002:VRMMORPG
あの事件が起きる迄、俺はごく普通の17歳、高校2年の男子生徒だった。
正確に言えばVRオンラインゲームからログアウトできなくなり、そこに7ヶ月近く閉じ込められているうちに、俺は18歳になっていた。
俺が仮想世界に人の意識ごとダイブできるオンラインVRMMORPG[ソード&マジックオンラインVR]に填まったのは、今からちょうど5年前の中学2年生13歳の時だった。
そのゲームの前身である3D視点のオンラインMMORPGをやり始めたのは、父親の転勤で生まれた土地を初めて離れ転校をする事になったその4年前だから、小学生3年生の頃で俺が10歳の時の事になる。
新しい環境に中々馴染めず、学校から帰ってきても近所に遊ぶ相手も居なかった俺。
当時オープンβ開催中だった[ソード&マジックオンライン]のテスターに参加してみたのは、ちょっとした気まぐれだった。
自分の周りで動いている様々なキャラクター達を実際に生きている人間が操っているのだと言う事は、自分だけが主人公である従来のスタンドアローンなゲーム機の世界とはまったく違っていた。
自分の都合だけで進められるスタンドアローン型のゲームと異なり、オンラインゲームは他との関わり無くしては進められない。
それに大勢の人が行き交う街の中に居ると、何か孤独が埋まるような、そんな自分自身が感じる居心地の良さもあった。
やがて、初心者同士の情報交換から仲間が出来て一緒に狩りに行くようになり仲間が増えてゆくと、ますます居心地の良い場所から抜け出せなくなってくる。
自分が居ないと狩りのメンバーが揃わなかったり、仲間のレベルアップに置いて行かれないように自分自身のレベルアップに励み、益々オンラインゲームに入り浸る時間が長くなって行くと共に自分のレベルも上がって行く。
そしてそれに遅れまいとして、仲間もゲームに費やす時間が長くなるという悪循環が始まる事になる。
そうなれば、みんなで楽しくやりたいと言う理想の元に集まった筈なのに、いつの間にか楽しくやるのにはレベルが高くないと…という人と、レベルが高くなくても集まってわいわいやるだけで楽しいという人との意識のズレは容認出来ないギャップを生んでしまうのだろう。
一定のレベル範囲内で無ければパーティが組めないというゲームの仕様もあって、ひたすらレベルを上げる為の作業に成り果てたオンラインゲームに疲れた人は自然と去って行き、残った者は更に刺激を求めて長時間ゲームをやり続ける事となる。
やがて時が過ぎればレベルを上げる事が目標だった人達は、目標を見失い去って行く時が来る。
そしてゲームとしての盛りが過ぎてしまえば、次第に新規プレイヤーの数も減ってゆく事になる。
何度かの新規プレイヤー向けの対策が実らずサーバーへの同時接続者数の減少という事実の前に、ゲーム運営会社であるエリクサー社の取った対策は、次第に旧来のプレイヤーを逃さないという方向に変わって行った。
最高レベルに達したプレイヤーは「ジョブチェンジ」と呼ばれるスキルを手に入れる事によって、最初に選択した職業に縛られること無く他職のスキルをも追加して習得出来るようになったのだ。
その改革により大勢のプレイヤーが自分の取得した職業を入れ換える事で、魔法使いや聖職者や錬金術師など全く異なる職業のスキルを使えるようになった。
使えるようになったとは言え、育て上げたキャラクターの各種ステータス値までが変わる訳では無い。
接近職は腕力と体力が主体のままであり、魔法職は精神力や魔法力の高い値に比べて体力や腕力は低いままなのは何も変わらないのだ。
自然と直接攻撃を主体とする接近職はステータス値が近い他の接近職スキルを、魔法職は高い魔法力(MP)を有効に使える魔法系他職のスキルを覚える事になっていくのは当然の流れだろう。
その頃、ゲームの開発・運営母体であるエリクサー社は次世代没入型体感ゲームであるVRMMORPG版ソード&マジックの開発を、全社一丸となって進めていたらしい。
ゲーム雑誌などでも開発の状況が毎月伝えられていたので、俺を含めて多くのユーザーが開発の進行に大きな期待をしていたと記憶している。
その1年後に動作テストとも言えるアルファテストが異例とも言える1ヶ月もの期間をかけて行われた。
