幻想夜話: ぼっち飯
大学の学食で、柊也は昼飯を食べていた。
来春までは休学中だから特に学校に来る意味も無いのだが、アルバイトで生活費を賄っている柊也にとって、ワンコインでお釣りの返ってくる学食の安い定食は捨てがたい魅力がある。
今日も、柊也は1人でアジフライ定食を黙々と食べていた。
少し時間をズラしているから、学食に学生の姿は多くない。
柊也の座っている長テーブルは、4つで1つのブロックを形作っていた。
そして、そのブロックに座っているのは柊也1人だけである。
俗に言う、ぼっち飯という奴だ。
他のブロックでは、中の良さそうな友達同士や恋人同士らしいグループが集まって楽しそうに食事をしていた。
とは言え柊也は、ぼっち飯自体を気にしている訳ではない。
元々人付き合いは苦手だし、その結果として友人も居ない。
だから、あえてコミュニケーションを取ろうと考えるのも面倒なだけで、他意は無い。
誰かに遠慮したり引け目を感じたりもしていないから、こそこそと便所飯に逃げる必要も無いだけなのだ。
ただ、どうしても1人で食事を摂っていると、ゆっくりと食事の時間を楽しむという気にはならない。
それだけに、食事と言うよりも栄養補給の餌に近いんじゃないかという、そんな気持ちが無いわけでも無かった。
必然的に黙々と食べるから、柊也の食事の時間は短い。
人の気配がして目をやると、コトリと柊也の隣に定食のお盆が2つ置かれた。
これだけ席が空いているというのに物好きな奴がいるもんだと、チラリと隣の定食に目をやる。
トマトソースのパスタに、小さなサラダと紅茶が乗っていた。
そのまた隣はミックスフライ定食と、味噌汁の代わりに肉うどん小を付けて、ご飯は超大盛りだ。
どう見ても、隣は男と女のカップル飯だ。
柊也は、隣に判らないように小さく溜息を吐いた。
何を好き好んで、ぼっち飯の真横にカップルが座ろうと言うのだろう。
ぼっち飯に当てつけて喜んでいる、性格の悪い者同士のカップルなんだろうと見当を付けて、柊也はさっさと昼食を片付ける事に気持ちを切り替えた。
さっさと喰って、さっさと学食を出れば良いだけの話だ。
ガブリと大口を開けてアジフライを口に入れたところで、隣から声を掛けられた。
「早食いは体に悪いんですよ、柊也さん」
「まことに、食事は楽しんでこそ身になると言うものだな」
聞き覚えのある声に驚いて、隣を振り向く。
そこには、品の良い薄緑のレイヤードワンピに薄くほんのりローズピンクがかったカーディガン、そして首の周りにダボッとドレープのついた薄いベージュのショールに身を包んだ結衣姫がいた。
その隣でエビフライにフォークを突き刺しているのは、ラフなストーンウォッシュのジーパンにライトダウンのジャケットを羽織った、ちょっと無理目な若作りをしたアサジだった。
「ちょっ! お前ら、何だってここに!」
思わず、柊也の口から大きな声が出た。
一斉に周囲の視線を浴びて肩をすくめ、小声で結衣姫とアサジの方に話しかける。
「何やってんだよ、お前ら。 つか、アサジの爺さん若作りし過ぎだぜ」
「あら、わたくしのファッションには何も言って下さらないのかしら? これでもネットで色々調べたんですのよ」
「何処の九尾の狐がネットで調べ物とかするんだよ。 有り得ないだろ」
「あら、今時はネットくらい使えて当たり前ですのに」
「いやいや、だって、お前が居なくなったら結界はどうなんだよ。 結界が無いと、またまた妖怪大集合になっちまうだろ」
「それは、もう心配ありません。 わたくし引退しましたの」
「引退って、どういう事だ?」
「姫様は柊也殿に逢いたくて、里の主の座を姪のキサラギ様に譲られたのですぞ、柊也殿」
「柊也殿とか言われてもだな、学生じゃ無いお前らがここに来て良いわけないだろ」
「うふふふ、それなら抜かりはありませんわ。 わたくしここの学生ですもの」
そう言って結衣姫がショルダーバッグから取り出して見せた学生証は、どう見ても本物だった。
氏名、姫川結衣、生年月日……
「お前、いくつ鯖読んでんだよ。 1200年ほど年号を改ざんしてるだろ。 つか、これどうやったんだよ」
「姫様のお力があれば、このようなもの、データベースにアクセスしてちょいちょいでござるよ」
「アサジ!お前いつから、ござる言葉になったんだっての。 それより不正アクセスじゃねーかよ。やっぱり偽物じゃねーか!」
「まあまあ柊也さん、興奮なさっては体に毒ですわよ」
「これが興奮せずに居られるか! そもそもだなぁ…… 」
いつの間にか、ヒソヒソ声で話していたつもりが、大声になってしまう柊也。
再び周囲の視線を集めてしまう。
「柊也さん、食事中に興奮すると消化に悪いんですのよ。 はい、あーんなすって」
トマトソースのパスタをクルリとフォークで丸めて、柊也の口元へ持って行く結衣姫。
それはもう、満面の笑顔である。
黙って、それを口に入れる柊也。
満足そうな結衣姫の隣で、美味そうにタルタルソースをたっぷりつけたイカフライに齧りついているアサジも、満面の笑顔であった。
「はい、柊也さん。 もうひと口いかが?」




