021:金髪ロリ美少女
朝になりスマートフォンの目覚まし音を止めるために画面を見ると、メールの着信を知らせるアイコンが表示されていた。
それに気付いて飛び起きて確認すると、それは紫織では無くゲームの中に拉致されていた時にエクソーダスと言うパーティを組んでいたパンギャさんからのメールだった。
ゲームからの解放時に約束していたメールを送った事への返事が来ていたようだ。
メイン君は社会復帰出来ましたか?こちらは予想通り留年確定です、近いうちにエクソーダスのオフ会でもやりましょう。
そんな事が書いてあった。
オフ会については「参加します」、社会復帰については冗談めかして「おかげさまで30歳になる前に魔法が使えるようになりました(笑)」、と自分にだけ判る意味深な文章を書いて返事を送信した。
当然のように、ソード&マジックオンラインVRと30歳まで童貞で居ると魔法が使えるようになるというネットのネタに引っかけた、ただの冗談だと思ってくれるはずだ。
気晴らしのために外へ出る事にして階下へ降りると誰も居なかったので、戸締まりをして家の外へ歩き出す俺を見送るのは、塀の上で幸せそうに日向ぼっこをしているバルだけである。
「対象を補足、追尾します」
家を出た処で、複数の言語によるそんな交信が行われていた事をまだ和也は知らない。
首の後ろ辺りにチリチリするような違和感を感じて振り返って見たが車が一台通り過ぎただけで道路には誰も居ない。
空を見ると小さく広告用の飛行船が視界に入ったが、珍しいなと思う程度で首を傾げながら歩き続ける。
(なんだろう、まだ体調が戻らないから後遺症とかあるのかなぁ、嫌だなぁ…)
(なんか、これってゲームでモンスターにダゲられてる時の感覚に近いよなぁ)
商店街を抜けて町外れにある伊勢海神社へ向かう。
公園を抜けて小さな山の中腹にあるその神社へ行くのには少し長めの階段があるのだが、弱った足腰のリハビリには丁度良いと思って毎日続けている散歩である。
春には桜が、秋には紅葉が綺麗な神社なのだが常駐の神主さんは居らず、町内会で管理をしている神社であるが、一応拝殿や舞殿そして小さいながらも御神石などもあって、それなりに神社としての体裁は整っている。
息を切らせて階段を登っていると後ろに気配を感じたので何気に振り返ると、運動部のジャージを着た集団が駆け上がってくるので立ち止まって道を譲る事にした。
大学生にしては少しばかり年齢が上のような集団だが実業団なのかな、などと考えて息を整えているうちに集団は階段を駆け上がって行った。
それにしても、これくらいで息が上がるなんて寝たきりで体力が本当に落ちているようだ。
石段に座って町を眺めることにしたが、ほんの数日前まではベッドの上で生命維持された状態だったのだから、こうしてリアルの生活に戻ってこられたことが嬉しい。
ふと上を見れば飛行船は、まだ上空をゆっくりと動いていた。
伊勢海神社の参道に隣接する公園の駐車場に停められた運送会社の保冷車に似たトラックが一台、遠目に見える。
運転手が休憩しているかのように見えるが、その荷室の中は電子機器が設置され、モニターを見ながら和也を監視していた男達が居た。
>:こちら捕獲班、配置完了、ターゲットが現れ次第接触を開始する
<:ターゲットは階段の中腹で休憩中、しばし待て
>:捕獲班、了解!
>:うわぁっ、何だこいつは!!
<:捕獲班どうした!何が起こった?報告しろ!、どうしたんだ?
<:監視船、ターゲットに動きはあるか?
>:こちら監視船、ターゲットに目立った動き無し、階段で休憩を継続中
「どう言うことだ、ターゲットに動きが無いと言うことは別の組織の邪魔が入ったのか」
<:監視船、神社の境内の様子は判るか?カメラを向けてくれ
>:こちら監視船、了解!、第一カメラはターゲットを引き続き補足、第二カメラを伊勢海神社境内に向けます。
指揮車の複数あるモニターの1枚が上空から神社を捕らえた画像に切り替わる。
「木が邪魔だ、赤外線モードに切り替えてくれ」
「赤外線モードに切り替えました」
「どう言うことだ!、誰も居ないぞ」
>:こちら監視船、ターゲットが階段を降り始めました。引き続き補足します。
<:頼む、こちらは神社の様子を確認に行かせる。
「ターゲットは、どうしますか?」
「人目につく場所は避けなければならないだろう、仕切り直しだ一旦引く」
指揮官らしき男は、モニターを見ながら忌々しげにヘッドフォンを頭から外すと部下に神社へ様子を確認するように指示を出して、椅子の背もたれに体重を預けて深く息をついた。
太腿が疲労でガクガクするので登るのを諦めた俺は石段を手すりに捉まりながらゆっくり降りると、平日とは言え小さな親子連れが多い公園へと向かっていた。
公園の遊歩道を歩いて木陰にあるベンチに座って休憩することにしたのだが、元の体力に戻すのは簡単では無いと実感させられるのであった。
「ねぇ、座りたいんだけど隣良いかな?」
俺が自分の手を握ったり開いたりしながら、自分が獲得した魔力の事を考えていると突然女の子の声が自分の前から聞こえた。
びっくりして顔を上げると、そこには黒のゴスロリ風の衣装を身に纏った10~12歳くらいの金髪巻き髪の美少女が立っていた。
いや、居るんだね~こういうのを美少女って言うんだろうな、でもこの季節にあの衣装は暑くないか?などと馬鹿な事を考えていると…
「ねぇ、聞こえてるの?、隣を少し空けて欲しいんだけど…、あなた私をずっと立たせておくつもり?」
ヤバイヤバイあんまり美少女なんで見とれちゃったよ、慌てて俺は少し移動してベンチの左側を開ける。
「ありがと」
そう言って金髪ロリ美少女は俺の右隣に座ったんだけれど、ちょっと近いんじゃありません?
