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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第六話:ハイド 幻想夜話
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幻想夜話: 最終ステージ

 ビリビリと震える室内の空気に、状況が把握出来ずに思わずたじろぐ化け物たち。


 赤黒い色に変色した鎧の戦士は、手近に居たヘルハウンドに似た黒犬の化け物の後ろ足を無造作に掴むと、軽々と振り回し床に激しく叩きつける。

 ギャン!という断末魔の悲鳴を聞いて、その大きな黒犬が絶命した事を誰もが悟った。


 それは、ただの無造作な1撃でしかないが、勝ちを確信している敵に与えるインパクトは充分だ。


 絶命した黒犬の足を持ったまま軽々と振り上げて、手近なバフォメットのような化け物の頭に強烈に叩きつける。

 グシャリと言う擬音が聞こえるくらいの衝撃で、床に崩れ落ちるバフォメットのような化け物。


 怯えて後ずさる化け物たちとの間を一瞬で詰めて、赤黒い鎧の戦士は手甲越しに拳を思い切り叩きつけた。

 ボン!と音が聞こえたかと錯覚するほどの衝撃で、頭を吹っ飛ばされ床に崩落ちる化け物が、鈍い音を立る。


『サモン・バスタードソード!』


 赤黒い鎧の戦士が短くそう唱えると、一瞬で手の中に先ほど手放した大剣が握られていた。

 握られた大剣の刀身が、瞬く間に赤黒く変わる。

 それを見て、更に後ずさる化け物たちの集団。


 ブン!と大剣が振られると、先ほど迄はスキルを使わなければ固い鱗を断ち切る事も難しかったはずなのに、いとも簡単に化け物の胴体を断ちきって分断する。

 その後も動きを止めずに、暗赤色に変色した全身鎧に覆われた戦士は激しく暴力の限りを尽くして暴れまくった。


 数分後、全ての化け物は黒い肉塊に変わっていた。

 そのままラスボスのゾルバに向かって迫る、赤黒い鎧に身を包んだ戦士。


 柊也は、狂戦士モードに入っていた。

 目の前を埋め尽くす敵の化け物集団を前にして、魔力の枯渇した柊也の取れる手段はこれしか無かったと言える。


 ヒットポイントが残り10%を切ったときに自動的に発動する狂戦士モード『オートバーサク』は、攻撃力が10倍となる代わりに、肉体の持つ防御力は10分の1になり、すべてのスキルが使えなくなる、危険と隣り合わせのスキルである。

 オートは自動、バーサクは怒り狂うと言う英語を意味し、その発動に残りの魔力量は関係しない。


 1発か、あるいは2発でも敵の攻撃を食らって残りのヒットポイントを失えば、即死が免れない。

 しかし、その代わりに強大な攻撃力を得る事が出来るのだ。


「ガアァァァァァァァァ!!」


 狂ったような雄叫びを上げて玉座に突進する、狂戦士モードになった赤黒い鎧の狂戦士。

 余裕たっぷりの貫禄で玉座に腰掛けていた筈のゾルバは、慌ててその場から飛び退いた。


 ガツン!と小気味良い音を立てて豪奢な玉座が真っ二つに断ち割られ、台座の巨石は粉々に破壊され、辺りに飛び散った。

 天井の隅に巨躯を張りつかせて、それを呆然と見下ろすゾルバ。


 彼に、再び眷属を召喚する余裕は無い。

 なぜなら詠唱をしている間に、確実に眼下の狂戦士に斬り殺される事は、誰の目にも明白だったからだ。


 ダン!と床を蹴って、天井に向かって高速で迫る赤黒い狂戦士。

 手にした大剣が天井の石を激しく破壊した時には、もう其処にゾルバは居なかった。


 間一髪で、難を逃れたゾルバは怯えていた。

 宝玉を失う前の完全体の結衣姫を除けば、魔族の王たる自分を脅かす者など、この世に居るはずが無かった。


 強いとは言え、まだまだ甘さの残る結衣姫が相手であれば、懇願すれば命だけは助けてくれるかもしれないが、この狂戦士は違う。

 こいつは自分を殺すまで止まる事は無いと、なまじ知恵のあるゾルバは悟っていた。


 その理屈や懐柔策の通じない狂戦士の纏う独特の赤黒い狂気が、ゾルバを怯えさせていた。

 理屈抜きに、目の前の相手が恐ろしいと感じていたのだ。


「待て! 結衣姫、こいつを止めてくれ。 宝玉は返す! だからこいつを止めてくれ、頼む!」


 言葉を放つ隙に、僅かにゾルバの動きが止まった。

 そこを目がけて突進する狂戦士。


 慌てて飛び退るゾルバ、僅かに遅れて床に大穴を穿つ赤黒い全身鎧の狂戦士。

 床に空いた大穴から亀裂が走り、壁や柱にひび割れが伝染してゆく。


「くっ! この化け物め。 こいつを喰らえ!」


 壁に張りついたゾルバは、両手の間からどす黒く禍々しい闇で出来た巨大な玉生み出し、それを柊也に向けて発射した。

 しかし、高速で自らに迫るそれを易々と避けた暗赤色の狂戦士は、ゾルバの張りついていた壁へと一気に迫る。


 一切の反射が無い深い闇で出来た暗黒の玉は、壁に大穴を空けてその先へと消えていった。

 それは物理的に壁を破壊したのではなく、鋭利な刃物でえぐり取ったように滑らかな切り口の大穴を穿ち、その先の壁にも同様な穴をあけて、幾つもの穴の向こう側には城の外の月明かりが見えていた。


