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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第四話 ミッシェルの憂鬱
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ミッシェルの憂鬱: 異変の前兆

「お父さん、ありがとう!」

 サラリーマンの持ち家としては広めのリビングで、あおいが父親から受け取ったエキゾチックな包装の包みを見て喜んでいる。


「ねえ、開けて良い?」

 そう訊ねてから、答えも聞かずに包み紙を取り除いてゆく碧。


 大きさは天地が20cm程、左右と厚みが10cm程の、包みと言うよりも素朴な箱と言うような古びた物が中から現れた。


 それは厳重に、紐で何重にも縛られている。

 まるで何かを慌てて閉じ込めたように、変質的なしつこさが感じられた縛り方であった。


「碧が気に入ると良いけどな」

 赴任先から一時帰国した碧の父親、祐市ゆういちが、外したネクタイを妻の梨菜りなに渡しながら、プレゼントの箱を受け取って喜んでいる碧に言った。


「お母さん、ハサミどこだっけ?」

 碧が、リビングにある大型テレビの横に置いてある書庫を見るが、いつもあるはずのハサミが今日は何故か見当たらなかった。


「学校に持っていっちゃダメだぞ」

「小学生じゃないんだから、それくらい判ってますよーだ」

 父親の注意に、軽く返す碧。

 興味は、もっぱら箱を縛ってある紐を切る物を探す事に向かっているようだ。


「碧ちゃん、返事が軽いわよ」

 母親が窘めるが、碧の耳には入っていないようだ。

 何か切る物は無いかと真剣に周囲を見回して、テーブルの上にある果物ナイフを見つけた。


「もう、面倒だからこれで良いわ! ねぇお母さんこれで切っても良いよね?」

 碧はそう言って、既に果物ナイフを掴んだ状態で母親に尋ねた。


「良いけど、ちゃんと後でナイフを洗うのよ」

「碧、絶対に刃物は自分に向けるなよ」

 母親と父親からの注意が飛ぶが、果たして碧の耳に入っているのか、一心に紐の間にナイフを差し込んで力を入れていた。


 古い紐のようだったが丈夫な紐だったらしく、碧は腕がプルプルと震える程の力を入れて、ノコギリのようにナイフを動かしている。

「なにこれ、超固いんだけど…… 」


「碧、後で父さんが切ってあげるから止めなさい」

 父親が危ないからと注意するが、碧は必死で紐を切ろうとしていて、その言葉を聞こうとはしていない。


「碧ちゃん、お父さんの言う事を聞きなさい! それであなた、今度は何日くらい居られるのかしら?」

 母親が碧を横目で見ながら、父親の為にビールを取り出そうと冷蔵庫の扉に手を掛けた時に、その悲鳴は聞こえた。


「きゃっ!」

「あおいっ!」

 ポトリと、放り出された果物ナイフの柄が厚い絨毯の上に落ちて小さく跳ねる。


 母親が娘の悲鳴と父親の叫び声に驚いて振り向いた時、娘の碧はプレゼントの箱を膝の上に乗せたまま頬に手を当てて俯いていた。

 その右の頬を押さえた手の隙間から流れ落ちる真っ赤な液体が、ポタポタを音を立てるように古びた箱の上に落ちていた。


 碧の頬から滴り落ちる真っ赤な血液は、古びた箱から溢れて床に垂れるのかと思えば、見る見る箱に吸い込まれて行き、小ぎれいな深緑色の絨毯の上には、何故か一滴も溢れる事は無かった。


「母さん、救急車を早く! あおい、傷口を見せなさい!」

「は、はい! あおいしっかりしなさい、すぐ救急車を呼ぶからね!」



 栞奈が自分に与えられている四畳半程の狭い部屋で、内鍵が確実に掛かっている事を確認してパジャマに着替えようとした時に、遠くで救急車のサイレンが聞こえたような気がした。

 耳を澄ませてみるが、何も聞こえてこない。


 聞き間違いだったかと小首を傾げてから、長いストレートロングの黒髪を頭の上でクルリと纏めてピンで留めた。


 下着の室内干しで部屋の中の湿度が若干高い気もするが、エアコンのスイッチを入れてしまえば気になる程では無い。


>>ミリアム・エリストス: ミッシェル姉さん居る?

