044:リンチの後始末
俺は小屋に残っていたバルを抱き上げると、小屋の中の惨状を見て天を仰いだ。
美緒に被害が及ばなくて心底良かったと思う。
しかし、そもそもが美緒が巻き込まれたのは、俺が紫織の危機に接して取り乱してしまったのが原因なのは間違い無かった。
これは誰が何と言おうと、俺が一番悪い。
冷静に状況を振り返れば、何時までに来いとは言われていないのだから少し待ってレイ婆が到着してから紫織を助けに行けば良かったのだ。
実家に行っている親父には、レイ婆から事情を伝えるらしい。
肉体的な被害は何事も無かったとは言え、美緒の受けた精神的ショックを考えると俺は親父にも会わせる顔が無い……
自分が情けなくて、このまま親父には会いたく無かった。
「事が起きてしまった後にしか動けない警察なんて、こんな時には何の役にもたたないでしょ」
レイ婆は、そう言っていた。
そうは言っても、この場をこのままにしておいては嫌でも警察沙汰になってしまうだろう。
「あとは和也に任せるから、好きにすれば良い」
そうレイ婆は言って出て行ったが、俺にどうしろと……
腕がねじ曲がり骨が突き出し、襤褸切れのようになった血まみれの妙蓮寺たち5名を見て俺は途方に暮れた。
レイ婆は妙蓮寺達に容赦をしなかったようだ。
俺は、凄惨なリンチ現場にいるような気分だった。
優しくて温和なレイ婆が、あれ程怒ったのは初めて見た気がする。
自分で力を振るっている時は感じなかったが、きっと第三者が見たら俺のやっていた事も状況は違えど、一方的に力を振るっている姿は同じように凄惨なリンチに見えるのかもしれない。
妙蓮寺達への憎しみは一切消えていないが、怒りそのものは水を掛けられたように消えて静かに冷静になっていた。
「やり過ぎじゃないのか?」
そう問いかけた俺の言葉にレイ婆は静かに、そして強く応えて言った。
「人に刃を向けてる癖に自分が返り討ちに遭う覚悟も無いなんて、そんな都合の良い話があるもんかい」
それは戦前生まれであるレイ婆ちゃんとイオ爺ちゃんの、昔からよく言っていた持論でもあった。
「世が世なら、全員首を切り落としているわ!」
その時のレイ婆ちゃんは吐き捨てるように、そう言った。
俺は肉塊になりかけている妙蓮寺達にヒールを掛けて傷を治療してやった。
それなりに高レベルな治癒魔法を掛けてやれば、腕や足から折れて飛び出した骨も元通りになって傷跡も判らないようになる。
さて、これからどうすべきなのか……
憎しみの連鎖と言う言葉があるが、俺が実力行使をせずに中途半端に見逃したから連中が増長したのは間違いが無い。
見逃した癖に、俺は奴らを挑発する言葉を吐いた。
最初にちょっかいを出して来たのは妙蓮寺達だったが、この事件の種は俺が撒いたのかもしれない。
俺は、どうすれば良かったのだろう……
無抵抗で黙っていれば、こんな事にはなっていなかったのだろうか。
奴らに馬鹿にされ、やられるまま黙っていれば良かったのだろうか。
翌日から夏休みだからと、大人しく遣り過ごせば良かったのだろうか……
何を言われても、黙っていれば良かったのだろうか。
力を得ていなければ、俺はどう対処していたのだろう?
力があるから、奴らの暴力に怖じる事無く言い返していたのだろうか?
その答えは出ない……
俺が得た力で奴らを強引にねじ伏せるのは容易い事だとと思う。
それは逆に大きすぎる力でやり過ぎてしまう事を心配した方が良いくらいに、俺の得た力は普通の人間が相手では圧倒的過ぎる。
小さい頃から暴力で解決するのは駄目だと躾けられ教えられてきたし、普段から目してきたドラマや小説に加えてマンガやアニメでも、強大な力に溺れ力を行使する事で物事を解決しようとする者は全て悪役として描かれていた。
自らが振るう力が大きければ大きい程に、周囲に与える被害も大きくなる。
主人公が敵の強大な力に対抗して力を振るえば、周囲に多くの被害が生じる事はドラマで描かれることは少ない。
大きすぎる力を振るえば、そこに住み生きている人が被害を受けて死ぬという事もあるというのに、それはあまり描かれない。
では、相手が魔王のような圧倒的な力をもって人々に被害を与えて憎まれる悪の化身であれば、それに対抗する力の行使は許されるのだろうか?
それは正義の行使として許される事は間違いが無いだろうし、力を振るう事の正当性を補填してくれるだろう。
でも、海外で悪と位置づけられた相手に対する正義の側が行使する武力としての戦争をニュースで目にする時に感じるのは、大きな力の行使の結果として被害を受ける悪の対象では無い多くの人々の姿だ。
俺が妙蓮寺たちを圧倒的な力で叩き潰していれば、今日のこの日の出来事は無かったかもしれない。
だけど俺が力を誇示してその存在を明らかにする事は、紫織が掠われたように俺自身が狙われるだけでなく、俺の力とは無関係な家族や親しい人にも被害が広がる可能性を意味していると思う。
そして、人を超える余り有る力を持つ存在としての自分というのは、人から受け入れられる存在なのだろうか……
つい先日まで普通の高校生だった臆病な俺には、問題を解決するために力を振るってしまった結果として、警察に追われ周囲から避けられ恐れられる未来しか想像ができなかった。
現実に魔法の力を得るまでの無力だった自分は、漠然と自分に無い力に憧れがあったと思う。
今までは普通の人でしかない自分を内心で認めたくない自分が居て、普通じゃ無い力を持つ自分を妄想する事もあった。
でも、いざそれが現実となってしまうと、どうして良いのか判らなくなる。
世の中には、俺が今の生活を維持しながら得た力を振るう機会そのものが存在しない事は、容易に判る。
そして、力を使う事で自分が他人とは違うと言う事が世間に知られる事のヤバさも想像は出来る。
空想の世界ではなく、本当の意味で普通では無くなってしまった俺を、普通の人ばかりが住む世の中が認めてくれないのでは無いかという怖さというものは、普通の人には解って貰えないかもしれない。
近所に… いや隣に人の枠を超えた力を持った人間が住んでいたらどうだろう。
ひとたび怒らせれば街を破壊しかねない力をもった隣人を、無力な普通の人間は受け入れられるだろうか?
それは、銃を持たない社会が銃を所持した人を放置して置くかという問題にも似ているかもしれない。
ゲームの世界からリアルの世界に戻ってきてからの数日で、俺の身の回りの様相は以前と比べて大きく様変わりしてしまっていた。
紫織を失い、進級と楽しかった高校生活を失い、親友だと思って居た存在も失った。
そして今度は、無邪気な唯一の兄妹である美緒と言う大切な存在も失いかけるところだった。
望んでいた訳では無い強大な力を得た結果、決して今までと同じようには生活する事は出来ない、そんな事が現実として俺にのし掛かっていた。
そんな事を考えていると、俺がこの世に存在する事自体を世界が拒否しているかのような、そんな嫌な気持ちになってしまうのだ。