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031:厄災の芽

 終業式のお決まりのセレモニーが終わり、教室での担任の休み中の諸注意は当たり障りの無いものだった。


 怪しい人に着いて行かない、誘われても車に乗らないなどの小学生にするような注意が行われ俺は苦痛の復学初日から漸く解放される事となった。


 ベルが鳴り、居辛い教室から開放される待ち望んでいた時間がやってきた。

 教師が居なくなり、帰り支度をして教室から出て行く者、まだ帰らずに仲間と笑いながら話をしている者に生徒達は別れて、教室の中は非常に騒がしくなっている。


 俺は帰る前に職員室に寄るように朝から言われているので、鞄を手にして席を立とうとしたら横から険のある声が掛けられた。


「おいおい、朝の話はまだ終わってないぜ」

「逃げちゃ駄目でしょデスゲームちゃん!」

「そうそう、デスゲームちゃんw」


 半ば予想はしていたが、こうまで予想通りだと却って笑えてしまう。


「お前、留年野郎の癖に何嗤ってんだよ!!」

 横顔しか見えない筈なのだが、無意識に漏れた俺の嗤いに気付いたのか、悪男1(妙蓮寺)が激高して叫ぶ。


 悪男2・3は角度的に気付いていないようだが、これ以上状況を不味くしたくないので聞こえないふりをして教室を出ようとしたが、いきなり後ろから肩を掴まれて強制的に振り向かされてしまった。


 相手が近づいてくるのは索敵スキルで感知していたので体制を崩される事無く振り向いて、悪男1(妙蓮寺)を見る。

 正対して初めて彼我の身長差に気付いたのか、狼狽えたように一歩下がってから慌てて目を剥き出して口をねじ曲げる体勢で、俺を威嚇するように下から見上げてくる悪男1(妙蓮寺)だった。


 当然、見上げている顔は斜め左に30度程傾いているのは言うまでも無い。

 昔から人の道を踏み外した小物たちに伝わる類型的な威嚇スタイルってやつだろう。


 悪男1の身長は180cm弱くらいだろうか、一般的な平均よりは高いのだろうが、それでも俺とは10cm前後の差がある。

 自分が見上げるような相手を威嚇するのに慣れていないのか、狼狽が見える。


 このどこに居ても周囲より頭一つ以上は高い身長も俺の隠れたコンプレックスなんだが、こう言う時は相手が勝手にビビってくれるから役に立たない訳では無い。


「悪いけど、職員室に寄るように言われてるから相手をしてる暇は無いんだ」

 言ってから後悔するが、何で今日の俺は一言多いんだろう。


 相手を挑発してどうするんだ俺。

 状況は益々悪化してるじゃないか…… 


 そう言って肩に掛けられた手を振り払って去ろうとした処に罵声と共に後ろからの圧力を感じて、ゲームに閉じ込められた時に強制的に運営が俺たち被害者全員に取得させたパッシブ(常時発動型)スキルの「見切り」が自動的に発動する。


 悪男1(妙蓮寺)が殴りかかってくるのがゆっくりとした動きで見えた。


 喧嘩慣れしてる程度のパンチだったら俺の筋力でも回避するのは容易だ。

 あの時のパンギャさんの素早い動きと比べたら、どうみても無駄な動きが多いように見える。


 慣性の法則で重くなっている体を無理矢理動かしながらスローモーションのような右大振りのフックをゆっくりと回避すると周囲の音と速度が元に戻った。


 「見切り」は自分の神経伝達速度と脳の演算速度を超高速にシフトする事によって、周囲の動きをスローモーションのように感じさせて対応させようと言うスキルのようだ。


 だから、俺にはゆっくりに見えているが周囲には俺が驚異的な反射神経でパンチを紙一重で避けたように見えているのは間違い無い。


 このスキル、体を動かすのは普通の生身の筋力なので鍛えていない俺の体では見えていても対応には限度があるが、この程度のパンチなら避けるのは難しくない。

 そしてこれに身体強化と速度上昇スキルを重ね掛けすれば、銃で撃たれても避けられる気がするくらいだ。


 もちろん、撃つ前の予備動作から回避を発動させる必要はあるだろうが、このスキルのおかげなのか根拠は無いが、これらの生存の為の特別スキルが付与されてからは、ログアウト不能になってから解放されるまでの間にゲーム内での無駄な死亡は大幅に減ったと言われている。


