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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第四話 ミッシェルの憂鬱
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ミッシェルの憂鬱: ショッピングセンター

 エクソーダスの面々に呼び掛けては見たが、ピンチになったからと言ってすぐに駆けつける事は現実的に難しい事が判っただけだった。

 それを想定していなかった訳では無いが、緊急招集をかけた場合に最大の問題点となるのは、やはり個々の移動距離とそれにかかる時間である。


 今ピンチだから助けて欲しいと伝えても、それから家を出て電車やバスに乗っていては間に合う訳が無い。

 ハイド・イシュタルこと太田柊也が言っていた、決行の前日までに言って欲しいというのは、そういう事なのだ。


 現状でスキルとしてワープ・ワープポータルを持っているのは、聖職者クラスの職業を取得しているパンギャ・パンチョスこと大國 剛と、アモン・ナッツミーこと亜門菜都美の二人しかいない。


 この二人が動けなければ、全員を同時に招集する事は不可能と言えよう。

 しかも、来て欲しい場所に来て貰う為には、ワープ先を事前に登録メモしておかなければならないのだ。


 事前に何処でいつ何が起きるのか判らなければ、転移ポイントの事前登録は不可能に近い。

 仲間が空間転移スキルで来られる場所で栞奈たちが戦わない限り、彼らが転移して来てからの移動時間で大事なタイミングに間に合わない事もあり得るのだ。


 昨夜、栞奈はパーティチャットが終わった後で、パンギャとアモンとは個別に話をしていた。

 アモンは編集作業の大詰めを迎えていて、本当に校了するまで手が抜けない状況らしく、連日の大残業で相当参っていた。

 そんな状況で仕事をすっぽかしてしまえば、間違い無くクビになってしまうだろう。


 助けて欲しいと言えば何を置いても来てくれる人だけに、逆にそれをしたくは無かった。

 彼女がようやく見つけた仕事と、ちょっと微妙な関係の男の人、その二つを栞奈のせいで失わせたくは無かったのだ。


 パンギャは、栞奈の問いかけに口を濁していたが、なにやら相当厄介な事に巻き込まれていて、簡単には身動きが取れないらしかった。

 具体的に言えば、パンギャが手を引けば誰かが死ぬかもしれないというトラブルらしい。


 この二人が動けるようになるのは、まだ先のようだ。

 とりあえずアモンが動けるようになる月曜の夜までは、派手な動きを慎もうと栞奈は決めた。


 それまでに相手の正体について、ある程度の探りを入れて対応策を練った上でなければ、全員を呼んでも危険に巻き込むだけになってしまう。

 そこまで考えて、栞奈は眠りについた。



 日曜日の朝、栞奈は担当している家事を済ませると、ミリアムと合流するための身支度をしていた。

 日曜日は、夜遅くまで働いている叔父も義理の叔母(叔父の妻)も、夜更かしをしている従弟の貴史も、全員が昼近くまで寝ている事が多い。


 食事の用意を済ませて、いつでも食べられるようにしてから栞奈は家を出る。

 動きやすいようにスリムなプルーのチノパンに、薄桃色のフリルなミニスカートと同色のシャツをレイヤーに使った、薄手のライトグレーなニットを着込む。

 当然、足下は白のスニーカーだ。


 時間は、もう午前9時を回っていた。


 栞奈が徒歩で向かった場所は、通学路の途中にある小さな公園だった。

 昨日、ミリアムがそこに転移登録メモをしていたのだ。


>>ミリアム・エリストス: おはー!着いたよ。

 ミリアムからの念話を受けて公園へ急ぐ。


 ようやく公園が見える場所まで行くと、竹刀の袋を手にしたミリアムが紺のショートパンツに薄ピンクのタイツを組み合わせて、上にはダボッとした臙脂色の薄いニットパーカーを羽織って待っていた。


