041:永遠なる呪縛
俺を狙う奴らは全員、今此処で一人残らず殺してしまうのが、一番後腐れが無いのは理屈としては判っている。
それは充分に判ってはいるが、直接自らの手を下してそれを実行するのには、日本で教育を受けた普通の高校生としては心理的な抵抗が大き過ぎる。
少し前迄の危機的状況とは違って、攻撃を受けて生命の危機に陥っている訳でも無い今の状態では尚更、自分に対して殺人となる行為の必要性を納得させられない。
例え自己欺瞞であっても、殺人という行為には自分を納得させるだけの理由が必要なのだ。
それが現代日本で躾と教育を受けてきた、普通の人間の反応だろうと思う。
だが、その一方で自分を狙う彼らを生かして無傷で開放しても、結局同じ事の繰り返しになってしまう事は、平和に慣れた日本人の自分でも容易に想像できる。
そうなれば今度は紫織も無事では済まないかもしれないし、父親や美緒たち自分の家族が紫織の代わりに人質に取られてしまうかもしれない。
どう考えても、ここで禍根を断つべきなのは理屈としては理解できるのだが、心がそれを躊躇してしまうのだ。
人殺しは、どんな理由があってもやってはいけない。
それは小さな頃から目にしてきたマンガやアニメを初めとして、小説やドラマや映画の中で繰り返されてきた重大な人としての価値観だった。
言葉を変えれば、それは価値観の刷り込み「洗脳」と呼んでも良いのかもしれない。
突然、妙なチリチリする違和感を左側方に感じたと同時にスローモーションのように時間がゆっくりと流れだす。
しかし他に動く物が無い倉庫内では、スローモーションに切り替わった視界の変化に気付く事も出来ず、思考の迷路に入り込んだ俺は、迫る危険に対処する事が出来なかった。
俺の頭の横で物理防御発動の比較的大きな魔方陣が展開されると同時に、重いハンマーで殴りつけられたかのような衝撃で上体が吹っ飛ばされるように地面に叩きつけられる。
「パンパンパンッ!」
俺が地面に叩きつけられると同時に、乾いた大きな破裂音が3つ連続して倉庫内に響いた
スキルで軽減されているとは言え、頭部への強烈な衝撃による軽い脳震盪でクラクラする頭を押さえながら上体を起こして破裂音が聞こえた方向を見る。
紫織に悲鳴を上げさせた、ポケットごと右手を俺に燃やされて消し炭にされた男が、拳銃を左手で俺に向けたまま、憎悪に燃えた歪んだ醜い顔で立っていた。
『俺の右手をぉぉぉおぉぉぉおおおお!…… 』
怒りの余りか興奮して言葉をうまく紡げないようだが、日本語でなくとも言いたい事は判る。
だがしかし、直してやる義理も恩もこいつには一切無い。
「手を治して欲しいんだろうけど、嫌だね」
事実、手を治す事は聖属性の治癒魔法では可能だと思うが、直してなんかやらない。
先ほどの三点射の衝撃は、こいつが撃ったのに間違いが無い。
利き腕では無い左手だったせいなのか興奮しすぎて手が震えたのか判らないが、三点射の一発だけが運悪く俺の側頭部を直撃したのだろう。
「この化け物があぁぁぁぁぁ!…… 」
「化け物と思ってるんだったら、手を出すなよ馬鹿かお前」
茶髪野郎に先を喋らせずに途中から言葉を被せて、敢えて罵倒する言葉を返し挑発してやる。
この面倒臭い状況を作って俺を追い込んだのはお前の方だろうと、言いたい事は山程ある。
「生け捕りは取りやめだ、殺してやるっ!」
そう言うのと同時にパンパンパンッと、再び銃弾が襲ってくるが既に防御結界を地面に設置し終えている俺の目の前で弾丸が見えない何かに当たり、ポロポロと床に落ちた。
「だから無駄だって、俺は化け物だからさ…… 」
そう言って無駄弾を使わせてしまおうと、茶髪野郎を嘲笑うように更に挑発してやると、奴は紫織に銃を向けて勝ち誇ったように俺に言った。
「俺を挑発した事を、死ぬ程後悔しろおぉぉぉぉぉ」
「いや、無駄だから」
俺が小さく言うのも聞かずに紫織に銃を発射するが、倉庫内の空虚な空間に響いたのは先程と同じ射撃音と、薬莢と弾丸が床に落ちる乾いた音だった。
紫織には姿を現す前に近づいて、何が起きても良いように一番最初に物理防御の結界を周囲に張ってあるのだから、すべての攻撃は無駄なのだ。
それを目の当たりにして驚愕に目を大きく見開いた後、醜く口の端から泡を吹きながら憤怒の顔を俺に向ける茶髪野郎。
だが、そんなお前の都合なんか知った事か!
「化け物に喧嘩を売った事を、100年でも1000年でも後悔し続けろ!」
そう言って俺は、茶髪野郎を闇属性の石化スキルで石に変えた。
石化は解呪されるまで永遠に石のままだが、石の体を破壊されない限り死ぬ事は無い。
当然、喋る事も動く事もできない石像のままで、100年でも例え1000年経過しても死ぬ事は無いのだ。
そして、俺にとって最も都合が良い事に相手を殺していないのだから心理的に追い込まれる事は無い。
実に都合のよい言い訳だと思うが、直接手を下して殺していないし、俺の目が離れた時と場所で壊れてしまっても俺が殺した事にはならないだろう。
敵を倒す事が主目的のゲーム内に於いては倒す事が出来ない=経験値が入らないと言う、有効な使い処が難しいスキルな上に、効くか効かないかの判定が彼我のステータスに依存していたので、効くかどうかは使ってみるまで判らなかった。
しかし、ものの見事に石化してくれたのを見ると、リアル世界では便利なスキルだと俺は再認識した。
ゲームでの使いどころが難しいスキルだったが、石化スキルを取っていて良かったと初めて思った瞬間だった。
俺が突然喰らった銃撃によって、パワードスーツの奴らは重力地獄から解放されていた。
しかし、そのまま動く力も無く倒れている金属の黒い巨体を見て、そいつらも残らず石化してやった。
当然の如くと言うか、不思議にもと言うか、俺はまったく石像になった人間達を見ても心が痛まなかった。
この現場に残された6つの石像を、こいつらの仲間が恐らく見つけるだろう事は想像に易い。
俺と俺の家族と紫織に手を出す奴らは、一人残らず石にしてやると心に誓って俺の覚悟は出来た。
きっと、もう本当の意味での元の生活には戻れないだろうと言う事は、何となく予想ができる。
だけど、余りにそれは現実味が無いし、そして普通では無くなってしまった自分の未来を深く考えるのも、今はただ面倒臭かった。




