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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第七話:パンギャ 噛ませ犬
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07:遺体消失

 無表情で長兄の死体を見下ろす次兄の斎が、剛の目の眼前に居た。


 口元に両手を当てて悲鳴を押し殺して居る妹の詩乃、そして茫然としたまま神棚の前に立ちつくしている父親の玄太郎、家族の全員が道場の内に居た。

 ドタドタと廊下を駆けてくる足音がして、しばらくすると母親の舞が道場の惨状を見つけ、大きな悲鳴を上げた事で全員が我に還った。


 旧家から嫁いできた母親も、父親同様に長兄絶対主義者であるだけに、目の前で血反吐を吐いて床に倒れている長兄の大悟の姿は、余程の衝撃だったのだろう。

 駆け寄る事も忘れて、その場に腰を抜かしてへたり込んでしまった。


 剛は、ここで治癒魔法である『ヒール』を使えば、長兄の大悟が助かるかもしれないとは、考えつかなかった。

 日々スキルの使用を自重している彼にとって、まだスキルの使用は無意識に使える程に日常的なものでは無い。


「詩乃! 救急車だ。 救急車を呼んでくれ!」


 その場を支配する嫌な空気を打ち破るように、剛が大きな声を掛けた。

 ハッとしたように、そちらへ顔を向けた詩乃が道場を慌てて飛び出して行く。


「これは、稽古中の不幸な事故だ。 あまり騒ぐな」


 玄太郎は声を上げて泣き崩れる妻の舞に向かって、静かにそう告げた。

 そして、加害者である斎には部屋に戻っているようにとだけ言う。


 同じように長兄絶対主義でありながら、玄太郎が舞と大きく異なるのは、実利的であるかどうかだろう。

 彼には大國の家を守る責任があった。


 その為に、才能が無いと思っていた長兄を家訓に従って跡継ぎとして育て上げようとしていただけでもある。

 その長兄が亡き後は、自動的に次兄である斎が後継者という事になるのだ。


 彼の頭の中では、その事がスムーズに切り替わった。

 他人は彼の考え方を冷酷と言うのかもしれないが、彼にとって一番大切なものは歴史ある大國の家であり、家族はそれを構成する要素でしかない。


 幼き頃より躾けという名の洗脳を受けてきた玄太郎は、実利的にそう判断をしたに過ぎなかった。

 救急車が大國家に到着したのは、それから十数分後の事である。


 現場を見た救急隊員によって警察が呼ばれ、搬送先の救急病院で大悟の死亡が正式に確定した。

 死因は加撃による内臓破裂から生じた多臓器不全である。


 武道場という特殊な場所である事、そして大國家と国家上層部とのコネによって、稽古中の不幸な出来事という言い訳は何事もなく通り、これが事件として取り上げられることは無かった。


