027:鮫島という男
「八坂君、ちょいとインタビューをお願いしたいんだが、時間を貰えないかな」
いきなり後ろから声を掛けられて振り向くと、退院するときにインタビューを申し込んできた巨体のフリーライター、鮫島と名乗る男が立っていた。
パンギャさんも驚いて男を見ている。
索敵スキルが何に反応するのか判らないが、不思議と俺の索敵スキルには反応が無かった。
「インタビューはお断りします、それより何故俺が此処に居ることが判ったんですか?」
「いや、君に似た人が一昨日ここの駅で降りたという情報を仕入れたものでね、自宅には居なかったから来てみたんだよ」
鮫島と名乗る男は、ニヤニヤと嫌らしく笑いながら問いかけてきた。
「そういえば、家を出た様子も無いのにこんな場所に居るなんて不思議だよねー」
メイン・マンドレーク>:こいつヤバイです、探知スキルを発動していたのに気配を感じないなんて
パンギャ・パンチョス>:うん、どう見てもフリーライターには見えないね。
「色々聞かせて欲しいんだけどなぁ、ちょっと強引な方法を使っても良いんだけど、出来れば自主的に協力してくれると手間が省けるんだよね、俺の」
メイン・マンドレーク>:どうします?、スキルでぶっ飛ばしても良いけど俺のスキルだと目立っちゃうからなぁ…
パンギャ・パンチョス>:俺の格闘スキルなら喧嘩にしか見えないから、ちょっとブースト掛けるまであいつの気を引いてくれるかな
メイン・マンドレーク>:判りました、巻き込んですみません。
「応える気は無いと言ってるだろう、俺にしつこく付き纏わないでくれ!」
そう言いながら俺は位置を変えて鮫島からパンギャさんが死角になる位置まで移動する。
「そうそう、八坂君、昨日のワゴン車が爆発炎上した事件知ってるかな?」
「……!」
「そう、何も言わない事が答えなのかな、あの車に俺の仕事仲間が乗ってたものでね、何か知らないかと思って聞いてみたんだ」
そう言う鮫島の口元は酷薄そうに笑っていた。
「そう言いながら全然哀しそうじゃ無いんだな、あんた、寧ろ嬉しそうに見えるよ」
「そりゃ嬉しいさ、俺にあれこれ指図する嫌な奴らだったからな」
「じゃあ、取材に協力感謝するよ」
そう言って鮫島は無造作に俺に手を伸ばしてきた。
こいつが何処まで知っているのか判らない以上、うかつにスキルを使うとパンギャさんにまで迷惑が掛かってしまう。
その手を避けようとする俺、だが鮫島の踏み込みは巨体の癖に思った以上に速かった。
危険を察知して、相手の動きがパッシブスキルの「見切り」によってスローモーションのようにゆっくりと見えてくるが、今は足下の体勢が悪くて無理に避けると転んでしまう。
「取材にしては強引すぎないか」
そう言って、鮫島の手を掴んで止めたのは、鮫島より頭一つ低いパンギャさんだった。
身長は頭一つだが、体の横幅では半分程しか無い。
それはパンギャさんが細いというのではなく、鮫島の肩幅と広背筋の分厚さが異常なのだ。
自分より小柄なパンギャさん(と言っても175cmくらいあるんだが…)を楽に振り払えると思って居た鮫島は、ピクリとも動かない自分の腕に驚いたように目を剥いてパンギャさんを見ている。
「ちっ!」
瞬間、凄い速度でコマ落としの格闘映画のように一瞬でパンギャさんに向き直った鮫島は金的を狙って鋭い蹴りを放つ。
半歩退いて半身になり鮫島の蹴りをやり過ごしたパンギャさんは、すかさず半歩踏み込んで瞬時に体を捻ると、掴んだままの鮫島の右手を下に振る。
すると、面白いように鮫島の巨体が宙を舞い背中から地面に叩きつけられるかと思えば空中で体を捻り、蹴りをパンギャさんの顔面に向かって突き出してきた!。
パンギャさんは蹴りを避けずに、鮫島の右腕を強引に引いて蹴りの軌道をズラすとそのまま一旦体を捻って、鮫島が体の前面から落ちるように自分の体制を捻って持っていった体勢を、そこから更に捻って半回転させると地面に背中から叩きつけた。
「ぐはっ…」
メイン・マンドレーク>:パンギャさん、モンクのスキルだけじゃここまで出来ないでしょ、何かやってるんですか?
パンギャ・パンチョス>:うん、ちょっと子供の頃から親に古武術を仕込まれていてね、でもこれだけウェイトの違う相手とやるには身体強化スキルが無いと無理w
地面に落ちた鮫島の頭を、スパーン!といい音をさせて蹴り抜くパンギャさん、容赦ない無い、つーか凄すぎです。
文句なしに気絶しただろう鮫島の様子を見ようと近づくと、攻撃姿勢を止めていないパンギャさんの叱責が飛ぶ!
