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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第六話:ハイド 幻想夜話
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幻想夜話: 戦乱の狂戦士

 濃厚なクリームのような、三歩先すらも見えない濃い霧の中を、山の老人と名乗るアサジの後に着いて歩く柊也。

 見渡す限りの白い世界に、いつの間にか上下左右の感覚が怪しくなる


 徐々に薄れて行く深い霧の向こう側には、眼下に月明かりが照らし出している長閑のどかな田園風景が広がっていた。

 どうやら、柊也は見晴らしの良い丘の上に居るらしい。


 その地形は、どう考えても先ほど迄居た奥深い山の中とは思えない程に平地が広がっていた。

 田畑の中には、派手な色をした屋根の建物がいくつも点在して見える。


「あちらがユイ姫のいらっしゃる屋敷だ。 申し訳無いが、もう少し歩いて貰う事になる」


 アサジが指差す先には、広大な平地の中に小高い丘が遠く小さく見えた。

 その丘の上には、沖縄旅行で見た宮殿跡のような、あるいは古典的カンフー映画で見た王宮ような、日本的では無い形状の屋根を持った大きな屋敷の輪郭だけが判別できる。


 夜目に慣れた柊也には、眼下に広がる田畑の間を流れる幾筋もの小川も、そのほとりに生えている柳のような木々も、はっきりと見えていた。

 見上げれば夜空には雲1つ無く、ぽっかりと大きな満月が…… 


「おい! 爺さん、あれは何だ!」


 柊也の指差す先、満月を逆光にして黒いシミのような物が幾つも見えた。

 しかも、それはこちらに近付いているかのように、徐々に大きくなっている。


「あ、あれは…… 先ほどお主が倒した奴等の軍勢に違い無い。 姫様の弱みに付け込んで、ついに本性を現しよったか」


「さっきの奴らの仲間って事は、あの化け物共は空も飛べたのか?」


「ううむ、こうしては居られぬ。 すまぬが、わしは先に屋敷へ駆けつける故、お主は後から来い」

「あ、ちょっ、ここまで連れてきて放置プレイかよ」


 後から来いと、言うが早いかアサジは角と牙の生えた戦闘態勢に変身して、瞬く間に里の方へと駆け降りていった。

 空から迫り来る黒い影には、確かにコウモリの翼のような、いや悪魔の黒い翼と言った方が良いような禍々しいシルエットが見えた。


 そして、それが判別できるという事は、奴等が既に近くまで来ている事を意味していた。

 既に屋敷に向かったアサジの姿は判別できないが、距離を考えれば到着までまだまだ時間が掛かりそうだった。


 まだ屋敷の方からは、迎撃する気配も見えない。

 アサジが到着するまで気付かないなんて事は無いはずだが、襲われるなどと考えていないのか、待ち伏せをしているようにも見えなかった。


 屋敷の上空近くで敵軍勢が停まると、下に点在する家屋敷に向かって炎の塊を投げつけ始めた。

 たちまち燃え上がる家々。


 遠目にも、炎に包まれて焼け出された住人らしき物も見えた。

 丘の上にある屋敷にも炎の塊は射出されるが、ドーム状に屋敷を覆う何かがあるらしく、うっすらとその形状が炎の明かりに照らし出される。


「一方的だな、こりゃ」


 柊也は、アイテムボックスから自らの身長よりも長い大剣を取り出すと、両手でしっかりと握る。

 そして、その長大な剣の重さも長さも感じさせぬ軽々とした動作で、その切っ先を無造作に敵の軍勢に向けた。


『ホーリー・ブラスター!』


 幅広く長い刀身が眩く光り輝くと、一瞬の溜めの後に迸り出た一条の白い光束が、光の尾を引いて屋敷の上空に留まっていた黒い影の集団を貫いた。


 何発か同じスキルを放つと、100匹近く居た敵は半分ほどに減っていた。

 空に居るのは狙い撃ちされて不利と判断したのか、残りの敵は大部分が慌てて地上へと降下して行く。


 上空に残った10数匹が、遠距離から攻撃を仕掛けた柊也の方へとジグザクに散開しなから向かってくるのも見えた。

 屋敷からもようやく、それを追って何体かの影が飛び立った。


