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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第七話:パンギャ 噛ませ犬
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01:噛ませ犬

つよし! 手を抜かず、教えた通りに動け!」


 師範でもあり父親でもある玄太郎の声が聞こえた。

 その意味するところは、そう、決して勝ってはならぬと言う事に尽きる。


 その上で、相手には手を抜いていると見抜かれぬようにギリギリの加減が要求される、高度な指示だ。

 剛にとって、それはもう聞き慣れた言葉であり、同時にやり慣れた行為でもあった。


 予備動作無しで鋭く眼前に突き出される長兄の拳を、ギリギリで躱して僅かに身を捻ると、左の頬を僅かに掠めて長兄の突きが高速で通り過ぎた。

 その手首を左手掴み、同時に右手で相手の右肘を極めるように抑えて自らの体を捻るように沈める。


 自分の肘関節が伸びきらないように右肘を内側に捩り込むように引いて、相手は剛に体を預けてきた。

 咄嗟に首を後ろに倒して、相手が空中で放ってきた蹴り足を躱す。


 ここまでは、剛の想定内だ。

 なにしろ、敢えて肘関節を極めるタイミングをズラして相手が避けられるようにして、空中からの蹴りを誘ったのだから。


 剛は、頭を狙う左の蹴りの後に、恐らく胴を狙って右の蹴りが突き気味に来る事を予想していた。

 相手は、まだ空中に体が浮いている。


 その前に、相手から距離を取るべく掴んでいた右手を離して後方へと飛ぼうとした時に、離した自分の左手首を先程まで自分が掴んでいた相手の右手が、掴んでいた。

 既に床を蹴って後ろに体重を移動していただけに、右手を引かれてバランスを崩しかける、そんな風に傍からは見えているはずだ。


 掴まれている左手首の拘束を切るために、相手の親指と反対方向へ体ごと回転した。

 回転しながら、頭を下にした位置で刈るような蹴りを相手に放つ。


 蹴りを避けるために、相手の拘束が緩んだ。

 そのまま続けて二の蹴りで牽制しつつ、反動を利用して足から着地すると同時に相手と距離を取る。


 しかし予想した通りに、相手は剛が体勢を作る前に攻撃を仕掛けてきた。

 三連の高速突きに続けて身を寄せてくる長兄の膝蹴りを、拳を避けた時に崩したバランスのせいで避けきれない風を装って、後ろに飛ぶ事でインパクトポイントをズラしながらも、まともに受けて見せる。


 デスゲームと化した、あのVRオンラインRPGから解放されて以来、長兄の攻撃など避けようと思えば難なく避ける事が容易な範疇にあった。

 しかし、ゲームの世界の中ではエクソーダスというパーティを率いてパンギャと名乗っていた強者である剛にとって、現実世界の中では長兄に勝つ事は許されていない。


 後ろに飛んで膝蹴りの衝撃を逃がした剛に、長兄の大悟が素早い歩法で瞬時に追い付く。

 腰を落とした姿勢から、ちょこんと当てるように拳を剛の腹に当てた。


 来る! そう判断して剛はギリギリ避ける動作を見せつつも、次に来る衝撃に対して身構える。

 着地したタイミングを狙われて、そこから更に後ろに飛ぶには長兄の攻撃が速過ぎたように、傍からは見えているはずだ。


 だが、その実体は異なる。

 ゲームに閉じ込められて以来身についたパッシブスキルである『見切り』が発動している以上、生身の人が放つ攻撃で避けられないものなど在りはしない。


 軽く拳を当てられたはずの腹部から、爆発的に広がる衝撃波が剛の体を貫き背中へ抜ける。

 無理矢理押し出されたような息をわざと漏らし、ガクリと床に膝を突いて見せる。


「剛兄ちゃん!」


 妹の詩乃が、立ち上がって剛の元へ駆け寄ろうとするのを、次兄のいつきと父親の玄太郎が制止する。

 詩乃に向かって小さく首を振り、剛は大丈夫だと合図を送った。


 既に、『見切り』と『超再生』によって、生身である長兄の攻撃などダメージの一つも残らない。

 パッシブスキルとは、自分の意思と無関係に自動発動するスキルの事だ。


「大悟、まだ甘いぞ! 放つ練気が足りぬから、剛がまだ動けておる」


「はい! 申し訳ありません。 こいつが、ちょこまかと逃げるもので…… 」


「爆裂浸透波は、人知れず静かに敵を倒す技であり、衆人環視の中で要人警護の最中、密かに敵を倒す技だ。 本来の威力は腹に手を当てれば衝撃が背中に抜けて皮膚と肉が爆ぜる事も可能な技であるのだぞ。 攻防のさなかで威力が減じる程度の練度では、まだまだ足りぬ。 そんな事では、わしの代わりに政府の要人警護など、まだまだ出来ぬと知れ。 今日は、ここまでだ!」


 長兄の大悟は、憎々しげに三男の剛を睨みつけながら、父親に向かって頭を下げる。

 そして、大悟は道場の正面に祀られた神棚に向かって一礼すると、剛に一瞥もくれず出て行った。


「剛 判っているだろうな? 大國おおくににおいては、代々長兄が絶対であり、次男以下はそれを陰で支えるのが役目。 次兄のいつきは、お前と違ってそれを良くわきまえておる。 お前に誰よりも才がある事は判っているが、生まれた順番だけはどうにも出来ぬ。 大國家と大悟のために死ぬ覚悟を努々《ゆめゆめ》忘れるでないぞ!」


