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公園には雨が降っていた。春の少しだけ冷たい、しかし穏やかで優しい雨が。
「――あの時の私は柚穂のこと……新しい家族のこと、受け入れられなかった。でも、今は違う」
優しく頭を撫でる。柚穂がくすぐったそうに片目をつむる。さらさらとした髪は雨に濡れていて、不思議な感触を手のひらに伝える。
「私、柚穂のことをもっと知りたい。柚穂ともっと仲良くなりたい。血が繋がってないことなんて忘れちゃうくらい、柚穂のお姉ちゃんとして……。柚穂は、そんな私を受け入れてくれる?」
「瑞希……」
柚穂は、頭を撫でる瑞希の手をそっと握る。その手は、自分とは四つしか離れていないとは思えないほど小さくて、少し力を込めれば壊れてしまいそうなほどに儚い。
「瑞希の手、温かい……」
柚穂が目を閉じて、その手を自分の頬に触れさせる。雨に濡れた柚穂の肌は少し冷たく……、
「柚穂は……ちょっと冷たいわね」
すこしだけその頬を撫でると、彼女のなめらかな肌の感覚が伝わってくる。手の温度とは対照的にほんのりと温かい肌に彼女の体温を感じた。
「……ね、瑞希」
柚穂が目を開く。そこに自分の顔が映っているのが見えるのではないかと思えるほど、その瞳は近くにあった。長くて綺麗なまつ毛に、吸い込まれそうな澄んだ瞳。
「なあに、柚穂?」
平気な顔で答えながら、自分は確かにその瞳に、表情に、胸を高鳴らせていた。
「……わたしも、がんばる」
「……そうね。今からでも、少しずつ……」
今だから思う。この時の胸の高鳴りは、もしかして七実のそれと同じ――。
*
「…………」
「瑞希?」
「……七実は、どう思う?」
「え?」
「私の"これ"は、七実の"それ"と同じだと思う?」
「……さあ? 瑞希のことは、瑞希にしかわからないって」
「……そう、よね……」
さっきまで騒いでいたのが嘘であるかのように、気持ちが沈んでしまう。柚穂は妹で、けれどその前に大切な一人の女の子で、だけどそれは妹であることを前提としているようで、しかしその一方で……。
「……まあ、なんだ」
七実が言いづらそうに口を開き、瑞希は顔を上げた。
「結局、あたしも何が違うのかなんてわかんない。夕菜はわかってくれなかったし、もしかしたら違いなんて曖昧なものなのかもしれない。あたし自身も、実はそういうんじゃないのかもしれないし……。ただ、さ」
そっぽを向いてとりとめなくポツポツと呟いていた七実は、不意に瑞希へ目を向ける。その目は迷いなくまっすぐで。
「あたしは夕菜を誰より大切に思ってる。どこの馬の骨ともしれない音楽事務所のやつなんかには渡したくないし、外国にも行かせない。それだけは、自分でもはっきりわかってる」
「七実……」
「……ま、まあ、そういう意味じゃとにかく何が何でも夕菜が好きだーってことはあいつもわかってくれてたのかもっていうか、あたしのほうがわかってなかったのかもとか、とにかく夕菜のことは大好きで、あいつも大好きって言ってくれて、……へへ……」
「はいはい、お熱いことね」
「な、なんだよ! お前が暗いから、あたしはあたしなりにだな……」
「わかってるわよ。……ありがと、七実」
「……ふん」
七実は今度こそ完全に、体ごとそっぽを向いてしまう。瑞希はふっと笑った。
「……なんか、吹っ切れたわ」
「んー?」
「M.T.の奴がどんなつもりだろうと、私のこれがどういう意味だろうと、とにかくあの子がどこの馬の骨ともしれないやつに連れ回されるなんて許せない。あの子だって、私に全部黙ってるなんておかしいのよ。せめて、ここで直接話を聞いてやるわ」
「そうかいそうかい」
拗ねているのか、七実はひらひらと手を振るだけだった。瑞希はそんな七実にまた小さく笑いながら、ぐっと拳を握った。
「……うん、それが私の今すぐにやるべきことよね。考えたら単純なことだったわ。隠し事、いくない。大切な柚穂を守るために、あの子が何か悪いことに巻き込まれてないか見てあげないと」
「じゃ、行くか?」
「そうね。あとちょっとだけ付き合ってくれる?」
「はいはい、わかったよ」
まだふてくされ気味な七実と共に表の通りへ出る。そして、柚穂たちが向かっていった方へと後を追っていく。
「……ところで七実」
「なんだよ?」
「『伝わってない』って、本気で思ってる?」
「へ?」
「……ガサツで乙女で、その上鈍感なのねー、七実って」
「え? え?」