 ミリアムからゲームの時の癖なのだろうか、栞奈がログオンしているのかどうかを確認するような個人呼出コールが入った。


<<ミッシェル・クロフォード: ゲームじゃ無いんだから24時間オンラインよ、現実世界リアルでは。

 そう、生きている限り、24時間すべて現実世界リアルという名のオンラインゲームにログオンしているような物なのだ。


>>ミリアム・エリストス: あっ、そうかw、てへぺろ!

<<ミッシェル・クロフォード: 草生やすな、「てへぺろ」ってわざわざ口語で言うなw


>>ミリアム・エリストス: 姉さんこそ草生えてますよーだ。

<<ミッシェル・クロフォード: これは、わ・ざ・と・よ


 最近になって、ミリアムからよくコールが飛んでくる。

 中学三年のミリアムは、どうやら栞奈と同じ高校が第一志望らしく、しきりに様子を聞いてくるのだった。


 廃人くんこと、八坂和也メインくんの実家で行われたオフ会で初めて栞奈ミッシェルはエクソーダスのメンバーと会ったのだが、年の近い栞奈ミッシェル杏奈ミリアムは特に慕ってくれているようだった。


 現にもう何度か会って、甘い物を食べたり服の見立てを一緒にしてあげている仲であった。


 たまたまお腹を壊していて家に残った栞奈だけが生き残り、父親の実家の墓参りに行った両親と妹は事故で亡くなっていた。

 その後の事はあまり思い出したくないが、ミリアムは栞奈にとって無くなった妹のようなものだったのだ。


 慕われれば嬉しいし、ついつい面倒も見てあげようとお節介も焼きたくなってしまう。

 ミリアムも栞奈を「ミッシェル姉さん」と呼んでくれているが、まんざら悪い気はしない。


 まあ、現実世界リアルの街角で栞奈の事を、大きな声でミッシェルと呼ぶのだけは勘弁して欲しいのだが……


 栞奈を評して「クールビューティ」と呼ぶのはパーティの仲間だけではない。

 学校でも、美人だが弁が立ち愛想が無く、その上理論派である栞奈を煙たがっている者は、決して少なくない。


 自分が、陰で「冷子様」とかツンデレならぬ「ツンドラ姫」と呼ばれている事は栞奈も知っている。


 しかし、そんな事を一々気にしていたらこの先も独りで生きて行けはしない。


 両親と妹の事故以来、父親の兄である叔父の家に厄介になっているけれど、心が安まった時は無い。


 中学生の貴史の不審な行動を、思いあまって叔父の妻に相談したら「息子を痴漢扱いするのか」と逆に怒られた。

 それ以来、ことあるごとに叔父の妻に嫌みを言われた事は数え切れなかったりもする。


 あの日、生き残った自分を押しつけ合っている親族を見た時以来、栞奈はこの世の中に信じられる者は自分だけだと思って生きてきた。

 唯一、信じても良いかなと思えるのは、死線を一緒に潜り抜けてきたエクソーダスの仲間と、中学校の時からの友人で地味な性格の碧くらいなものだった。


>>ミリアム・エリストス: こんど学校内の見学ってできないかなぁ……

<<ミッシェル・クロフォード: うーん、どうだろうね。 一度先生に聞いてみるよ。


<<ミッシェル・クロフォード: 進学希望者だからね、一応ミリアムも。

>>ミリアム・エリストス: ちょっとー!一応って何よぉ、これでも真面目にミッシェル姉さんと同じ高校に通いたいって真剣に考えてるんだからねー。


<<ミッシェル・クロフォード: はいはい、うれしいなあ

>>ミリアム・エリストス: ちょっとぉ!セリフ棒読みなんだけど。


 他愛の無い会話でミリアムからのコールは終わったけれど、ささくれ立っていた自分の心が、すこしだけ和らいだ気がした。


「さて、じゃあ明日さっそく教務の先生に聞いてみるとしますかね」



 駅前の待ち合わせ場所に、いつものように碧は立っていた。