慌てて更に端に避けようとすると笑われてしまった。
「そんなに端に行っちゃうと落ちるわよ」
いや、そんな事言ったって近いでしょ、危険でしょ逮捕されちゃうでしょ(俺が)。
「判ったから、もう少し離れてくれる? ちょっと周りから誤解されちゃうからさ」
そう言って金髪ロリ美少女にお願いすると、また笑われてしまった。
「あはははは……お兄ちゃん顔に似合わず初心で可愛いのね」
「おま、顔に似合わずって余計なお世話だよ、どうせ……ですよ」
「えっ、どうせ?…何て言ったの」
金髪ロリ美少女は可愛い笑顔で平然と聞き返してくる。
「いやいや、女の子が知らなくて良い言葉ですから聞き直さないの!」
「ふ~ん、どうせ童貞とか言ったんでしょ、そんな感じだもんね」
ぶっ!!
思わず咽せてしまった、どこまでませてるんだこの金髪ロリ美少女は。
「お、おまっ、お前、女の子がそんな言葉を使うんじゃないの!」
慌てた俺の方が口をパクパクするだけで、それ以上の言葉が出てこない。
誰だ、こんな金髪ロリ美少女をこんな風に育てたのは。
「ま、虐めるのはこれくらいにしておいてあげる」
ちょ、わざとかよ……、呆れてロリ美少女を凝視すると、やっぱり凄く可愛い。
日本人には不可能な可愛さというか美人加減だよな、紫織も超絶美人だけど洋風美少女は凄いよ、ほんと。
「わたしはアナスタシア・クルニコワ、アーニャって呼んで良いわよ」
いきなり自己紹介を始めたロリ美少女、やはりロシア系は超絶美人が居るんだなぁって感心しながらも、俺も名乗る事にした。
「お、おれは和也、八坂和也だよ」
ちょっと、俺ってばドギマギし過ぎでしょ、頑張れ俺。
「ふーん、じゃあカズヤよろしくね」
今度はいきなり俺の左側に座ったまま体をこちらに向けて小さな右手を差し出してきた。
釣られて俺も上体をロリ美少女、いやアーニャに向けて右手を差し出すと彼女の小さな手が俺の手を掴んで来て握手をしてしまった。
ちょっ、この距離で向かい合うと顔が近くないですか?
「君はこの辺りに住んでるの?」
上体を少し後ろに反らして彼女から少し距離を開けるようにしながらそう聞くと、彼女は頬を膨らまして返事をしない。
いったい、彼女が何を突然怒っているのか判らない俺はどうして良いのか判らず困ってしまう。
「……アーニャ」
それだけ言って、俺を睨んでくる金髪ロリ美少女
「アーニャって呼んで良いって言ったでしょ、本当に童貞君はデリカシーが無いんだから」
「ちょ、お前そこで童貞とか関係無いでしょ」
「お前じゃない!、アーニャなの!!」
「そんな、初対面でアーニャとか恥ずかしくて呼べるかよ!」
ちょっと、金髪ロリ美少女の身勝手さに少し腹が立ったので強めに言ってみた。
「ふ~ん、カズヤあなた自分の立場が判ってないみたいね、ここで私が悲鳴を上げて助けを呼んだらどうなると思ってるの?、こう見えても嘘泣きくらい簡単なんだからね」
ちょ、それヤバイ、マジヤバイです通報されます、勘弁して下さい、俺はもう無駄なプライドは捨てて白旗を揚げる。
「待て待て待て、アーニャ俺が悪かった、ほんと勘弁して下さい」
「許してあげるわ」
そう言うと、金髪ロリ美少女は隣から立ち上がると、俺の方を向いてニコリと超絶笑顔で微笑んだ。
「 …….。 」
もう美少女とは言え子供に手玉に取られて絶句しかない、女は小さくても魔物だなと俺は膨大な疲れと共にそれを実感させられた。
金髪ロリ美少女のアーニャは「今日は挨拶だけだから、これで勘弁してあげるねカズヤ」と言うと、「あなた狙われてるから気をつけなさいよ」と耳元で小さく囁いて小走りで走り去っていった。
最後までドキドキさせられてしまったけど、美少女は走り方まで可愛いんだな……
耳に残る囁きの息づかいに気を取られて何を言われたのか余り覚えていないけど、なんか「気をつけろ」とか言ってたような…
それより気になるのは、彼女が現れた時からまるでモンスターが近くに居るかのような感覚が絶えずしていた事だ。
それが彼女でない事は反応の方向から判っているが、それほど大きな魔力反応では無いものの、ゲームの中であれば敵にロックオンされているような感覚だ。
俺の後方に離れて潜んでいたのは、たぶん2体だったと思う。
神社の階段では、もっと大きな魔力のような妙な反応を感じたから反射的に魔力消費防御結界を自分に掛けて降りてしまったが、俺の身に何か起きているんだろうか?