 元気に空いている方の手を振っているミリアムを見て、栞奈は思った。

「早い内に、一緒に買い物に行かないとダメっぽいわね…… 」


「おはよう! 聖水の準備は出来た?」

「オッケー!バッチリよ。 沢山作りすぎてお風呂のお湯が空になっちゃったわ」


 スキルで作成する聖水を連続して大量に作る場合は、水に足を着けた状態でスキルを連発して作るのが一番効率が良い。

 そうする事によって、スキルによって生成された仮想のガラス瓶に閉じ込められた状態で、聖水はアイテムBOXに自動的に溜まって行く。


 お風呂のお湯が空になるまで聖水を1本ずつ連続で作ると言う事は、魔力量の多くないミリアムにとって決して楽な事では無いはずだ。

 恐らく何度もMP回復のための休憩を取りながら、時間を掛けて作ったのだろうと栞奈は想像した。


「ありがとね、ミリアム」

「ほえ? たいした事じゃないよ、えへへ」

 栞奈に頭を撫でられたミリアムは、嬉しそうに照れていた。


 想定している相手に対して聖水が効果を発揮するのかどうか、それはまだ判らない。

 ゲームの中で効果があると言っても、それはゲーム上の設定によるものだから、現実に目にした異形の存在がそれに該当するのかは判らないのだ。


 聖水が何故効果を発揮するかと言えば、それは宗教的な意味合いをベースにした設定があるからに他ならない。


 某メジャー宗教の神の祝福を受けて作られた聖水は、仏教系の魔神に効くかと言われればどうだろうか?

 仏教側は効く理由が無いと言うだろうし、某メジャー宗教側からすれば他宗教の神を含めた存在はすべて悪魔なのだから効くと言うだろう。


 そういう意味で、ゲームのスキルで作成した聖水が現実の化け物に効果を発揮するかどうかについて、栞奈としても確信は無かった。

 しかし、栞奈は宗教観が滅茶苦茶なゲームの設定であるが故に、聖水は単純にゲーム設定通りに不死や悪魔というカテゴリーの相手に対して、効果がある可能性は高いと思っている。


 そうでなければ、現実世界リアルでゲームのスキルが使えている事の説明がつかないだろう。

 もとより説明のしようが無いゲームのスキルなのだから、栞奈はそれに賭けていた。


 聖水が効かなければ、別のスキルで倒せば良いだけの事なのだ。

 聖水を使う事のメリットは、ゲームで言う処の「効率」だけの問題でしか無いのだから。



「ミッシェル姉さん、これからどうするの?」

「うーん、ひとまず事件が起きた場所を見て回ろうか」


 ミリアムに問いかけられて、栞奈は聖水について考えるのを止める。

 スマートフォンを取りだして、登録しておいた事件のあった場所をマップで表示させると、栞奈とミリアムは歩き出した。


「最初は、タクシーの運転手さんから行こうか」

「うん、いつでもOKよ」


 世の中には、どこから情報を引き出しているのか判らないけれど、殺人事件が起きた場所や事故物件(死亡者がでた賃貸住宅)をマップ上に表示しているサイトがインターネット上にいくつか存在する。

 栞奈がチェックしたのも、そんなサイトの一つだった。


 その裏路地に入り込んだ場所にあるゴミ収集場所は、まだ立ち入り禁止のテープが張られたままだった。

脅威探査ディテクティブ!」

「MP回復力向上!」


 外からは何の変化も見えないが、栞奈のスキル使用に合わせてミリアムが打ち合わせてもいないのに、MP回復スキルを発動させた。

 元々MPが潤沢にある訳では無いハンタークラスの栞奈への気遣いなのだろう。


 本来ならば隠された罠や隠れている敵を発見するためのスキルを発動してみるが、特に何も注意すべきものは見つからなかった。

「何も無いわね」

「うん」

「次に行こう」


 栞奈とミリアムは事件現場としてマップにマーキングされている場所を3カ所巡ったが、特に収穫らしきものは得られなかった。


 次の現場は… とマップを見ていると、丁度近くに大型ショッピングセンターがある事に気付いた。

 フードコートで昼食でも摂ろうかという事で二人の意見が一致して、広い駐車場を抜けて入り口へと向かう。

 

「ここって、2回目のオフ会で和兄ぃを見送った場所だよね」


 あの日、決心が揺らぐから見送られたくないという和也の意向を受けて、和也の実家がある場所を遠く望むことの出来るショッピングセンターの屋上庭園から、みんなで和也を見送ったのだった。


