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023:奈落への道程

 紫織との約束の時間まで余り時間が無かったので慌てて自宅に戻ると、急いで着替えて茹だるような暑さの中を指定された公園へと向かうのだが、何があったのかと気が急いてしまい、ついつい早足になってしまう。


>:ターゲットを発見、自宅から出て来た、繰り返す、ターゲットは自宅から出て来た。

<:自宅だと、どう言うことだ。

<:自宅を朝自転車で出たのは監視船も監視班も確認している、間違い無い!

>:間違いありません、八坂和也本人です。

<:判った、追尾を続けてくれ。 こちらも実行班を急がせる。


 引っ越しトラックに偽装した和也を監視している男達は、和也を見失った駅周辺と周辺の駅を捜索していた監視班と実行班を呼び寄せるよう連絡をすると移動を始めた。


「どう言うことなんだ、まさか囮だったと言うのか?」

「だとすればターゲットは我々の動きに感付いていると言う事かもしれません」

「となればグズグズしている訳には行かない、早急に身柄を確保しろ」

「了解、実行班を付近に向かわせます」


「いや、自宅に居なかった事は音響サーチでも赤外線サーチでも確認できています。」

「どう言うことだ?」

「可能性としては、我々の感知得しない移動手段を使ったのかと」

「荒唐無稽な話ではありますが、今までの話を総合すると何があっても不思議では無いかと……」


 早足で歩いて行くうちに、ふうっと頭が軽くなる感覚と体が重くなる感覚が俺を襲った。

 おそらくエナジーコーティングと掛け直してあったブレッシング(ブレス)が時間切れになったのだろうと思うが、そんな事はどうでも良かった、とにかく待ち合わせ場所へ急いで行きたかった。


 一気に体力の落ちた足も重くなるが、とにかく紫織に何かあったのなら助けてあげたかった。

 俺は身体強化ブレスだけを掛け直して先を急いだ。


 もう、目の前には約束の公園の噴水広場があった。


>:ターゲットは親水公園に入った、追尾を続行する。

<:了解、監視船は上空からモニターしていてくれ、監視班1はそのまま追尾、2・3・4は公園各入り口を監視。


>:監視班1、了解!

>:監視班2、了解!

>:監視班3、了解!

>:監視班4、了解!


