039:黒い捕獲部隊
倉庫の広い空間の中を、俺は捕らえられている紫織を助けようと熱光学迷彩を纏ったままクローキングスキルを駆使して移動していた。
突然、手元に小さなモニターを持っていた男達の一人が俺が居る方向を指して何かを叫んだ。
『超音波ドップラーレーダーに反応あります、何か近くを移動しています』
『何?、赤外線モニターには何も反応が無いぞ』
一気に緊迫した空気になる倉庫内。
黒いフードを被った男達が、見えない何かを探すように動揺して辺りを見回している。
『何で見えないんだ、これも魔法なのか?』
『おい、誤作動じゃないのか?、 こんな早く来られる訳が無いだろ!』
動きが慌ただしくなった男達は、俺の判らない言葉で遣り取りをしている。
まさか見つかった?
スキルが解けたのなら既に何かを仕掛けてくる筈だが、今のところ何も無い。
理由は判らないが、動くのは不味いと感じて俺はその場に留まった。
話している言葉の中に、超音波と言う単語が、かろうじて聞き取れる。
超音波を使ったレーダーであるのなら、熱光学迷彩は通用しない。
であれば時間の猶予は無いと考え、一気に紫織の元へ空間転移する事にした。
ここまでの連続空間転移と防御スキルの重ね掛けで、ゲームの時のままであれば俺のMPは半分以下になっている筈だが、こうして動かずに腰を落としている姿勢のせいで既に空間転移1回分は回復をしているはずである。
とは言え、ゲームの時のようにステータスバーが見えないのだから確証は無い。
MPの枯渇は、俺がこいつらに捕まる事を意味しているだけに不安が過ぎるが、スキルがあれば何とかなるだろうと考え直して飛んだ。
物理防御の効果時間はあと15分と言う処だろうか。
魔力消費型防御結界は約1時間効果が続くが、ダメージ相殺する毎に全MPの10%を消費するので長期戦になるのは避けたい。
一気に勝負を賭けるべく、俺は気を失っている紫織の隣に空間転移すると紫織を中心にして地面設置型の物理防御結界を張った。
じりじりする想いで、きっちり1分間その場に留まって少しでもMPを自然回復させてから、再び空間転移で紫織から離れた。
俺が次に現れた場所は奴らの後方になる。
どんな理由なのか判らないが紫織を巻き込む奴らは許しておけない、放置すれば再び紫織を人質にするに決まっている。
だが、俺は自分の意思で積極的に人を殺す事に踏み切れなかった。
俺は立ち上がろうとして、再び姿勢を低くして考え込んでしまった。
偶然、無意識でスキルを振るってしまった結果相手を死なせてしまった事と、自分の意思で相手の命を奪うと決断し実行する事は天と地程も違いがある。
このまま放置は出来ないし許す事も出来ないが、かと言ってどうすべきなのか俺は結論が出せなかった。
パン、パンッ!
小さなモニターを持った男が片手を持ち上げながら振り向いたかと思ったら、小さく乾いた音がして俺の物理防御結界に衝撃相殺の魔方陣が二つ展開されたのが見えた。
今の迷っている間に居場所を察知されたようだ。
「いきなり撃ってくるかよ」
当然、予想すべき事なのだが、平和に慣れきっていた俺には、想定外の出来事だった。
思わず小さく声が漏れる。
撃たれるなんて事は、普通に日本で生きていればまず経験できる事ではない。
だが、床に落ちたのは銃弾ではなく注射針の付いた小さな矢だった。
麻酔銃?なのか、俺を殺さずに生け捕りにしたいって事のようだな……
その矢を見て、俺はそう判断した。
「そこに居るのは八坂君なのかな?、君の姿が見えないという事実は我々にとって非常に興味深いね」
日本語が話せるらしい茶髪の男が立ち上がってこちらに向かって話しかけているが、俺は答えない。
周りの黒いフードを被った男達も、こちらに向かってファイティングポーズを取っている。
「八坂君、君の力を我々に貸して貰えないだろうか」
茶髪の男は何処に居るとも判らない俺に向かって、話を続けている。
「君は、ある意味で非人道的な実験の被害者とも言える、このまま日本に居ても様々な組織に君は狙われ続けるだろう、そして君の大事な人も同様に危険に晒されるかもしれない」
そう言って、茶髪の男は紫織の方へわざとらしくチラリと目線をやった。
自分勝手な理屈に対する激しい憤りに、俺は思わず言葉を発してしまった。
「今ここで彼女を直接危険に晒しているのは、訳の判らない様々な組織とか言う物じゃなくて、お前自身じゃないか!」
それを聞いて、茶髪の男は露骨にニヤリと嗤いを零すと俺に、いや俺の声がした方向に向かい直して言った。
「やはりそこに居るのは八坂くんだった訳だ、別れた、いや一方的に振られたと聞いたので彼女が役に立つか心配したんだが、我々の見立て通り君の方は未練たっぷりのようだね、」
そう言って、何が可笑しいのかクックック… と、こみ上げる笑いをこらえるように唇を歪めている。
「お前が上から目線で嫌な滓野郎だと言う事だけは、俺にも判ったよ。」
俺はこみ上げる怒りを堪えながら茶髪野郎に精一杯の皮肉を言ってやった。
しかし茶髪野郎は、それを意にも介さず俺を勧誘する言葉を続けている、何を考えてるんだこいつは。
「どうだろう彼女も君も、悪いようにはしないと約束するから協力して貰えないだろうか?」
悪いようにだと、何処を見たら悪いようになんて言葉が出てくるのか呆れてしまう。
