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040:迷彩柄の強化装甲服

 先日パーティチャットで話をした仲間の話を聞く限りでは、ゲームでの数値より現実世界リアルではMPの最大値が大幅に低いようだった。


 そう考えると少しでもMPを温存しなければならないが、俺はここで一気に片をつけるつもりで、一連のスキルを一度に使ったのだった。


 これで普通の人間であれば、例えレースで使われるような耐火スーツを着ていたとしても相当のダメージを喰らっているはずだ。

 いや、下手をすると死んでいるかもしれない。


 しかし俺の想像を他所に、黒フードの男達は倒れた場所から何事も無かったかのように起き上がると、無言で再び俺に向かって来る。


 ゲーム初心者の頃にアンデットやゾンビを相手にしているかのような、攻撃に対する手応えの無さに不安感が増して行く。

 こいつらは、本当に人間なのか?


 そして、この状況が続くと不味い事にも気付き、MPをフルに回復させる前に飛び出してしまった事を悔やむ。


 俺は無意識のうちに、普通の人間相手だからと敵を舐めていたのだろう。

 相手の事を何も知らないくせに、勝手に人間だから弱いと決めつけていた結果がこれだ。


 ゲームの時はどうしていたか、未知のモンスターと戦う前には慎重に情報を集めて対応策を練ってから戦っていたではないか。


 初見で情報も集められない時は、どうしていたのか?

 その時は威力偵察用の攻撃と撤退を繰り返して、相手の力量や特性、攻撃力を見極めてから倒していたのではないか。


 ゲームと違って魔法量の残量を示すバーが見える訳では無いので、今から威力偵察の為に無駄な魔法はこれ以上使いたくない。


 いや、逆に一気に大魔法で片をつけるという方法もあるが、それは広いとは言え倉庫の中で使うには威力が大きすぎて、確実に紫織を巻き込んでしまうだろう。


 効果的に倒すのには如何したら良いのか、数え切れない程取得してきたスキルを脳内に展開して、最も有効と思われる方法を俺は必死に考えた。


 効果判定に確率計算を用いるスキルは、実際にどの程度の確率で効くのか判らないだけに、確実に倒したい時には使えないだろう。


 ゲームの中であれば、相手の種族やレベルやステータスでも確率が左右されていたはずだが、現実世界の人間相手の場合はどうなのだろう?


 あのフードもフードの中も耐火耐熱素材で作られたものなのだろうが、その耐熱性は俺の想像を超えている。


 ゲームでは、レベルカンストな俺が放てば低レベルモンスターなら一撃で倒せる威力のスキルなのに、奴らは人間なのに低レベルのモンスター以上のタフさだと言うのだろうか?

 それともゲームでの威力とリアルでの威力は大きく異なるのだろうか?


 いや、あの日にワゴン車を吹っ飛ばしたファイアーウォールの威力と、車両を焼き尽くしたファイアーボールの威力はゲーム内での想定以上だったはずだ。


 しかし耐熱性は俺なんかが知らない特殊素材や冷却装置を使っていると考えれば納得できない訳ではない。


 それ以上に不可解なのは彼らの運動能力だ。

 奴らは俺が考え得る人間の限界を超えた速度やタフさを持って迫って来た。


 あいつらは何者なんだ?


 とにかくゲームと違って魔法力の残量が判らない状態で、火炎対策をしている相手にこれ以上の火属性スキル行使は無駄だろう。


 手の内を見せないという選択も、魔法が使えるという事への俺の驕慢のなせるミスだったかもしれない。

 いや、間違い無くミスだ、それもかなり致命的なミスだ。


 そう判断を下して、今更ながら火以外でどんなスキルが奴らに最も効果的なのか試す事にした。


 俺が使える魔法属性は、火、水、土、風の基本4種に加えて特殊属性として光、毒、時間、 空間の4種、それらからの派生(合成)属性として炎(火と風)、金(火と土)、木(水と土)、雷(風と水)、氷(水と風)、聖(光と水)、闇(毒と水)、時空(時間と空間)の8種が有る。


 選択肢は多いように見えるが、俺の中ではこんな状況でも血や肉を直接見たくないという生身の人間としての禁忌がある。


 そうなると切る、突き刺す、潰すとか割るという選択肢は使えない。


 出来れば跡形無く消えてくれれば後味の悪さは軽減されると思うのだが、こんな状況でもそう考えてしまうのは現実に生死を賭けた経験の乏しい俺の弱さなのかもしれない。


 決着をつけるのに時間を掛ければ紫織を巻き込んでしまうかもしれないし、レイ婆ちゃんに後を頼んだとは言え美緒をお祭りの会場に置いてきているので、正直あまり時間は掛けたくない。


