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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第七話:パンギャ 噛ませ犬
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05:ビンゴ!

 曲玉モドキの調査依頼と同時期に行っていた追跡調査の結果、原因不明とされる失踪事件の被害者の所在地は西伊豆を起点として東の方向へと徐々に進んでいて、ついに東京郊外にまで到達してている事が判明していた。

 その失踪者と親しい人物たちの何人かは面談の約束を取り付ける事が出来ていて、明日は大國 斎という失踪者とは親しい友人関係にあった人物と、面談のアポイントメントが取れている。


 とりあえず、曲玉モドキの調査を依頼するのは先にそれを済ませてからにしようと、松岡は考えていた。

 特に見ず知らずの相手と会う約束というのは、互いの都合や状況の変化によって必ず次があるとは限らない事を、松岡は仕事の経験から良く理解していた。


 アポイントメントが取れたなら、会える時に会っておく事が大事なのだ。

 優先順位を間違えて後回しにした相手と、次のアポイントメントが取れなかった事は仕事を始めたばかりの頃に何度もあって懲りている。


 まだ、連続失踪事件と関係があるかどうか判らないけれど、事件の原点であると思われる最初の失踪者から順に線を追ってゆくと、依頼者である尾崎涼花に行き当たる。

 そして、その涼花自身も実家に戻ってからの行方が判らなくなっていた。


 都内近郊に住む涼花の姪が行方不明となっている事が判ったのは、つい最近の事だ。

 事件は、確実に北東や南東を含む大雑把な東の方角へと、確実に向かっている。

 あの西伊豆にある、簡単には人の寄りつけないような磯にあった朽ちかけた祠が、まさかこの事件の原点だとは、さすがに警察も荒唐無稽過ぎて考えてはいないだろうと思われた。


 その失踪した姪の住所は、見事に涼花の実家から見て西でも北でも南でもない、東の方角にあった。

 正確に言えばやや北東の方角なのだが、今までの失踪者の住居を線で結んでゆくと、北東や南東へのズレはあるものの、概ね東の方向へと向かっている事は間違いが無い。


 言い方を変えれば、連続失踪事件と松岡が認めざるを得ない要因としては二つの関連性しか無かった。

 一つは、失踪者それぞれに何らかの接点が見出せるかどうかという関連性、そしてもう一つは失踪の発生した場所が前回の失踪場所より東側に位置しているのかと言う事、この二つだけが松岡にとって、世間によくある失踪事件と自分が追っている連続失踪事件を区分する鍵である。


 もし、今回の失踪事件が連続失踪事件と関連性があるのなら、次はその人物の交友関係の中から発生すると考えるべきだろう。

 だからこそ、松岡はその考えられる交友関係者と可能な限り面談のアポイントメントを取り付けようとしていたのだ。


 明日の面談者である大國 斎と失踪者である女性は大学時代の友人であり、付き合っていたという証言もあった。

 今までのパターンから言えば次は彼女の家族か、或いは現時点で最も親しいと思われる大國 斎かと考えられる。


 東というキーワードで絞ってみると、失踪者である女性の家族は皆それに該当しなかった。

 職場も、実家も、通っている学校も西側の方角にあるのだ。


 唯一、大國 斎だけが失踪者の家から東の方角に実家を構えていた。

 まさに、蜘蛛の糸を掴むような根拠の弱い、こじつけのような理由だったが、松岡の中では斎が次の失踪者となる可能性が最も高いと考えられていた。


 オカルトじみた話など、今までの松岡であれば一笑に付していただろう。

 しかし今回ばかりは、その眉唾なオカルトの糸を手繰らなければ事件の全体像が掴めないのだ。


 しかも、友人の石川が見せてくれた電子顕微鏡の画像は、一概にオカルトだと一笑に付すことの出来ない根拠のような物を松岡に与えてくれた。

 もしかすると自分は、とんでもない出来事に首を突っ込んでしまったのでは無いかという、そんな恐れが無い訳ではない。


 しかし、もし未知なるテクノロジーが何らかの形で絡んでいたかもしれない魔物と呼ばれている不定形の生物について、自分が謎を解く事が出来るのなら…… と松岡は考える。

 小さな探偵事務所の所長兼調査員という、世の中で確実に出世をしている学生時代の仲間たちに比べて引け目のある存在から抜け出し、一躍世間の注目を集める存在になれるのでは無いかという、そんな欲目もあった。


 もし…… もしも、自分が何度か受けた司法試験のどれかに受かっていれば、今頃は中富の法律事務所で弁護士として働いていて、高価なソファーに腰を降ろして秘書の入れてくれるコーヒーでも飲みながら、連続失踪事件のニュースをのんびりと眺めていただろうと松岡は考えていた。

