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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第七話:パンギャ 噛ませ犬
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04:電子回路

「デス・ゲーム、ですか?」


 松岡は、そう聞き返した。

 相手の言った言葉の、半分も彼には理解できていない。


 ゲームと言う物を殆どやらない松岡にしてみれば、まるで別の世界の言葉のように聞こえる。

 どうやら何度か説明を受けて判ったのは、ゲームの中で操っているキャラクターが死ぬと、操作をしている本人も何故か死んでしまうというゲームの事を言っているようだった。


「そう言えば二年前の事ですよね。 何とかって言うヴァーチャルリアリティを使った体感型ゲームで、戻って来れなくなった人達の事がニュースで話題になったのは」


「そうなんです。 叔父はそのソード&マジックとか言うVRゲームに閉じ込められて、最初期の頃に死んだんですよ」


 それは、あまりに松岡の想像を超える話だった。

 いま、それを松岡に告げている人物は六十才を優に超えている老人で、その叔父というのはどう考えたって八十才を超えているはずなのだ。


「何でも、脳の老化防止だと言って、何百万もするVRゲーム用の専用筐体を買って自宅でやっていたそうなんです。 選りに選って、そのデス・ゲームと化したVRゲームを」


「なるほど、確かに事件発生初期に、自宅でソード&マジックとか言うゲームをやっていた人達は、発見が遅れて死亡する例が多かったと記憶していますね」


 祠の管理をしていたという神社の神主を訪ねたところ、すでに神主は亡くなっていた。

 生涯独身だったという老神主と唯一交流があった遠縁の親戚を、ようやく探し当てて松岡は訪問したところだった。


 その神社は既に継ぐ者も無く、既に地域の共同体が管理する施設になっていた。

 個人の遺産と呼べる物が僅かにあったらしく、それを引き継いだのが目の前の人物だった。


 そこで、会話が途切れた。

 気不味い沈黙を避ける意味と場を繋ぐ意味もあって、磯で見かけた古い祠の事を松岡は訊ねてみた。


「ああ、あれは何でも遠い昔に、先祖が魔物を封印した場所だって言ってましたよ。 まあ、子供の頃は夏休みになるたびに遊びに行って何度も聞かされましたから、今でも覚えてますよ」


「魔物ですか…… 」


 何とも現実味の無い話しになったなと些か困惑しながらも、その昔話を松岡は訊ねてみた。

 もう、この町でホテルを予約しているのだから、夜になるまで時間を潰す必要もあっての質問だった事は、とても相手には言えない。


「ええ、何でも人に化けるのが上手な化け物で相手を油断させては人を喰らい、そして知能も高いらしく、喰らった人に化けてその知り合いを次々に喰らって行ったそうです。 たしか言い伝えでは、本体は不定形のドロドロした化け物らしいですよ。 中心核を破壊すると死滅するらしいんですけど、近づくと何でも解かして食べてしまうから殺す事もできなくて、強い術者だった先祖でも封印をするのが精一杯だったとか、そう言う話でした」


「喰らった相手に化ける…… ですか」


 荒唐無稽すぎる話だとは思いつつも、今までの行方不明事件との共通点が頭に浮かぶ。

 知能が高くて喰らった相手に化けるのなら、今までの失踪事件もそれで説明がついてしまうのだ。


 だが松岡の探偵としての意固地なプライドが、事件の解決をオカルトに縋る事を拒否していた。

 それではどうしてここまで来たのかと言われれば、それをオカルト抜きに説明は出来ないのだが、どうしても最後の一線でそれを拒否してしまう自分が居るのだ。


 しかし、そのオカルトめいた話抜きには、合理的な事件の説明ができないで居るのも事実だった。

 老神主がログアウトできなくなったゲーム中の事故で死亡し、封印をメンテナンスする者が居なくなり、その約半年後に最初の失踪事件が起きている。


 今日見た封印の祠は、何らかの理由で岩の破片が当たったのか、老朽化していた注連縄が切れて結界が解けたと見れば、その不定形の魔物が出てきて磯に来ていた泰三を喰らって彼自身に化けたという事になる。

 そして、その泰三を迎えに来た妻の涼花を喰らい、泰三の姿で家に戻る。


 翌日泰三の姿で家を出て行方不明となり、妻の涼花となって家に戻ったとすれば辻褄は合う。

 その後、妻の涼花は東にある観光地の実家に戻り、そこで里帰りをしていた友人を喰らう。


 その友人として東にある嫁ぎ先へと行き、そこで知人を喰らい化ける。

 そして、何故かその知人も東に住居があった事になる。


 つまり、その魔物は次々と人を喰らいながら東を目指していたと考えるのは、無理があるだろうか?

