052:復讐の狼煙
つい二週間程前に義則を抱えて玄関まで運んでやった見慣れた元友人の家。
俺は、熱光学迷彩を纏って義則の家を張り込んでいた。
張り込みを始めて4日目、木曜日の夜に義則の両親が揃って家を出て来た。
俺は姿を消した上に気配も消して後をつけて行くと二人は公会堂のような建物に入っていった。
入り口に書かれていたのは地区支部も看板、間違い無くダイクーア教団の地区支部だ。
ゆっくりと閉じてゆく重い木の扉が閉まる前に室内に忍び込むと、義則の両親は別室に入って行くところだった。
開いたドアから見える室内へと、義則の両親よりも先に空間転移して部屋の中に潜り込む。
室内には、3名の男達が座って待っていて、義則の両親が入ってくると座るように促した。
「これは不二崎様、わざわざ本部からお越しになられたのですか?」
中央に座っている偉そうな態度の男に向かって、義則の父親が恐縮そうに言った。
「で、どうですか?葛西さんの娘さんの様子は」
その三人の幹部らしき男達の中央に座っている本部から来たと言う男が、そう義則の父親に問い掛けた。
その問い掛けに対して義則の父親は声を潜めて応える。
「色々と抵抗はあったようですが、うちの義則が親身になって相談に乗っていますので、心を開いてくれるのも時間の問題かと…… 」
下卑た笑いを漏らしている。
「あんな可愛いお嬢さんが義則と付き合ってくれるなら、うちとしても大歓迎ですよ」
母親も、それを聞いて同調の相づちを打っていた。
「まあ、葛西さんの娘さんを義則君しか頼る相手が居ない状況に持っていくのには、些か時間が掛かりましたけどねぇ」
「色々と調べた結果、あの娘も母親の離婚で子供の頃から相当心に闇を抱えてましたからね、そこを上手く突けば人の心なんて脆いものですよ」
両脇の幹部らしき男達が交互に感想を述べている。
紫織に何をしたのか迄は判らないが、アーニャが言っていたダイクーアの関与は間違いが無かった。
そして、判ってはいたが紫織が「本当に義則に心を開きつつある」という両親の言葉は俺の胸に突き刺さった。
「今日は、八坂くんのお母様はどちらに?」
義則の母親が、そんな事を問い掛けた。
母親が、身近な場所にあったダイクーアの支部に頻繁に出入りしていると言うのか?
「ええ、今日は今回の娘さんを不浄から救ってあげた件で本部の方へ呼ばれて教祖様からお褒めの言葉を頂戴している頃かと… 」
救ってあげた、その言葉が妙に引っ掛かる。
美緒は自分から命を絶ったはずで、そこに誰かの関与する余地は無いはずなのに…… 。
「まあ世間的には自殺と言う事になっていますからね、あまり大きな声では… 」
右の幹部が可笑しそうに笑っている。
「八坂くんを孤立させて、我が教団に引き入れるためには必要な正しい行為ですからねぇ」
「教祖様も、大層お喜びになられたと聞いております」
「ひとつだけ残念な事に、失敗はしたものの重要な役割を担った妙蓮寺さんの息子さんたちですが、ちょっと心を病んでしまったようで、すっと引きこもっているようですね」
「それも、教祖様自ら祝福を与えて下さるそうですから、遠からず元気になるでしょう」
重要な役割?、妙蓮寺たちは俺を孤立させる為にあんな事を仕掛けてきたと言うのか!。
不浄から救った?、あの母親は美緒に何かしたって言うのか?、まさか……
まさか、美緒は自殺では無く殺されたと言うのだろうか?
