056:転移石
メルやイオ爺たちが元居た異世界と言うのは、この俺が生きている現実世界の遠い未来…… 。
異世界の文化について問い掛けた俺の質問に対する、イオ爺の答えがそれだった。
「あるいは、わしらが辿り着いた事で可能性が分岐した平行世界の一つとか、かのぉ… 」
パラレルワールドとかSFっぽい言葉をサラリと言うけど、91歳の人が言う台詞じゃあないと思う。
けれど、俺の存在しているこのリアル(現実世界)と平行して存在していると言う、この世界の様々な出来事から分岐出来る可能性の数だけ存在し得ると言う、そんなパラレルワールドの一つが異世界と言うのは、SFやファンタジーの設定としては理解出来ない訳ではない。
「でなきゃ、話す言葉だけじゃ無く文字まで同じと言う理由が説明できまい」
イオ爺の説は、確かにそう考えなければ都合が良すぎる事は確かだ。
まったく異なる世界から来たのなら、まず言葉が通じる訳が無い。
そして文字に至っては読めるはずもないのは、誰でも考えれば判る事だ。
言葉が同じで文字まで同じであるならば、何らかの繋がりが二つの世界にはあると考えるのが普通だろう。
「もう何十年か前に見たアニメ映画なんじゃが、世界に火が降り注ぐような大規模な戦争によって世界が滅亡してから1000年、中世のような文化レベルの世界で人類が変わり果てた植物や動物たちと生きておる作品があったじゃろう、あれを見てわしは思ったんじゃ。 ここはわしらが元居た世界の遠い過去なんじゃ無いかとな」
「遺伝子改造だとかIPS細胞だとか、命を作り直すような研究も進んでますからねぇ」
そう補足したレイ婆も、イオ爺に同意見のようだ。
「メルちゃんは、異世界に帰りたいんじゃな」
イオ爺は、メルにやさしく問い掛けた。
「うん、でももう転移石は壊れちゃったから… 」
寂しそうに、そう言うメルの言葉は俺の心を締め付ける。
メルの転移石は俺が壊してしまったから、メルはもう元の世界には戻れないだろう……
「本当にゴメン」
そう謝る俺を制して、イオ爺が席を立つと桐の箱に入った何かを大事そうに持ってきた。
「これがわしらが使った転移石じゃ、これを使えば戻れるじゃろう」
「えっ!、マジ?」
「良いんですか?」
その転移石を見て、沈み込んでいたメルの顔がパッと明るくなる。
「ああ、わしとレイナも近々帰るでな、一緒に行こうと言う訳じゃ」
「イオ爺!、近々帰るってどういう事?」
俺は驚いて問いかけるが、修蔵爺ちゃんはそれを聞いても落ち着いている。
と言う事は、修蔵爺ちゃんたちはもう事前にこの話を聞いていて知っているって事なんだろうか。
「和也、ワシは若く見えてももうこの世界では91歳じゃ。 しかし、以前より減ったとは言え今の魔力量から考えてもまだまだ寿命は来ないじゃろう」
「どういう事?」
意味が判らなくて俺は問い返す。
「まあ100歳くらいまでは元気で居ても、おめでとう!で済むかも知れないが、わしが150歳になっても今のように元気だったらどうじゃ?」
「たしかに人としては有り得ないね、どこかの医療機関から研究材料として狙われちゃうかもしれない」
「そういう事じゃ、そろそろこの世界での生活も潮時という事じゃ」
40代中盤にしか見えない91歳のイオ爺がそう言って笑う。
「死ぬ時くらいは、故郷の土に還りたいですからねぇ」
これまた30代後半から40代そこそこにしか見えない87歳のレイ婆ちゃんが、ポツリと言った。
それは、なんだかとってもシュールな光景に見えた。
「俺も行く!」
「ブハッ!」
思わず出た俺の言葉に今まで平静だった修蔵爺ちゃんが驚いて、飲みかけていたお茶を吹き出した。
親父も居なくなり、妹も居なくなり、理由があったとしても好きだった人も俺から離れてしまい、友達だと思って居た奴にも裏切られ、世界には俺を狙っている奴らが居ると言うし、俺にはこの世界に未練なんか無い事を実感していた。
漠然と、もう何時死んでも良いかなぁ、なんて思ったりもしたくらいだ。
その上、よく遊んでくれたイオ爺やレイ婆も俺の前から居なくなるなんて耐えられない、そう思ったら口からその言葉が出ていた。
「それも良いじゃろう」
しばらく目を瞑って考えていたイオ爺だったが、そう言ってくれた。
「お前の力は、この世界で暮らすには無用の長物じゃ」
イオ爺は、続けてそう付け加えた。
「でも、こちらと比べれば便利な物は何にも無いし、ライトノベルの世界のように楽じゃ無いわよ」
レイ婆はイオ爺の返事を聞くと、そう言って笑っていた。
修蔵爺ちゃんと千絵婆ちゃんは何か言いたそうだったが、しばらく考えてから、二人で「元気でやれよ(やるのよ)」と言ってくれた。
「じゃがな、この転移石に魔力を込められるのは和也しかおらんでな、まずは魔力制御の特訓じゃな」
「と、特訓って何をやるの?」
なんだか、特訓という言葉の響きから想像出来る出来事のイメージが穏やかじゃ無い。
「そうですねぇ、これを割られたら大変ですからね」
レイ婆ちゃんがグサりと来る事をサラりと呟いて、お茶を一口飲んだ。
確かに、そう言われると何にも言えない。
「まあ、元天才筆頭宮廷魔法使いのわしが直々に指導するんじゃ、大船に乗った気でおれば良い」
イオ爺が、カラカラと楽しそうに笑っていた。
「まあ、こんどは自分で天才って言うのね」
そうレイ婆が突っ込む。
それに釣られてメルもクスクスと笑いだし全員が笑い出すと、俺も頬をひくつかせながら笑うしか無かった。
「にゃ~」
バルも連られたのか俺の膝の上で一鳴きしたのだった。
「バル、お前も一緒に行くか?」




