005:初冬の想い出
「昨日、ようやくメインが魔道具士もLv.200になったよ」
さも偶然手が触れただけで自分は何も気にしていないかの振りをして、話題を少し変えてみる。
「メイン」と言うのは俺がゲームの中で名乗っている、小学生の時に作った中二病っぽいキャラクターの名前である。
それだけではなくて、鳴院などと言う当て字の名字まで裏設定で作ってあるのだが、それは墓まで持って行くべき俺の恥ずかしい秘密である。
(もしかしたら、ワザと手を触れたのに気付いているんじゃないだろうか?)
もしや、俺の下心を軽蔑しちゃってるんじゃ無いだろうかと、あえて悪い方に気を回しドキドキするんだが、紫織の表情は変わらず何も読み取る事が出来ない。
この状況で紫織の気を、俺の手の位置から逸らす事が出来るなら天気の話でも何でも良かった。
たまたま思いついたネタがレベルアップの事だっただけである。
「これで職業幾つ目だっけ、ほんと早いよね~」
そんな何気ない紫織の言葉が、動揺している俺には感心したようにも呆れたようにも受け取れてしまう。
「いや、俺はオープンβからやってるし…そういう紫織だってレベルはもうじき150超えの魔法剣士様じゃんよ」
そう言って、俺は紫織に突っ込み返す。
「だって、私は誰かさんと違って転生無しだもん」
なんだか逆効果だったようで、いきなり拗ねるように言われてしまった。
「いや、ソード&マジックオンラインを始めて2年目でそこまで行けば充分凄いと思うよ」
慌ててフォローをするはめになった俺なんだが、そんな優しい言葉とは裏腹に心は此処にあらずという奴である。
そんな事を言いながらも、俺は紫織の右手の位置に意識をロックオンしていた。
紫織は俺のそんな気持ちを知ってか知らずか、その視線は二人の座る先にある川面を見ているようで、俺の方を見ようともせずに話を続けていた。
「それは和也くんが、いつも的確に支援してくれてるから頑張れたんだよ、ありがとね。」
紫織が俺の方を向いて嬉しそうに言う。
「それと魔法使いのスキルを追求しているのに支援職(聖職者=プリースト)のスキルまで取ってくれたなんて、あの時は寄り道させてるんじゃないかなって、気にはしてたんだよ」
ちょっと申し訳なさそうに紫織が続けて言うのだけれど、そんな事は無い。
「いや、魔法スキルはイベントスキル(イベントに参加して完遂できると取得できるスキルの事)も含めて取り尽くしちゃったし、自分のステータスを生かすには、聖職者とか錬金術師とかの魔法系か生産系しか選択肢が無いんだよ。」
俺は紫織の負担にならないように、慌てて言い訳を始めた。
「それに紫織を支援するのは楽しいし遣り甲斐もあるから、気にする事じゃないよ。」
俺は最後に紫織の心配を打ち消そうと、自分の紫織に対する気持ちをさり気なく織り交ぜながらも断言した。
事実、自分自身でブーストアップ(各ステータスの増加=身体能力強化)とヒール(体力・生命力の回復魔法)が出来れば、ソロ(単独)でも行動の自由度が増すと言う程度の認識で始めた聖職者のスキル取得だったのだが、やってみれば大違いだった。
それは実際にやってみると予想以上に楽しくて、気がつけば当初予定していた以上のクラスで支援スキルを取得してしまっていた俺だった。
最後には最上位クラスであるビショップマスターのレベル上限まで登り詰めてしまったのは本当に俺にとっても予定外の結果だったのだ。
紫織のレベル上げを手伝う内に必要に駆られてスキルを余分に取った面も確かにある。
しかし、それ以上に支援職の立ち回り一つでパーティの運命が変わることを事を何度か体験してしまうと、もっと支援スキルを身につけたい!、多彩に存在するスキルを使って支援がしたい! 自分自身でそう強く思ってしまったのだ。
自分が凝り性であるからと言うだけでは説明の出来ない、それが支援職の魅力というものなのだろう。
紫織をサポートしながら、そして紫織への支援スキルを向上させるためにと積極的にメンバーを臨時募集しているパーティに応募して、俺は更に支援職としての経験を積んでいった。