「紫織を、そんな目に遭わせて俺を誘き寄せる餌にするような奴の言う事が信じられるとでも思ってるのか、この脳天気野郎」
こんな無駄な会話を続けている内に防御結界の効果時間が残り少なくなって行く。
俺はそれに焦るが、今の俺が意図的に人を殺す覚悟が出来ないとするなら何か無力化する事を考えなくてはならない。
防御スキルだけなら重ね掛けするだけのMPは回復しているはずであるから良いが、他のブースト系の魔法まで掛け直すには、この先の事を考えるともう少し回復をしておきたい。
「しかたないね、姿を現してくれないのなら、こう言うのはどうだろう」
茶髪の男が言った途端、耳を押さえたくなるような紫織の絶叫に近い悲鳴が俺の耳を抉った。
茶髪野郎が片手を上着のポケットに突っ込んで何かをしたのだ。
椅子に縛り上げられて気絶しているはずの紫織の体が、激しく跳ね上がるのが見えた。
「ふざけるな!」
俺の視界は、一瞬怒りで真っ赤に染まった。
紫織の体に無線で操作する何かが仕込まれているのだろう。
物理防御結界は、光を妨げないように電磁波は透過する仕様だ。
「発火!」
俺は躊躇無く熱光学迷彩を解除すると、男がポケットに突っ込んでいる手ごと発火させた。
激しく服の裾から炎が燃え上がる。
「うわあぁぁぁぁ!!」
茶髪野郎が悲鳴を上げてポケットから手を抜き出す。
「ざまぁ見ろ糞野郎が!」
黒いフードの男の中の一人が、懐から取り出した小型消化器の白い霧を吹きかけて炎を消そうとしている。
俺はそれを見て、更に追撃で火炎弾を3発ポケットに落としてやった。
ドドドッ!、中空に突如現れた炎の弾が茶髪野郎のポケットに直撃する鈍い連続音が倉庫の中に響いた。
紫織の様子が気になって視線を戻すと、がっくりと頭を落としている。
もし気絶しているなら、何が自分の身に何が起こっているのかは判らないだろう。
今はもう彼女と付き合っていないとしても、俺の大好きな彼女の身柄を拘束し、更に苦痛まで与えた奴を許しておける程に俺は大人じゃあない。
むしろ、問答無用で攻撃する理由をくれた茶髪野郎に感謝したいくらいだった。
自分にとって一番大事だった人を、目の前で痛めつけられて黙っていられる訳が無いだろう!
自分が他人を意図的に攻撃してしまう事を躊躇してはいたが、怒りに我を忘れて反射的に攻撃を放ってしまった事で、心の枷が一つ外れてしまったように人への攻撃に対する抵抗が軽くなる。
両手に風魔法を圧縮しようとして魔力をこめたが、ある事に気付いてキャンセルした。
両掌に渦を巻いて圧縮されていた空気の塊が瞬時に四散するが、途中キャンセルでも魔力は消費される。
もし、奴らが俺の使える魔法は火だけだと思っているなら、手の内は見せない方が良いかもしれない…
何処まで俺のスキルの事を知っているのかは判らないが、消火器を予め用意しているのを見てそんな気がした。
そんな事を考えて俺が躊躇している間に、茶髪野郎の火は消し止められた。
フードの男達は、小型の消火器を床に捨てると俺に向かって何かを言っているが、普通の日本の高校生にネイティブな外国語のヒヤリングなんて出来る訳が無い。
小さな銃のような物を取り出して、こちらに突っ込んでくる黒いフードの男達。
とたんに俺の視界はスローモーションに切り替わる。
周囲の風景が極端に遅く見える感覚とは逆に、粘度の高い液体の中に居るかのように重くなる自分の体。
それだけ相手の動く速度が速いと言う事なのだろう。
男達の動きは、人にしては余りに速過ぎた!!
俺がフードの男達に向かって順番に1発ずつ放った計5発のファイアーボルトがすべて直撃するが、その爆炎の熱量にも落下の衝撃にもあまり堪えていないかのように、多少その動きが乱れただけで素早く駆け抜けて迫ってくる。
身に纏っているフードは燃える気配も無い。
なんだと! 今まで通じていた火魔法が通じない?
俺は、彼らが前もって消化器を準備していた事を思い出した。
もしかして、火炎対策をされている?!
正面から来る一人が俺に向かって銃を向けて何かを放つと、銃身から糸を引くように二つの金属片が俺に向かって飛んできた。
対処を防御魔法に任せて、間近に迫って来た両脇の二人ずつに左右に広げた両の掌から火炎爆裂球を1発ずつ発射。
正面に向けて設置型火炎地雷を設置、火炎爆裂球が相手に命中して弾けたタイミングで、相手から見えないように風を自分に向けて噴出させて後ろに飛び退いた。
正面の地雷を設置した辺りで大きな火柱が上がった。
火炎爆裂球も設置型火炎地雷も小範囲巻き込み型の火炎魔法だ。
ファイアーボールは火炎による熱波以外に爆発による周囲への打撃効果とノックバック効果もある。
ファイアーピラーは逆に、その火炎の柱が吹き上がる過程で周囲の敵を巻き込み、高熱で焼きながら吹き飛ばす。
とっさの判断だったが、人間相手であれば充分な殺傷能力があるスキルであった。
俺が後方に着地したタイミングで、左右の男達が爆炎に包まれて吹っ飛ぶのが見えた。
正面の男は足下から吹き出した火炎の噴流に包まれて上に吹き飛ばされている。
魔法量的に戦闘が長引くとヤバイが、これで片が付くだろう。
少しでも魔力を回復させるために支援職のスキル「魔法力回復力向上」を発動させた。




