051:見えてきたもの
眼下に公園と広がる町並みを眺めながら、俺は神社へと繋がる石段で先ほどまでの話を思い返していた。
金髪ゴスロリ美少女のアーニャは超能力者だった。
古い言葉で言えばエクストラ・センサリー・パーセプションだっけかな? エスパーとか言うのかもしれない。
詳しい事は教えてくれなかったが、あの年齢で特殊能力部隊の隊長をしているのだと言う。
東西冷戦時代から続く人体実験じみた人間の能力開発プロジェクトは今も続いていて、ある程度の成果も出ているらしい。
科学技術の発展と共に遺伝子改造やら薬物による強化なども行われているらしく、彼女の配下にはそんな化け物じみた存在も居るような事を仄めかされた。
彼女自身も、非人道的な数世代に渡る交配による能力の濃縮実験と遺伝子改造の成果らしい。
そして、生殖可能な年齢になると否応なしに能力の片鱗を見せる相手と交配させられて、能力者の血を引く子供を作る事が義務づけられているのだと、寂しそうに言っていた。
そして最後に気になる事を言っていた。
「美緒さんは本当に自殺だったのかな?」
そう言うと、席を立った彼女は俺に振り返ると去り際にこう言ったのだ。
「あの日、教団関係者が和也の自宅付近で監視網に引っ掛かったわ、何だったのかしらね」
何が何でも、ダイクーア教団の事は自分の手で調べなければ気が済まなくなっていた。
そして、義則が教団の指示で動いていたのかどうか、それも事実なのか調べなければ気が済まなかった。
俺は、親指の爪を右の犬歯で噛みながら、それだけを考えていた。
この一連の事件、俺を巻き込んだ本当の黒幕はダイクーア教団なのだろうか?
高速道路の高架下に駐車している黒い大型車の車内でアーニャが報告をしている。
「嘘は言っていないわ、こちらに都合の悪い話はしてないけれどね」
「人間嫌いなアナスタシアらしくなく、馬鹿に話が長かったようだね」
そう後部座席の男に指摘されて、金髪のゴスロリ美少女はプイと窓の方を見ると呟くように言った。
「和也は自分の意思とは関係無しに力を与えられて、身勝手な奴らに人生をメチャクチャにされた可哀想な奴よ、ちょっと同情しちゃっただけ、それだけよ」
それきり窓の外を流れる景色を眺めるのみで、何も喋らなくなった。
後部座席の男が、そんなアナスタシアの様子を見て呟くように言う。
「味方に取り込めず、脅威になるようなら排除すべしという意見も出ているようだがな… 」
そんな言葉に、一瞬小さく反応を見せたが相変わらず窓の外を眺めるだけだった。
彼女は組織の都合とは別に、もうひとつの事実を和也に言っていなかった。
それは紫織が和也に別れを告げた本当の理由。
紫織の母親には、最近派遣社員から正社員で就職できた会社のダイクーア信者である上司との間に、再婚の話が持ち上がっていた。
そして母親もその上司を気に入ったようで珍しく乗り気になっていた。
ずっと苦労してきた母親の再婚話に紫織は喜んだが、一つだけ母には言えない条件を再婚相手に密かに突きつけられていた。
それは、紫織が付き合う相手もダイクーア教団信者でなければならないという事。
和也と別れないと母親の仕事も結婚話も無くなると、そう相手の男に脅されていた事。
母親の幸せのために紫織が苦しんで選択した事。
そして決して和也を嫌いになった訳では無かった事も……
それらの事は和也に意図的に話していなかった。
一方、後部座席の男はこんな事を考えていた。
彼らの祖国に根を広げているカルト教団であるダイクーアに対して和也がダメージを与えて弱体化してくれれば良し、潰してくれれば尚良し。
怒りに我を忘れた和也に、強攻策を採るであろう他の組織が巻き添えを食らえば一石二鳥。
全てが終わった後に警察やマスコミに匿名で密告すれば、和也の居場所は完全にこの国に無くなってしまうだろう。
力を得て居場所を失った者の哀しみが判るのは同類のアーニャたちが居る我が祖国だけ、他の組織に利する結果だけは阻止しなければならない。
他国の組織の手に渡る場合は和也そのものを排除する事も視野に入れて、成り行きを見守る事にしよう…
彼は葉巻を取り出そうとして、それを取りやめた。
アーニャが喫煙を非常に嫌っている事を思い出したからである。
同時刻、和也は神社へと向かう石段から立ち上がるとパンパンッと尻の埃を払って石段を再び昇り始めた。
リハビリコースの中でも、この石段だけは途中で休まずにまだ登る事ができない。
いつもの通り、神社の境内を一周して自宅へと向かう道中、和也はこれからどうすべきか考えていた。
「ま、色々と吹っ切れた気分だな」
そう自分に対して呟く。
事件の真相を聞いて、自分を責める事は止めた。
自分と家族に対してダイクーア教団がやった事が事実なら、容赦なく復讐をしてやろうと強く決心していたのだ。
まずは義則がダイクーア教団関係者なのか、そこから調べようと決意して石段をゆっくりと下り始めた。
真夏の暑く噎せ返るような空気が、じっとりと汗となってTシャツの背中にへばり付いていた……