 自分がここで使える手の中で直接血を見ずに結果がすぐ出るのは、瞬間冷凍フリーズして凍らせてしまうか、雷撃イカヅチで神経伝達を狂わせて動きを止めるか、石化で石にしてしまうか、催眠導入ヒプノで昏倒させてしまうくらいだろうか。


 そんな事を迷っているうちに左からゆっくりと打撃が襲って来るのに気付いた。


 回避するにも空気の密度が濃くなったように体が重くて思ったように回避行動が取れない。

 時間差で右からも、そして上からもスローモーションのように敵が襲ってきていた。


 残る二人のうち一人は正面から、最後の一人は視界の隅を右から俺の後方に回り込もうとしているのが見える、


 左の初撃は間違い無く陽動、そちらに気を取られているうちに右から後方に回り込んだ奴が奇襲を掛ける作戦なのだろう。

 スローモーションのように動いて見えるだけに、素人の俺でも判る。


 しかし、だからといって間近に迫る左の攻撃を対処せずに無視する事は難しい。


 魔法で外面への直接ダメージを無効化できても、体が吹っ飛ばされる肉体内部への間接的なダメージまでは何処まで無効化出来るのか。

 本当の肉体では無いゲームの世界では通用したからと言って、それがリアル世界でも大丈夫とは限らない。


 仮に肉体内部に受けたダメージがあっても、運営に与えてもらった超再生能力で結果的に回復はできるのだろう。


 しかし、仮に脳がダメージを負ってしまったらスキルや能力はどうなるのか、ゲームでは無いリアルの世界でも大丈夫だという根拠は一切無いのだ。


 まず今すぐに為すべき事は、回避するために肉体の慣性と空気抵抗で重くなった体を更に強化して動かす事だ。


 その場で左からの攻撃を受けてしまえば、次々と襲ってくる前後左右と上からの飽和攻撃を受け続けるしか無くなる。

 かと言って、避けるのも今からではギリギリのタイミングで難しいだろう。


 では、初撃が襲ってくる左以外に避けてたらどうだろう。


 すべての方向で敵が時間差の攻撃を仕掛けて待ち構えている。

 逃げ道は左しかないように仕掛けられている。


 恐らく、俺以外の人間なら受けてはいけない攻撃なのだろう!

 だが、魔力をケチった今の肉体強化レベルでは回避速度が足りなかった。


 即座に、そう判断すると身体能力向上ブレッシング加速スピードアップスキルのレベルを上げて体を回避に向けて動かす。

 無詠唱で発動する魔法に時間差は無い。


 瞬時にパワーアップされた身体能力によって、漸く体に纏わり付く粘度の高い液体のような空気の壁の粘度が下がって動きやすくなる。


 強引で高速な回避行動にも、スキルレベルの上昇で強化された筋肉と腱と骨が悲鳴を上げる事もなくついてくる。


 俺は左から迫る拳を後ろには避けず、逆に左に上体を捻りながらも初撃をくれた左の敵に向かって右足を後ろに蹴り出して左足を一歩前に出した。


 刹那、ゆっくりだが当たれば吹っ飛ばされるであろう巨体からの右ストレートが、目の前数センチを横切って行く。


 ヌルヌルと体に纏わり付く空気の重さを引き剥がすように、俺は目の前を通過する初撃をくれた巨体の黒いコートの袖を掴むと、それを右に投げ捨てるように動かし、その反動で更に体を左へと移動させる。


 投げ捨てると言っても彼我の体重が違いすぎるが故に、あたかも固定物を利用して体を移動させたように左へと動く俺の体が更に加速された。


 力一杯突き出した右の拳を更に引っ張られる形になった巨体の男は、一瞬遅れてバランスを崩し前のめりになる。


 ここで格闘技のスキルがあれば巨体の男を投げ飛ばしたり出来るんだろうけれど、生憎とそんな経験もパンギャさんのような技術も無い。


 初撃役の巨体は崩れた上体のバランスを保つために、そこから更に一歩前に踏み出して今まで俺が居た位置と入れ替わってしまう。

 彼は俺の元居た位置で、周囲からの攻撃に身を晒す事になってしまった。


 常人であれば反射的にその場で受けるか、格闘技経験者であっても人間の肉体能力の枠内であれば右か後ろへと回避する以外の対処方法が無いようなタイミングで放たれた、左側からの強烈なストレートパンチ。


 それをスキルから得られる人間離れした筋力と反応速度によって、パンチの来る左前にあえて踏み出す事で、切っ掛けとなる攻撃は回避された。


 5人の連携を崩された巨体の男達は、バランスを崩して前に出た初撃役の巨体にそれぞれが放った攻撃を途中で止める事も出来ずに次々と炸裂させていた。


 ドガガガンッ!

