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029:終業式の日

 どんなに嫌だろうが逃げたいと思って居ようが、無慈悲に翌朝はやってくるし、今日を乗り切らなければ夏休みはやってこないのだと諦めて、俺は1階へ降りていった。


「お兄ちゃん遅いよ、せっかくの朝ご飯が冷めちゃうよ」

 美緒がプリプリしながら俺の茶碗にご飯を山盛りにして差し出す。


「ちょっ、お前朝から盛りすぎだろ、まさか俺をデブらせたいのかよ」

「食べなきゃ駄目、和兄ぃは最近元気が無いしご飯も少ししか食べないから、みんな心配してるの」

 美緒は俺の言葉に、そう返すと油揚げとネギの味噌汁を差し出してきた。


「はい、和也の好きな半熟にしてあるわよ」

 そう差し出された皿にはハムエッグが乗っている。


 そう言うとレイ婆ちゃんも食卓の席に着いた。

「お父さんも、さっきまで和兄ぃが起きてくるのを待ってたんだよ」

 親父は、出社時間ギリギリまで待っていたらしいが俺が起きてこないので先に出掛けたらしい。


「味噌汁は美緒が作ったのよ」

 レイ婆がそう言って美緒に微笑みかける。


「ありがたく飲みなさいよね」

 ちょっと照れながら、レイ婆ちゃんの作った茄子の揚げ浸しに手を伸ばす美緒。

「ん~美味しい、私もレイ婆ちゃんみたいにお料理が上手になりたいわ」

 確かに、口に入れると茄子から染み出す出汁の加減が絶妙だ。


 母親が居なくなってからずっと、親父の実家から曾祖母のレイ婆と祖母の千絵婆が交代で我が家の主婦代わりに俺たちの面倒を見てくれたのだが、実家で仕事をしている祖父と祖母よりも半ば引退して気楽に暮らしている曾祖父のイオ爺と曾祖母のレイ婆が来てくれる期間の方が圧倒的に長かった。

 だから、俺と美緒の母親代わりと言えばレイ婆に間違いは無い。


 年齢も80代だと言うのに見た目は40~50代にしか見えないレイ婆は、下手をすれば義娘になる千絵婆より若く見える。


 父方の祖父、つまりチエ婆の夫になる修蔵爺さんも年齢よりずっと若く見えるから、曾祖父の家系は親父を含めて兄妹は少ないが全員が年齢より若く見えるようで、俺も美緒も歳を取っても実年齢より若く見えて長生きするんだろうと思う。


 俺と美緒にとっては母親のようなレイ婆が作ってくれた美味しい朝食をたっぷり食べて家を出た。

「和兄ぃ、明後日のお祭りは美緒と一緒に行く約束忘れちゃ駄目だからねー」


 朝食の後片付けを手伝っている美緒から声が掛けられたが、軽く受け流して玄関へと向かう。

 堂々と、熱光学迷彩を纏わずに家を出るのは久しぶりだ。


 正直学校へ行くのは気が重い。


 紫織の事、留年と言う恥ずかしくも耐え難い事実、まだ見ぬ半年前までは下級生だったクラスメイトの存在、

 魔法スキルが使えるようになってしまった俺という存在の肥大しつつある自我に対する不安、それらがごちゃごちゃになって俺の心の中で葛藤を繰り広げているのだから、少しばかり不安定になっていても仕方ないのかもしれない。


 不安の要因として自分の肥大した自我と表現したのは、魔法が使えるようになって自分が何をやってしまうのか押さえが効かなくなるのではないかという不安が、魔法を確認したあの日から付き纏っているのだ。

 最初は現実離れした力を得た事に有頂天になってしまったが、よく考えてみると怖いのだ。


 今までは出来ないからやれなかった事が、これからは(やる気になれば簡単に)出来るけど、自分の意思でやらないようにしなければ簡単に人を殺してしまう事だって出来てしまうと言う事実、これが怖いのだ。


 そして、それを現実にやってしまっていると言うのに、痛くも痒くも感じない自分が今までの自分と違ってしまったような気がして怖いのである。


 現実にやっていると言うのは、あの大雨の日に俺をスタンガンで拉致しようとした男達のワゴン車を無意識とは言えども魔法で吹っ飛ばして魔法でトドメを刺してしまったという事実を、当然ながら指している。