>:捕獲班、現場付近に到着!指示を求む

<:捕獲班は、そのまま待機、今後の進路が判明次第、指示をする。

>:実行班、了解!指示有るまで待機する。


 約束の場所には紫織の他に俺の見知った顔が立っていた。

 二人の前に立つと、その男、親友の義則が突然頭を下げて謝ってきた。


「どうしちゃったんだよ、何で義則がここに居るんだよ、何謝ってるんだよ、訳わかんねーよ」

「紫織、どうしたんだ何があったんだ?」

 何だか嫌な予感がして頭を下げている義則を無視したまま紫織に問いかけるが、紫織は黙って俯いたまま何も言わない。


「俺やっと戻って来て紫織に逢いたくて、紫織の声が聞きたくてすぐに電話したんだぜ」

「和也くん、ごめんなさい… 私…… 」

「なんで謝るんだよ紫織、謝るような事したのか?何があったんだ?」


 この状況で、混乱はしていたが何が起きているのか心の底では見当が付いていた。

 ただ、俺の心がそれを認めたく無くて現実を拒否していただけだった。


「すまない和也、俺は紫織ちゃんが好きなんだ」

「加賀見さん、それは…… 」


「は? …… 」

 突然の親友の告白に、それしか言葉が出なかった。


「お前が居なくなって、落ち込んで居る紫織ちゃんを見ていて相談に乗っていたら俺の本当の気持ちに気付いたんだ、だから本当に申し訳ないと思ってる。」


 それは、一番俺の気持ちを知っている筈の親友だった男からだけは聞きたくなかった、俺を最も傷つける言葉だ。

 俺の気持ちを知っているのなら、それだけは言えない筈の言葉が、俺の目の前で告げられている……


「本当って、何だよ!、何が本当なんだよ!、お前何を言ってるのか判ってるのか?」

 義則が苦しそうに言う予想通りの言葉に、そうハッキリと言われてしまうと逆に心の不安を打ち消そうと熱くなっていた心が、少しだけ冷静になってくる。


「俺が紫織と付き合ってることも、どれだけ紫織の事を好きだったのかも義則、お前は誰よりも良く知ってるよな… 」


「和也、俺は紫織ちゃんをお前に紹介される前から1学年下の彼女のことを知っていたし、ずっと好きだったんだ。」

 それは俺が今まで知らなかった、友だと思っていた男が俺に今まで隠していた事の告白であり、突然突きつけられた現実だった。


「ちょっ、待てよ! 俺たちは親友じゃ無かったのか? 好きだったら友達の付き合ってる子を横取りしても良いのかよ、義則お前はそういう奴だったのか?」


 冷静になったはずの心が再び沸騰しそうになるが、押さえて義則に問いかける。

 ただただ違うと言って欲しかった、間違っていたと言って欲しかった。


「それについては申し訳ないと思ってる。 でももう、どうしようもないんだ。 俺は例えお前との関係が壊れても紫織ちゃんのそばに居てやりたいと思ってる」

 義則は、頭を上げながら紫織の方をチラリと見てそう言った。


「紫織はどうなんだよ、決して長いとは言えないけど、出会ってからの事も付き合いだしてからの事も、こんなに簡単に何も無かった事になっちゃうのかよ」

 俺の存在は紫織にとって、そんなに軽い物だったのかと心から問いかけるが、紫織は目を逸らして下を向いたままで俺の方を見てくれようとはしない。


 あまりに予想外の出来事に、俺はもう心が壊れそうだった。


「和也くんが突然いなくなって… 私がどんなに不安で心細くて寂しかったか判って欲しいなんて言えないけど、私ずっと待ってたんだよ」

 急に口を開いた紫織の言葉は、俺に大きな衝撃を与えるものだった。


「でも、もう駄目なの… 」

「な、……だ、だってあれは」


 あのゲームに閉じ込められた半年余りの月日で、俺がどれくらい不安で心細くて、そして誰よりも紫織に逢いたかったか、彼女がまったく解ってくれていなかった事がショックで、もう口がきけなかった。


「ごめんなさい、だから和也君とはもう…」


「嘘だろ、俺がゲームの中に閉じ込められて紫織に会えなくて逢いたくて、ずっとお前の事ばかり考えてた時に義則と付き合ってたのかよ、凄すぎるよ、酷すぎるよ……」


「和也くん違う、それは…… 」

「何が違うんだ、この状況と義則の告白を聞けば誰にでも判る事だろ」

 紫織が俺の言葉を否定しようとするが、俺はその言葉を最後まで聞きたくなくて途中で遮った。


 その後も、義則は自分の気持ちに気付いた時に玲子ちゃんには正直に話をして別れたと言っていた。

 それ以来、玲子ちゃんも学校に出て来ていないらしい。


 それだけ周囲を不幸にしても紫織と付き合いたいと義則は言っていたが、それは何処か他所の世界で聞こえているノイズのように何を言っているのかよく解らなかったし、解りたくも無かった。


 俺は紫織の気持ちが自分に無いと知ってから、なんだか急に色んな事がどうでも良くなった。

 最後に一言だけ紫織に言って、この場を去ろうと思ったんだ。


「紫織、ひとつだけ言わせてくれ… 」

 そう言うと、下を向いていた紫織が顔を上げて大きく澄んだ美しい瞳で俺を見た。


「お前とは色々とお互いの家庭のことも話したよな、お前からしてみたら俺は突然お前の前から居なくなった父親のような身勝手な存在なのかもしれないけど… 俺からしたらお前は、突然家族の前から居なくなった俺の母さんと同じに見えるよ」


 はっ!としたように長い睫毛の大きな瞳を開いて、可愛い口を小さく開けたまま何かを言い足そうに俺を見つめ返す紫織。


 ちくしょう!…こんな状況だって言うのに相変わらず超絶可愛いぜ。

 そして、こんな事があっても…お前のことを嫌いになれない馬鹿な自分が居るよ。


「俺は誰よりもお前が不安に思ってしまった原因も判るし理解もできる。 だから俺と終わりたいというなら好きにすれば良いよ…… だけど、それでも俺はお前が好きだ」


「和也君、わたし… 」


「義則、お前とはもう友達として付き合うことは出来ないけど、紫織は大切にしてやってくれ」

 そう言うと、俺は何かを言いかけた紫織を無視したまま公園を後にして歩き出した。


 急にポツリポツリと降り出した雨は、あっという間に激しくなり俺の全身を濡らして行く。


「なんか衝撃的過ぎて、涙も出ないな……」


 この突然の豪雨は、俺が遙か上空で氷魔法を使い空気を急激に冷やしたことによって発生したものなのだが、それは誰も知る事の無い俺のやり場の無い怒りと哀しみの精一杯の発露だったのだ。


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