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034:夏祭りの日

「和兄ぃ、美緒と一緒に買い物できて嬉しいでしょ」

 俺の左腕に右腕を絡めて、今夜の祭りの準備に追われている商店街を楽しそうに見て歩く美緒。


 いつまで経ってもお兄ちゃんお兄ちゃんと慕ってくれるのは嬉しいけれど、流石に周りの目が気になる。

 不思議と紫織と歩いている時はまったく気にならなかった周囲の視線が、何故か美緒と歩いていると気になるのは何故なんだろう。


 商店街を抜けて脇道に入って中央公園に入る。

 公園外周路脇にある、周辺住民の反対運動で着工が延期になったマンションの工事資材置き場を右手に見ながら、俺たちは先へと進んだ。


 そのまましばらく行くと、お祭りの夜店が建ち並ぶ伊勢海いせみ神社の参道と、その外周路が交差する地点が見えて来るはずだ。


 夏祭りの会場となる伊勢海いせみ神社は、そこから少し長い階段を登った先にある、小さな丘の中程にあった。

 神社へと登る階段の手前にある、公園の中を真っ直ぐ延びた石畳の参道が、いつも夜店の集まるポイントだと記憶している。


 昔は公園の敷地も神社の神域として木々が鬱蒼と茂っていたらしい。

 その名残なのか、公園の中央を突っ切るように作られた100m程ある長い石畳の参道の先にある、公園の入り口には大きな鳥居が残っている。

 石畳の参道の両側に沿って、古い石灯籠がいくつも残っている事からも、昔は公園も神社の敷地であった事は判るはずだ。


 まだ午前中なので人通りも少なく、お祭りの露店では売り物の仕込みをしているのが見える。

 美緒の提案で近道をして帰ろうかという事になって、公園を抜けて近くを走っている電車の線路沿いに歩きだした。


 線路の近くを走る高速道路の高架橋下を潜ると、小さな川に突き当たる。

 その川の土手沿いにある未舗装の農道を歩いていると、なんとも嫌な相手に出会ってしまった。


「おやおやデスゲームくん、可愛い子連れてるね~」

「振られたからってロリに走っちゃ駄目ですよ~」

「こんなに可愛い子なら俺もロリに走っちゃうかも」


 妙蓮寺達グループだった。

 今日は終業式の時の奴らは居なくて、一緒に居るのは同じクラスの二人だけだった。


 俺に向けられる妙蓮寺達の悪意を感じ取って、美緒が俺の陰に隠れた。

 俺も美緒を庇うように前に出る。


「和兄ぃ、この人達は?」

「美緒、俺から離れるなよ」


 不安そうに問いかける美緒に応えて、迂闊にも俺は美緒の名前をあいつらの前で口にしてしまった。


「美緒ちゃ~ん、よろしくね! 僕たちお兄ちゃんのお友達なんですよぉ」

「美緒ちゃん、可愛ぃーねぇ美緒ちゃん」

「お兄ちゃん達と遊びに行こうよ」

「楽しい事いっぱい教えてあげるよー、ふひひひ」


 一斉に、妙蓮寺たちが下卑た笑い声を上げた。

 俺をわざと無視して、口々に嫌らしい顔をして美緒に話しかけてくる。

 後ろにいる美緒が怯えているのは、俺のTシャツの裾をギュッと掴んでいる手の震え具合で判るけれど、美緒の前で魔法を使う訳には行かない。


「屑のくせに下卑た事言ってんじゃねーよ!」


 妙蓮寺たちの目標を美緒から俺に戻させようと、挑発的に言い返してみた。

 それと同時に、魔法を使ったと判らないようなスキルは無いかと頭を巡らせる。


 俺はまず物理攻撃防御結界スキルを発動させた。

 色々考えた結果、もしもの事を考えて右掌にLv1の風魔法を発動させる準備も整えた。


 Lv1にした理由は、あの磯場でのスキルテストから導き出した結論だった。

 恐らくそれ以上のレベルで魔法を使うと、普通の人間なら確実に殺してしまうだろう事を恐れてただけだ。


