030:厄災の種
「と言う訳で、和也君も自己紹介をしなさい」
気が付くと広瀬先生が俺に自己紹介をするように促していた。
自分の事を考えていて気が付かなかったが、リーさんはもう挨拶を済ませていたようで俺の方を興味深そうに見ている。
あ~、八坂和也だ!、これから一緒のクラスになるようなので覚えといてくれ、以上!
……なんて台詞を年下から舐められないようにと昨夜布団の中で考えたりもしたけど、今まで大人しい普通の地味な高校生をやってきた俺にはとても無理なので、明るく朗らかな好青年を演じてみる事にした。
「あ、えーと、八坂和也です、ニュース等で知っているかと思いますけど… 、昨年の冬から半年ちょっとVRゲームの中に閉じ込められていて、なんとか現実世界に戻って来る事が出来ました。」
「え~… そんでもって帰ってきたら出席日数が足りずに留年してました、これから同じクラスなんで宜しくお願いします。」
最初から年上ぶって生意気とか思われたくなかったので、しっかりと頭を下げて御辞儀をしてみた。
「デスゲームちゃん、お帰り~!」
「留年おめでと~」
「半年もゲームやりっ放しなんて、ネトゲ廃人ですか~w」
半ば嘲笑が混じった揶揄が教室の後ろから俺に投げかけられ、笑い声が漏れるのが聞こえた。
一瞬頭が熱くなったが、やっぱり甘くなかったかと思い直し諦めたように顔を上げて、ダメージを受けている事を悟られたく無くて少しばかり表情の無い顔で声がした方向を確認すると、画に描いたように悪そうな奴らが居た。
視界の隅ではヒソヒソと紫織に何事か話しかけている女生徒と、それを盗み聞きして興味深そうに俺を眺める生徒たちも居たりして、マジで針の筵というのはこういう状態なのかもしないと思った。
ゲームから解放されてから… いや、ゲームに取り込まれた時から俺の人生はハードモードに切り替わってしまったようだ。
誰一人として俺の味方が居ない教室で、俺はデスゲームと言った悪そうな奴らの一人から目を逸らさずに言った。
「実際にゲームの中で亡くなった人も何人か居るので、軽々とデスゲームとか言わないで欲しいな」
まさか反論されるとは思って居なかったのか、顔を真っ赤にして俺を睨み付けてくる悪男、名前とか知らないから悪男1・2・3で充分だろ、そう心の中で侮蔑しながら俺は言葉を続けた。
「実際にネトゲ廃人だったのは否定しないけど、もうゲームには懲りたから今はもう違うと、それだけは言っておくよ」
「み、妙蓮寺君たちも和也君も……」
担任の広瀬先生が慌てて険悪な雰囲気を感じ取って止めに入るが、その声に被せるように悪男1(妙蓮寺)が俺に決定的なダメージを与える言葉を言った。
「葛西に振られたくせに同じクラスになるとか、留年君の癖に未練がましいんだよ、お前!」
「そうそう、ネトゲストーカーさんですか~w?」
「しつこいのは嫌われちゃうよ~んww」
一番指摘されたくなかった紫織との事を茶化されて俺の中に悪男たちへの殺意に似たものが芽生えた… 。
そう思った瞬間に、クシュッ!と小さなクシャミが聞こえて声がした方を見ると、リーさんが口に手を当てていた。
偶然にも絶妙にタイミングを外されて冷静になれた俺は一言だけ言い返してやった。
「俺がクラスを選べるなら、お前達がいるクラスなんて選ぶ訳ないだろ」
悪男1が何か言いかけたところでチャイムが鳴って俺とリーさんは悪男たちと反対側にある廊下側の空いていた席を指示されて終業式が行われる体育館へと向かったが、悪男たちは何も仕掛けてこなかった。
紫織は何か言いたそうに俺を見ていたが、俺から先に目を逸らして、彼女を避けるように誰よりも先に体育館へと向かった。
途中で元のクラスメイトにも出会い軽く声を掛けられるが、元々の口べたが禍してか友人と呼べる人の数は少なかったので、それ以上の会話が弾む事もない。
義則の顔も見えたが、向こうから顔を逸らして近づいては来ない。
近づいてこられても俺から話す事は何も無いから、どうと言う事も無いがあの時の事を思い出して憂鬱になるので、本音を言えば義則の顔は見たくないというのが正直な気持ちなのかもしれない。
同じクラスになってしまった紫織の事も同じだ。
きっと彼女の存在を同じ教室に感じる度にあの時の陰鬱な気持ちを抉り出されるようで、夏休みを挟むとは言っても、これからも学校へ行く度に俺の心の傷は癒える暇も無くその度に生々しく血を吹き出すんだろう。
登校初日から、とてつもなく気が重い事になってしまった。
何があっても遣り過ごすつもりで登校してはみたが、あの件に触れられてしまったらどうしても我慢は出来なかった。
それは確実に今後の学校生活に禍根を残すだろう。
あいつら変なプライドだけは高そうだから自分たちを怖がらない存在は潰しに来ると思う……。
頭の悪そうな奴らだから、今後も事ある毎に絡んでくるだろう。
まあ、今の俺なら防御スキルを纏っていれば何をされてもヤバい事にはならないだろうが、一々相手をするのは気が重い。
そして、とにかく俺が手を出すのは不味い。
今までの俺だったら心の中に殺意に似たものが芽生えようが殺意を抱こうが、実行には理性とか損得とかの大きなハードルが立ちはだかっていて実際には何も出来はしないし、仮に以前の俺が手を出しても殴るとか蹴るくらいしか出来ないのだが、今は違う。
そうしようと思えば悪男たちを一瞬でこの世から跡形も無く消せるだけの力が今の俺にはある、そう、それも誰がやったのかも判らずに離れた場所から実行できるのだ。
アリバイのある状況さえ作れば、被害の原因を俺と結びつけて断罪できるシステムはこの世に存在しないのだから、俺は完全犯罪が出来る力を持っていると言う事になる。
しかし、この悪への誘惑に負けたら俺は人では無くなるような気がして、先ほどの自分の感情にただただ自己嫌悪する。
リアルの世界で人を殺すと言う行為は、ゲームの世界で魔物を無慈悲に殺す(倒す)のとは次元が違うのだから……
やってはいけないのだ。
……いや、でも俺は既に人を殺している。
拉致されそうになり、意識を失い掛けた状況で無意識にやってしまったとは言え、俺は間違い無く人を殺している。
でも矛盾しているようだが、何故かあの日の事は後悔はしていない。
直前に紫織から別れを言い出されて自棄になっていたし、とっさの事で理性的に判断が出来なかったという事もあるが、結局は相手を倒せる過剰な力が俺にあったから使ったらこうなったというのが最も正しい答えなのだと思う。
だが、もし力を持っていなければ俺はどうなっていたのだろうと考えると、一方的に俺が悪いとは思えないのだ。
力を持つ者が適切に力を使うという事は考えているよりも難しいことなのだと、俺はそう思った。
自分がコントロール仕切れない程の力、それを俺は持っているという事が誇らしくもあり怖くもあった。