そうやって魔法職とは異なる支援職としての醍醐味を味わってしまったのだが、同じような事を言っている人達は他にも居た。
これはオンラインRPGをやる、ある種の人達に共通する傾向でもあるのかもしれない。
そんな他人から見たらどうでも良いような話をしつつも、俺の心は紫織の右手に集中している。
これだけ集中したのはソード&マジックオンラインのゲーム中に、あわやパーティ全滅かと言うピンチに陥った時以来かもしれない。
「でも、和也くんはウィザードロード(魔術師の最高位)にもなっちゃったし、魔法スキルも取り尽くしちゃったんでしょ、その上ビショップマスター(聖職者の三次職)にもなっちゃったし、もうやれる職業なんて無いでしょ」
紫織の疑問も尤もである。
キャラクター本体の基本レベルは200で打ち止めだが、取得したジョブスキル(職業毎に取得したスキル)の各レベルは使えば使うほどそのレベル(効果や使い勝手)が上がるのだ(逆に言えば、使わなければ低レベルのスキルに終わってしまう)。
例えば俗にファイアーボルトと呼ばれる火炎弾を落とすスキルも、それを使えば使うほどスキルレベルが上がり、レベル1では1発だがレベルが上がるほど一度に発射できる本数が増え1発の破壊力も増加する。
これがファイヤーウォール(炎の防壁)やサンクチュアリー(聖域=生命力回復結界)のような設置型・持続時間固定スキルの場合は、ジョブのレベルによって効果持続時間と威力(与えるダメージ量や回復させられる生命力の度合い)が異なってくる。
限られたゲーム時間の中では、どのスキルをどのレベルまで上げるのかというのは重要なキャラクターの個性(性能)を規定する要素でもあるのだ。
俺の場合はもう取るべき魔法関係のスキルは取り尽くしてレベル上限まで育ててしまったし、それ以外の錬金術師や生産職も今やっている支援職のスキルと同様に、結局行き着く先は同じである。
たぶん、紫織にはこの先俺が何の職業を育ててゆくのか、あるいは何のスキルレベルを上げて行くのか、どのようなキャラクターを目指すのかという事がきっと見えてこないのだろう。
紫織は俺が鍛冶スキルで作った特別製の大型剣を中心に戦いつつも、ゲームの要所要所で魔法により敵の隙を作り出したり範囲攻撃スキルも使えるという魔法剣士を目指しているから、成長途中の彼女自身は今後のスキル取得方針についても現状までの処では迷いは無いようだ。
それに比べて俺の現在の状況(取るべきスキル、目指すべき姿が見えない)を見て、今後どうするつもりなのかが漠然と気になっていたようだった。
まさかゲームを止めちゃったりしないよね?、と俺にストレートに聞いてしまうのが怖くて間接的な聞き方をしてしまったらしい。
そんな紫織の右手の小指触れようと、俺は話をしながら体を(わざとらしく)大げさに動かしてみる。
俺の動作に伴って僅かに動く左手の小指が、間近に置かれている紫織の右手の小指にチョンと触れては離れ、また少し触れては離れる不自然な動きを繰り返す。
紫織が下を向けばすぐに、自分の右手のすぐ隣にある俺の左手が視界に入るはずなのだが、まるでそれに気付いていないかのように自然な感じで手を置き直して少しだけ俺の方に近づけたように見えた。
俺も、何度も偶然の事故のように(そう思っているのは俺の気持ちの中だけなのだが)見せかけて、ほっそりとした小さな指に僅かに触れてみても、まるで気付いていないかのような紫織の態度が気になる。
行けるのか? 行っちゃって良いのかな、いや行く! 今日こそは行くんだ! と、心の中で鼻息荒く自分の勇気にブーストを掛けてやった。
端から見れば「さっさとやっちゃえよ」の一言で済む可愛い探り合いでしか無いのだろうが、俺にしてみれば大きな乗り越えるべき一歩でもあるのだ。
「うーん、とりたいスキルはほぼ無くなったけど…、自分の作った武器や防具をお金を出して買って使ってもらって、その人に喜ばれるってのも楽しいんだよねぇ…」
自分の気持ちを例えて言うならば、なんか自分が誰かにとって役に立っているって言うか、自分の存在が無意味じゃないって気がするのが嬉しいのだ。
