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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第四話 ミッシェルの憂鬱
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ミッシェルの憂鬱: 拡大する異変

 昼休みのチャイムが鳴り、それぞれが机を寄せ合いグループを作って弁当を取り出す。


 一人で昼食を済ませてトイレに行こうと席を立った栞奈は、廊下でクラスメイトと談笑するあおいを見つけた。

 なんと驚くことに、その相手は複数の男子生徒だった。


(えっ、碧は男子が苦手って言ってなかった?)

 そう思い返しながら横目で碧を見ると、偶然なのか彼女と視線が合った。


 碧は、その男の子たちを引き連れて何処かへ歩いて行ってしまう。

 気になって跡をつけようと思ったけれど、栞奈はトイレへ行く途中だと言う事を思い出して諦めた。


 碧のクラスの横を通り過ぎるときに、教室の中から碧に関する噂話が漏れ聞こえてきた。


あおいって、なんか急にエロくなってない?」

「うんうん、なんか急だよね」

「あんなに人見知りだったくせに、どうしちゃったんだろうね」

「昨日までは、あんなじゃ無かったよね」

「もしかしてぇ、夕べやっちゃったとか」


「なんかさ、ちょっと違う意味でキモイっていうか、不気味じゃない?」

「うんうん、今までは地味目だから気にしてなかったけど、妙に暗いと言うか怖い感じ…… 」


「あなた処女? とか、普通面と向かって聞いたりしないよねー」

「そもそも、おまえがそうだろうって話よね」

「玲菜とか、聞かれもしないしね」

「うっさいわ、悔しかったら彼氏を作りなさいっての」


「いきなり胸を掴みにくるし、ちょっと変態?」

「あはは、恭子ってば不合格って言われたよね」

「うるさい、どうせ貧乳ですよあたしは!」


 今日の帰りに、碧に訊ねてみようと栞奈は思った。

 いったい、彼女に何があったと言うのだろうという疑問が心から離れなかったのだ。



 クラブ活動で、みっちりと歩法と受け身をやらされてクタクタになった放課後、遥香は碧を玄関で待っていた。

 中々出て来ない碧にメールを送ってみると、返信が帰ってきた。

『きょうは友達と寄り道するから先に帰って、ごめんね』


 碧に、寄り道をするような友達が居るとは栞奈も知らなかった。

 ふと、昼休みに見かけた碧と男子生徒たちの顔が浮かぶ。

「まさか…… 」


 不謹慎な事を一瞬でも考えた自分を恥じて、首を振る。

 長く付き合っているからこそ判る、碧に限ってそんな事は有り得ないと。

 栞奈はスマホを仕舞うと、独りで校門を後にした。



<<ミッシェル・クロフォード: ミリアム、見学の許可もらったよ。

>>ミリアム・エリストス: うわーん、ありがとうミッシェル姉さん


<<ミッシェル・クロフォード:それで、今度の土曜日なら教務の先生が居るから午後から来られるかな?