 只それだけである。

 俺は、まだ人殺しにはなりたく無い。


 まあ、骨くらいは確実に折れるかもしれないが、それは気にしない事にした。

 美緒を怖がらせた上に、紫織に対してあんな事を考えている奴を相手にして、俺だって何もしないで済ませられる程人間が出来ている訳じゃない。


 だけど、この場には美緒の目がある。

 いま此処で、派手に魔法を使うのは不味いだろう。


 そう俺が躊躇している隙に、脇から手を出してきた奴に美緒の手を取られてしまった。

 気が付いた時には、美緒は俺の後ろから引き出されていた。


「いやぁぁ!」

 美緒が咄嗟に相手の臑を蹴り上げて顔を掻きむしると、たまらずそいつは美緒を土手から突き飛ばした。


「美緒!」

 咄嗟に風魔法を美緒の下に展開して落下の衝撃を緩和させるが、美緒は気絶したのか動く気配が無い。

 俺は、妙蓮寺たちを睨みつけた。


「おいおい、変な抵抗をするから悪いんだぜ」

「美緒ちゃん、デスゲームくんを片付けたら後で美味しく頂いちゃいますからねー」

 何にも反省していない三人から、反吐が出そうな下卑た嗤いが聞こえた。


 すぐさま最低限の身体強化ブレス身体加速スピードアップを自分に掛ける。

 こいつらは、この場で叩き潰すと俺は決めた。


 チラリと美緒の方に目線を送って、状態を確認する。

 幸いにも離れた位置だから、土手の上で喧嘩になっても美緒に影響は無いだろうと判断した。


 加速効果で瞬時に間合いを詰めると、美緒を突き飛ばした奴の腹に風魔法を拳と共に叩きつける。

 圧縮した空気の塊が相手の腹で弾けて、そいつは後ろに吹っ飛んだ。

 未舗装の土手の上をゴロゴロと、ゴミ屑のように転がって動かなくなる。


「てめぇ何を… 」

 妙蓮寺が、俺の見せた反抗に驚きの表情を見せる。


 教室で見せた俺の弱気な対応から、確実に俺の事をバカにしていたのだろう。

 こんな奴が何かを言い終わるまで、のんびりと待ってやる気も無い。

 大事な妹の美緒に手を出されて、俺の暴力や犯罪への禁忌は何処かへ行ってしまったようだ。


 最後まで言わせず、妙蓮寺の顔にスキルで強化した拳を叩きつける。

 身体加速でスピードアップした俺の攻撃に、普通の人間が反応できるはずは無い。


 思ったよりも軽い衝撃が、俺の拳に伝わる。

 そんな軽い衝撃と裏腹に、ダメージは大きかったようだ。

 妙蓮寺は綺麗に鼻血が放物線の糸を引くように吹っ飛ぶと、農道脇にある太い桜の幹に激突して、背中からズルリと地面に崩れ落ちた。


 確実に妙蓮寺は鼻の骨が折れているだろう。

 だけど、卑劣な事をする妙蓮寺たちに掛ける憐憫は、生憎と持ち合わせていない。


 何が起きたのか理解出来ていないのか、残った雑魚一人はおろおろして、俺と、吹っ飛んだ仲間たちを交互に見ていた。

 先程までの強気な態度は、一撃でやられた仲間を見て吹っ飛んでしまったようだった。


 俺は構わず間合いを詰めると、風魔法を纏った拳を相手の腹に突き上げる。

 口から吹き出した吐瀉物が掛からないように素早く身を引いて、そいつを思い切り蹴り飛ばしてやった。


 美緒に一番下卑たセリフを言っていたのはこいつだった。

 だから、俺としても容赦する気は無い。


 奴が吹っ飛んだ先は、運の良い事に川と反対側にある柔らかい畑の上だった。

 派手に吹っ飛んだけれど、それ程の大怪我はしていないだろう。


 妙蓮寺も、潰れた鼻を押さえて呻いているが意識はあるようだ。

 美緒に手を出して最初に吹っ飛とばした奴も、苦しそうに蠢いているのが見えるから、とりあえず生きてはいるようだ。


 俺は土手の下に降りて美緒を抱えると、頬を軽く叩いて意識を戻させる。

