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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第七話:パンギャ 噛ませ犬
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03:点と線

 松岡が訊ねた時に、依頼主である尾崎涼花は既に自宅を引き払った後であった。

 近所の噂を聞く限りでは、逃げるように家を引き払っていたと言う話だ。


 何も知らない松岡は、依頼者の自宅を初めて訪ねた時に生活感の無さを漠然とだが感じていた。

 しかし、まさか転居しているとは予想外だ。


 何度も呼び鈴を鳴らしてドアの外で待つ彼を見て、近所の人が不審に思っても不思議では無いだろう。

 それを見咎めた近所の主婦に声を掛けられて、家から生活感を感じなかった理由を理解した。


 そもそも家の周りが奇麗に片付いていて、窓にはカーテンすら閉まっていなかったのだ。

 家は、売りに出ているという事だった。


 松岡がそれを知ったのは、二人を目撃してから四日目の午後三時を少し回った頃である。

 近所の主婦の話では、依頼主は夫が行方不明である事を警察に告げると、その翌日には荷造りを済ませて逃げるように家を出て行ったと言う。


 近所では、夫婦仲が良くなかったことや、夫の愚痴をしきりにこぼす依頼主の様子から、夫を殺してどこかに遺棄したのでは無いかという、根も葉もない噂まで立っていた。

 つまりは、近隣への義理を欠くほどに急いで家を引き払ったという事のようだった。


 お金の掛かるコネを使って警察から情報を得てみると、関東にある実家に戻っているらしかった。

 居所が明確で有る事と、事情聴取には素直に従っている事、そして失踪当日に家を出て行く夫の姿を近所の主婦が目撃している事や、他の客観的事実などから事件性は薄いと判断されたようで、依頼者が疑われているという線は無かった。


 客観的事実と言うのは、失踪当日の出勤時間帯に、駅前の商店街と駅に設置された防犯カメラの映像に大きなバッグを持った夫の姿が映っていた事から、自分の意思による失踪であると判断をされたようだった。

 松岡の脳裏に、失踪前日の夜に目撃した二人の姿が浮かぶ。


 夫婦仲が元に戻ったのであれば、夫側が翌日に失踪をする理由は考えられない。

 あるいはその夜に、夫が失踪するに値するような何かが二人の間にあったのか?