 地方都市の低層住宅が建ち並ぶ中で、このショッピングセンターだけが目立って高い。

 和也が旅立つと言っていた時間帯にみんなでそっと見送りをしようという事になって、ミリアムと栞奈の家に近いこのショッピングセンターが2回目のオフ会会場となったのだ。


>>メイン・マンドレーク: さようなら、エクソーダスのみんな……


 突然和也から投げかけられた、そのお別れのメッセージがパーティ全員に聞こえた後、みんなですぐにメッセージを返した。

 しかし、もう二度と和也からの返事は帰って来なかった。


「和兄ぃ、元気でやってるかな…… 」

 ミリアムが、しんみりとした雰囲気で呟いた。


「もう、あれから1ヶ月以上経つんだね」

 和也が旅立ったのは9月の初旬、今はもう10月も半ばになっている。

 異世界がどんな処なのかは知らないけれど、あのイオナとレイナが一緒に居れば心配は無いのではないかと、栞奈は思った。


「ちょっと、屋上へ行ってみようか」

「うん!」

 栞奈は、ミリアムを誘ってみた。

 ミリアムも二つ返事で同意すると、栞奈の方を見た。


「ん、どうしたの?

 何か言いたそうなミリアムを見て、栞奈はそう訊ねてみる。


「屋上は転移魔法陣の登録ポタメモしてあるよ」

「どうして、そんな処を…… 」

 さすがに、真っ昼間からワープポータルを発動させて人の居る屋上に行くのは不味いだろうと、栞奈は思う。


「初めての街や狩り場に来たときはポタメモするのが習慣になっちゃってるんだけど、あの時はここだったんだよねぇ、なんか雰囲気的に」


 ゲームの時も、そうだったと思い出す栞奈。

 移動に手間が掛かる場所へ初めて辿り着いた時は、必ず次に来るときの為にワープなりワープポータルなりの登録をするのが、魔法職や支援職の役割のようなものだったのだ。


 まだ遠方までオフ会で出歩くことが難しいミリアムや栞奈のために、次のオフ会もここでやろうと決めた事も思い出した。

 恐らく栞奈が高校を卒業したとしても、ミリアムが高校生でいる間はこの町がオフ会の会場であり続けるのだろう。


「それじゃ屋上でお昼御飯食べようっか」

「ほーい」

 二人はエレベータで屋上庭園へと向かった。


 屋上のカフェでタマゴサンドとツナ入りクロワッサンを買って、二人でベンチに座る。

 栞奈はアイスコーヒー、ミリアムはレモンティーを片手に、お互いが買ったパンを分け合って食べた。


 遠くに見える霞んだ山並みの一角に、和也の実家がある。


「あたしね、和兄ぃの実家にもポタメモしてあるんだ…… 」

「うん、1年経ったらまた行こうね」


 ミリアムのカミングアウトに驚きもせずに答える栞奈に、ミリアムの方が驚いたようだった。


「あれっ? なんで当たり前みたいな反応なの?」

「アモンさんも、パンギャさんもポタメモしてあるらしいよ」


 隠していた訳では無いが、栞奈もミリアムに自分の知っている情報を話す。


「あはは、みんな考える事は同じなのかな」

 ミリアムが、ちょっとしんみりした顔つきで栞奈の方を見た。


「1年経ったら、あそこで廃人君の思い出でも語ろうかって話も出てるんだな、これが」


「ちょっ、和兄ぃ死んでないし!」

「あはは、そう言えばそうだった」

「みんな酷いなあ」


 辛い話は笑い飛ばすに限ると、栞奈はそう思ってジョークにしてみた。

 しかし、この世界にもう居ないと言う事と、会いたくても二度と会えないだろうという事は、ある意味死んだのと同じなのだと思っているのも事実なのだ。


 次の年に和也の実家で集まったときに、残されている転移石を見せて貰い、みんなで力を合わせて魔力を込めてみるのは後の話である。



「それじゃ、もう少し付き合ってね」

 ミリアムに声を掛けて立ち上がる栞奈。


 少し遅れて立ち上がったミリアムのもつ竹刀の袋がベンチに当たってコン!という堅い音を立てる。

 ミリアムは、少し考えてからアイテムBOXにそれを仕舞った。



 再びマップに記載されたポイントを追いながら、事件現場を追いかけて歩き出す二人。

 今のところ、何も二人の能力で探知できる怪しい痕跡は見つかっていない。


 ショッピングセンターから駅の方向に向かって直線距離で約2kmほど離れた場所に二人は立っていた。

 立ち入り禁止のテープとブルーシートで囲われた、行方不明中のサラリーマンの遺留品が発見された裏路地でも、特に何かの痕跡らしきものは感知されない。


「もともと隠れている不死・悪魔族を炙り出すスキルだから、痕跡みたいなものは駄目っぽいのかな?」


 ミリアムが、不死・魔族探知メルコムに何も反応が無かった事を栞奈に報告する。

 栞奈のディテクディブスキルにも反応は無かった。


 二人が諦めようとした処で、首の後ろにピリピリと危険感知の反応が走る。


<<ミッシェル・クロフォード: これって殺気!?