 すかさず床に退避するゾルバ。

 その位置は、結衣姫の間近だった。


「結衣姫、なんとか奴を止めてくれ、頼む。 この玉は結衣姫に返す」


 そう言ってゾルバは、盗んだ玉の入った桐の木箱を結衣姫に向かって投げた。

 それを受け取る結衣姫。


 ゾルバは、すかさず真後ろに大きく飛び退る。

 当然、狂戦士モードの柊也が自分を襲ってくる事が判っているからだ。


 ゾルバの予想通り、柊也は先ほど迄ゾルバが居た結衣姫の間近に突っ込んできた。

 しかし、結衣姫に被害が及ぶ事を考える程度には意識があるのか床の破壊はせず、その場に降り立っただけだった。


 結衣姫を一瞥する暗赤色の狂戦士に、結衣姫が桐の箱を見せて頷く。

 玉は取り返したと、そういう意思表示だ。


「馬鹿め! これを避ければ結衣姫に直撃だぞ」


 ゾルバが暗黒の玉を、暗赤色の狂戦士に向けて放った。

 その射線上には、意識を失ったナガツキを抱いた結衣姫が居た。


 ゾルバの放った言葉の意味を悟ったキサラギが、覚悟を決めて結衣姫の前に立ちはだかる。

 暗赤色の狂戦士柊也も大剣を構えたままで一歩も動かず、その場で暗黒球を迎え撃つ姿勢を見せた。


 しかし、強大な攻撃力を得た代わりに、すべてのスキルを封じられた柊也に勝ち目は無い。

 せめて、重装聖騎士の防御スキルが使えれば話は違うのだろうが、それは狂戦士モードの柊也には無理な話だ。


 闇を具現化したような暗黒球が柊也に当たる直前、穏やかな太陽のような暖かな光が暗黒球を包み込み、そして掻き消すようにフッと一瞬で消滅した。


 それを見て驚愕するゾルバと、そしてキサラギ。

 狂戦士モードの柊也には、何の反応も見られない。


 ブン!と音を立ててその場から消えたかと思えば、次の瞬間にはゾルバの目の前で赤黒く染まった大剣を振り上げていた。

 驚愕していた分だけ柊也の動きを予測が出来ずに、ゾルバは逃げ遅れていた。


 必死で回避行動を取ろうとするゾルバの足が、地面に縫い付けられたかのように動かない。

 恐怖に目を見開いて足下を見れば、9本の光輝く結衣姫の背後から伸びる尾が足に絡みついていた。


 斬!と音を立てて、ゾルバの体が狂戦士モードの柊也によって真っ2つに断ち割られる。

 しかし、2つに分かれた体から迸り出た真っ黒い体液が、まるで粘性を持つ生き物のように絡み合い結び合って、再び生き別れとなったゾルバの体をつなぎ合わせた。


「わははは、我は独りでは死なぬ。 お前らも道連れだ!」


 そう叫んだゾルバの巨体が、更にボッコリと大きく膨らんだ。




 ようやく敵を殲滅し終えたアサジ率いる陽動隊は、陽動の任を果たせぬまま城へと向かっていた。

 その時、月明かりをも遮る暗黒の巨大な球が城を覆った。


「ひ、姫様あぁぁぁぁぁ!」


 思わず、アサジは叫ぶ。

 大きく膨らみ、そして急速に収束して行く暗黒の球に向かって。




 先ほどまで化け物の巣である古城があった場所は、巨大なスプーンで地面を綺麗にえぐり取ったような、巨大なクレーターが出来ていた。

 その中心部に、一つの眩く輝く光の球があった。


 あたかも美しい光の蕾がゆっくりと開花するように、9枚の温かい光に包まれた花弁が開いて行き、その中から暗赤色の鎧に身を包んだ柊也と、ブレザーにチェック柄のミニスカートを身に着けた結衣姫、そして巫女服のキサラギとナガツキが現れた。


「柊也さん?」


 結衣姫が声を掛けるが、返事が無い。

 まだ柊也は、狂戦士モードの狂気の中に捕らわれていた。


 すべてを拒絶し自分だけの殻に閉じこもる狂戦士モードは、柊也にとって居心地の良い状態であった。

 あえてここから出て、再び世知辛い実社会へと出て行く事を恐れるかのように、柊也は狂戦士モードの中に閉じこもっていた。


 信頼出来る仲間との楽しい時間や、何時死ぬかも判らないような戦いに明け暮れた緊張感のあるゲームの中から突然放り出されて、行き場を失ったあの時の戸惑いと恐怖が柊也の心を襲っていたのだった。

