045:不幸の連鎖
「和也!、和也起きなさい!!」
その夜、レイ婆に俺は叩き起こされた。
時計を見れば、まだ深夜の1時を廻ったところだった。
「レイ婆なんだよ、こんな夜中に…… 」
熟睡している処を無理矢理覚醒させられて、不機嫌そうに答えかけた俺は、レイ婆の有無を言わせない真剣な雰囲気に呑まれて言葉を飲み込んでしまった。
そんな俺の言葉に被せるように、レイ婆は何時になく真剣な眼差しで俺を見ながら声を絞り出すようにして辛そうに、こう俺に告げた
「賢蔵が… あなたのお父さんが帰り道で事故に遭って死んだって警察から電話があったの」
「えっ!? 事故? えっ、親父が死んだってどういう事?.」
どう言う事も、こう言う事も無い。
ただ、俺はその言葉を認めたくなくて意味も無く聞き直していた。
「あの後で賢蔵に電話して美緒の事を話したら、すぐ帰るって実家を車で慌てて出たらしいの、その帰り道の高速道路でトラックに巻き込まれて…… 」
どうやら、警察から事故を知らせる連絡がさっきあったらしい。
親父を巻き込んだのは大型トラックで、居眠りをして親父の車の進路を塞ぐように割り込んできたらしい。
レイ婆も電話で聞いただけなので、事故のそれ以上の詳しい事は知らないらしい。
電話をくれた警察官も事故処理の担当では無いらしく、事務的に明日になったら親父の遺体を確認に来て欲しいとだけ告げただけで、詳しい事は明日警察か病院で確認する事になるらしかった。
明日は、レイ婆と一緒に一番の新幹線に乗って事故現場近くの病院へ向かい親父の確認を済ませたら警察署で話を聞く事になっているらしかった。
ふとある事に気づいてレイ婆を見ると、静かに俺に頷いて言った。
「美緒には話していないから、まだ内緒にしてちょうだい」
当然だ、あんな事があってすぐに、こんな受け入れ難い話を出来る訳が無い。
美緒を一人で置いて行くのは心配だったけど、実家から親父の母親に当たる千絵婆が来てくれると言うので、レイ婆と相談の上で二人だけで現地の警察と遺体が安置されている病院へ出掛ける事にした。
本当なら親父の母親である千絵婆こそが、真っ先に病院へ駆けつけたいのだと思うけど、美緒の事情を知って来てくれる事になっていた。
レイ婆と俺は始発の新幹線に乗るために朝早くに家を出る事になるが、美緒が眠っているうちに千絵婆ちゃんも我が家に着けるよう、イオ爺の運転する車で向かっているらしかった。
親父にとっての父親である修蔵爺ちゃんは、直接病院に向かう事になっているそうだった。
俺が寝ている間にレイ婆とイオ爺が色々段取りを付けてくれていた。
家を出る迄3時間程あったが、もう眠気は吹っ飛んでしまい色々な事が頭を巡ってしまい、 気が付けば出発する時間になっていた。
まだ最寄り駅の電車は動いていないので、レイ婆ちゃんが呼んだタクシーにのって1時間程走って東京駅に向かう。
新幹線の中でも色んな思いが頭を駆け巡って、気が付いたら親父の安置されている病院があると言う浜松駅に着いていた。
そこからタクシーに乗って指定された病院に着いたのだが、その間の事も記憶には残っていない。
身元確認で見せられた無残な姿になった死体は、身につけていた物から間違い無くあの無口な親父だと判った。
なんだか、事故の一報を聞いてからずっと現実味がなくて不思議と今まで涙も出なかったけど、事故で酷い有様になった親父に対面したら、小さい頃からの色々な親父との出来事が思い出されて、何時の間にか俺は声を上げて泣いていた。
その後の病院との遣り取りも警察との遣り取りにも、俺は何の役にも立てなかった。
警察署で事故の状況を聞かされたが、加害者のトラックドライバーは過労運転で居眠りをしていたらしいが、そいつは怪我も大したこと無く、無事に生きているらしかった。
情けない事に、相変わらず色んな事に現実味を感じず、交わされている様々な言葉は頭の上を通り過ぎて行くばかりだった。
そう、俺は情けない事に完璧に現実逃避をし始めていた。
あの時に、俺が何もしなければ、あるいは思い切ってやっていれば、美緒があんな事にならず親父も事故に遭わずに済んだのでは無いか、もっと遡ってみれば俺がゲームなんてやっていなければ……
結局、自分が如何するのが正解だったのか答えの出ない堂々巡りをしていただけなのだが、俺は現実を受け入れられないで居た。
やった事と言えば、何を考えたのか「もう一度来て貰う事になるかもしれない」と警察で言われたのでトイレに行った時にワープポイントの登録をしてしまった程、混乱していた。
後から考えればきっと意味が無いだろう事を、さも機転を利かせたかのような気になってやっていただけだった。
レイ婆は病院で変になっている俺を抱きしめてくれたらしいが、後で反応が変だった事を言われるまで、そんな事も記憶に残っていなかった。
後の始末を修蔵爺ちゃんに任せて、俺とレイ婆は家に戻る事にした。
朝早くから色んな事があったと言うのに、まだ時刻は昼をようやく過ぎたばかりだった。