生産職で思う存分製造に励むのには錬金術師のスキルが素材の加工に生かせるから楽しいし、付与術士のスキルは武器の性能アップには欠かせない。
おまけに、支援職はやってみると天職なんじゃないかと言うくらい遣り甲斐があるのだ。
「自分が誰かに必要とされている限り、引退とかは難しいよね」
そう言って、俺は紫織の方を向いて微笑んで見せた。
「でもさ、これからはスキルレベルの数字の高さだけじゃなくて、立ち回りだとかスキルを使うタイミングだとかのステータスの数値に現れない巧さって言うか上手さを身につけたいよね、それにはまだまだ実戦経験を積まなくちゃ駄目だと思うんだ。」
俺はいつの間にかマジになって、そんな事を呟いていた。
紫織は、そう話す俺を横目で見ながらチラリと俺の左手の方を見た気がした。
「痛っ!」
突然、紫織が小さく声を上げて右手を自分の胸の前に引き寄せた。
「えっ、大丈夫?」
心配そうに紫織の手を覗き込む俺。
「ん~今なんかチクッとしたの、何か刺さってるかな?」
不安そうな顔の紫織が、突然俺の前に可憐な右手を差し出してきた。
ドクンと、一気に心拍数が跳ね上がったのが自分でも判った。
「マジか!、ちょっと見せて」
とっさに紫織の右手を両手で掴み、自分の目に近づけて何かが刺さっていないか真剣な目つきで探るように見る。
なんとしても紫織を傷つけた物を見つけてやると、そう俺は思った。
まあ、内心は向こうから不可抗力のように差し出された紫織の手を自然に握ることが出来て「超ラッキー!」の一言であるが、そんな事は態度には出さない。
寧ろ出す訳が無い、ただこの時間がずっと続くことを願うのみである。
一刻も早く刺さっている物を見つけようとするホワイトな俺も、紫織の華奢な右手の柔らかな感触をじっくりと堪能しているブラックな俺も、どちらも自分の本心である事に間違いは無いだろう。
「何も刺さってないみたいだねぇ…」
もっと紫織の手に触れていたい気持ちを断ち切ってそう告げる。
「うん、さっきはチクりと何かが刺さった気がしたんだけど、もう痛くないかも…」
少し恥ずかしそうに笑顔を返してきたので、俺はそれだけで安心してしまう。
「そっか、良かった~」
内心を押し隠して大げさに安心して見せる。
けれど本音ではとても名残惜しい….。
しかし、それを押し隠して何事も無かったかのように紫織の右手を離す事にした。
「和也くんの手って暖かいんだね」と紫織がポツリと呟く。
そう言えば、冬の外気に触れて先ほど握った紫織の手は少し冷たく感じた事を思い出す。
「こんな手で良ければ、いつでもどうぞ!」
俺は思いきって自分の左手を紫織に差し出してみた。
そうやって紫織の太ももの上に置かれた彼女の右手に俺の左手を重ねてみたけど、紫織の手は俺の心配を知ってか知らずか何処へも逃げなかった。
ひゃっほー!
神様ありがとう、今だけは神様が居ても良いかもと思うよ、信じてないけど。
気がついたら何時の間にか俺たちの会話も止まっていのだけれど、しばらくそれに気付く事も出来なかった。
そんな平和で忘れられない思い出となった初冬の出来事。
いつまでも紫織と一緒に居たい、俺は心の底からそう思っていた。
傍で見ている人が居れば、「手を握るだけにどんだけ時間掛かってるんだ」、と言いたくなるような行動も台詞も、当時の俺には冷静に判断する余裕も無い。
また嘘くさくとも大義名分があれば実はそれで良いのだとも、俺はまだ知らなかった。
だが、俺は当初の目的を達成して充分に満足だった。
「まだ時間あるから、ひとダイブ(VRゲームへログオン)しに行こうか?」
目標をようやく達成して、俺は紫織の横顔にそう問いかけた。
長い睫毛がよく見えるこの角度、本当に君は俺の天使だ。
「うん、そだね」
それを受けて紫織は俺に向けて最高の笑顔で微笑んだ。
俺たちは堤防の土手を後にして、仲良く手を繋いでVRネットカフェへと向かったのだった。
あの時そのまま帰っていれば、俺は何も知らず誰も失わずに平和に今までと同じように暮らして行けたはずなのに……