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033:順(まつろ)わぬ男

 とある高層ビルの50階から最上階までの3フロアは、NGOとして登録されている国際関係研究所の事務所が占有している。

 その一室、ドアに設置されたプレートには「鏑木」と書いてあった。


「赤坂も麻布も動いてるって言うじゃねぇかよ、良いのかよ俺を外して! なんだかごついコンテナが運び込まれたって聞いたぞ」


 鏑木のデスクの前に置かれた応接セットの高価な革張りのソファーに座り、ふんぞり返って不満げに文句を言っているのは、右手に包帯を厚く巻かれた鮫島であった。


「鮫島くん、君の単独行動には私も感謝しているよ。 おかげで八坂和也の特殊能力の証拠を君の怪我という形でもたらしてくれたのだからね。」

 そう突き放すように言うのはデスクから冷たい目で鮫島を見る鏑木であったが、それを歯牙にも掛けず、顔を凶悪そうに歪める鮫島である。


「けっ、胸くそ悪りぃな!  だけどよ化け物はあのガキだけじゃ無いぜ、たぶんよ」

「それも、判っている。 一緒に居たのは八坂和也と同じゲームに閉じ込められた一人だと言うのだな?」

 鏑木は手元の資料に目を落としながら、再確認のためにそう問いかけた。


「ああ、あのガタイであり得ない強さだったぜ、ありゃ何かインチキをやってるね! 間違い無い!」

「じゃなきゃ、君がこんな目に合うわけが無いだろうな、だがその体では当分何も出来まい」


 しばらく休養をやろう、そんな意味の言葉を鏑木に言われた鮫島は、ギブスで固定されて伸ばしたまま動かせない左足をテーブルの上にドンッと投げ出した。


 彼の左側に置かれた金属製の松葉杖が、ソファーから滑り落ちてカランカランと耳に障る音を立てる。

 和也とパンギャこと大國おおくに つよしに手足を潰されてから、訳のわからないイライラが消えないのだ。


「冗談じゃ無い!、このまま引き下がれる訳がないだろう!!。 俺は引かないぜ!、この借りは利子をたっぷり付けて返させてもらうからな。」

 興奮してテーブル上の一輪挿しを倒しそうな勢いで上司であるはずの鏑木に食って掛かるが、鏑木はそれを意にも介せず冷たく言い放った。


「これは決定事項だ、それ以上もそれ以下も無い。 独断で動いて失敗をした君には当分バックヤードに回ってもらう。」


「ちっ!」

 そう舌打ちをすると鮫島は左手だけで器用にポケットからタバコを取り出すと、ケースを一振りして

 飛び出した一本を口に咥え、続けて取り出したライターも起用に左手で操って火を付けようとするが、そこで手を止めた。


「そういやぁ、ここは禁煙だったな。 まったくエリート様はみんな健康志向で困るね。 そんなにやりたいことを我慢して長生きしたいかねぇ… 」


「君ほど生き急いでいないだけだ… 」


 鏑木は鮫島の皮肉を気にする素振りも見せず、そう応えると書類を鮫島に突き出した。

「私からの命令書だ、これをもって西房にしぼう君の配下に入りたまえ」


「おぃおぃ、俺があのメカオタクと相性が悪いのは知ってるだろう、勘弁してくれよ! あいつだけは駄目なんだ。」

 鮫島は、不自由な左足を横に投げ出すと、鏑木の方へ身を乗り出して哀願するが、鏑木が翻意する可能性が無いと見て取るとすぐに態度を元に戻して再び横柄な姿勢に戻った。


「世の中に、君と相性の良い相手なんていないだろうな」

 そう皮肉を言う鏑木を見てあざ笑うかのような笑顔を見せ鮫島は、その言葉に即答して見せた。


「いるぜ!、俺の言う事を素直に聞いてくれる奴は、みんな俺と相性の良い奴だからな。」

 そして鮫島は左足を引きずりながらも、右足だけで立ち上がった。


 そこから松葉杖を使いながら鏑木のデスクへ向かうと置かれた命令書を黙って受け取り、そのままドアへと向かって歩き出すかに見えたが、ドアの前で踵を返すと再び鏑木のデスクの前にやってきた。