 遠くに見えた彼我の距離が、あっという間に詰まってゆく。

 柊也は、こみ上げる喜悦を堪えられないかのように、ニヤリと笑みを見せた。


「たまんねーな。 移動手段があれば、今すぐエクソーダスのみんなを呼びたいところだ」


 そんな独り言を言いながら、柊也は戦闘装備を召喚する。

 今は何があろうとも1人で戦うしか無い事は、柊也自身が誰よりも判っているのだ。


戦闘装備召喚サモン・プロテクター!』


 一瞬のうちに、柊也の全身は白銀色の全身鎧で包まれた。

 しかし、その右手には巨大な剣が握られているのに、左手にあるべき盾が装備されていない。


 柊也は、大剣1本で戦うつもりだった。

 そんな狂戦士のような戦いも、嫌いでは無い。


 いや、むしろ柊也はパーティプレイ時と違って、ソロでプレイするときは好んで狂戦士モードになっていた程の生粋の戦闘狂である。

 それを知るエクソーダスのメンバーは、リーダーのパンギャくらいだろう。


 柊也は内心の興奮と緊張を隠すかのように舌を出して、薄い唇を一回だけペロリと舐めた。


 両手でガッチリと大剣の柄を握り直すと、ブーンと小さく重苦しい音を発生させて、その長く太い刀身が聖属性の光を放って輝き出す。

 四方から放たれる炎の塊を大剣で弾き返して、襲い来る敵をバッサリと切り倒した。


 ブンブンと大剣の回転速度を落とさないように、バランス良く体を捻りながら、敵の魔物なのか鬼なのか判らないが、真っ黒な化け物を両断してゆく。

 白銀の鎧に真っ黒な体液が付着して一瞬だけ汚すが、聖属性の光に浄化されてたちまち消えて行った。


 そこへ遅れて、屋敷から飛び立った者達が追い付いてきた。

 なんとそれは、黒いが鷲のような大きな翼を持った人型の生物だ。


 テレビの正月番組で見た修験者のような衣装に、突き出した鳥のようなクチバシは、さながらカラス天狗のようだった。

 言うなればカラス天狗モドキと言うべきかもしれない。


 5体のカラス天狗モドキたちは、それぞれが手に手に刀とは異なる反りの無い両刃の直刀を携えていた。


 それが、まだ敵か味方かの判断がつかない柊也は、大剣を下段に構えたまま腰を落として身構える。

 その様子を見て、慌ててカラス天狗モドキの1人が制止する素振りを見せた。


「まてまて、慌てるな! お主の事はアサジ殿より聞いておる。 わしらに手を貸してくれると言うなら、今すぐ屋敷まで連れて行くから大人しくしてくれ」


 柊也が黙ったまま力を抜いて、剣の先を地面に降ろす。

 それを見て安堵したのか、5体のカラス天狗モドキが空中からゆっくりと近寄って来た。


「いいか、暴れるなよ! 今からお主を引っ張り上げて屋敷まで連れて行く」

「我々もお主よりも屋敷と姫様が心配だ。 大人しくしないなら、途中で落とすからな」


 チラチラと屋敷の方を見やりながら、カラス天狗モドキが柊也に告げた。

 すでに屋敷というか御殿というか、そこの結界とやらは突破されたらしく、建物のあちらこちらから黒い煙が立ちのぼっていた。


 柊也は、ジロリとカラス天狗モドキたちを一瞥すると、大剣をアイテムBOXに収めて、大人しく両の手を左右に広げた。

 ここまで来てあれだけの戦いでは、いささか暴れ足り無いというのが正直な感想だった。


 ゲームの世界から解放されてからの平和な日々に、訳も無く苛ついていた理由がようやく柊也にも判ったようだ。

 自分は、こういうゲームの世界のような荒っぽい刺激を求めていたのだと…… 


 エクソーダスの仲間と居る時には、何故か決して顔を出す事の無い戦いへの衝動は、1人の時間を過ごすほどに膨れあがっていた。

 破壊への渇望とそのカタルシス、そして思いのままに己の得た力を振るう機会を自分は求めていたのだと、その時柊也は理解した。


 架空のゲームの世界から、リアルな現実の世界へと戻ってきたというのに、どうしてなのか違和感が消えなかった。

 まるでこちらの世界のほうが、人付き合いの苦手な柊也にとっては架空の世界であるように感じられたのだった。


 いま柊也は、非日常な世界の中でこそ自分が生きているという事を実感していた。

