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page9

 柚穂の先輩という少女に連れられて談話コーナーを去る。

 そして人気の少ない階段前の通路で立ち止まると、少女はすぐに口を開く。

「まあまず最初に、自己紹介がてら弁明させてもらうけど、私のイニシャルは少なくともM.T.じゃないよ」

「え……?」

 早々に自分の抱いていた前提を崩されて、瑞希はきょとんとしてしまう。

 てっきりこの少女があのラブレターの相手なのだと思っていた。では、この少女は……?

「ふっ、改めて自己紹介と行こうか。…私は紅葉雨音あかばあまね。西園柚穂の先輩で、文芸図書部の部員。西園を文芸図書部へスカウトし、その後面倒を見ていたのさ」

「え、え……?」

 次々と暴露される新事実に、瑞希はついていけずに戸惑う。その間も雨音は次々と話し続けていた。

「私は別に口止めなどしていたつもりはないのだが……。まあお姉さんにはしょうがないか。ああ、別に怪しいことはしていないよ? ご両親の承諾も得られたと言っていたしね」

「ち、ちょっと待って! え、文芸図書部? 柚穂、部活に入ったの?」

「……ん」

 柚穂は恥ずかしそうに頬を染めながらこくりと頷く。……まさか、いつか真っ先に否定した可能性が正解だったとは……。

「で、でも、なんでそんなこと隠してたのよ」

「それはまあ、書いてるものがものだしな。なあ、西園?」

「っ…………」

 雨音ににやにやと笑みを浮かべながら問われ、柚穂はみるみるうちに赤くなっていく。まさか、何かいかがわしいものでも書かされているのでは……。

「まあ、ここまで半端に見つかって、残りは完成まで秘密というのも気分が悪いだろう。言ってしまっていいか、西園?」

「で、も、まだ……」

「どうせもうほとんど書けているじゃないか。なんならこの場で見せたらどうだ?」

「だ、だめ……!」

「ふっ。もともとお姉さんに見せるために書いていたのだろう? いい機会じゃないか」

「う、うう……」

 瑞希も見たことがないほどに真っ赤になる柚穂。一体何を書いていたのだろうか……。

「さて、お姉さん」

 瑞希が訝しがっていると、雨音はどこか芝居じみた仕草で瑞希に呼びかけた。

「ここで私の方から、貴女の抱く疑問や疑惑を一通り解かせて頂こう」

「は、はあ……」

「まず最初に、貴女はさっき、ラブレターがどうとか口走っていたね?」

「え? そ、そうね」

「ふっ、面白い偶然もあるものだな。確かにあの一場面を見ればラブレターに見えないこともない。……いや、この小説そのものがラブレターとでも言うべきかな」

「ど、どういうことよ」

「もうお分かりだろうが、貴女が見たのは西園が書いている小説の一部。M.T.というのも登場人物のイニシャルだろう。……未だに未定だったはずだが、まさかこれていって意味じゃなかろうな……。まあ、なにはともあれ、そういうことだ」

「は、はあ……」

「兎にも角にも、これで一つ、貴女が抱いていた『西園が誰かに恋してラブレターを書いていた』だとか、『西園が私とデートしていた』だとか、そういう疑いは晴れたわけだ」

「そ、そうね」

 手品の種を明かすように一つ一つ説明していく雨音に瑞希はただ頷くことしかできない。初対面の年上が相手でも物怖じしないどころか、むしろ堂々としている彼女の様子に、瑞希の方が萎縮するくらいだった。

「西園の帰りが毎日遅かったのも、部室で原稿を書いていたからだ。休日の外出も、今日のように図書館で原稿を進めたりするためだ。ついでにそのうち役に立つかと思って色々な”経験”をして回ったわけだが、まあ、ご心配をお掛けした件については責任者として詫びさせてもらおう。すまなかった」

「べ、別にいい、けど……」

「さてさて、こうして西園がこの二週間ほどかけて書いていた小説はもうじき完成しようとしている。そしてこの小説はある一人の女性のために書かれているものであり、フィクションという体裁をとっているものの、ほとんど実話に基づいて構成されている。ある出来事について、口下手な自分の想いを小説という媒体に投影して伝えるつもりでね」