 そうしているうちに東から来た尾崎広佳と仕事で出会い、それを喰らって化けた。


 そして、尾崎広佳の家に戻り、妻の涼花を喰らったのではないだろうか?

 最初に連続して二人を喰らった後は、比較的に次の失踪まで間隔が空いている。


 そう、およそ二週間だ。

 そこに何らかの意味があるのかと考えて見るが、何も知らない松岡にそれを思い当たる訳が無い。


 ただ、漠然と人を一人喰らうと二週間くらいは腹が減らないのかもな、と思うのがせいぜいだ。

 最初は長い長い絶食で、とても腹が減っていたと考えれば、二人連続で喰らったという説明がつかない事も無い。


 オカルトに頼りたくないと思いながらも深く考え込む松岡を見て、相手の老人は何かを思い出したように立ち上がると、奥の部屋から何かを持ち出して来た。

 そして、その小箱を開けると松岡に差し出した。


「いかにも眉唾な話だが、こんな物を叔父は大切にしていた事を思い出して、数少ない遺品の中から持って来ました」


「これは、曲玉ですか?」


 それは、曲玉と呼ばれる受精間もない胎児をモチーフにしたような、古い宝玉に似ていた。

 許可を得て手に取り、窓から差し込む光に透かしてみると、ホログラムのようなキラキラとした角度によって色の変化する層が見える。


「なんでも、魔物の魔力を吸い取って封印するための宝具らしいですよ。 まあ、魔力って何だよって話しになっちゃいますけどね。 お宝買い取りショップで見て貰ったら、価値があるのかどうかも判らないガラクタのようです。 既存の宝石に該当する素材の物では無いと断言されましたから」