 松岡が目撃した救急車とパトカーは、その事故が起きた時のものだった。



「それでね、剛兄ちゃんが遅かったから、斎兄ちゃんが大悟兄ちゃんと練習をする事になったの…… 」


 その夜、落ち込んだ詩乃を慰めるために部屋を訪れた剛に、詩乃が語ったのは事故が起きた時の状況だった。

 いつもとは違って長兄の大悟が放つ攻撃が一切次兄の斎には効かず、逆に斎の放った一撃によって大悟は血反吐を吐いて沈んだと言う。


 大悟は剛ほど武の才能が無いとは言っても、次兄の斎よりは強かったはずである。

 剛が両者と相対した経験からしても、斎に大悟が負けるという事は考え難い。


 ましてや、一撃で大悟が沈むなどと言う事は有り得ないのだ。

 何故ならば、打撃のダメージを軽減する秘伝の技を大悟だけは父親より伝えられているのだから、それだけは有り得なかった。


 内臓にダメージを与える浸透系の技を体系に持つ流派だけあって、それに耐えうる技も一子相伝で伝えられていた。

 その大悟が一撃で沈むなどとは、よほど斎の放った攻撃の破壊力が桁外れであったかを示している事になる。


 検視も終わり病院から戻ってきた大悟の遺体は、母屋の仏間に寝かされていた。

 慌ただしく通夜と葬儀の日程が組まれたその晩に、兄の遺体が仏間から消えた。


 死体だとは言っても、大悟は体重が七十キロを超えていた。

 そう簡単に、誰にも見つからずに持ち出せる重量では無い。


 二日も経たずに大國家の前に再びパトカーが停まる事になり、近所では何事が起きたのかと夜中であるにもかかわらず、騒ぎになっていた。


 警察が立ち去る際に、玄関先に母親の舞を除く家族全員が揃って見送る。

 その時、斎が剛の横で鼻を鳴らした。


 スンスンと、まるで何かの匂いを嗅ぐような仕草だ。

 斎は剛に見えない位置から、ニヤリと嫌らしい嗤いを一瞬だけ見せるが、家族の誰もその事に気付かなかった。


「これからは、斎が大國家の跡取りとなる。 剛、お前の役割が大きく変わる訳では無いが、いずれは分家として陰から斎を支えるようにな!」


 長兄の遺体が無くなったばかりだと言うのに、父親の玄太郎から家族全員が道場に呼び出されて、そんな事を告げられた。

 しかし、何を今さらと言うのが剛の正直な気持ちだった。


 幼い頃から長兄とは区別され、立場をわきまえるように散々冷遇されてきた。

 成人したら家を出て自分で生計を立てろとまで言われていたのに、早々簡単に気持ちを切り替えることなど出来る訳が無い。


 父親が言っている意味は、家を出なければならない必要とされない立場から、分家を立ち上げて裏の仕事をする立場に一段ステップアップしたという事だった。

 そして、それは剛の意見を聞くことも無く、決定事項として告げられていた。


 自分が誰よりも強ければ両親の気持ちも変わるのでは無いかと思い、必死に稽古に励んだ時期もあった。

 しかしそれすらも、長男絶対主義で育てられて来た父親の価値観を変えるには至らない事に気付かされただけである。


 だからこその、『今さら…… 』なのである。

 男女の間に例えるのなら、理不尽で一方的に相手から別れを告げられて苦しみ藻掻き、長い年月を経てようやく気持ちの切り替えが出来た後で、あたかも復縁するのが当然のように言われても気持ちが戻らないのと同じように、剛の心に浮かんだのは『今さら何を言っているんだ』という事でしかない。


 父親に洗脳されたのか、剛が幼い頃から父親と同じ態度を取る母親にも、もう何時からか愛情を求める気持ちも無くなっていた。

 そこに在るのは両親への愛ではなく、家族という脆い繋がりに対する一欠片の情としがらみくらいなものだ。


 死んだ長兄の大悟については、幼い頃であれば羨む気持ちも無かったとは言わないが、今となれば一生を籠の中に閉じ込められて過ごす鳥に対するような、哀れみの気持ちの方が強かった。