 腕や足を触ってみるが、やはり怪我などはしていないようだ。

 土手の上から落ちたショックで気を失っただけなのだろう。


 苦しそうに呻いている妙蓮寺たち三人をその場に放置して、俺は美緒を背負ってその場を後にした。



「和兄ぃ…… 」

 歩く振動で気が付いたのか、美緒が俺の背中で呟くのが聞こえた。


「悪かったな守れなくて、怖かったか?」

「うん… 」

 優しく訪ねてみると、やはり怖かったのだろう。

 美緒からは肯定の返事が返ってきた。


「でも、こうしているって事は和兄ぃが助けてくれたんだよね、ありがと」

 そう言って俺の首に回した手で背中からギュッと抱きついてくる。


 背中に当たる美緒の二つの丘は、思って居るよりも柔らかいものでは無く少しばかり堅く感じた。

 何時の間にか美緒も俺も子供じゃ無くなっているんだなと思うと、ずり落ちそうな美緒の太腿を上に持ち上げて体勢を確保する。


「和兄ぃ、今変な事考えたでしょ」

「ば、馬鹿、お前に変な事とか考える訳ないだろ、そういう事はもっと色気が出てから言えよ」

 いきなりのピンポイント攻撃に俺は狼狽する。


「あ~また子供扱いするぅ、美緒だってもう子供じゃないんだからねー、うりうり!」

「ちょっ、おまっ、胸を押しつけるな、振り落とすぞ」


「あーん、和兄ぃが美緒に発情してるぅぅ、ほれほれ!」

「お前、もう降りろ!」

 そんな馬鹿な遣り取りをしつつ、家に帰ると親父が車で出掛けるところだった。


「親父、今日は休みじゃ無かったのか?」

 思わず問いかけると、実家に行ってくるという返事だった。


「ちょっとな、お前の母さんが白装束の仲間を連れて俺の親父と爺さんの処に現れたらしいんだ」

「あいつが、なんでまた爺ちゃんたちの処へ…… 」

「判らんが明日また来るらしいから、直接話を付けてくるよ」


 そう言うと、親父は高速道路を使っても5時間は掛かる実家へと走り去って行った。


 今年の夏休みは実家で過ごすように言われていたから、その相談もあるらしい。

 それにしても、今まで消息すら知れなかった母親あいつが、今頃急に現れて何をしようとしているのだろう。


 俺を引き取りたいって言うのが本気だとしても、爺ちゃん達の家には関係の無い話しだと思うのだが……


 何にしても、俺はあいつと関わり合いになりたくは無い。

 それが、俺の本音だ。



 それから数時間後、紫織は夕食の買い物をするために外出していた。


「紫織ちゃん、俺も一緒に行くよ」

 紫織に付きまとうように後を追うのは、かつて和也が親友だと思っていた義則だった。


「ごめんなさい、しばらく独りで居たいの。 だから…… 」

 言葉少なに、そう告げる紫織。


 和也が入院して居ない間に、色々な事があった。

 中でも、母親の付き合っている相手から土下座をされてまで頼まれた事は重かった。


 同じ教団の信者同士でなければ、付き合うことも結婚することも出来ないというその言葉。

 紫織は、母親の付き合っている相手から懇願されたのだ。

 母親だけでなく紫織も入信する事、そして紫織が付き合う相手も信者である事を。


 そうでなければ、自分は紫織の母親を愛しているのに結婚することすら出来ず、このままでは別れなければならないと言われたのだ。

 大の男が、紫織のような小娘に恥も外聞も無く土下座をしてまで頼むのは、それだけ相手が紫織の母親に対して本気なのだろうと思った。


 和也から告白されて付き合い始めた夏から数えて、彼がゲームに取り込まれるまでの僅か4ヶ月ほどの付き合いだったけれど、ゲームの中で語り明かした月日を含めれば二人の関係は1年半以上になる。


