024:和也捕獲作戦
やり切れない気持ちで、雨に降られながら歩いていると何時の間にか町の中心部を通る大きな通りに出ていた。
頭の中は先ほどの情景と楽しかった頃の紫織の顔がぐるぐるとループしていて、気が狂いそうだった。
何だか頭痛もするし、何か違和感のようなチリチリした焦燥感も襲ってくる。
俺があの場を去ったのは、居たたまれないだけでは無くて自分が怖かったからである。
得てしまった圧倒的な力で、義則を殺してしまいそうな自分が怖かったのだ。
あの力が無ければ義則を殴って済ませていたかもしれないが、今はもっと恐ろしい力が俺にはある。
あの場で膨れ上がる暴力への衝動を抑えるのに、俺は必死だったのだ。
俺がその気になれば、あの魔力を使って一瞬で人を一人殺すことは容易い事だと判っているだけに、それを実際にやってしまいそうな自分が怖かったのだ。
とにかく、あの場からは去るべきだと思った。
納得はしていないが、紫織の心が離れてしまったというのなら、俺だけがどれほど好きで居てもそれは一方通行の片思いでしかなくなってしまう。
どんなに自分が求めていても、相手の気持ちが無くなってしまえば引き止めることは出来ない、それが幼い頃に心に染み付いたトラウマ。
去ろうとする相手に縋り付けば縋り付く程に、こちらを向いてくれないと言う事実に心はボロボロになってゆく。
いつからか、幼いながらも去る者は追わずというスタンスで生きるようになっていた。
深く付き合えば付き合う程に、その時が辛くなるから仲間の誰とでも程々に浅く自分の中には近寄らせなかった。
そして、いつしか他人との接し方が判らない対人経験値の少ない人間として、ここまで来てしまったのだ。
唯一信じてみようと思って居るのは家族だけである。
厳しくて無口だが自分たちを見捨てず、ずっと見守ってくれていた父と、一心に自分を慕ってくれる可愛い妹と、優しい父方の祖父と祖母、そして子供の頃から面倒を見てくれた頼れる父方の曾祖父と曾祖母だけが自分の心の拠り所になっていた。
いつしか雨は止んでいた。
頭の中がそんな想いで一杯になっていて気付かなかったが、ずいぶん前から頭の中に害意を持つ物が近付いている警報が鳴り響いていた事に、今更にして気付いた。
何か危険が迫っている?
まさかゲームの中じゃあるまいし…
そんな戸惑いの中で、俺の横を黒い大型ワゴン車が通り過ぎた処で急停止すると、助手席とスライドドアが開き人が飛び出してきた。
「八坂和也君だね、大変だお父さんが事故にあって意識不明の重体だ、一緒に病院に来てくれ」
見知らぬ男達は俺の手を引き、車の方へと引っ張って行く。
「親父が事故、まさか死んだりしないよな」思わずパニックになりかけて叫ぶ。
「一刻を争うんだ、早く車に乗って!」
思わず乗り込みそうになった時に俺の後頭部の違和感がピークに達する。
ヤバイ!、何だか判らないけどヤバイ!、乗ったら駄目だ、この車の中に居るのは味方じゃない!。
そう思って、スライドドアの真横で引きづりこもうとする手に抵抗をしていると車の中から何か嫌なイメージを抱かせる物が二つ突き出されてくる。
あれはスタンガン?。
映画や雑誌や通販のホームページなどで見たことのある二本の突起を持つ不細工だが人の自由を奪うに為に特化した武器。
それが車内に居る二人の人間の手から俺に向かって突き出されて来るのが、急にスローモーションのように見えた。
動けば避けられる程のスローモーションのような体感時間を、ただスタンガンの先端突起を見つめたまま為す術も無く過ごし、自分の腹にそれが突き立てられバチバチバチッというスパーク音と俺の肉が焦げる臭いに弾かれるように体が意思に反して海老反りになる。
霞む意識の中で無意識に足下とワゴン車の間の僅かな隙間に火炎防壁を設置していた。
直径約60cm、高さは約3m程もある大きな火柱が5本横に並んで噴き上がり、自分とワゴン車の間を遮るように激しく炎の壁が立ち上った。
避けきれない攻撃を受けた際に、敵と自分の間の足下にファイアーウォールを発現させて、 そのスキル特性であるノックバック効果で敵を一旦外側に弾き飛ばし、続けて攻撃スキルを発動させるのが俺のゲーム脳に染み付いた条件反射的な反応なのだが、それが今ここでも無意識に発動されたのだった。
ワゴン車はファイアーウォールのノックバック効果でセンターライン付近まで弾き飛ばされてゆく。
そこへ霞む意識の中でファイアーボールを二発、開いたままのスライドドアへとぶち込み、 無差別に空間転移して脱出した処で俺の意識は切れた。
いや、ほぼファイアーボールを撃った処からもう意識は無かった、後は習い覚えた一連の動作を無意識に発動させていたというだけだった。
無意識に放ったファイアーボールは両手から1発ずつの合計で2発、発動の速い炎が赤色の初級魔法だったが自動車を燃やし尽くすには必要にして充分な火力があった。
ファイアーウォールは発動から12秒後に自動消失して、後に残るのは爆発炎上して跡形もろくに残らないワゴン車の残骸と、骨も残らず燃え尽きた死体の残した白く脆い灰だけであった。
気が付くと、大騒ぎになっている現場から20m程離れたビルの壁に、俺は背を向けて寄りかかっていた。
人の気配に気付いて横を見るとホームレスのおっさんが驚いたように目を剥いて俺を見ていたが、それを無視して自分の体を確かめる。
スタンガン2つにやられたところまでは覚えているが、その後はファイアーウォールを立ち上げて……無意識に攻撃スキルを発動して一連の流れでランダム空間転移をしたのだろうと想像した。
焼け焦げた臭いに自分の腹を探ってみると、シャツは焦げて小さな穴が開いているが皮膚には火傷もないようだ。
状況的に、長時間気絶をしていた訳でも無さそうだし、恐らくはゲーム内に閉じ込められていた時の特別措置で超回復スキルをパッシブで発動するようになっていたはずなので、現実に魔法が使えるという事実に鑑みても、それが気絶する程の電撃から身を守ってくれたのだろうと予想してみた。
不思議と人を殺してしまったという嫌悪感は感じなかったが、自分が襲われて無意識にスキルを放ってしまったという現実感も明確な記憶も無いからなのかもしれない。
そんな修羅場に一本の呼び出し音が鳴り響く。
俺は立ち上がるとスマホを取り出して耳にあて、現場を離れる方向に歩き出した。
電話はパンギャさんだった。
メールでオフ会の返事をする時に携帯電話の番号も教えてあったのだ。