 大剣の手応え、相手を切り裂くときの手に伝わるリアルな感触、そして降りかかる血しぶき、それら全てが退屈な日常から柊也を解き放ってくれるものだった。


「俺って、せっかくゲームから解放されたって言うのに、これじゃ当分社会復帰ができそうもないな」


 カラス天狗モドキに、手足を持たれて吊り下げられながら、柊也は独りごちた。

 柊也は、自分が世界に訳の判らない苛つきを感じないでいられるのは、エクソーダスの仲間と居る時と、そしてこんな戦いの中に居る時だけなのかもしれないと考えている。


 そんな柊也の葛藤を知る由も無いカラス天狗モドキに運ばれて、屋敷の上空まで来た。

 広い屋敷の敷地内では、各所で戦闘が起きている。


 どう見ても戦いの場を支配しているのは、明らかに数の多い黒い化け物たちの方だった。

 動物というか妖怪というか、そんな何処か和風な姿をした側はすぐにアサジの仲間だと判る。


 それくらいに、黒い化け物たちの姿は際立っていた。


 細く拗くれた長い2本の鋭い角、どことなく悪魔を思わせる禍々しい風貌、コウモリのような節くれ立った大きな翼と長い鉤爪。

 それらすべてが東洋的な周囲の風景や迎え撃っているアサジたちの和風な姿形に不似合いで、何処から見ても違和感たっぷりだ。


「いまゆっくりと降下するから、動くなよ」

「お主の鎧は、掴み所が少なくて滑りやすいからな」

「見ろ、アサジ殿が敵に囲まれておるぞ!」


 その声の示す方を見れば、特徴的な1本の角を持った猪面の大熊が周囲を黒い化け物に囲まれて奮戦していた。

 しかし、その角は先端が欠けていて、体にも傷を負っているのか動きが鈍かった。


「ええい、あのままではアサジ殿がやられてしまう。俺は行くぞ」


 そう言い放つと、柊也を引っ張り上げていた1体が手を離して降下していった。

 たちまち、バランスを崩して柊也の体がぐらりと傾く。


「まて、早まるな! 1人でも欠ければ滑りやすい鎧を持つ我らの負担が…… 」

「遅いわ! カムラの奴、アサジ殿を慕っておるが故に、放っておけぬのであろう」


「それはわれらとて、同じ事」

「みすみす、我らの目の前でアサジ殿を犬死にさせる訳には…… 」


「ここで離してくれ。 俺は構わない」


 そう言い放つ柊也に、カラス天狗モドキたちは驚きを隠さない。

 低く見積もっても、人間が飛び降りて助かる高さでは無いのだ。


「馬鹿な、こんなところから落ちたら生身の人間など只では済まぬぞ」

「そうだそうだ、とにかく降下するまで待て」

「うむ、アサジ殿の言いつけ故に、我らが独断で曲げる訳にも行かぬ」


 屋敷の遙か上空で自分を離せと言う柊也の無茶な言い分を、ハイ判りましたと素直に聞くカラス天狗モドキはでは無かった。

 だが、柊也も眼下に見えるアサジの苦戦を判っているだけに、無駄な時間を掛ける気も無かった。


「悪いけど、ここで良い!」


 柊也の鎧が、一瞬眩く光る。

 軽い電撃を喰らったように、反射的に手を離してしまうカラス天狗モドキたち。


「あっ!」

「しまった!」

「何を…… 」


 真っ逆さまに落下して行く柊也。

 100m近い高さからでも、落下するのはあっという間だ。


 僅かな滞空時間の間に、右手に大剣、そして左手に盾を装備していた。

 盾が風を孕み、僅かに落下速度が緩む。


 しかし、それとて地面に向かって激突する速度に対しては、僅かな誤差でしかない。

 迫り来る地面が間近に迫ったとき、柊也の持つ大きな盾が反応した。


『ダメージ軽減!』『絶対防御!』『不動!』『金剛!』

『衝撃反射!』


 5個の防御スキルを同時に無詠唱で発動させる。

 『見切り』スキルによって、一瞬のうちに迫り来る地面がスローモーションのように見えている柊也にとって、それは容易い事だった。


 ズドン!と轟音と衝撃を残して、地面に小さなクレーターを作った柊也は、何事も無かったかのようにムクリと立ち上がる。

 盾の下には、巻き添えになった黒い化け物が3体、原型を留めず黒い染みとなってクレーターの周囲に飛び散っていた。


「よお! アサジの爺さん、まだまだ元気そうだな」


 柊也は、何事も無かったかのように、山の老人アサジに声を掛けた。

