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054:亡国の王女メル

「あらあら、可愛いお嬢さんね」

 メルを見たレイ婆の第一声はそれだった。


 ここまで歩いてくる途中も辺りの風景を物珍しそうに落ち着き無くキョロキョロと見て、あれこれと質問をしてきたメルだったが、俺の家にも驚いたようだった。


「なんというか、不思議な素材で出来た家でございますね」


 そして、玄関で靴を脱ぐのにも驚いていた。

 ここまで気が付かなかったが、メルが履いていたのは室内履きのような底の薄い白いハイカットの皮靴だった。


 レイ婆はガランとした荷物の無い居間に俺たちを座らせると、コンビニで買ってきたらしいペットボトルをメルの前に差し出した。


「引っ越しの最中で何にもないから、こんな物で悪いんだけどお飲みなさい」


 それは白い乳酸飲料のペットボトルだった。

 メルは、それを不思議そうに触りながら俺に質問してきた。


「これは、どのようにして飲む物なのでしょうか?」

 ペットボトルを知らないとか、現代日本では有り得ないんだが…… と内心で思いながらも俺は優しくキャップを開けてやった。


「おぉ… 」


 恐る恐る、一口のんで感嘆の声を上げたメルは何かに取り憑かれたように夢中で白い乳酸飲料を飲み始めた。


「気に入ってくれたようで、良かったわ」

 レイ婆はそういうと、俺にお茶のペットボトルを差し出した。


 床に正座しているレイ婆、俗に言う女の子座りをしているメル、胡座をかいている俺の三人という構図で先ほど伊勢海いせみ神社であった事を改めてレイ婆に話す。


 それに続いてメルが自己紹介をし、自分が追われていた詳しい事情を話し出した。

 レイ婆はそんな王族とか教国とか騎士団とか魔法とか言うファンタジーのような話を否定する事無く、静かに聞いている。


 話の流れで、俺が魔法を使った件も話さざるを得ずにドキドキしながら話したのだが、こちらの期待に反して何の反応も無かったのが却って不気味ではある。


 レイ婆は所々質問をしながら真剣にメルの話を聞いているけど、なんか会話が成立しちゃってるのが良く判らない。


 なんか、メルのエスタシオ王国って婆ちゃん知ってるみたいだし、聞いた事の無い別の国の名前とか挙げて質問してるし、そもそもダイトクア教国ってなんだよ、あのダイクーア教団と関係がありそうな名前なんだけど。


 つい、話の腰を折ってメルにダイクーア教団の事を聞いてみたが、この世界のダイクーア教団の事は何も知らないようだった。


 メルとレイ婆ちゃんの話を総合すると、メルが来たのはこの世界とは違う異世界だそうだ。


 そんでもって、メルたちの国を初めとする多くの国々では多神教の火(赤)・水(白)・土(緑)・風(黄色)の4神を崇めていたらしいが、南にある一神教を押しつけようとするダイクーア教国との確執が長い間続いていたらしい。


 メルは王族であり4神の神殿の巫女として人々の治療や国家の安定を司る役目のはずだったが、子供の頃からそういう役割は苦手で、兄と一緒に武芸を学ぶ事の方が好きだったから、いつも兄にくっついて剣技や弓の修行もしていたらしい。


 そんな中、長い間の紛争を解決するためにダイトクア教国から提案されたのが、エスタシオ王国の第二王女をダイトクア教国の教皇に嫁がせるという政略結婚の話だったとか… 


 悲しむ姉を尻目に、その姉を迎えるためにダイトクア教国より使いの一団がエスタシオ王国を訪れた夜に、メルが追われる事となった暗殺事件が起きたのだという。


 会食の席で、毒味役が確認したはずの食事を食べた全員が体調不良を訴えて倒れたらしい。


 姉と離れたくなくて、その食事をろくに摂っていなかったメルだけが難を逃れて神殿へ逃げ、そこでも追い詰められ、祭壇にあった国宝の転移石を使ってこちらの世界に来たのだと言う話だった。


 どう聞いても、できの悪いファンタジー系のラノベのような話だったが、嘘では無いようだった。


「でも、どうやって元の世界に帰るんだ?」

 そう聞くと、メルは大事そうに抱えていたソフトボールの玉のような大きな黒い水晶のような石を見せて言った。


「この転移の魔水晶に魔力を込めれば… 」


 そう言うので、何気にそれを借りて俺の魔力を軽く込めてみたら、たちまち黒かった転移の魔水晶の色が変わり青から緑そして赤くなったかと思ったら、ピシッ!と言う不吉な音と共に砕け散ってしまった。


「えっ!」


「あっ、ゴメン、いや、そのまさか…… 」

 絶句するメル、どうして良いのか判らず慌てる俺、それを見て落ち着いて一言零すレイ婆


「まこと、我が家系とは言え規格外よねぇ… 」


「高位の錬金術師でも居なければ、これは直せないでしょうねぇ」

 レイ婆は落ち着いて床に散乱した魔水晶の破片を集め始める。


 錬金術師?、もしかしたら俺なら直せるかも。

 でもそんなスキル有ったっけ?