「駄目、まだ近づいちゃ、実戦で油断すると簡単に死ぬよ」
え~、死ぬとかパンギャさん大げさでしょ、と立ち止まった瞬間周囲の動きがスローモーションになる。
何が起こっているのか把握できないでいる俺の足を鮫島が掴むといきなり引き倒された。
「うっ!」
いきなり地面に引き倒されて息が漏れる、防御スキルの使っていない生身で背中から地面に叩きつけられて息が出来ない…
いくら「見切り」スキルがあっても意識が脅威を認識できていなければ対応は出来ないし、 回避できる身体能力が無ければ宝の持ち腐れでしか無い。
超回復ですぐに痛みは取れるが、鮫島は俺の足を掴んだまま振り回してパンギャさんに叩きつけようとしやがる。
ヤバイヤバイ、膝関節が極まってるから振り回して関節が伸びきると折れる折れる!ギブギブ!!
俺は必死で膝が伸びきらないように遠心力に耐えた。
鮫島は俺を投げつけると同時に立ち上がりダッシュして俺の陰からパンギャさんにタックルを仕掛ける。
パンギャさんは無情にも身をかがめて俺を避けると鮫島に向かって一歩踏み込んだ。
「ぐはっ!」
グシャッ!
俺は背後の土手に激しく激突して手前の遊歩道に転がり落ちた。
投げられた瞬間にエナジーコートを掛けていなければ、間違い無く大ダメージを負っていたと思うぞ。
超回復があっても、痛みは回避できないんだから、もっと優しく扱って欲しいものだ。
戦っている二人の方を見ると、タックルを仕掛けて腰を落とした鮫島の顎にパンギャさんの左の膝がクリーンヒットしていた。
白目を剥いて崩れ落ちるかに見えた巨体の鮫島の体が再び跳ね上がってパンギャさんを襲うが、瞬時に一歩下がった両手の親指が鮫島の両目に突き刺さった!。
「ちょっ、やり過ぎじゃ」
両目を押されて転げ回る鮫島の片足を掴むと一瞬で体を捻り膝十字固めに持ち込むパンギャさん、グキリ、ブチッと言う嫌な濁った音がして鮫島の右足が有り得ない方向に捻れている。
ちょっとビビってパンギャさんを見ていると、ようやく構えを解いて大きく息を吐きながら鮫島を見ている。
「こいつ化け物だね、あれだけクリーンヒットしているのに気絶しないで向かってくるなんて」
「良いんですか、ここまでやっちゃって、足とか目とかヤバくないですか?」
「こいつは俺を殺す気だったよ、生きてるだけ感謝して貰わないと」
そうは言っても、目の前で目潰しとか膝を折るシーンとか生で見ちゃうとビビっちゃうのは俺だけじゃないと思う、…いや思いたいです。
「じゃメイン君、そろそろ行こうか」
「そうですね」
鮫島に背を向けて歩き掛けた処で超絶嫌な気配を感知して振り向くと、鮫島が腰から拳銃を取り出した処だった。
「瞬間凍結!」
「気弾!」
咄嗟に対物凍結魔法を発動させると拳銃だけでなく鮫島の腕ごと拳銃が凍り付いたと同時にパンギャさんの気弾が炸裂し、氷と共に拳銃と鮫島の右掌は裂けて潰れ、肉塊になっていた。
流血騒ぎになってしまうと面倒なので、軽くヒールを当てて出血だけを止めてやると二人でその場を後にした。
メイン・マンドレーク>:拳銃はヤバかったっすね
パンギャ・パンチョス>:ナイスアシストだったけど、魔法のスキル使っちゃったね。
メイン・マンドレーク>:つい……、そう言えば物理防御スキルも発動してたんですよね、あの時
パンギャ・パンチョス>:うん、効果時間はまだ残ってから撃たれても平気だったね。
メイン・マンドレーク>:やっちまったなぁ
パンギャ・パンチョス>:まあ銃声がして人が集まってくると不味いし、結果オーライにしておこうよ。
メイン・マンドレーク>:でも、あいつが騒いだら事件になりませんかねぇ?
パンギャ・パンチョス>:どうせ裏で動いている人達でしょ、表沙汰には出来ないんじゃないかなぁ
かくして、オフ会の打合せは無事(どこが無事なのか判らないけど、怪我が無かったから無事という事で)に終わり、パンギャさんは帰っていった。
正直パーティチャットで用件は済んでしまっていたので、「なんかホテル代と電車代が無駄になった」とこぼしていたけれど、俺にとってはぐちゃぐちゃな状況から気を紛らわすことができた、ある意味で救われた1日だった気がする。