 モゾモゾと自由な方の左手で懐から折れ曲がった用紙を取り出して、鏑木に突き出した。

 それは、武器の持ち出し許可証だった。

「とりあえずバックヤードだろうと何だろうと、壊れた銃の交換くらいは許可してもわないとな!」


 火の付いていない紙巻きタバコを咥えたまま、ヤニで薄汚れた犬歯を剥き出して検印を押せと要求してくる。

 しばらくそれを見て考えていた鏑木だったが、嫌そうに受け取ると引き出しから朱肉を取り出して大型の検印を押した。


 ここでは偽造を恐れて、デジタル加工で簡単に精密なコピーが作る事の出来るスタンプインキを使用するタイプのゴム印の類いは一切使っていない。

 全てオリジナル意匠でデザインされた印鑑を使用するのがルールだった。


 鏑木が、嫌みったらしく朱肉を多めにつけた検印を押してやると、鏑木から見えない角度で鮫島はニヤリと口角を上げた。


「あんた、その朱肉を濃いめに使う癖は用紙が汚れるから止めた方が良いぜ!」

そう言って、素早く鮫島はそれを受け取ると松葉杖をつきながら不格好にドアから急ぎ足で出て行った。


「ふぅ…… 」

 鮫島がドアから出て行き、ドアが閉まるのを確認してから鏑木は大きく息を吐いた。

 あの男と同じ部屋に居ると、実に息苦しい。


 上司だろうと気にくわなければ平気で裏切って食い殺しそうな雰囲気を漂わせている男と広くも無い部屋にいて、それを悟られないように上司であるという強気の態度をとり続けるのは、非常にストレスが溜まるのだ。


 鏑木は、デスクのビジネスフォンを取ると内線番号を押して何者かを呼び出した。

「私だ、鏑木だ。 鮫島はそちらの下にかせるから、後は頼む。   ああ、そうだ何時もでも切って構わん。 その通り、奴は当分使い物にはならんだろう」


 その会話を終えると、続けて別の場所に内線を掛ける。

「鏑木だ、鮫島のセーフハウスに監視を付けてくれ、そうだ ああ、3人も居れば良いだろう」

 そう言って電話を切った後、目を瞑り首を左右に捻ってセルフマッサージをすると、また電話を手に取った。


「鏑木です、これから例の件でご報告に伺います。 はい、えぇ判っております。 それで西房にしぼうから要請されている例の装備ですが、はい、ありがとうございます、早速伺います。」

 そう言うと、鏑木もデスクを離れてドアから出て行った。


 鮫島はその頃何をやっていたかと言うと、彼は同じフロアのトイレに居た。


 個室の便器にズボンも脱がずに座り込み、先ほど鏑木から受け取った武器の持ち出し許可証をトイレットペーパーをセットしてあるケースの上に置き包帯を巻いた右手で落ちないように押さえると、ポケットから画材屋で普通に手に入る、ある種の誰でも手に入れられる薄い紙を取り出し、それを鏑木の印の上に固定してその上から丁寧に擦り始めた。


 その、ある種の紙に鏑木の印を写し取るとポケットから取り出した別の武器持ち出し許可証にそれを置いて、丁寧に上から擦ると鏑木の印は綺麗に転写された。


 誰が見ても、それは偽造された印だとは判らないだろう。

 ちょっとオリジナルに比べれば乗っている朱肉が薄いが、その陰影は明確に出ているから、誰も疑う余地の無い鏑木の検印を押された武器持ち出し許可証が1枚出来上がった。


「ちょろいね、こんなもん偉そうに勿体ぶって使ってるから、あいつは間抜けなんだよ。」


 鮫島は印鑑に朱肉をたっぷりつける癖のある鏑木から、まんまと偽の許可証を偽造したのだ。

 これが出来るから、鮫島は契約書などに押印するときは出来るだけ朱肉を薄く付けるようにしていた。

 要するに、こうなったのは鏑木がこんな職業に就いていると言うのに致命的に甘いと言う事なのだ。



「おいおい、なんだよ戦争でもおっぱじめるのかぁ?」

 武器保管庫の主任は、鮫島が提出した持ち出し許可証をしげしげと眺めていたが、鏑木の検印が確かに押されているので、それを手にカートを押して保管庫の中へと書類に書かれた武器弾薬類を用意しに入っていった。


 彼が手にした持ち出し許可証には、ちょっとした局地戦でも始めるのかと言うような数と種類の武器が列挙されていたのだった。


「俺の手と足をこんなにしてくれた借りは、きっちり返してやるぜ!」

 ようやく武器保管庫で灰皿にありついた鮫島は、タバコの煙を肺いっぱいに吸い込むと大きく長く吐き出した。


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