>>ミリアム・エリストス: うんうん行く行く、絶対に行くから待っててね。

<<ミッシェル・クロフォード: じゃあ、駅の近くまで来たら連絡ちょうだいね。


>>ミリアム・エリストス: ねぇねぇ、話は違うんだけどさ… アモン姐さんも再就職が決まったんだって。

<<ミッシェル・クロフォード: そうなんだ、退院したらクビになってたって嘆いていたから良かったね。


>>ミリアム・エリストス: でねでね、ジュディスさん情報なんだけど、アモン姐さんってば会社に気になる人が居るんだって、ぷふふ。

<<ミッシェル・クロフォード: なんですって! それは是非ともオフ会か女子会を催して聞き出さないとね。

>>ミリアム・エリストス: でしょでしょ、わくわくするわね。


 ひとしきりアモン姐さんの恋愛話をあれこれと二人で想像して盛り上がり、やがて時間も遅くなってしまったのでミリアムとは終話した。



 次の日も碧の様子は前の日と変わらずに、違和感だけが付きまとう。

 なんだろう、まるで碧であって碧では無い存在もののように感じられると、栞奈は思った。


 しかし、目の前にいるのは紛れもなく中学校からの友人である碧に間違いは無い。

 視覚から明確な形をもって判断できるものと、感覚から漠然と受ける印象との微妙な齟齬に栞奈は戸惑っていた。


「おはよう、あおいちゃん!」

「おはよう!」

 気が付けば、いつのまにか碧の回りにはチラホラと男子生徒が集まって来ている。


 いつの間にか、碧と仲良く談笑する男の子達とは、少し離れて歩いている栞奈。


 次の日は、更に集まって来る男の子の数が増えていた。


「ねえ碧、どういう心境の変化なの? あなたついこの間まで男の子は苦手って言ってたんじゃないの?」

 栞奈は思い切って、待ち合わせ場所でまだ二人きりの時に聞いてみた。


「ふふふ、栞奈にもそのうち判るわよ。 なんで私たちが男の子を避けるように洗脳されていたのかって事にね」

「洗脳って…… 」


「あなたにも、そのうち嫌でも判るようになるわよ、嫌でもね」

 栞奈はその笑顔がどうしても嘲笑にしか見えなくて、立ち止まったまま先に歩いて行く碧を見送った。


 一人、また一人と碧の周囲に男の子たちが付きまとうように増えてゆく。


(あれは、私の知っている碧じゃない)

 栞奈は、そう確信めいたものを感じた。


 何がどうなったら、僅か一日で人がこんなに変わる物なのだろうか……

 それとも、よほど価値観を大きく変えなくてはならないような衝撃的な出来事があったとでも言うのだろうか……



 クラスに欠席している生徒がちらほらと見え始めて1週間、余所のクラスでも同様らしく、噂ばかりが先行して流れていた。

「3組のあおいに近付くと、引きこもりになるって話だぜ」

「えー、でも良いこと出来るって聞いたぞ」


「知ってるか? 引きこもってるって話になってるけど、本当は行方不明だって」

「それなら、大騒ぎになるだろ普通」


 「それが、親も家族もおかしくなって、全然騒ぎになってないって聞くぜ」

「バカ!俺の中学の時の友達なんか、突然帰ってこなくなってから家の中が修羅場ってるらしいぜ」

「俺の知ってる奴の家は、親父とお袋がタブル不倫で家に帰ってこなくなったって…… 」


「5組の瑞穂みずほは襲われたって知ってるか?」

「1組の杏香きょうかは浚われたって…… 」

「なんかうちの学校、急に風紀が乱れてねぇか?」

「ああ、女共のスカートなんて短くてパンツ見えてるよな」

「それは、前からだろ!」



 朝、家を出る前に栞奈の叔父が、珍しく声を掛けてきた。

「栞奈、最近いかがわしい事件が多いから、遅くならないように帰ってきなさい」

「はい、気をつけます」


 そんな注意をされた事に驚いて、振り返る。

ぺこりと小さくお辞儀をして、鞄を手にするとドアを開けて家を出る栞奈。

 確かに、最近は色々と女性にとっては物騒な事件が多発しているのは間違い無い。


 普段会話をする事も少ない叔父が、栞奈に声を掛けてきたことが珍しいのだ。

 それくらい、ここ数日に近所で発生している事件は多かった。


 その日、噂ではなく本当の犠牲者が発見された。

「ねえ今朝のニュース見た?」


 碧が何処か栞奈の反応を伺うような、それでいて見え見えの隠し事を隠しきれない子供のような笑顔で聞いてきた。

 ちょうど、それは朝食時のニュースだったから良く覚えている。


『犠牲者は二日前に連絡が取れなくなり、家族から捜索願が出されていた会社員の西野 誠さん46歳と判りました。 西野さんはゴミ捨て場で喉と腹を食い破られた状態で発見されており、警察は二日前に西野さんが友人に出会い系サイトで何者かと会う約束をして以降の消息が掴めない事から…… 』