 狂戦士モードを解除してしまえば、またあの孤独な世界へと戻るしか無い。


 それを、柊也の心が負った深層の傷は拒否していた。


 かと言って、狂戦士になりきって見境無く暴れる事もできず、されど元の孤独な生活に戻る勇気も湧いてこない。

 そんな中途半端な場所を、柊也の心は彷徨っていた。


 黙って前に回り、正面から柊也の体を抱きしめる結衣姫。

 彼我の身長差から、結衣姫の頭は柊也の胸の辺りに押しつけられる。


 暖かな光が狂戦士モードの柊也を包み込んだ。

 何かをナガツキが囁き、キサラギに拳固をもらっていたが、そんな事は狂戦士モードの柊也の耳には届いていなかった。


 ただ、柊也の体を包み込む暖かな感触の中に、その理由も判らずに浸っているだけだ。

 そして、急速に柊也の鎧を包んでいた深い暗赤色が薄れて行き、元の白銀色に戻っていった。


「あの、もしもし…… 」


 意識が戻った柊也は、まだ自分を抱きしめている結衣姫に向かって声を掛ける。

 それは、これまでのような尖った口調ではなく、エクソーダスの仲間と居る時のような、柔らかな口調だった。


 どうしたものかと、柊也はキサラギとナガツキに困った顔を向ける。

 2人は、顔を見合わせて軽く握った右手を口に当てて、キシシと意味あり気に笑った。


 こうしていると、可憐な女子高生に抱きしめられているような錯覚に陥ってしまうが、相手は1200歳だと何度も自分に言い聞かせて、邪念を祓う柊也だった。

 しかし、積極的に結衣姫を振り払う事が出来ずに居るのも、また一つの事実である




「姫様、なんという事を!」


 そんな濁声で、パチリと大きな目を開き、声のした方に顔を向ける結衣姫。

 そこには、はぁはぁと息を荒げたアサジが立っていた。


 キサラギとナガツキは、右の人差し指を小さな唇に当てて、シーっとアサジに大声を出すなと警告するが、それを聞くアサジでは無い。

 どこか不満そうな顔をしてアサジの方を向いた結衣姫は、スッと華奢な右手を柊也の口元に差し出した。


「はい、あーんなさって」


 とても1200歳とは思えないような天使の微笑みに、思わず素直に口を開けてしまう柊也。

 そこへ結衣姫が優しく差し込んだのは、1つの魔石だった。


「ごめんなさいね、緊急事態だったから残りは私が食べてしまったの」


 申し訳無さそうに、そう告げる結衣姫。

 魔石を口にした柊也の鎧が、再び聖属性の輝きを取り戻して白銀色に輝きだした。


「姫様あぁぁぁぁ! いつまでもそのような真似を続けていては、配下の者に示しがつきませぬぞ!」


 そこまで言われて、ようやく柊也から名残惜しそうに離れようとする結衣姫が、何かに気付いたような仕草を見せた。

 左手に持った桐の箱を、戸惑いながら開ける。


「これはどうした事でしょう。 宝玉の汚れが浄化されています」

「なんですと! あと2週間は浄化の儀式を続けなければならないはずですぞ」


 結衣姫は、頭を上げて不思議そうに柊也を見る。

 僅かに残っていた宝玉の濁りは柊也の鎧が放つ聖属性の光に晒されると、更に透明度が増した。


 信じられない物を見たように、唖然とする結衣姫。

 ようやく半歩後ずさって、柊也に密着した状態から離れる。


 不満そうな表情をしていたアサジが、ようやくホッとした顔を見せた。

 しかし、誰よりも露骨にホッとした顔をしたのは柊也である。


 ホッとしたと同時に、全身鎧越しに感じていた結衣姫の暖かな体温が急速に冷えて行く事に、一抹の寂しさをも感じてもいた。


「皆の者はあちらに控えさせておるから良いものの、姫様の先ほどの行動は是非とも内密にな。 良いな! キサラギにナガツキよ」


 キサラギとナガツキは、露骨に唇を尖らせて不満を態度に表していた。

 しかし執拗なアサジの要請に根負けして、ようやく首を縦に振ったのだった。




 そして、結衣姫とキサラギ、そしてナガツキを始め里の全員に見送られて、柊也はアサジと共にキャンプをしていた山に戻った。

 既に、夜が明けようとしている時間である事に気付いた柊也は、自分が昨晩は一睡もしていない事に気付いた。


 しかも、あれから食事もまったく摂っていなかった。

 柊也は、おもむろにアイテムBOXからクッカーとガスバーナーを取りだして、火を付けた。

 そして、帰ろうとしているアサジに、声を掛ける。


「アサジの爺さん、どうだい一緒に味噌チーズ雑炊でも喰っていかないか?」


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