017:被害者の共通点
とある高層ビルの最上階に近い10畳ほどの一室、一際高いこのビルの窓からは下界が小さくミニチュアモデルのように俯瞰できる。
その窓際には重厚な1台の大型デスクが置かれていた。
デスクの上には余分な物が置かれておらず、綺麗に整理されている様子は持ち主の神経質さを顕しているようだった。
「鏑木くん、これは事実なのかね?」
痩せて小柄な男は細いフレームの眼鏡に手をやると、左手に持った書類を一読してから上目使いにデスクの前に立つ部下らしき男に問いかける。
鏑木と呼ばれた男は身長170cm前後で、こちらも痩せ形であるが、その動きは軍人を思わせるメリハリのあるものだ。
「はいっ、現在裏取りのため工作員を1名派遣しております」
その男は緊張気味に上司であるデスクに座る男に素早く敬礼をすると、更に報告を続けた。
「現在迄に得られている情報では、相当信頼度は高いかと思われます」
「この報告書を見ると、他の組織も色々と動いているようだね」
「はっ、現在確認されているのは其処に書かれている通りであります」
「すでに対象に接触し始めているようだが、出し抜かれる事は無いだろうね」
「はいっ、ダイクーア教団が既に接触を開始した模様ですが、初手は失敗に終わっております」
「赤坂と麻布台、それに元麻布の動きは?」
「それぞれ各ルートから接触を試みる動きが見られます」
「これが本当だとするならば、判っているだろうが、我が国の国益に反する芽は摘まねばならない。」
そう言って、報告書を持ってきた鏑木と呼ばれている男の上司と思われる眼鏡の男は、持ち込まれた書類から目を上げて相手の反応を伺うように上目遣いで黙って鏑木という男を見た。
相手の発するプレッシャーに耐えられず、鏑木の額から冷や汗が一筋落ちる。
鏑木が黙ったまま返事が出来ない事を確認し終えて、ようやく次の言葉が眼鏡の男から発せられた。
「で、この報告が遅れた理由を聞こうか…」
「……申し訳ありません、些か事実とは思えない内容でしたので…」
そう言って、思わず汗を拭う仕草をしてしまう鏑木という男。
「それを判断するのは君では無く、私の仕事だと言う事は理解してくれているんだよね、鏑木くん」
眼鏡の男の言葉に、鏑木と呼ばれた男は更に深く頭を下げる。
「申し訳ありません!!」
「初動の遅れは致命的な結果を齎しかねない、多少の荒事になっても対象を他国に渡してはならない、判っているね」
眼鏡の男は、頭を下げる鏑木には何の興味も無いかのように、指示を与えている。
具体的な方法は指示せずに望む結果だけを告げる言い方は、例え不都合な結果となっても、全ては鏑木が考えて行動したことと言うつもりなのであろう。
簡単に言えば、トラブルになっても責任は取らないが結果だけは出せと言っているのに等しい発言であった。
「はっ!、そのために荒事向きな工作員を当たらせております」
眼鏡の男の前で冷や汗をかきながら 鏑木は慌てて答える。
「それも無用なトラブルを呼びかねないがねぇ…、報告が事実であれば致し方ないか」
眼鏡の男は、悪い結果が出た場合は鏑木の報告が遅れたせいだと言う含みをもたせた発言をしておく事も忘れないようだ。
「それぞれが裏で動いている限りにおいて外交問題には発展しない、表に出る前に対象の保護を最優先に動いてくれ給え、方法は問わない、解ったね?方法は問わないよ」
失態を指摘されて俯く鏑木という男に対して、そう言葉を続けると眼鏡の男は急に興味が無くなったかのように、鏑木という男に退室を促した。
憲法改正から5年、防衛省から国防省へと名称が変わり、自衛隊から国防軍へと呼び名が変わる中で派生した外郭団体である国際関係研究所は、民間のNGOを装っているが実態は国防軍の諜報組織である。
防衛省情報本部が表の情報組織とすれば国際関係研究所は裏の情報組織と言う事になる。
主には国防に関する情報収集と国内外国勢力による非合法活動の抑止活動を行う裏組織であり、国内に存在する大使館、国外諜報組織の監視を主に行っているが、国防に関わる事案であれば他にも存在する国内諜報機関の事案に介入する事も許されている。
当然その活動内容は外務省直属の国際情報統括官組織の裏部隊と競合する部分もあるが、国防に関する事案に於いては優先権がある(と主張している)。
この諜報部デスクに座っている男の名は犬塚鋭治42歳、防衛大学出身のエリートであり、この組織を取り纏める局長でもある。
その犬塚は書類をファイリングするとデスク脇の引き出しに仕舞い、小さく呟いた。
「被害者達にそんな共通点があったとはな……」