 食事の時間に聞くようなニュースじゃないよなあと思った今朝の事を、まだ生々しく覚えている。


「何だろうね、何が起きているんだろうね? 怖いよね? 栞奈は怖くないの?」

 碧は露骨な興味を隠しきれない表情で、じっと栞奈の反応を伺うように見つめながら訪ねてきた。


 その表情の中に、時折嗜虐的な色が垣間見える気もする。

 栞奈は何の確証もないまま、目の前にいる友人の碧であって碧ではない何者かを訝しげな顔で見つめ返す事しか出来ない。


「ねぇ、そう言えばお父さんのプレゼントって何だったの?」

 嫌な空気と話題を切り替えるために、栞奈はどうでも良い質問をしてみる。


「うーん、そうねぇ… 可哀想な悲運の王子様の人形かな?」

「王子様って、男の子の人形って事?!」


「遠い昔に異国の神を名乗るペテン師どもに力ずくで征服されて、理不尽にも殺されて悪者にされちゃった悲運のヒーローなの、征服者の造った歴史や世の中なんて嘘ばっかりだって私に教えてくれる美しい王子様よ」

「…… 」

 それを語るときの碧のうっとりとした表情を見て、栞奈は薄ら寒いものを感じた。

(この子は、普通じゃ無い)


 やがて、いつものように碧の取り巻きが集まり始め、栞奈は碧と少し距離を置いて学校へと向かう。


「そう言えば…… 」


 何の気無しに振った話題だったが、碧の変化が父親の一時帰宅の翌日から始まっている事に栞奈は気付いた。


(何かの呪いが掛けられた人形?、まさか…… )

 普段の栞奈なら一笑に付すような、現実味の無いイメージが頭を過ぎる……


「そんな、オカルト物のラノベじゃあるまいし…… 」

 栞奈は、自分ながら下らない事を思いついた物だと苦笑して、学校へ急いだ。



「おはよう!」

「おはよー栞奈」


 教室の引き戸を開けて室内に入ると、もうすぐホームルームが始まるギリギリの時間だというのに、ちらほらと空席が目立つ。


 特に親しいという訳では無いが、当たり障りの無い会話をする事もあるクラスメイトに尋ねてみた。

「最近欠席する子が多いよね」

「うん、そうなんだよね、なんか変な噂もあるし気になるよね」


(噂?)


 噂など、栞奈の耳には入って来ていない。

 こんな処でクラスメイトと疎遠な栞奈の情報網の弱さが露呈して、思わず苦笑してしまう。


「それって、もしかして碧絡みだったりするのかな?」

「あっ!……」


 最近の様子を見ていて、まさかと思いつつも出た言葉だった。

 栞奈が碧と仲が良い事に思い当たったクラスメイトが、気まずそうな顔をして黙った。


(なるほど、当たりって反応だね、これは)