 今の彼が出世している学生時代の友人たちと対等な位置に這い上がるには、この事件が抱える謎は千載一遇のチャンスに見えたのは間違いが無い。


 自分自身でも気付いていない、そんな心の底でくすぶっていた想いが松岡を動かしていた。

 本来であれば仕事と関係の無い一円にもならない案件など放置して、本業にいそしめば良いのだが、そう合理的に考えられないのが松岡の抱える心の闇でもあった。


 大國 斎について、軽くリサーチした結果を松岡は頭の中で思い返していた。

 相手と会う前に、相手のプロファイルを見直しておくことは松岡にとって、仕事の基本である。


 固定観念に囚われすぎないように深く掘り下げて結論を出す事も無いが、表面的な事実の羅列だけでも話題の繋ぎにはなるし、人となりを理解するのに役立つ事もある。

 それ以上でもそれ以下でもない、いつものルーティーンワークのようなものだ。


 大國家は、自称平安時代以前から続いている古い家系との事で、古武術の道場を開いている。

 明治の遷都に伴い、京都から東京へと移ってきた数ある家系の一つだ。


 そんな大國家についてインターネット掲示板の古武術に関するスレッドでは、都心部からこの地に移ってきたのは第二次大戦後の事で、GHQによる現代版の刀狩りを避けるためであるとの話を見つけていた。

 更に表の顔としては一子相伝で要人警護を秘密裏に行うと言う正業の反面、裏では分家に暗殺を家業とする生業の噂があるなどと言う、ふざけた書き込みも見受けられた。


 現在の当主は、大國 玄太郎。

 家族は妻のまい、長男の大悟だいご、次男のいつき、三男のつよし、そして末っ子で長女の詩乃しのの六人だ。


 次男の斎が今回の面談相手だが、松岡は三男である剛のプロファイルに気になるところを見つけていた。

 それは、剛が亡くなった西伊豆の老神主と同様にソード&マジックというVRオンラインRPGゲームからログアウトできなくなり、約半年後に解放されていると言う事だった。


 数多くのユーザーが巻き込まれた事件であるだけに、三男の剛が同じゲームに捕らわれていたという事は、偶然の一致に過ぎないだろうと松岡は考えている。

 しかし、同じゲームに捕らわれていたという事は、あの亡くなった老神主の事について何か知っているのでは無いだろうかと考えても、不思議では無い。


 アポを取った面談場所は駅前に良くあるコーヒーのチェーン店だが、いつもの癖でかなり早めに着いた松岡は大國家の道場がある場所へタクシーで行き、その前で少し車を停めるように運転手へと指示をする。

 そこは歴史の在る家らしく、立派な門構えの和風建築だった。


 ちょうど、家から引き戸を開けて、一人の男が出てくるところだった。

 その男は、おそらく斎以外に二人居る兄弟のどちらか、恐らくは二十歳前後に見える若い見た目から、三男の剛だろうと松岡は当たりをつけた。


 バッグの中身を探す振りをして下を向いた松岡がチラリと剛を覗き見た視線と、偶然なのか剛が訝しげにタクシーの車内を一瞥する視線が交差する。

 松岡は、慌ててその視線を避けるべく下を向いた。


「あ、運転手さん、行って下さい。 もう大丈夫です」


 松岡がタクシーの運転手にそう告げた時、彼の左側にある後部座席のサイドウィンドウがコツコツとノックされる。

 驚いて左を振り向くと、三男と思わしき若い男がタクシーのサイドウィンドウを隔てた外側に立っていた。


 運転手も、車を動かして良いのかどうかの判断が付かないのだろう、バックミラー越しに松岡の方を見ている。

 松岡は、運転手に断ってからサイドウィンドウを降ろした。


「あんた、うちに何か用事でもあるの? こそこそ覗いてたみたいだけど」


 開口一番に、その男はそう言って車内を覗き込む。

 たしかに、ちょっと面談前に自宅の様子を確認するだけのつもりだったから、身を隠す事など考えてもいなかったのは事実だった。


 まるで、松岡自身の拠り所でもある探偵としてのスキルが、あたかも半人前である事を指摘されたかのように感じて、彼は恥ずかしさを感じてしまう。

 そして、慌ててそれを打ち消すように、その男に問いかけた。


「君は、もしかして三男の剛くんかな? 私は今夜、次男の斎くんと駅前で面談の約束をしている私立探偵の松岡と言います。 ちょっと予定よりかなり早めに着いたもので時間が余ってしまって、古い道場だと聞いていた君の家をちょっと通りすがりに拝見させていただこうかなと、寄り道をしてもらったんですよ」