 俺に全体重を乗せた大振りのフックを躱されて悪男1(妙蓮寺)は大きく体制を崩して蹌踉けそうになっていたので、バランスを取るために踏み出そうとしていた前足を小さく払ってやる。


 悪男1(妙蓮寺)は派手な音を撒き散らして目の前の机に突っ込んだ。

 周囲に居た生徒達は大きな音に驚いてこちらを見ている。


 紫織も心配そうに俺を見ていた。

 転校してきたリーさんも、じっとこちらを見ている。


 この状況はヤバイ、火に油を注いでいるようなもんだ。

 反射的に避けた後に足を払ってしまったが、益々恨みを買ってしまうじゃないか俺。


 騒ぎを起こしたくないくせに、何故か自分から騒ぎを大きくしてしまうのはどうしてなんだろう。

 以前の俺だったら、避ける事もできなかったかもしれない。


 出来るからやってしまうのなら、敢えてパンチを受けてやれば悪男1(妙蓮寺)も気が済むかもしれないと思い直して次は回避しないようにしようと心に決めて、悪男1(妙蓮寺)が立ち上がるのを待つ。


 でも、痛いのは嫌なので身体強化と物理防御スキルをこっそり発動させておいた。

 視界の隅で、リーさんの目が一瞬細くなったような気がしたが、気のせいだろう。


 腕を組んで面白そうに眺めているが、実は彼女は中国武術の使い手で飛び入りで妙蓮寺を叩きのめして喧嘩を止めてくれるなんて中二病的な展開は、…… やっぱ無いよね。


 彼女は見ているだけで、動く素振りも見えない。

(ですよねー)、そう心の中で呟くと俺は悪男1(妙蓮寺)に手を差し出す。


「大丈夫か、いきなり殴りかかってくるお前が悪いんだぜ」

 漫画の世界なら、これで仲直りが出来たりするのかもしれないが俺の言葉は悪男1(妙蓮寺)のプライドを痛く傷つけたようで、却って怒りに油を注いで更に激高させてしまった。


 どうにも俺の言葉は一言余計みたいだ。

 昔からコミュニケーションが苦手だから、適切な言葉って奴が出てこないのかもしれない。


「てめぇ~ざけっじゃるぁjこrけお… 」

 後半は何を言っているのか判らなかったが、とても怒っている事だけは見ただけで判った。


「このNTR(寝取られ)野郎がぁぁぁぁ」

 その言葉を聞いて素直に殴られてやろうと言う気は一瞬で失せた。


「ゴツッ!」

 立ち上がった悪男1(妙蓮寺)のパンチが俺の頬骨に鈍い音を立ててヒットする。

 打撃面に発動する小さな魔方陣が俺の目には見えていたが、他の誰にも見えないそれは打撃の瞬間だけ発現すると一瞬で消える。


 次は避けないで受けると決めていたので、俺は逆に冷静に悪男とその仲間2名の動きを見ていた。


「ウガアァァァァ…… 」

 悪男1(妙蓮寺)が自分の拳を逆の手で押さえて蹲っている。


 自業自得ってやつだ。。

 散々他人を殴り慣れている筈の悪男1(妙蓮寺)だったが、俺が只黙って殴られるのは癪に障るからちょっと避ける振りをして顔をズラして、スローモーションで迫ってくる拳の正面ではなく人差し指と親指が重なる辺りで殴られてやったのだった。


 だから悪男1(妙蓮寺)は、親指の付け根の関節を痛めて蹲っているのだ。


 全力で殴ってきたんだから、きっと親指の付け根を間違い無く突き指しているはずだ。

 殴られて気が済むならと思って居たが、もうどうでも良い。


 この状況からすれば、どう見ても恥をかいたのは悪男1(妙蓮寺)だろう。

 刺すような視線を感知して、そちらを見るとリーさんが僅かに口角を上げて俺を見ていた。


 その一瞬、俺を拉致しようとしていた奴ら、そして鮫島の顔と何故かアーニャの顔を思い出す。

 あれから、俺の周囲に訳の判らない奴らが近づいてくるのは偶然じゃ無いのかもしれない。


 とにかく、目立つスキルを使う事も騒ぎになる事も、もっと控えないと不味い気がする。

「悪いな、さっきも言ったけど職員室に寄らなきゃならないんだ」


 そういって、教室から出ようとしたところで、今度は紫織に呼び止められた。


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