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035:厄災の華(前編)

 日中の肌を焼く暑苦しかった太陽も陰り、やがて蒸し暑い夏祭りの夜がやってきた。


「和兄ぃ、どう似合う?」

 そう聞いてくるのは妹の美緒だ。

 レイ婆に浴衣を着せてもらい上機嫌のようだ。


「うん、馬子にも衣装だな」

「なにそれ、馬子って何のこと?」

 茶化したつもりの言葉を知らないとはジェネレーションギャップ恐るべし、と言うか5歳しか違わないんだが..


「つまりだな...」

 確かに、いまどき馬子とか、俺も知らないけど...

 ネタの解説をしなければならない状況と言うのはネタが滑った時より辛い気がする。


「結局似合ってるって事だよね」

「もう、それで良いよ..」

 美緒と手を繋ぎ、連れだって家を出た。


 紫織とは手を繋ぐのにあれだけ苦労したというのに、美緒とならあっさり手を繋ぐ事への抵抗の無さって何なんだろうとそんな事を思いつつ、のんびりと祭り支度を調えた商店街を抜けて公園へと入って行く。


 参道の入り口にある比較的大きな石の鳥居を潜ると、そこは祭りの提灯と露店の灯りが立ち並ぶ眩しい異空間が広がっていた。

 伊勢海いせみ神社のある公園に隣接した小高い丘まで真っ直ぐに延びている、神社の参道に沿って吊された提灯ちょうちんの列は参道の突き当たりにある階段に沿って上まで延びていて、丘の中腹にある神社の境内まで左右二本の光の列が平行につらなっている。