 和也はどう思っていたのか知らないけれど、紫織がオフラインで和也に逢いたいと言い出したのは、正式に付き合う半年以上前の事だ。


 和也が帰ってこないと判ってから約6ヶ月後に、母親の恋人から呼び出されて土下座をされた。

 散々悩んで、悩み抜いて、自分の幸せよりも、今まで苦労してきた母親の幸せを考えようと決心したはずだった。


 和也がゲームから解放されたのを知ったのは、それから僅か2週間後の事だった。

 まるで、それを判っていたかのようなタイミングに激しく動揺したけれど、もう決めてしまった事をひっくり返す事は出来なかった。


 信徒では無い和也と一刻も早く別れるためにと、同じ教団の信徒である義則を紹介された時は驚いた。

 まさか和也の友人と、嘘でもそんな残酷な事を出来る訳が無い。

 義則だって、紫織の友人の玲子と付き合っているはずではないか?


 しかし、付き合いが順調だと嬉しそうに語る母親の姿を見ると、自分の心に葛藤しながらも逆らうことは出来なかった。

 まるで、自分は蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のようだと紫織は思った。


 母親の幸せを一番に願っただけなのに、気が付けば色んなお膳立てが勝手に整えられていて、自分の意思で身動きをする事が難しくなっていたのだった。

 紫織が、自分の意思で何かをしようとすれば、それは母親の幸せを壊すことになってしまう。

 いつしか、そんな仕組みが出来上がっていた。


 退院してきた和也に、段取り通りに義則との嘘の付き合いを告白した。

 和也の受けたショックを考えると、胸が張り裂けそうだったけれど、一旦敷かれたレールから全てを壊して逃れる勇気も、すべての段取りを壊してしまう身勝手さも、自分の幸せを諦めた紫織には無かった。


 嘘がバレないようにと、普段の生活でも義則と付き合っている態度を要求された。

 当然のように親友の玲子からは絶交されて、親しい友人達も離れて行った。


 復学してきた和也が留年して同じクラスになったのは、皮肉だと思った。

 これは身勝手な紫織への罰なのだと、その辛さを甘んじて受けようと思ってはみた。

 けれど、懐かしい和也の顔を見てしまうと、その決心すら崩れそうになってしまう。


 自分の正直な気持ちや自分が追い込まれた境遇を、和也には打ち明けてしまいたいと、学校の玄関で和也が帰るのを待ってみたけれど、結果は辛いだけだった。


 当たり前なのだけれど、素っ気ない和也の態度を見てしまうと、自分のした事の残酷さと酷さを思い知るだけでしか無かった。

 和也と久しぶりに歩く駅までの道は、ただただ辛いだけだった。


 自分には、もう和也に近付く資格すら無いのだと、そう思い知らされただけの帰り道だったのだ。


 こんなに酷いことをした自分に対して、素っ気ない態度を取りながらも、以前と同じようにゆっくりと歩調を合わせて歩いてくれた和也の気持ちが、ただただ嬉しかった。


 だから、この浅はかな自分の決断から生まれた残酷な結末は、甘んじて自分一人で受けようと紫織は決心した。

 そして最後まで優しかった和也に、泣きそうな自分の心を押し隠して、付き合っていたあの頃のように手を振ったのだった。


 自分が失ってしまった物の、大切さと大きさを噛みしめるように……



 そんな紫織と、その後を追う義則。

 夕暮れが刻一刻と近付く中、二人に近付く一台の黒いワゴン車があった。


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