その後は特定のユーザーと開発会社のテストユーザーだけに限定して行われたクローズドβテストも異例の3ヶ月と言う長期に渡って行われ、その開発が慎重に行われていたのは俺の記憶にも残っている。
多くの一般参加者を集めて行われるオープンβテストと言うのは、現在では多くの初期ユーザーを囲い込む手段となっている。
しかし、クローズドβテストの終了から1ヶ月後とアナウンスされていたオープンβテストの予定は、突如仕様の修正という理由で1年近く延期される事となったのだ。
そして、その後予定よりも1年遅れで開始されたオープンβテストも無事に終わり、正式なサービスが開始される事になる。
俺は当時、ゲームで最初に選んだ職業である魔法使いとして魔法スキルを極めたいと思っていた。
しかし、魔法使を使う職業とスキルは多岐に渡っていて、その数は余りに多かったから、一度限りのゲーム内人生では全てのスキルを取得することは出来ない仕様になっていたはずだった。
そんな時、VR版ゲームの開始予定が大幅に遅れた事による既存ゲーム延命策として、エリクサー社から「ジョブチェンジ」と「レベル上限の撤廃」に加えて、「転生」という廃人専用のような追加措置が発表されたのは、俺にとって嬉しい誤算だった。
魔法使い職の多くは火系統や雷氷系などと分類されるように、自らが取得する魔法スキルの属性を絞る事で、取得可能数が限られたスキルの中でも、よりレベル(威力)の高いスキルを取得できるようにする者が大多数だった。
しかし、転生することで再びレベル1からやり直して、俺は以前と同じ魔法職を選んだ。
俺は誰もが多過ぎる手間を敬遠してやりたがらない、多種多様な属性魔法や大魔法を使える魔法使いのエキスパートになろうとしたのだった。
そして、苦労して一次職のマジシャンになった時に転生の仕様で以前習得したスキルを再び全て使えるようになった俺は、二次職のウィザードへも順調に進み、更に上級職のハイウィザードになり、最後は魔法職としては究極となる全ての魔法を扱える最上級職であるウィザードロードとなる事が出来た。
そしてその後は、魔法職だけで無く聖職者や付与術士などの魔法系職業を極め、最後には暇つぶしに選択した召喚士だったり錬金術師や製造職までもがLv200に達する立派な "ネトゲ廃人"に 俺はなっていた。
VRMMORPG版のソード&マジック・オンラインVRが発表されたのは、俺が13歳の時だった。
同時期に俺が3年間毎日遊んでいた旧ソード&マジック・オンラインの閉鎖がアナウンスされる事となったのはショックだった。
開始当初のVRMMORPGは、今までのオンラインゲームのように家庭のPCでは簡単に出来ない物だった。
VRゲームに接続するには、専用のダイブユニットが必要だったのだ。
ダイブユニットは、独身サラリーマンがボーナスを注ぎ込めば買えない価格では無い処まで下がっていたが、当時高校生だった俺に買えるものでは無かったので、俺も旧作をだらだらと続けていた。
そんな旧作をプレイし続ける多くのプレイヤーに対して運営は、強引に旧ソード&マジック・オンラインの閉鎖を断行しようとした。
しかし、その発表には既存ユーザー向けのある条件が付いていた。
VR版のβテストに応募したプレイヤーには登録するサーバーを選べない代わりに、今まで使用していたキャラクター(のレベルとスキルとステータス)を保証すると言うのだ。
俺達のような旧ゲームからの移行組は一つのサーバーに集められ、「廃人サーバー」とネットで揶揄されながらも盛況なアクセス数を誇る事となるが、要するにこれは廃人の隔離政策でもあったのだろう。
新たに始めようとする参加者は初心者が集まる別のサーバーで始めるという棲み分けも出来ていたので、同時接続ユーザー数は順調に増加してVRゲームサーバーの運営は上手く行っているように見えた。
俺の身の回りでダイブユニットを置いているのは、専用のVRネットカフェしか無い。
だから学生である俺のゲーム時間は以前と比べて大きく減ることになるが、既にキャラクターをゲーム上限のLv200まで上げている身としては大きな影響は無い。
もはや俺にとって、必死でレベル上げをするモチベーションも必要性も無くなっていたのだ。
それでもゲーム内に出来た仲間や知り合いに会うために、VRネットカフェの月間パスポートをお年玉と小遣いを注ぎ込んで購入すると、放課後と休みの日を使って毎日ダイブしていたのが当時の俺だったのだ。