「ごめん、そういう意味じゃ無くって、最近碧と取り巻きの子たちの様子が変だし、そう言う噂もありそうだなって思っただけよ。 気にしないで」

 栞奈の肯定的な反応を知って安堵したクラスメイトは、ホッとしたのか、余計な事まで話し出した。


他人ひとの悪口は言いたくないんだけど、休んでいる男の子は碧の取り巻きしてた子が多い気がするって噂になってるのよ」


 悪口は言いたくない、と前置きをすれば免罪符になる訳では無いが、それを言いやすいのは確かなのだろう。

 クラスメイトは栞奈に顔を近づけて、小声でそう言った。


「なんか、それって彼氏を碧に取られた子が流してそうな噂だよね、でも本当なのかな?」

 栞奈も今の碧はいつもの碧じゃ無いと気付いているけれど、やんわりと否定をしてクラスメイトの反応を伺ってみた。


「それだけじゃなくって、休んでる子にも女子がちらほらいるでしょ、その子達って碧に文句を言いに行くって息巻いてたんだよね」

「そうなんだ…… 」


 それとなく自分の噂話を否定されれば、話の正当性を訴えたくなるのは当然なのだろう。

 それは無責任な噂話をしているという後ろめたさを、自ら打ち消すためでもある。


 決して、それは栞奈が根掘り葉掘り聞き出した訳では無い。

 栞奈に誘導されたと言う事なのかもしれないが、クラスメイトはそれに気付いてはいなかった。


「ねぇ、菜月なつきが夕べ化け物に襲われ掛けたっ、あ…… 」

 栞奈と話しているクラスメイトを見つけて、別のクラスメイトが話しかけてきた。

 しかし、普段あまり話をしない栞奈が居ることに気付いて、途中で話を止めた。


「化け物って?」

 思わず、聞き返す栞奈。


「なんか、通りかかったタクシーのライトに驚いて逃げたって言ってたけど、黒い角が生えてたって…… 」

 ゲームの世界やファンタジーの世界では当たり前の存在だけれど、現実世界リアルでその呼び名を聞くのには違和感がある『化け物』という言葉。

 その言葉に、栞奈は反応したのだった。



「今日は、全てのクラブ活動は中止。 放課後は校内に残らず家に帰る事」

 帰りのホームルームで、眼鏡を掛けて小太りな古文の教師が、全員をゆっくりと見回して言った。

 後ろの席に居る栞奈が周囲を見回すと、一部の真面目な生徒を除いて殆どの生徒が喜んでいるようだった。


「何でですか?」

「クラブ活動してない生徒は、残っていても良いんですか?」

 そう問いかける生徒の声に、教師は暫く考えてから理由を話し始めた。


「実はな… みんなも家に帰ってニュースを見れば判るだろうけど、近所で何人か人が殺されているんだ」

 とたんにザワザワと、ざわめき出す教室の中。

 隣のクラスからも「えー!」と言うような、一斉に生徒が騒ぎ出すようなどよめきが聞こえた。


 中には、校則違反のスマートフォンを取りだしてニュースサイトのチェックを始める者も何人か居た。

「うわぁっ、腹と喉を食い破られた死体だって」

「被害者はタクシーの運転手と、サラリーマンと、小学生だって」

「マジ、全部この町で発見されてるじゃねーか!」

「黒い影を見たという目撃証言だってよ」

「なんだよ、黒い角が生えた影って」

「もう専用スレが100越えてるぞ、祭になってる」


「静かに!」

 教師が手にしたバインダーで教卓を叩いて、教室内に響き渡る大きな音をさせた。

 一斉に教室内が静まる。

「教室内にスマートフォン、携帯電話を持ち込むのは校則違反だぞ」

 教師の注意に気付いて、騒いでいた生徒達は慌てて鞄の中にスマートフォンを隠している。


「ちょっと物騒なことになっているから、町中の学校で同様の措置が執られているはずだ」

 教師は事件が夜起こっていることと、犯人がまだ捕まっていない事を要点として告げる。


「みんなも早く家に帰って、日が暮れてからは出歩かないように」

 そんな注意でホームルームは終わった。


 その日も碧は、取り巻きの男の子たちと先に帰っていた。

 父親が帰国すると言って複雑な笑顔を見せていた日以来、碧は栞奈を避けるように一緒に帰ろうとしない。


 碧の家は少し遠回りすれば栞奈の帰り道にも近いから、時々寄り道をしてお茶やケーキをご馳走になっていた。

 しかし、そんな出来事がずいぶんと前のような気がすると栞奈は感じていた。


「そうだ! ミリアムに連絡しなくちゃ」

 唐突に、栞奈はミリアムとの約束を思い出して立ち止まった。


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