 松岡は依頼主から申告されていた情報から、夫の通話記録と位置情報を取得してみた。

 コストは持ち出しになるが、前払いで貰ってある分の事を考えなくとも、ここからは松岡個人のプライドの問題になるだけに、既に金の問題では無くなっていた。


 このまま引いてしまえば、自分のした仕事は意味の無い事になってしまう。

 ましてや、お金が儲かれば仕事の結果はどうでも良いという事実を、自分でも認めてしまう事になりかねない。


 この仕事をしている自分に対する言い訳としても、対外的な理由からも、一つの決着を着けなければ終われないと松岡は思った。

 簡単に言えば、仕事に対するプライドの問題だ。


 警察にも提出済みだという通話履歴は、あの日松岡が尾崎広佳と妻の涼花を視認した日が最後となっていた。

 周辺にある各基地局へのアクセス記録から凡その位置を算出してもらった図を、事務所で苦いエスプレッソに少量の砂糖を入れて啜りながら眺める。


 尾崎広佳の携帯端末は、周辺三カ所の基地局と同時期に接続をしていた。

 つまり、その基地局のカバーする範囲が重なるエリアに、尾崎広佳の携帯端末が有ったという事でもあるのだ。


 そのエリアは、あの日松岡が調査を取り止めた、尾崎広佳と妻の涼花が待ち合わせをして夜の町に消えた方角に相当していた。

 そして、それ以降のアクセス履歴が存在していないという事は、あの日の夜に尾崎広佳の携帯端末はスイッチが切られたか壊されたという事になる。


 妻の涼花は後日近所の人に目撃をされているから、あの場から家に戻ってきて居る事になる。

 それが一人だったのか二人だったのか、それは不明であるけれど、翌朝の尾崎広佳が監視カメラに写っていた事を考えるれば、二人で戻ってきたと考えるのが自然だろう。


 松岡は更にGPSの位置情報を闇で取得する事にした。

 バッテリーの消耗を気にして普段はGPSをオンにしていない人は多いが、幸いにも尾崎広佳はオンにしていた。


 彼の使用していたのが最新機種で、バッテリー容量が大きいという事が、この場合は松岡にとって幸いした。

 過去一ヶ月分のGPS情報を大枚はたいて購入した理由は、尾崎が浮気をしていたと仮定した場合、その相手の処に居るのではと考えたのだ。


 ここ最近は動きが無かったが、過去一ヶ月の動きを追ってみれば何か掴めるかも知れないと考えたのだ。

 尾崎が何らかの隠し事をしている事は、依頼者からの申告を聞く限りでは、あり得ることだった。


 ボーッと東の方向を眺め、時折空気の匂いを嗅ぐような仕草を見せながら、ぼんやりと時間を潰している尾崎の姿が脳裏に浮かぶ。

 それが浮気であるのか、それとも別の何かであるのかは判らないが、何かを悩んでいるのか考えていた事は、恐らく間違いが無いだろう。


 それが何なのかを知る事が、失踪の謎を解く鍵であると松岡の直感が告げていた。

 そしてGPSの位置情報から、松岡が依頼を受ける二週間前に尾崎が地元から離れた場所に移動していた事を掴んだ。


 会社と家の往復だけだった男が、平日に三日間だけ地元を離れているのだ。

 そこは、松岡が想定していた東の方角では無く逆に西の方角にある地方都市だった。


 松岡は、事務所のアルバイトで雇っている事務の女の子に電話を掛けさせた。

 相手は、もちろんセキュリティ意識の低い、尾崎勤めていた会社だ。


 案の定、電話に出た事務員は妹だと言う事務員の女の子の言葉を信じて、その日の尾崎が出張で、その都市に取引先と商談の為に出かけていた事をペラペラと話した。

 その都市の事を、ざっとネットで検索して調べてみる。


 ありきたりな地方都市だったが、検索上位に上がってきたのは、連続失踪事件の事だった。

 尾崎が出張中の三日間にも、一人がその都市で行方不明となっていた。


 何気に、その行方不明事件のリンクをクリックしてみる。

 ネットで検索をしている時に気になるワードをついクリックしてしまい、いつの間にか全く関係無い事柄を追いかけてしまうことは、松岡にとって良く有る事だった。


 その日も、何度か色々な場面で目にしていて気になった連続失踪事件というワードに、寄り道をしてしまったという訳だ。

 しかし偶然にも、その人物は尾崎が商談で会う事になっていた会社の社員だった。


 その男は失踪する当日、つまり尾崎と商談を済ませた翌日の朝に家へ戻って来ている事を警察によって確認されているが、その後すぐに家を出てから行方不明となっていた。

 行方不明となった当日に、尾崎は早朝の散歩から戻ってビジネスホテルを引き払って家に戻っていた。


 商談は上手く行ったと見えて、尾崎に相手を殺すような動機は無い。

 ホテルを散歩と称して尾崎が出かけた時間帯と、失踪した相手が家に戻って再び外出した時間帯が重なっているが、動機が無い事が理由となって尾崎は事情聴取を一度受けただけだった。