 不謹慎ではあるが、大悟は稽古中の事故で死ぬことによって、過去から綿々と続く閉塞的な籠の中から解放されたようなものだと、そう思わないでもない。


 死ぬ事でしか逃げ出せなかった兄に比べれば、自分の道を自分で選択出来る分だけ、まだ自分の方が幸せなのだと今迄は考えることができていた。

 だからこそ、今さら籠の中へ戻れと言われても、素直に『はい』と答える事は出来ない。


「剛! 大國の家に生まれた意味を、まだ解っていないようだな。 この家を継ぐ斎に代わって分家となるお前には、伝えておくべき技がある。 立ちなさい」


 躾けという形で幼い頃より刷り込まれた価値観というものは、有る意味で洗脳と同義であった。

 心の底では反発をしながらも、剛の体は父親の言う事に不承不承ではありながらも従い、その場から立ち上がっていた。




 家を出る。 剛が、その決心をつけられぬまま一週間が過ぎた。

 僅かな日数で家伝の技を不完全ながらも身に付けた剛に対して、父親の玄太郎は内心で舌を巻いていた。


 やはり大國の技を後世に残すべき才は、大悟でも斎でも無く、剛にあると考えざるを得ない。

 しかし末の息子である剛には、家訓に従う以上その資格が無いのは、明らかだ。


 父親の玄太郎もまた、幼き頃より長男という立場で与えられた特権を当然のように享受し、家訓と言う名の洗脳を受けた身であった。

 どんなに剛の才能を認めていても、家の中の序列に変更を行うだけの気持ちは無い。


 更に数日過ぎた後、外出中の剛はパーティメンバーであるジュディスの働いている居酒屋のトイレで、後ろから呼び止められた。

 しかし、声を掛けてきた若い男に見覚えは無い。


「さっき店の中で呑んでるオッサンから、あんたに渡すよう頼まれたんだ」


 剛の隣で用を足しながら、その男は封をされた一枚の封筒を差し出した。

 トイレの中には、その男の他には誰もいない。


「これは、いったい何だ?」


 思わず封筒を受け取りながらも、剛はそう訊ねていた。

 しかし剛とほぼ同年代くらいの若いその男は、つい今しがた店を出て行く客から金をもらって渡すように頼まれたと言うだけで、すぐにトイレから立ち去っていった。


 慌ててトイレから出て居酒屋の店内へ戻るが、先程の男は仲間三人とテーブル席で酒を呑んでいた。

 雰囲気からして、剛と同じ学生のようだと思える。


 すでに店を出て行ったという話が本当であれば、もう店の中には封筒の主は居ないだろと判断して、剛はトイレに戻った。

 そして、今度は個室へと入る。


 すぐに封を開けてメモ用紙を広げてみた。

 そこには、信じられないような内容が書かれていた。


 メモの主は松岡と名乗り、連続失踪事件を追って剛の家に辿り着いたらしい。

 そして、兄の斎が本物では無い可能性を示唆する文言が書かれていた。


 文面の最後に、剛を含む家族の身に危険が迫っている可能性が高いので、詳細を伝えたいから一度連絡を欲しいと言うような文章だった。

 そして、恐らく剛自身は何者かから監視をされているので、携帯電話の使用は避けるようにも書いてあった。


 自分を監視する者たちのことは、すでに気付いていた。

 恐らくは、『廃人くん』と仲間から呼ばれていたパーティメンバーを監視していた奴らと同じだろうという見当もついている。


 剛が現実生活でスキルを使わないように注意深く生活しているのは、その為だった。

 人知れずテレポートを使って、人の居ないような郊外にある森の中などでスキルを試したことはあるが、人目に付く場所で使うような真似はしていない。


 普通に一人の学生として暮らしていれば、監視している者たちも剛たちパーティメンバーがスキルなんて使えないと判断して諦めるだろうというのが、仲間たちの希望的状況認識だった。

 それにしても、そろそろこんな監視を受けて大人しくしている生活を終わりにして、派手に動きたいという気持ちも無い訳ではない。


 ゲームの中で同じパーティを組んでいたアモンは、休みも無いような忙しいOL生活を続けているし、ハイドは地方の大学を休学して山歩きをしている。

 ジュディスは居酒屋でバイトをしている普通の女子大生だし、ミッシェルとミリアムは家の場所が近いせいもあって時々会っているらしいが、普通に学生生活を送っている筈だ。


 ゲームから解放されて物事が解っていなかった頃は、危うく『廃人くん』に敵対する側に取り込まれそうになったが、それも集合と移動にテレポートやワープポータルを使っているからバレていない筈だった。

 日常生活の中で目立つスキルを使わなければ、誰一人として彼らの事を『ゲームの中で使っていたスキルが現実でも使える』特異な存在だなどと疑う者は居ないだろうと、剛は考えている。


 剛の中で相当ストレスが溜まっている状況で、今回の事故や死体消失が起きていた。

 しかも、兄である斎の関与が示唆されているメモをもらったとあれば、リスクを冒してでも確認をしたいと剛が考えたとしても、無理は無いだろう。


 剛は、そのメモに書かれている松岡なる人物と、会う気持ちになっていた。


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