 そう言い放つと、剛の父親である玄太郎も道場を後にした。

 次兄の斎もチラリと剛を一瞥してから、その後を追う。


「剛兄ちゃん、大丈夫?」


 三人が出て行ったことを確認して、妹の詩乃が駆け寄ってきた。

 首の後ろで一本に束ねた長い黒髪が、駆け寄る動作につられて踊るように、白い道着の後ろから垣間見える。


「ああ、いつもの事だ。 心配無い」


 そう言って、剛は何事も無かったかのように立ち上がった。

 もう既に『超回復』スキルによって、受けたダメージからは完全に回復している。


「なんか剛兄ぃって、退院してからの方がタフになったよね。 前は、アレを喰らうとしばらく動けなかったもの」


 感心しているのか、それとも呆れているのか判らないが、詩乃は剛にダメージが残っていないことを知って安心したようだった。

 剛が立ち上がれば詩乃は剛の顎くらいの身長で、百六十センチあるかないかと言った処だろう。


 今年で十七歳になる、剛の可愛い妹だ。

 詩乃は、剛のために憤慨してくれているけれど、彼女はまだ知らない。


 それは剛が四歳の時、長兄の大悟が七歳になった祝いの席での事だ。

 呼びつけられた次兄の斎と剛は、父親から告げられた。


 大國家は長男が一切の財産と権限を継ぎ、お前たちには何も残されないし、引き継ぐ権利も無い事、そして次兄は長兄の陰となりサポートする事が役割で有る事。

 三男である剛は余計者であり、次兄も剛も兄が無事育つまでのスペアに過ぎない事を告げられた。


 まだ深く意味を理解出来なかった剛は、後にそれが俗に長男教と揶揄されるような旧家によくある話だと知った。

 大國家は代々国家の重要人物の警護を生業とする家系であり、その歴史は平安時代以前からと古い。


 家業でもある武術は門外不出であり、一子相伝のため長男以外には、秘伝の類いは伝えられず、次兄は暗殺に役立つ裏の技のみを習得することになる。

 三男である剛には長男の生きた練習台としての役割があり、一般の門下生と同じ技しか伝えられず、ずっとそれだけを繰り返し練習してきた。


 今日の手合わせも、剛の役割は長兄に秘伝技を習得させるために必要な噛ませ犬としての立場を求められての事だ。

 父親の言った『教えた通りに動け』とは、反撃をせず攻撃を素直に喰らえという意味に過ぎない。


 恐らく、長兄と同じく絶対権力者である長男として育った父親には、交換部品に過ぎない三男である剛の事など、死んでも構わないと思っているのかもしれなかった。

 自分の存在を認められず価値を見いだせないで育った剛にとって、両親や兄は反面教師であり同時に逆らえない存在でもあった。


 家から出て独立するために大学へと進学する事を許されたのは、家業を継ぐ必要もなく自力で生きて行く事が求められての事であり、加えて両親に対する妹の詩乃の嘆願があったからだ。

 しかし、気分転換に始めたVRオンラインRPGの中に拉致されて閉じ込められるという事件の影響で大学は一時休学となり、退院した時にはアパートは解約されていて、仕方なく家に戻ってきたのだった。


 長兄を守り、大國家を守り、家と長兄のために死ぬのが次男以下に生まれた者の定めとは、父親の言葉だった。

 半ば洗脳に近い形で子供の頃から言い聞かされてきただけに、理屈では間違っている考えだと判っては居るけれど、家に居ればそれに従うしかない自分が居るのも事実である。


「廃人くんたちは、無事に異世界へ転移できたのかなあ…… 」


 一人、母屋とは廊下を隔てた離れにある道場に隣接した門下生用の食堂で、遅めの朝食を摂りながら、そんな事を考えていた。

 廃人くんとは、ゲームの中で知り合った少年であり、ネトゲ廃人さながらに接近戦闘職以外のゲーム内職業を殆どすべて最高レベルまで育て上げた人物であった。


 いったい、どれだけの時間と労力を一つのゲームに費やしたのかと感心する反面、そうせざるを得なかった彼の家庭環境というものに同情もしていた。

 お互いに立場は違えど、現実世界で満たされないものをネットワークゲームというデータの集合体に求めていたという点では、想いが共通しているし理解も出来る。


 多かれ少なかれ、エクソーダスに集った仲間は皆同じような心の闇を抱えていた事に、違いは無い。

 剛にとって、廃人くんが行こうとした異世界というものに、正直興味があった。


 この閉塞した世界を抜け出して、異世界で人生をリセットしたいという気持ちを引き止めたものは妹の詩乃の存在であり、同時に憎みつつも捨てきれない家族という関係だった。

 何気なく、テーブルの上にあるテレビのリモコンを手に取り、スイッチをオンにする。


 たまたま映った民放のワイドショーでは、最近続いている連続失踪事件の話題を取り上げていた。


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