 ちょうど依頼者が弁護士の中富に対して、夫の様子がおかしくなったと感じた日にちと、夫の尾崎が出張から戻ってきた時期が一致していた。

 偶然の一致と言えば偶然の一致に過ぎないが、松岡には何か気になる物があった。


 松岡は、その地方都市へと向かう事にした。

 急がば回れでは無いが、連続失踪事件に尾崎の失踪と繋がる何か気になる物を感じたのだ。



 松岡は、とある伊豆の西海岸にある、あまり人の来ないであろう磯の岩場に立っていた。

 ここに至るには色々な経緯があったが、要約すれば連続した失踪事件の当事者たちがそれぞれ接触したであろうと思わせる事実があったのだ。


 それを逆に追いかけていったら、ここに辿り着いたという訳だ。

 ここは、最初の行方不明者である半農半漁の吉野泰三という人物が最後に目撃された場所だった。


 いや、目撃されたというのは正確ではない。

 ここに出かけたという事を、行方不明者の妻を始めとした複数の人間が証言しているのだ。


 そして、そこから家に戻った泰三が目撃されているのも、今までの行方不明事件と同じだった。

 泰三は家に戻り、そこから再び家を出るところを目撃され、そのまま行方不明となっている


 更に第二の行方不明者は、泰三の妻である美波であった。

 美波は、泰三を迎えにこの海岸に行く処を目撃されているが、泰三は一人で戻ってきた事になっている。


 妻の美波は泰三が行方不明となった数日後に、実家へと戻っていた。

 美波の実家は、ここから東にある観光地だった。


 そして、そこでも失踪事件が起きていた。

 そう、美波自身が行方不明をなっているのだ。


 そして、美波の友人である女性が嫁ぎ先である東の方向にある町で、同様に行方不明となっていた。

 ちょうど、その友人は美波が実家に戻った時期に、里帰りをしていた事も判っている。


 そして、その夫が次に行方不明となった。

 妻が失踪してから、ちょうど二週間後に東の方向にある夫の実家に戻って数日後に行方不明となっているのだ。


 不可解な連続行方不明事件は、松岡が立っている磯がある小さな町を起点として、徐々に東の方向へと移動してる。

 松岡はその事実を知って、起点となっている小さな町へとやって来ていたのだ


 すでに、依頼者の夫の失踪とは関係ないかもしれないが、糸を手繰ると此処に辿り着く。

 ここに、事件の糸口となる何かがあるような気がして、ならないのだ。


 松岡は崩れかけた狭い斜面に設けられた細い道を下って、ここまでやって来ていた。

 大きな岩場だらけの海岸は、磯と呼ぶのが相応しい。


 地元の人の話では、若者が減り老人が増えた結果として、年に数日しかない岩海苔と貝類の禁漁が解ける日くらいしか足場の悪い磯場には滅多に人が入らないという話で、高い崖から磯場へ下ってくる狭い通路も所々が崩れかけていた。

 そして、松岡は一つの奇妙な岩の前に立っていた。


 その岩は、高熱で不自然に溶けたような崩れ方をしていた。

 周囲に溶岩のような岩は無く、火山性の熱で溶け崩れた岩には見えない。


 それも全体が熱に晒されて一様に溶けている訳では無く、一部分だけが溶け崩れているのだった。

 しかも、その溶け崩れた部分だけは超高熱に晒されたのか、部分的に蒸散したように上部に穴が空き、そこからドロドロに溶けた岩が吹きこぼれたように幾筋も垂れていた。


 良く見れば、他にも角が丸くなっていない岩の破片が散らばっている。

 何かが爆発したような散らばり方をした岩も、遠くに見えた。


 ここで、一体何が起きたと言うのだろう?

 しかも、破片として散らばっている岩の角が鋭角な事を考えると、そう昔の話では無さそうだ。


 松岡は、近くにある崖の側で朽ちた一つの小さな祠を見つけた。

 破片が当たったのか、風化しかけた注連縄が途中で切れていて、茶色く変色した御幣が地面に散らばっている。


 松岡は、一旦町に戻りその祠の事を古老にでも訊ねてみることにして、その場を後にした。

 いったい、あの磯場で何が起きたのか?


 松岡の中で、疑問は増して行く。

 松岡の知識の中に岩を部分的に溶かすほどの熱量を放出する武器や道具の類いに関する物は存在しておらず、想像すらつかない。


「まるで、おとぎ話に出てくる火炎の魔法でも上から落としたみたいだな」


 去り際に、松岡はそう呟いた。


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