>>ミリアム・エリストス: なんか来た!


 二人同時に危険感知スキルが発動したが、それを意識したと同時に反応が消えた。

<<ミッシェル・クロフォード: 消えた?

>>ミリアム・エリストス: え、どういうこと?


「栞奈ったら、こんなところで何をしているの?」


 咎めるように問い掛ける声に振り返ると、そこには先程まで居なかった碧の姿が見える。

 その問いかけには、確認の意味で問い掛けているような響きがあった。


 それはまるで、栞奈が此処に居る理由を知った上で、あえて聞いて来たような言い方である。


「碧こそ、こんなところで…… 」


 突然現れた碧を見て、栞奈も同じ問を返す。

 こちらは逆に碧が此処に居る理由を知りたいという、その言葉通りの問い掛けだった。


 ミリアムは二人の顔を交互に見て、目の前に現れた女性が栞奈の知り合いらしいと判断した。

 栞奈の雰囲気からここは傍観者に徹することにして、ミリアムは周囲に警戒しつつ一歩下がる。


「うちが、この近くだって事忘れたの?」

 碧が、さも呆れたと言わんばかりの表情で栞奈を見る。


 そう言われて周囲の建物や遠くに見えるショッピングセンターを見てみれば、ここから500mほど駅の方に行った処に碧の家がある事を栞奈も思い出した。


「ごめんなさい、友達に街を案内してたから…… 」

 思わず答えになっていない返答を返してしまう栞奈と、その中に含まれている『友達』という言葉に反応して、内心の喜びを隠せないミリアム。


 妹と思われることに何の不満も無いし、栞奈を姉のように思ってもいるけれど、『友達』という言葉の響きは特別だ。

 そこにあるものは、お互いを尊重しあう独立した対等な関係である。


「ねえ栞奈、あなた最近おかしいんじゃないの?」

 碧が、明らかに不満を隠しきれないという表情を隠さず、栞奈に自分の想いを突きつけるように言った。


 むしろ最近おかしいのは碧の方ではないかと栞奈は反射的に思ったが、それを反論する前に碧が更に言いつのる。


「最近、明らかに私を避けてるとしか思えないわ!」

「ちょっと、それはこっちの言いたいセリフよ」


 栞奈が碧に対して普段から思って居ることを逆に突きつけられて、ついつい感情的に本音で反論してしまう栞奈。

 意表を突かれていなければ、これが挑発だと判断できていたかもしれない。


「あら、それじゃ私の誤解だったのかな? ゴメンね栞奈」

 感情を露わにしたところで、あっさりと相手に引かれてしまう。

 これでは、感情的に反論してしまった栞奈の方が、何故かバツが悪く感じてしまう。


「ごめんなさい、私も言い過ぎたわ。 でも…… 」

 話の流れとして栞奈が謝る展開になるが、それでも碧の行動について栞奈が何故反論しようとしたのか、その言い訳はしておきたい。


「いいの、話は私の家でじっくり聞くわ。 お互い誤解があるみたいだから、立ち話じゃ解決しないでしょ」

 栞奈の言葉を遮って、碧が自分の家に栞奈を誘う。

 この場のペースは、すっかり碧に握られていた。


「え、でも今日は友達もいるし…… 」

 そう言って、ミリアムに目配せをする栞奈。


>>ミリアム・エリストス: 何?この人。 まあ美味しいお茶とケーキでもあれば行っても良いけど、なんてね。

 ミリアムの念話が栞奈の頭に伝わる。


「構わないわ、そちらのお友達も一緒にいらっしゃいな、美味しいお茶とケーキもあるわよ」

 なんとか断ろうとする栞奈の言葉に被せて、碧がミリアムに向かって微笑んだ。


「えっ、ホント!」


 正直に喜びを顔に出したミリアムを見て、栞奈は目を瞑り軽く俯く。

 そして、その失意を表すように、左手でその閉じた目を覆った。


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