 間近で巻き起こった激震と爆煙に呆然としていたアサジが、ようやく我に還って柊也の姿を認めた。


「見かけによらず派手好きな男よなあ…… わしなら、問題ないわい」


 強がってそう言い切るアサジの足取りは、僅かにふらついていた。

 それを見て取った黒い化け物が、呆然とした状況から復帰してアサジに襲いかかる。


「させるか!」


 先ほど、真っ先に降下していったカラス天狗モドキの1人が、両刃の直剣でアサジの前に立ち塞がった。

 しかし周囲は多勢に無勢、どうみてもカラス天狗モドキの勝ち目は無いように見える。


 上空からも仲間が慌てて降下してくるが、とても間に合う距離では無い。

 柊也は盾をアイテムBOXに収めて、大剣を手にズイと前に出た。


「アサジの爺さん。 ここは俺に任せて、大事な姫婆さんの様子でも見てきた方が良いんじゃないか?」


「誰が婆さんじゃ、わしよりも200歳は若いんだぞ」


 と言う事は、爺さんが1300歳だから姫婆さんは100歳の時から、この地を治めているのかと、柊也は緊張感の無い事を考える。

 どっちにしても誤差じゃねーかと結論づけて、大剣を構える。


『気当て!』『挑発!』


 柊也がスキルを発動させると、今までアサジに向かっていた黒い化け物の標的が柊也に切り替わった。

 まさか、自分たちの戦闘意識が柊也のスキルによって操作されているとは、誰も気付いていない。


 スキル有効範囲内に居た黒い化け物たちが、一斉に柊也に向かって襲いかかる。

 それを見てニヤリと笑い、ペロリと舌で薄い唇を湿らせる柊也は、一段低く腰を落として大剣を腰だめに構えた。


「来いよ化け物ども、地面の味を味あわせてやるぜ」


 迫り来る化け物を乱舞のように舞い叩き切る、剣速を殺さぬようにブンブンと大剣を振り回して切りまくる。

 飛び交う炎の塊は大剣の腹で叩き落とし、弾き返した。


 鋭い槍のような爪は大剣で受け流し、そして切り落とす。

 ひたすら柊也は切りまくった。


 切って切って、切りまくる。

 己が大剣が当たるを幸いに、全てを薙ぎ払い叩き切る。


 息の荒くなった柊也の前に広がるのは、辺り一面積み重なるおびただしい真っ黒な死骸の山だった。

 もう1時間経過したのか、それとも半日以上剣を振るっていたのかすら判別できないが、とにかく切りまくった結果が目の前に広がっていた。


 大剣を地面に突き立てて柊也が休んでいると、屋敷の中から女性のものらしい甲高い悲鳴が聞こえた。

 そして、続いて男の声も…… 


「やられたあぁぁぁ! 姫様の宝玉を盗まれたあぁぁぁ」


 その声を聞いて、カラス天狗モドキや、山の老人アサジと戦っていた黒い化け物共は一斉に引き上げ始めた。

 追いかけようにも、カラス天狗モドキたちも手傷を負っているようで、ガックリと膝を落として、逃げ去る黒い化け物たちを悔しそうに睨みつけていた。


 最初は100匹ほどいた黒い化け物たちも、飛び去って行く数は僅か10数体ほどしか残っていなかった。

 柊也は、大剣の剣先をその群れに向けるが、アサジに止められる。


「やめてくれ! お主が放った光の束の威力は見て判っておる。 炎の宝玉まで壊しかねぬ故、それだけはやめてくれ」


「いいのか、奪われちまって」


 止めてくれと頼まれれば、球の行方に興味の無い柊也は剣を収めるしか無い。

 柊也にとっては炎の宝玉という物が、どういう物なのかすら判らないのだから、執着は無い。


「ひとまずお礼を言わせてくれ、お主のお陰で奴等を撃退できた」

「そうは言っても、大事な物を盗まれたのなら結局意味が無かったんじゃないか?」


 アサジの言葉に、思わず聞き返す柊也。

 自分は充実感を得ているが、その代わりに彼らが奪われた物の価値というものが柊也には判らない。


「何にしても姫様に報告をせねばならぬ故、お主を連れてきた経緯も話す必要があるでな、わしに着いてきてくれるか?」


「俺、1100歳の獣人婆さんには興味ないんだけど…… 」

「馬鹿者、姫はわしよりも…… 」

「200歳だけ若いんだろ、それはさっき聞いたよ」


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