ここは平和な日本のはずだし俺はゲームの世界からリアル(現実世界)に戻って来たはずだというのに…
まだ魔法が使えるようになった事は誰にも知られていないはずなのに、いったい何が起きているんだろう?
魔力消費防御結界はゲームの中では自分のMPを一定%消費して体に防御壁をコーティングして物理攻撃や魔法攻撃から身を守る一種のバリアなのだがあと50分は効果が解けないだろう。
まあ、この状態ならトラックと交通事故に遭ってもMP消費だけで済むから安心と言えば安心なんだが
そう無自覚に思ってはみたが良く考えれば少し不安になる、そう言えばトラックと交通事故に遭っても大丈夫って試した訳じゃないから確実じゃ無いよな。
自分の魔法がどこまで実用になるのかは、まったく判っていないのだ。
これは早急にテストをしてみなければならないだろう。
各属性の初級魔法が使える事を試したと言っても室内で出来る範囲での事だから、全部のスキルを試した訳じゃ無いし、ウィザードのスキルだけじゃ無くて他の職業のスキルも同じように使えるのかどうかは試しておく必要があるだろう。
いやでも、使えなくても何が困る訳じゃ無いし、使えたからと言ってこのリアル世界の中で使い道があるとは思えないもんなぁ……。
せいぜいがキャンプとかバーベキューする時に火が起こせて便利だなくらいだけど、人に見られたらどんな騒ぎになるか判らないから、結局使い道は無いに等しいんじゃないだろうか。
まあ有り得ないが、ゲームの時と同じ威力の魔法が使えるなら戦争でも起きたら敵を殲滅するくらいは出来そうな力だけどな。
俺はベンチから立ち上がり、自分に身体能力向上を掛ける。
これは身体能力増強の僧侶系支援魔法で、長い入院で萎えた体と言えども最高レベルで使えばトラックくらいは片手で持ち上げられる程度には身体能力が増加する。
もっとも、ここで最高レベルを使うと周囲の物を破壊しかねないのであくまで最低レベルでの使用だ。
これで効果時間内は体力面での問題は無いだろう。
さて、この後はどうするかと考え、とりあえず駅前の書店へと向かうことにして公園を後にした。
公園の脇にある道路に停めてあった黒塗りの乗用車の後部座席にアーニャが乗り込むと時を置かずして二人の大柄な男達が運転席と助手席に乗り込んでくる。
「アナスタシア、状況を報告してくれ」
「失敗よ、彼に私のサイキックは効かなかった」
「本気でやったらどうなのかは判らないけど、小手調べに心臓を軽く握ってやろうとしたんだけど全然無反応だったわ」
「気付かれたのか?」
「ううん、違うと思う、あれは何にも感じてないように見えたわ」
「なんらかの対サイキック防御力を持っていると言う事か」
「そこまでは判らないけど、悪い人じゃ無いと思うわよ」
後部座席に居る男はアナスタシアの言葉を無視して、前に居る二人に問いかけた。
「ふむ益々もって興味深い素材だな、ヴォルコフ!、ティグレノフ!、お前達から見てどうだった?」
問われてティグレノフが答える。
「はっ、特にこれと言って脅威に感じるような素振りの無い普通の小僧にしか見えませんでしたが…」
「が、何だ?…、何か気になる事があるなら報告しなさい」
「ヴォルコフが言っていたんですが、我らが背後についた時に僅かに体臭が緊張を示すように変わったかと思いましたが、その後のアナスタシアとの会話を聞いている限りでは女慣れしていない小僧故の緊張だったかと……」
「なるほど……、他の組織も動いて居るが故に妨害工作もしつつ次の接触機会を待つか」
ウィンカーを点滅させ走り出す黒塗りの高級乗用車。
「捕まえちゃったら、カズヤも研究所に送られちゃうんだよね?」
「アナスタシア、お前も遊び相手が出来て嬉しいだろう、ふはははは」
「………」
>:監視班3より指揮車へ、公園の仲間はすべて殺られている。
<:状況を詳しく報告せよ、全員死んでいるのか?
>:監視班3、全員が、何者かに首を断ち切られて死んでいます。
<:判った、至急回収に向かう
「最後の言葉が金髪の少女か…日本国内で我々が後手に回るってのはどう言うことだ」