 あれは、あの爆発するような燃え方を見たなら彼らが生きていると考える方が無理がある。


 あの後、ニュースでは自動車の爆発炎上事故として、それも大雨の直後で目撃者の居ない自損事故だとアナウンサーが言っていたのを見ただけだが、それ以来自分の身の回りに監視しているような弱い気配は、あえて索敵スキルを展開してみると存在を感じるが実際には何も起きていないし、あの飛行船もあれ以来姿を消している。


 無意識とは言え、自分が襲われたからと言えども、自分が他人を殺してしまったというのに心が痛まないのだから、やはり心がどこか麻痺しているのかもしれない。


 あの日以来、俺が戻って来たはずのこのリアル(現実世界)で俺を待っていたのは、今まで生きてきたはず世界とは違う俺を拒絶する意地悪な世界に感じられる事が、どうにも俺を苛つかせるのだ。


 魔力が無ければ、落ち込んで引きこもって受け入れていたかもしれない理不尽な世界だが、俺には更に理不尽な魔力があるが故に世界を力ずくで俺が拒否してしまいそうなこの不安。

 そして、俺を拒否する世界の誰かを力ずくで排除してしまいそうな怖さは誰にも判って貰えないだろうと思う。


 唯一これを判って貰えそうなのは、同じようにスキルを使えると言っていたエクソーダスのメンバーだけかもしれない。

 話を聞く限りではスキルを使うとすぐに魔力切れになって使えなくなってしまうようだが、早くオフ会でみんなに会ってそんな話をしてみたい、そう思って歩いているうちに学校に着いていた。


 約半年ぶりに見る学校は、あの時から何も変わっていないように見える。

 同じように玄関を入り、同じように…… そうだ、クラスが判らないから下足箱が判らない事に気付いた。

 小さな事だが、俺は留年という事実を再び思い知らされた。


 見知った顔に会いたくないから早めに家を出たのが功を奏して、まだ生徒は誰も居ない。

 そのまま職員室へ来るように言われていたので、職員室へと向かう。

 新しいクラスとクラスメイト、半年前と同じ学校だと言うのになんだか転校生になったような気分だ。


 職員室に行き、自棄になって大きな声で挨拶をすると教頭に新しいクラス担任を紹介された。

 見覚えのある黒縁の眼鏡を掛けている痩せた物理の広瀬先生だった。


 物理部の顧問で、クラブの合宿と称して学校の屋上に泊まり込みで流星観測などをやった文化部としては面白い先生だと聞いている。


 先生が一人の女生徒を紹介してくれた。

 職員室に居た、ちょっと目が大きくてキツい美少女は李秀英リー・シューインと名乗る、すこし気が強そうな日本人では無い女の子だった。


 ちょっと話してみたが、日本語は普通に問題無く話せるようで、聞いてみたら学校で語学は英語中心か日本語中心か選択するらしく、自国と日本との間でビジネスをする会社に就職する事を考えて日本語を選んだのだと聞いた時は、自分自身の将来へのビジョンの無さ加減が恥ずかしくなった。


 広瀬先生に連れられて新しいクラスへと向かうのだが、リーさんも同じクラスだという。

 これも俺が目立たないようにという学校側の配慮なのかもしれない。


 気のせいかもしれないが、正直自分一人が紹介されるよりは自分に対するクラスの生徒に与えるインパクトが薄くなるのは間違いが無いだろうから大歓迎だ。


 先生がクラスの引き戸を開けると、それまで賑やかだった教室内が数名の話し声を残して一斉に静かになった。


 そう言えば、半年前は教室の中に居て教師が来ると静かになる側で、それまでは義則と馬鹿な話をしてたっけと、ほんの少し前の事なのに何の心配も無く彼女も出来て幸せで平和な生活をしていた頃が、凄く遠い昔の事のように俺には思えた。


 先生がリーさんの事と俺の事を紹介している間に、俺に向けられる好意的では無い視線をビンビンに感じていた。

 負けるものかとクラスを眺めていると紫織を見つけた。


 よりによって同じクラスなんて、リアルに戻って来てからの俺の人生は何ていう糞ゲーなんだ。

 驚いて俺の方を見ている紫織から目が離せなくなる、マジでもう帰りたい。


 先に目を逸らしたのは俺の方だった。


 情けないとかダサいとか言わないで欲しい。

 そりゃ振る方はその前に気持ちの整理が済んでいるから振られた方と比べれば気持ちに余裕があるのは当たり前で、逆に振られた方は気持ちの整理なんてこれから始まる訳だし自分の気持ちと相容れない現実との折り合いをつけて行くのもこれからなんだから、そりゃ動揺だってするさ。


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