 前のめりになった初撃役の巨体に、他4体から放たれた打撃が炸裂する鈍い金属音が倉庫内に響き渡る。

 そして、その隙に俺は更に彼らと距離を開けて離れる。


「金属音?」


 生身の肉体に炸裂するのとは異なる打撃音に俺は違和感を抱いた。

 その打撃音から思いついた想像に対して確信を得る為に、俺は氷属性の範囲スキルを低レベルで放った。


腐食性濃霧アシッドミスト!」

氷雪乱舞フリージングストーム!」


 タイムラグ無しで、混乱し一塊ひとかたまりになった巨体の黒コート5人を中心にして、直径10m程の大きな魔方陣が二重に形成された。


 瞬時に魔方陣に囲まれた範囲の中にだけ濃霧が立ちこめ、続いて吹雪と無数の氷で出来た鋭い破片が彼らの巨体を切り刻もうとして吹き荒れる。

 

 その間、俺は腰を低くして魔力の回復に努める事にした。

 立って動いているよりも、止まって腰を落とした姿勢になるとゲームであれば、魔力の回復量は立っている時の倍になるのだ。


 濃霧で湿気を帯び、続いて吹き荒れる極低温の嵐で凍結して脆くなった黒いコートは吹き荒れる鋭い氷の破片によって次々と引きちぎられ剥ぎ取られて行く。


 そこにあるのが例えモンスターの肉体であっても、極低温の嵐による凍結ダメージと氷の衝突による直接打撃の複合から発生する巨大なダメージを連続で与える範囲攻撃の名が氷雪乱舞フリージングストームである。


 範囲魔法の二重掛けで、相当に魔力を消費してしまった事は間違いが無い。

 氷雪乱舞フリージングストームの前に重ねて発生させた腐食性濃霧アシッドミストと合わせると、大量の魔力を消費したが、その効果はあった。


 火属性攻撃が効かなかった相手の正体が、それで判ったのだ。


 そこにあったのは人間を一回り大きくしたサイズの5体の鈍い迷彩柄の金属製ボディ。

 おそらく中に人間が入っているのであろうそれは、SF小説やマンガに出てくる「パワードスーツ」と呼ばれる物と想像された。


 ボディに人間の操縦席があって人よりも更に大きなサイズの「アームドスーツ」と異なり、 パワードスーツは正に着るという表現が合致するように、人の体を人工筋肉と金属の外骨格で覆った、スーツと呼ぶに相応しい兵器である。


 そんな物が各国で開発されているのは、数年前から動画サイトなどで見た事があるので驚く事では無い。

 しかし、現実に動画よりも目の前にある物の方が、完成度が遙かに高い実働兵器である事の方が驚きだ。


 その迷彩柄は外部からの物理ダメージによってボロボロに剥がれていて、体を覆う金属の装甲も所々に受けた衝撃の程が想像できる多数の僅かな歪みが見られる。


 魔法による極低温によって駆動系に支障が出てしまったのか、あるいは腐食性の霧によって関節機構の動きが阻害されているのか、はたまた極低温による凍結と氷の連続衝突による衝撃でボディ内部の機構に故障が起きているのか、あるいは中の人間が脳震盪でも起こしたのか、彼らの動きは極端に鈍い。


 だが、彼らがモンスターでも無い身で、アシッドミストとフリージングストームを耐えきったのは事実だ。


 恐らく耐熱処理された黒コートと金属ボディを持って為れば、中途半端に殺してしまうのを恐れて手加減した火属性スキルごときでは効かないのは納得できる。


 だが、何故そんな装備を揃えてまで相手が俺を狙うのかが判らなかった。

 彼らが話している言葉からしても、日本人では無い事は明らかだ。


 何故そんな奴らに一介の高校生の俺が狙われるのだ?

 そんな疑問が、露わになったボロボロのパワードスーツの金属ボディを見て湧いてくる。


 そう、神ならぬ俺の常識の範囲では自分がここまでして狙われる事と、魔法が使える事による彼らの興味が結びつかないのだ。


 相手の正体が判明し、焦る気持ちが落ち着いて見れば対処法はいくらでもある事に今更のように気が付く。


超重力結界グラビティケージ!」


 重力の檻と呼ばれる、レベルによっては拘束にも使える攻撃スキルをレベル2で発動するとガシャガシャと金属が軋む鈍い音を立てて5体は地面に平伏すように倒れ込み、ピクリとも動けなくなる。


 更にスキルのレベルを上げれば恐らく自重で圧壊させる事も可能だろうが、それは今のところ避けたい。

 今以上スキルの効果レベルを上げると、恐らく中の人間は肺呼吸をする事すら困難になってしまうだろう。


 こいつらをどうするのか…… 

 安全なポジションに立ってみて、俺はその判断に再び迷っていた。


 今の状況と、これからの方針という物が俺には何も無かったのだ。

 今後の覚悟すら決めていない俺には、まだ意識して人の命を絶つという行為はハードルが高かった。


 ただ、成り行きと自分の魔法力に任せっきりで自分から何もしない、それではもう済まなくなっていた。

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