「これ、お借り出来ませんか? 学生時代の同期に鉱物の研究をやってる奴が居るんですよ」


 松岡は、そう言って曲玉を借り出した。

 相手の老人も、あわよくば無料で素材鑑定が出来るかもと思ったようだ。


 半ば、価値の無い物だと言われていただけに、ダメ元な気持ちもあるのだろう。

 松岡は、さっそく翌日になるのを待って、ボート部時代の友人である石川が准教授として勤務している大学の研究室を訪ねた。


「なんだ、まだ探偵なんてことやってんのか? 中富先輩に、良いように使われてるんじゃないだろうな」


「いや、色々仕事で便宜を図ってもらってるからな、嘘でもそんな事は言えないさ」


「ははは、冗談だよ。 で、今日は見せたい物があるって言う話だけど、何を持って来たんだ? 俺の専門は鉱物学だから、ネズミ講モドキの商品なんて持って来たら絶交だぞ」


「いや、これを見てくれ」


 本気では無い事の判っている石川の戯れ言を軽くあしらって、松岡は曲玉を見せる。

 書籍や書類で乱雑になっているデスクの上に乗せたそれを、右の指先でスッと押して相手の胸元へ寄せた。


「曲玉か、こんなもの珍しくも無いだろう…… ん? 翡翠じゃないみたいだな、これは透明度が高いな、いったい何だ?」


 友人の石川は、その曲玉モドキを日の光に透かして見て、松岡と同じようなホログラムにも似た煌めきを見つけたようだった。

 見る間に真剣な表情になった石川は、調べてみるから曲玉に似た石を自分に預けるように言う。


 始めからそのつもりだった松岡は、それを預けて石川の連絡を待つことになった。

 そして、予想外に早い三日後に石川から連絡が来た。


「お前、こんな物を何処で手に入れたんだ? と言うか、これは何なんだ!」


 そう訊ねる石川の表情は、妙に不機嫌に見えた。

 かと言って怒っている風にも見えないが、不機嫌そうに眉をしかめているのは確かだ。


 それは石川が真面目になったときの顔だという事を、松岡は思い出していた。

 普段は冗談ばかり言って、他人の前で真面目な自分を見せる事を極力避けるタイプだった石川がこんな顔を見せるのは、学生時代に一度あったきりと言って良かった。


「これがどうかしたのか? 神主が死んで潰れそうな神社の遺品らしいぞ。 たまたま鑑定を依頼されただけなんだが…… 」


 松岡も本当のことを言わずに、多少のフェイクを混ぜて依頼された経緯を話した。

 現役の科学者相手にオカルトじみた事を真面目に語るほど、松岡も馬鹿では無い。


「門外漢のお前に専門的な事を言っても理解出来ないだろうから、これを見ろ」


 石川は、松岡にPCの液晶モニターを向けて、その画面を見るように促した。

 その画面には、何やら不思議な模様を斜め横から撮影したような画像が表示されている。


「何だよ。 怖い顔をして『これを見ろ』とか言うから、何かと思えば、魔法陣か? 何の悪ふざけだよ。 俺は真面目に、アレの調査をお前に頼んだんだぞ」


 いつもの石川の冗談が始まったとは思いつつも、半ば期待をしていただけに、お約束通りの返しが出来ず真面目に返してしまった。

 どうみたって、子供向けのファンタジー映画やマンガで見た事のある、魔法陣の図形にそれは似ている。


 松岡は、不機嫌さを隠そうともせずに、石川の顔を睨んだ。

 ここで、いつもの予定調和に収束するのならば、石川が笑いながら松岡に謝るところだだ。


 しかし今日の石川は、真面目な顔を少しも崩さずジッと松岡を見ていた。

 松岡も、その様子がいつもと違う事に、ようやく気付いた。


「まさか、本当に魔法陣とか言うんじゃ無いだろうな? 俺はあの石の鑑定を頼んだはずだぞ」


「その石の顕微鏡画像なんだよ、これは。 そして、これを電子顕微鏡で更に拡大した物が、これだ!」


 そこには、どこかでみたパソコンのマザーボードに描かれているプリント基板の配線のような幾何学的な図形が粗い画像で描かれていた。

 どこをどう見ても、あの曲玉に似た石にこんな図形が描かれていたなどとは、信じられる訳が無い。


「これが拡大3D画像だ」


 次に画面が切り替わると、曲玉に似た形に変形した魔法陣のような図形が何層にも渡って立体的に接合されている事が判る3Dモデルが表示されていた。

 そこから再び電子顕微鏡の画像に切り替わり、一つの線にしか見えない部分が更に拡大されて表示される。


 そこには、更に微細な電子回路のプリントパターンのような図形が見えた。

 そこから更に拡大して行くと、その配線の一本が更に複数の回路を形成しているのが見える。


「これは、原子レベルの超微細電子回路だとしか思えない。 それが千二十四層にも渡って刻まれているんだ。 しかも、この石の組成は俺にも判別不能な化合物だとしか、現時点では言えない程に、未知の物質だよ」


「マジか…… 」


「正直言って、宇宙人が落としていったって言ってくれた方が、まだ信用する気になるくらいの謎の石だ。 少なくとも、現在のテクノロジーでこれを作る事は不可能だ」


 石川が言うには、これは全ての層が合わさって一つの複雑な電子回路のような物を形成しているのだろうと、そういう結論だった。

 ようやく松岡は、目の前の石川がいつもの冗談を言っているのでは無い事に、ようやく気付いた。


「で、これは何の電子回路なんだ? そもそも、電源とか何処にも無いだろ」


 松岡は、石川が電子回路については門外漢である事を忘れて、そう問いかけた。

 石川は松岡に向かって、小さく頭を下げる。


「これ以上の事は門外漢の俺では役に立ちそうも無いから、これは京都の大塚研究室に持っていった方が良いだろう。 俺からも連絡をしておくよ」


 大塚とは、同じく大学の同期で電子工学を専攻していた男の名前だった。

 今は京都市内にある国立の研究機関に入って、一つの研究室を任されている程の男だ。


 石川から返された曲玉に似た石をバッグに入れて、松岡は石川の研究室がある大学を後にした。

 いますぐ京都に向かいたいところだが、今日のところは一旦家に戻る事にして、駅へと向かう。


 明日は、東京で人と会う予定があるのだ。

 その人物の名は、大國おおくに いつき。 割と古い歴史のある古武術道場の次男であった。


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