 半分は本当で、半分は嘘であった。

 探偵である事を馬鹿にされないようにと思う余り、この場で言わなくても良い自己紹介をしてしまったという悔いが胸を過ぎる。


 しかし、剛の事も知っているという事実を示す事で、暗に私立探偵としての自分を舐めるなよと言う警告の意味でもあった。

 この場合、松岡はプロとしての仕事のしやすさよりも、自己のプライドを選んだという事でもあった。


「なるほど、兄貴ならちょっと前に出かけたよ。 そうか、悪かったね、別の人達だと思ったものだから。 それで、何で斎兄貴に私立探偵さんなんかが…… 」


 松岡は、自ら言わなくても良い事を言ってしまった事を悔やみながらも、自分が連続失踪事件を追っている事と、斎の友人が最近失踪している事から何かヒントになる事を聞き出せないかと思っているとだけ、剛に告げた。

 どちらにしても魔物の事は斎にも話すつもりは無かったが、それでも事件のあらましは斎の口から目の前に居る剛にも入るだろうと判断をしての事だ。


「ふーん、このところ兄貴の奴、ちょっと様子がおかしいから、あんまり刺激しないでくれよ」


「おかしいって、最近何かあったのかな?」


 松岡は、人を喰らい、人に化ける魔物の事を念頭に置いて、そう訊ねてみた。

 すべての失踪者に共通するポイントは、ある時を境に失踪前の様子がいつもと違うという証言がある事だ。


 もしや…… と思って、しかし、あからさまに聞く事の出来る話でもないから、曖昧に聞いてみたのだった。

 もしかすると斎とアポを取った事はビンゴ!なのかもしれないと思い、身震いをする松岡だった。


 そして、それは下手をすると松岡自身が喰われかねないと言う事でもある。

 しかし、自分の実家はこの町よりも西にあるし、職場も同じだ。


 それに、まだ前の失踪者が発覚してから、二週間にはまだ余裕がある。

 たぶん大丈夫だろうという、どこまで根拠があるのか信憑性の薄い事実だけを信じて、松岡は口内に湧いた唾液をゴクリと飲み込む。


 今日の面談は心して掛かる必要があると、松岡はポケットに潜ませたハンドタオルに包んだ曲玉モドキを握り締めながら、そう思った。

 ログアウトできなくなったオンラインゲームの事を聞く事も出来ず、大國 剛とも別れてタクシーを走らせていると、突然運転手が嫌そうな口調でバックミラー越しに話しかけて来た。


「ねえ探偵さん。 面倒事に巻き込まれるのはゴメンなんで、この辺りで降りて貰えませんかね」


「ん、どういう事ですか?」


 さっきから、後をつけられてるんですよ。 最初は間違いかと思ったけど、ずっと同じ車が同じような間隔を保ってついてくるんですよ。 だから、降りてくれって言ってんの!」


 松岡が同意をする間もなく、タクシーはウィンカーを点滅させて路側帯に停車した。

 運転手は前を向いたまま振り向きもせず、ガチャリと後部座席左側の自動ドアだけが開く。


 後ろを振り返って見れば、一台の黒塗りのセダン型自動車が少し離れた位置で、同じように停車していた。

 少し距離があるせいか運転手の顔まではよく見えないが、尾行と呼ぶにはあまりに露骨過ぎる。


 それを見て、おそらく尾行というよりは何かの示威行動なのだろうと、松岡は判断した。

 いったい自分の行動の何がそれを呼び寄せてしまったのか、しばし考える。


 失踪事件を追っている事なのか、それとも曲玉モドキの秘密が外部に流れたのか、或いは先程立ち寄った大國家の黒い噂の関係なのか、まったく判断がつかない。

 まさか、大國家の裏家業が本当の事だったのかとも考えるが、それはいかにも荒唐無稽過ぎた。


 理由が解らないままタクシーを降りようとしたところ、しっかりと料金だけは請求された。

 自分で勝手に降りろと言っておいて、勝手な物だ。


 駅までは、まだここから距離がありそうだ。

 遠ざかって行くタクシーの後部を、松岡は茫然と立ちつくしながら見送った。

 その横に、スッと後ろに停まっていたはずの黒塗りセダンが停車する。


 スーッと音も無く後部座席の黒い窓が下がり、一人の男が顔を見せた。

 年の頃は恐らく松岡と同じ程度だろうか、若くても三十代半ば、歳を取っていてもせいぜい四十歳にはなっていなさそうだと、松岡は判断した。


「先程、大國 剛と何やら話をしていたようですが、何を話していたのか教えてもらえませんか?」


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