 スキルが有りすぎて、使用頻度の低いスキルはとっさに名前が出てこない。


 そんな転移石の修復とかスキルがあったかと必死に考えていると、メルが哀しそうに呟いた、

 それを聞いて、俺は自分のしでかした事の重大さに言葉も無かった。


「もう帰れませんね、…… 」


 メルの瞳から零れる涙を見て、更に慌てる俺。

 どうすれば良いんだ、まさか割れちゃうとか思ってないし…… 


「和也、予定より早いが帰るとましょう。 メルちゃんも行くところが無いだろうから一緒においで」


 そう言うと、レイ婆はスマホを取り出してイオ爺に連絡をし始めた。

 どうやら、駅まで車で迎えに来てくれるように依頼したようだった。


 荷物はすべて運び出してしまっているので、俺の手荷物は小さなメッセンジャーバッグ一つだ。


 レイ婆ちゃんも小さなバッグ一つ。

 メルは婆ちゃんが服を買いに連れて行って、帰ってきたら現代風のふりふりスカートの美少女になっていたが、着替えを入れたバッグも買って貰ったようで、嬉しそうにそれを両手で持っていた。


 道中はメルの好奇心と質問を押さえるのに気を遣いすぎて疲れてしまった。


 車を見れば魔道馬車と言い、電車を見れば魔物と間違えて驚き、中に乗っては窓から見える景色に大はしゃぎ、ビルを見上げれば呆然とし、上空を通過する飛行機に至っては必死に物陰に隠れる始末で、まあ無理も無いと言えるから、その反応は可愛い容貌もあって微笑ましいと感じるものだった。


 新幹線に乗れば社内アナウンスにビクッと反応し、走り出せばその速度に驚いて青くなっていたメルだったが、やがて疲れて眠ってしまえば静かな普通の女の子だった。


 在来線に乗り換えて辺りが暗くなる頃に目的地の駅に着くと、駅前のロータリーでイオ爺のワゴン車が待っていた。


 駅から1時間程山道を走って着いたイオ爺の家、広い敷地の手前にモータースの工場と駐車場があり、奥に平屋の農家風な広い屋敷があった。


 子供の頃は長期休みになるたびに、ここへ遊びに来ていたものだ。


「よく来たな、そして和也は大変だったな。 メルちゃんいらっしゃい!」

「晩ご飯できてるからね、みんなで食べましょう」


 玄関を開けると、修蔵爺ちゃんと千絵婆ちゃんが笑顔で迎えてくれた。

 質問一つせずに、メルにも俺と変わらない笑顔を向けてくれる。


「和也の荷物は、離れに運んであるでな」


 車を車庫に入れて後から玄関に入って来たイオ爺が、そう言うとレイ婆の荷物を受け取って先に居間へと上がっていった。

 まあ、この二人は幾つになっても仲が良い。


 広い居間に置かれた大家族用のテーブルには色々な料理が並んでいた。


 今晩のメニューはカレーライスがメインだったが、千絵婆ちゃんのカレーライスはスパイスから作る本格派で子供の頃から大好物だったので、覚えていてくれたのだろう。


 他には肉団子の甘酢あんやら鯖の塩焼きやら、色んなオカズも並んでいる。


 メルの席にはナイフとフォークまで置いてある準備の良さだった。

 聞けば、イオ爺の指示なんだそうな。


 食事をしながらイオ爺は黙ってレイ婆から話を聞いていた。

 時折メルに質問をしているが、レイ婆のように100%完璧にメルの話を受け入れているようだった。


 俺も、話の流れでゲームに取り込まれてから魔法が使えるようになった事や、使える魔法の種類などを話したが、みんなある程度は予想していたようで誰も驚いてくれなかった。


 イオ爺とレイ婆は、俺が部屋で魔法の実験をしているときから魔力を感知して気付いていたらしい。


 えっと、魔力を感知って…… 


 メルはと言えば話すべき事を話して安心したのか、恐る恐る口に入れたカレーの味に感動してお代わりをしていた。

 他の食べ物も初めて食べた物ばかりらしい。


 メルの世界では、もっと単純な味付けが多いと言っていた。

 まあ、食事に関しては日本人の味への執念は凄いって言うからな。


 食事が終わり、みんなでお茶を飲んで寛いでいる時にレイ婆に促されてイオ爺が口を開いたのだが、それは予想外の衝撃的な内容だった。


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