「そ、その女性って……?」

「ふむ、ここまで言ってまだわからないか? ……じゃあ、後は西園に任せるとしよう」

「へ……?」

「え……」

 雨音は自分の出番は終わったとばかりに背を向ける。そして、

「さ、あとは姉妹水入らずだ。貴女もこっちに」

「へ? え、あ、ちょ、え」

 七実を連れて颯爽と立ち去っていってしまった。

「「…………」」

 二人きりであとに残され、しばらく顔を見合わせてしまう。

 ……しかし、何か意味があってこうされたのだろうと思い、瑞希は思い切って柚穂に問いかけてみる。

「……柚穂?」

「……え、と……あう……その……」

 柚穂はしばらく逡巡していたが、やがて観念したように持っていた鞄から原稿用紙の束を取り出す。

「……瑞希、これ……」

「え?」

「……えと、わたし、こういうの、初めてで……。まだぜんぜん、下書き、で、字、汚いし、えと、えと……」

「……読んでいいの?」

「…………ん」

「じ、じゃあ、失礼して……」

 柚穂から原稿用紙を受け取り、目を落とす。柚穂の小さく薄い字で書かれた、手書きの原稿だ。

「えっと、『あの雨の日の温かな手のひらを、わたしはまだ覚えて』……」

「こ、声に、出さないで……」

「あ、ごめん」

 顔を赤くして耳をふさがれてしまう。ここまではっきりとリアクションするだなんて、よっぽど恥ずかしいのだろう。

 瑞希は改めて、声に出さず目で原稿の文字を追う。

『――雨。

 あの雨の日の温かな手のひらを、わたしはまだ覚えてる。』

 そんな書き出しで始まった物語は、四百字詰めの原稿用紙にして数十枚に及ぶ短編小説。

 ……読みだしてすぐに、それが何を題材とした物語なのかわかった。

「これ、あの時の……」

 それは自分が幾度と無く思い返していた、あの雨の続いた日々の記憶。あの時の柚穂の気持ちが、とても初めて書いたとは思えない、洗練された美しい文章いっぱいに込められている。

 そこに綴られているものは、迷い続けている自分の想いとは全く違う。真っ直ぐで迷いないそれは、そう……。

 ……姉妹愛だ。

「柚穂……」

「…………」

 言葉にして書かれていたわけではない。ただ、伝わってくるのだ。柚穂が自分のことを、真っ直ぐに、姉として慕ってくれていることが。

「……そっか」

 柚穂はこんなにも、自分を姉として愛してくれている。

「……それなら、私が『一番好き』なのもきっと、妹の柚穂なのね」

 七実が言っていた。形がわからずとも、「一番好き」であることは変わらないのだと。

 自分だってそうだ。柚穂への愛なら、誰にも負けない。

「ふふ。私、馬鹿みたい」

 だったら、形は自分で決めてしまえばいい。あるべき形は、柚穂が望んでくれているのだから。

「ありがとう、柚穂。疑ったりしてごめんね」

「……ん。べつに、いい……」

 嘘なんかじゃなかった。

 これは柚穂が何週間もかけて創りあげてくれた、最高のプレゼントだ。

「最高に嬉しいプレゼントよ。完成したら、また読ませてね」

「…………ん」

 よしよしと頭を撫でると、柚穂は嬉しそうに頬を緩ませ、こくりと頷いた。

「ふっ。終わったようだな」

「なんなんだよ、全く……」

 立ち去っていた雨音たちが戻ってくると、瑞希は雨音にも小さく頭を下げる。

「ありがと、雨音さん。柚穂の面倒見ててくれたのね」

「礼には及ばんさ。私とて、最初はただ彼女の書いていた文章に惚れて、是非とも我が部に欲しいと思って声をかけただけだ」

「それでもよ。こんなに素晴らしいプレゼントを一緒に作ってくれたんだから」

「喜んでくれたなら幸いだ。……今後も西園には我が文芸図書部で活動して貰いたいのだが、構わないか?」

「もちろん。柚穂にこんな才能があっただなんて、私でさえ気付けなかったんだもの。どうか生かしてあげて」

「ふっ。心得た」

 嬉しそうに笑う雨音。独特で不思議な雰囲気を持っているが、悪い子では無さそうだ。

「……あ、ただし、一つだけ許せないことがあるわ」

「うん? 何かまだ詫びていないことがあっただろうか?」

「そうよ。ついでだから宣言しておくわ」

 瑞希は不敵に笑いながら、おもむろにぐいっと柚穂を抱き寄せる。

「み、ずき……?」

「これだけは言っておくわよ、しっかり聞いておきなさい」

 左腕で柚穂を胸に抱き寄せ、右手で雨音をビシっと指さした。


「たとえ偽物のデートであっても、私の可愛い妹をたぶらかすような真似は許さないんだから!」



*


 ……あなたがくれたこの胸の温かさを、今度はわたしからあなたに贈りたい。

 言葉よりも強い言の葉で、血よりも深いつながりを。

 そのつながりがなくても、わたしたちには関係ないから。

 冷たい孤独感からわたしを救ってくれたあなたと、本当の家族として、永久に共に。

 ……あなたの妹として、わたしはあなたと、ずっとずっと一緒にいたい。

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