代後半から30になったばかりと言ったところだろうか、鋭い目をした犬塚という男だった。

 彼は鮫島に、こう切り出した。


 「単刀直入に言おう、君をスカウトしたい。 詳細は言えないが君の能力を生かせる仕事があるとだけ言っておく」

 犬塚という男は、そう言って鮫島から目を逸らさずに言葉を続けた。


 「民間の団体だが、私は国を守るために信念を持って仕事をしている。」

 「鮫島君はもっと大きな強い力が欲しくは無いかな?」


 一つ一つ、区切るように言葉を連ねる犬塚という男。

 強い大きな力というフレーズに鮫島が僅かに反応した。


 「どういう事だ、おっさん」


 「そう、例えば大事な人を守れる強い力と言い換えても良いかもしれないね」

 何も知らぬ顔をして、失意の鮫島に対してそう言ってのける犬塚が、ニヤリと笑う。


 「言って見ろよ、その強い力ってのについてよぉ」



 数日後、鮫島の姿は特殊作戦チームの新兵として東富士の国防軍敷地内にあった。

 鮫島はここで銃火器の取り扱いと、人を殺すための格闘技、人を殺すための様々な武器の扱い方を習得させられる事となる。


 5年の月日を経て、表向き除隊をした事になった鮫島は国外の戦地で傭兵として人を殺す訓練を重ねていった。

 日本に戻り、犬塚の配下として働き始めたのは鮫島が25歳の時である。


 鮫島は犬塚の指示しか聞かない扱いにくい存在として国際関係研究所の中でも疎まれていた。

 彼は憎まれ口を叩きながらも、自分を行き場の無い後悔の海から救い上げて、天職とも言える仕事を与えてくれた直属の上司である犬塚にだけは逆らわなかった。


 しかし、犬塚が昇進して鏑木という中間管理職の男が直属の上司になってからは、犬塚との接点は激減した。




 17歳の時に拘置所から鑑別所に移った退屈な生活の中で、鮫島のスカウトの為に足繁く通ってくれた犬塚は、やがてポツリポツリと話し始めた鮫島の過去や由紀との事を黙って聞いてくれただけで無く、真摯にアドバイスをくれる良き兄貴のような存在となっていったのも無理は無い。


 そして鮫島は、犬塚の何度目かの誘いをようやく承諾した。

 それが鮫島と犬塚の関係であった。

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