「おはよう、あおい……って、どうしちゃったの?」


 いつものように、あおいに声を掛けようとして栞奈は絶句した。


 その目の下には黒いクマが目立ち、疲れたように落ちくぼんだ眼に昨日の元気そうな光は無い。

 栞奈は、あまりに彼女の顔色が悪い事に驚いたのだ。


「どうしたの? あおい

「ちょっと、調子悪くて…… 」


 微妙な微笑みを浮かべながら栞奈の問いかけに対する碧の答えは、どこかに他人事のように反応が鈍い。

 その上、傷一つ無い頬の顔色は青白く血の気を感じられない程だった。


 碧の様子を伺おうとして、栞奈があおいの顔を覗き込んだとき、栞奈を見つめるあおいと視線が絡み合う。

 その時、彼女はおかしな事を呟いた。


「栞奈、あなた男を知らないわよね?」

「ちょっ、ど、どういう事?何言っちゃってるの?」

 いつも沈着冷静な仮面を被っている栞奈も、流石に意表を突かれて狼狽えてしまった。


「そんな匂いがするわ」

 碧は栞奈の狼狽を気にする素振りもなく独り言のように言うと、栞奈に向けて手を伸ばしてきた。


 途端に栞奈の見る風景がスローモーションに切り替わる。

(え?、これって『見切り』が発動してるって事?、え、え、なんで何処に危険が迫ってるの?)


 戸惑って栞奈の反応が遅れた分、プリーストのような身体能力増強スキルがある訳では無いだけに、自分に迫る碧の右手を回避する猶予は既に失っていた。


 身に迫る危機が碧の伸ばす手だと気が付いた時には、遅かった。

 碧の右手は、僅かに身を捻った栞奈のブラ越しに彼女の左の乳房をギュッと握るように掴んでいたのだ。


「痛いっ!」

 余りに突然で無茶な行為に、反射的に碧の右手を振り払う。

 そして、思わずその場に左胸を庇ってしゃがみ込む栞奈。


「酷い、なんでこんな事するのよ!」

 しゃがみ込みながら抗議の声を上げつつ、ズレたブラの位置を引っ張って修正する。


「ごめんなさい、合格よあなた」

「合格って、なに言っちゃってるの? 碧あなた正気なの?」


 よく見れば碧の雰囲気も、何かいつもと違っているように感じられた。

 何処が… と上手く指摘は出来ないのだけれど、なんだか潔癖症の碧らしからぬ、どこか着崩したような怠惰な雰囲気がするのだ。


「冗談よ、ゴメンね」

 そう言って、しゃがみ込んでいる栞奈に手を差し伸べてくる碧。

 なんだか妙な違和感が消えない栞奈は、その手を受けずに自ら立ち上がった。


 スカートの後ろに付いている訳でも無い汚れを払う真似をして、パンパンと音がするように布地を払う。

「もう二度とあんな事しないでよ! すごく痛かったんだからね!」

「ふふふ、悪かったって言ってるでしょ。 早く行かないと遅刻するわよ」


 悪びれもせず先に立って歩き出す碧を追って、栞奈も歩き出す。

 いつもなら、大人しい碧が栞奈の後を追いかけてくるパターンなのに……


 この違和感は、何なのだろう。


 学校までの道中は、これと言って何かがあった訳では無い。

 とりとめも無く、単身赴任中だった碧の父親の帰宅の話だとか、栞奈の家の話だとか、従弟いとこの貴史の話だとか、そんな互いの家の話をしているうちに学校に着いてしまっただけだった。


 ただ一つだけ、碧が従弟いとこの貴史の事に興味を持ったのか、今更のようにしつこく聞いてくるのには栞奈も少々参ってしまった。


 まあ、他人の今現在直面している小さな危機ってものに興味があるのは、ある意味では当たり前なんだろう。

 だけど、今までの碧はそんなに不躾ぶしつけな子では無かったはずなのだ……


 栞奈は、さっさと先に立って教室へ向かう碧の後ろ姿を追いながら、そう思った。


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