まさか、近所で目撃された信者と言うのは、義則の両親やあの母親だったりするのだろうか?。
美緒が家に入れる相手と考えると、見知らぬ他人や、あの事件の後で男性とは考えられない。
「そう言えば、あのトラックの運転手の怪我はどうなんでしょうか?、入院していると聞いていますが…… 」
「彼も、大手柄でしたよね、まさか彼も怪我をするような大事故になるとは予想外でした」
そんな両脇に座っている幹部からの問い掛けに、中央の不二崎と言う男は笑みを浮かべながら、その運転手はダイクーア傘下の病院に入院して手厚い治療を受けている事、そして同じく系列の弁護士を付けた事を返答していた。
「教祖様からも、立派な行為をした信者には最大限の治療を受けさせるようにとのお達しも出ておりますから、心配は無いでしょう」
テーブルの中央に座っている居る不二崎は、目の前にいる義則の両親に向かって微笑みながらそう告げた。
「加賀見さんご夫婦も、これで教団内でのステータスが間違い無く上がりますよ」
続けて義則の両親に向かって、そう褒め称えているがどうにも嘘くさい奴だ。
それを嬉しそうに聞いている義則の両親。
友人になってから義則の家には何度も遊びに行ったが、二人とも優しそうな人達だと思って居ただけに、自分の今まで見ていた世界が音を立てて崩れて行くような気がした。
そう、こんな裏側は見たくなかった。
あってはいけない事実が、アーニャが語った通りに俺の目の前で裏付けられて行く。
美緒だけでなく、親父の事故もダイクーアの陰謀だったというのは信じ難い事実として、俺の中で静かに何かが断ち切れた……
それは自制心という俺を押さえていた人として大事な理性だったのかもしれない。
その怒りは不思議と熱く燃え上がるのでは無く、逆に俺は感情の荒れも無く妙に冷静になっていた。
怒りの気持ちが低い訳では無い、寧ろ怒りが強すぎてどう心が反応して良いのか自分でも判らないのかもしれなかった。
「ですが、和也くんはお爺さんの家に引き取られるそうですよ」
そう言ったのは義則の母親だった。
信者同士のネットワークなのだろうか、そんな事まで知られていたのはショックだった。
おそらく家を売る時に相談した不動産業者辺りから漏れたのだろう。
そうなると、俺を孤立させるために次は爺ちゃん達が狙われるのかもしれないが、それは何としても阻止しなければならない。
親父の死を、その無念さを軽く笑い飛ばし、美緒に苦しみを与え希望を打ち砕いた奴ら。
そんな、こいつらの話を聞いていて俺の中で何かが完全に切れた。
手に魔力を集中させようとしていたら、気になる言葉が聞こえてきた。
「教祖様の親衛隊の方々は、実験の効果あったのですか?」
そう問い掛けたのは、右に座っている幹部の禿げオヤジだった。
「ええ、5人とも今までより大きな力を得る事が出来たと聞いております」
「それは良かった、VRなんとかの能力発現計画も肝心の親衛隊の方々に効果が出なければ、 本体の目的が無駄になってしまいますからね」
突然天井の監視カメラが、バンッという音を立てて破裂した。
ドガシャンッ!、ガラガラッ…
その破裂音に続いて不自然な姿勢で椅子の背もたれに寄り掛かっていた左側の幹部が、突然動かなくなり、その姿勢のまま椅子ごと後ろに倒れると床に当たった頭が割れて辺りに砕け散った。
驚いて立ち上がる右に座っている幹部と義則の両親も次々と石化して、その後はゆっくりと音を立てるように倒れて行き、石になった体は床に当たった衝撃で割れて砕け散ってゆく。
「ひぃっ!」
情けない悲鳴を上げて腰を抜かしたのは、一人残されたのは本部から来たと言う幹部の不二崎という痩せた男一人だった。
慌ててドアの方へ駆け出そうとするが、突如泥沼のように変化した大理石の床に足を取られて転倒してしまう。
不二崎と言う幹部は、這うようにして必死にドアの方へ向かうが「ボンッ」と音を立てて突然発火したドアと瞬時に溶け落ちたドアノブに為す術も無く座り込む。
「話して貰おうか、知っている事を…… 」
虚空から聞こえる俺の声に、不二崎という幹部はズボンの股間を黒く染めながら恐怖に顔を引き攣らせていた。
燃えさかる炎と炎上し崩れ落ちる建物、サイレンの音が遠くで鳴り響いている。
俺はテレビのニュースでその映像を見ながら、レイ婆に聞こえないように心の中で呟いた。
次は本部の幹部達と教祖を同じ目に遭わせてやる……
テレビの画面からは、黒い煙をもうもうと上空に噴き上げて炎上している教団地区本部が映っていた。