「和兄ぃ綿菓子食べたい!」


「おまえ、その両手に持ってるアメリカンドッグとタコ焼きを片付けてからにしろよ」

「だってぇ~、和兄ぃにタコ焼きあげるからぁ」

 そんな遣り取りをしていると、俺のスマフォがブーッブーッと着信を知らせる振動を送ってきた。


 自慢じゃ無いが友達は少ない、つい最近仲の良かった義則とも縁を切ったばかりだから、俺に電話を掛けてくる物好きはそうそう居ない自信がある。


 スマホを取り出して画面を見てみると非通知で誰からなのか判らない相手だった。


 パンギャさんなら、番号を非通知にはしていなかったなと思い返しながら画面に表示されている「通話」のボタンをタップして電話に出てみた。


 それは、知らない男の声だった。

「八坂君だね… 」


「どなたですか?」

 少々警戒しながら応えると、知らない声の男は俺の質問に答えずに用件を切り出してきた。


「君に是非会いたいと思ってね、場所を指定するから来て貰えないだろうか?」

 勝手に自分の用件だけを告げる相手に苛立って俺は電話を切ろうとした。


「名前も名乗らない相手の言う事を聞くとでも思ってるなら幸せな頭をしてるんですね、切りますよ」

 そう言うと名乗らない男は自信ありげに、俺にこう告げた。


「葛西紫織さんだったよね、彼女もここに居るんだが会いたく無いかね?」

「紫織が?、どう言うことだお前は誰なんだ!」

 そう電話に向かって問い詰めると、電話の向こうから間違い無く紫織の声が聞こえた。


「和也くん.んぐぅぅ..」

 そう言うと、紫織の声は押し殺したような声になり聞き取れなくなった。


「紫織!、どうしたんだ、何処どこに居るんだ!」

 電話に向かって呼び掛けるが、非常にも電話は何も告げずに切られてしまった。


 スマホを握って何が起きているのか判らずに茫然としていると、再びスマホが今度はメールの着信を伝える振動を伝えてきた。


 すかさずメールを開くと、でたらめな文字の羅列で作られたメールアドレスから俺宛に、とある場所を示すインターネット地図のURLアドレスが書いてあった。


 文面は一行だけ、『誰にも言わず必ず独りだけで来る事』と書かれている。


 書かれていたURLをタップするとマップアプリが起動して、離れた場所にある港湾施設の倉庫らしき建物を指していた。


「和兄ぃどうしたの顔色が悪いよ、紫織って誰?」

 俺の只ならぬ様子を察したのか、美緒が俺のシャツの裾を掴んで心配そうに見上げて聞いてくる。


「わるい、大事な用が出来た」

 そう言って、右手を自分の顔の前に持ってきて詫びるポーズを取ると、俺はスマホのアドレス帳を呼び出した。


「レイ婆に来てもらうから、お前はここで動かないで待っててくれ」

 そう美緒に言うと、素直に頷いてくれた。


 俺の真剣な様子から、我が儘を言ってはいけないと察してくれたのだろう。


 レイ婆には急用が出来たからとお願いして、美緒が居る場所を伝えて来てもらう事になった。


「レイ婆が判らなくなるから絶対に動くなよ」

 そう美緒に言い聞かせて焦る俺は公園の出口へと人混みを掻き分けながら進む。

 しかし、思うように進めない参道の混雑した状況に、そのまま進むことを諦めて立ち並ぶ露店の脇を抜けて参道から離れることにした。


 人影が少なくなったのを見計らって外周路へと入り、木の陰で空間転移する。

 目的地は空間転移ワープポイントに登録してある、鮫島とパンギャさんが戦った海岸のトイレ脇だ。

 此処ここからなら指定された港湾施設は近い。


 そこでアイテムBOXに入れっぱなしになっていた折り畳み自転車をとりだしてヘキサゴンレンチで素早く組立てて、自分自身に身体能力上昇をレベル5で掛けると物理防御スキルと念のために魔法防御スキルを掛けて自転車を走らせる。


 一気にペダルを踏み込むと今の体力では自転車のチェーンを引き千切ってしまうので、低いギアからスタートして徐々に速度を上げてゆく。

 ケイデンス(1分間のペダル回転数)120程でペダルを回してギアを上げて行くと、トップで速度は車輪が20インチのミニサイクルでも時速60km程には上がる。

 折り畳み式のミニサイクルとは言っても、一応本格的なシマノの20段変速を備えているのだ。


 この速度ではブレーキを掛けてもタイヤがスリップするだけで簡単には止まれはしない。

信号に突き当たる度に風魔法エアブレーキを使って速度を落とすと、隣の車に乗っている助手席の人が目を見開いて驚いていた。


 そのまま10分程走ると倉庫が建ち並ぶ港湾区画が見えてきた。


 タイヤとブレーキから焦げ臭い臭いがするが、それには構わずに公安区画に入る前に自転車をアイテムBOXへと仕舞い、スマホのGPSを確認して目的の倉庫の位置を頭に入れた。

 そして俺は熱光学迷彩を纏うと近くの倉庫の屋根へと空間転移した。


「もう和兄ぃったら、何があったか教えてくれても良いのに」


 せっかく前々から約束をしていた夏祭りだと言うのに、自分を置いて居なくなってしまった兄にぶつくさと愚痴を零すが、兄の只ならぬ様子から何事か大変な事があったのだろうと思い気持ちの半分は納得している。


 レイ婆が来るのを待っている間にアメリカンドッグもタコ焼きも食べてしまって、なんだか手持ち無沙汰である。


「もしかして、君が美緒ちゃん?」


 いきなり後ろから声を掛けられて振り向くと走って来たのだろう、兄と同い年くらいの知らない男の人が息を切らせて心臓の辺りを押さえながら立っていた。


 其奴そいつを見て、不審そうに小さく頷く美緒


 その男はそれを確認すると「和也君が悪い奴らと喧嘩をして怪我をしちゃって美緒ちゃんを呼んでるんだ」、これ以上無いくらい真剣マジな顔をしてそう言った。


「和兄ぃ...」

 自分をここに置いてゆく前に兄が見せた緊迫した遣り取りの様子を思い出し、美緒は両手を口に当てて絞り出すように声を漏らした。


「僕が一緒に居たんだけど悪い奴らに絡まれちゃって、それで和也君が相手と喧嘩を始めちゃったんだけど相手の人数が多くて酷い怪我をしちゃったんだ、だから一緒に来て!」


「こっちだよ、急いで!」

 男はそう言って有無を言わさずに美緒の手を掴むと、明るく賑やかな祭りの参道から薄暗く人気ひとけの無い外周路へと外れ、そのまま小走りで美緒を急がせて連れて行った。

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