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 数日後、日曜日。

 柚穂はこのところ休みの日もしょっちゅう出かけている。あの日までも出かけていることが多かったものの、それ以来はいくらか家で一緒に過ごすことも多くなっていたのだ。それがまた元の頻度に戻ったという具合である。

 柚穂は一人で町中を歩いていた。……瑞希はそれを数メートル後ろからじっと見守っていた。

「どこに行く気かしら、柚穂……」

「……おい」

「ここ通って行けるところなんて色々あるし、まだわからないわね。しばらくこのまま……」

「おいってば」

「……何よ、うるさいわね」

 後ろからかけられる声に、瑞希は顔をしかめて振り向いた。

「何よ、じゃない。なんであたしまで付き合わされてるんだよ」

「複数人で行動したほうがいざって時動きやすいでしょ?」

「色々ぶっ飛んでるんだよ! 大体あたしはなんでわざわざ休みの日に柚穂ちゃんをストーキングしてるんだ!?」

「大声でストーカー呼ばわりしないでよ。変態だと思われるでしょ?」

「十分に変態さんだよお前は!」

「どうでもいいけど、すごく見られてるわよ」

「お前のせいだ!」

 建物の影に隠れつつ大声で「ストーカー」だの「変態」だの叫んでいれば目立つのも必然である。七実は最後に大声でツッコミを入れてから、顔を赤くしてコホンと咳払いをし、声をひそめた。

「まあいいけどさ。で、どういうわけなんだよ、こっそり後つけるなんて」

「そんなの、あの子がどこに行くのか探るためよ」

「聞けばいいだろ」

「だってあの子が内緒って……ないしょ……」

 「ないしょ」というワードに例の画像を脳内再生してほわぁっと幸せな表情を浮かべる瑞希。

「姉のお前に隠し事か?」

「……え? あ、そ、そう。そうなのよ」

 七実の声に我に返る。全く、我が妹のことながら可愛すぎるのも困りものだ。

「そういえば、榎本さんは来ないの? 一緒に呼んだはずだけど」

「あいつは演劇部の手伝いだって。なんか、よく音楽部と協力してるとかで、今日は演劇部の友達のとこに行ってる」

「ふぅん。……いいの、ほっといて?」

「い、いいもなにも、べ、別に平気だってのそのくらい!」

「あらそう。くすくす……」

「……なんだよその嫌な笑い。ほら、柚穂ちゃん見失っちゃうぞ」

「あ」

 七実と話している間に随分と距離が開いてしまっていた。見失わないように後を追いかける。そしてまた手頃な建物の陰に隠れた。

「なあ、わざわざ隠れる必要なくないか? そこそこ人いるし、ちょっと距離開けてれば……」

「だって尾行といえばこうじゃない?」

「逆に目立ってる気が……」

「なんだっていいのよ、柚穂にさえ見つからなければ」

「なんか、気が重い……。あとで柚穂ちゃんに謝らないと……」

 気乗りしないらしい七実と共に柚穂の様子をうかがう。彼女はまっすぐ歩き続けていた。

「こっちに来る用事って言うと……図書館とかか?」

「でもそのさらに先に行くと駅前よね。だけど、図書館にしても駅前にしても、私に隠すこと無いじゃない」

「そうか? お前に黙ってしたい買い物の一つや二つあるだろ」

「だってお母さんたちには話してるのよ?」

「まあそういうこともあるだろ。例えば……」

 七実は頭を掻きながらしばらく考え……。

「……プレゼントとか?」

「私、誕生日もまだ先なんだけど」

「まあ柚穂ちゃんなりの考えがあるんじゃないのか? 瑞希みたいに少しでも仲良くなれるようにとかさ」

「それで、私に隠して……?」

 想像してみる。自分にだけは必死に隠して、何日もかけて一生懸命選んでくれたプレゼントを、普段無表情な顔をほんの少しだけ赤くしてほんの少しだけ照れながら手渡してくれるかわいいかわいいゆず

「ぶはっ」

「瑞希!?」

 耐え切れなかった。

「な、なんてもの想像させるのよ。私を殺す気?」

「いやいやいや、どんな想像したんだよ。ていうか鼻血拭け鼻血」

「柚穂……うふふ、柚穂かわいいわ柚穂……」

「不気味に笑ってないで、ほらティッシュ」

 七実に受け取ったティッシュを鼻に詰つつ、瑞希は考える。

「……いや、でももう何週間もよ? そろそろ半月以上になろうかってくらいだし、ちょっと現実味がないっていうか……そこまで一生懸命プレゼント選んでくれてたら私本当にもう思い残すことなく死ねるわ」

「いやいや死んでやるなよ。……しかしそうか、なんでもない日のプレゼントをそんなにかけて考えるとは思えないよな」

「事実だったら嬉しいことこの上ないけど……。…………」

 だが、もしもそこまでしてプレゼントを選ぶ相手がいたとして、それは本当に自分なのだろうか。他人だという可能性はないか?

 例えば、件のM.T.さんは

「いやああああああああ!!」

「うおあ!? 今度はなんだよ!?」

「やだやだやだぁ! 私以外の前でそんな顔しちゃやだぁあ!!」

「駄々っ子か! 何が何だかわかんないけど!」

「殺す! 誰だか知らないけどもう殺してやるわM.T.!」

「物騒だなおい! ていうか落ち着け、見られてる! めっちゃ見られてるから!」

 七実に背中を叩かれて、瑞希はようやく落ち着きを取り戻す。

「はぁ……はぁ……。……おぞましい想像をしてしまったわ」

「鼻血吹いたり悲鳴あげたり忙しいやつだなお前は。どうしたんだよ。なんだよえむてぃーって」

「っ!」

 七実の口から発せられたその単語に思わずなんの罪もない七実の首を絞め上げたい衝動に駆られたが、ぐっと押さえつけ、瑞希は先日のことを話す。

「……ラブレター」

「はあ?」

「ラブレターの宛名にあったのよ。イニシャルで」

「ラブレター? 柚穂ちゃんがか?」

「ええ、そうよ。多分……」

「なんだ」

 瑞希の話に合点がいったとばかりに、七実はぽんと手を叩いた。

「じゃあ決まりだろ」

「決まりって、何が?」

「何がってそんなの、デートだろ?」

「……は?」

「いや、だからデート。デ・エ・ト。瑞希に黙って出かけてるのも、そのM.T.とデートするためじゃないかって話」

 七実は「それがどうした?」と首を傾げつつ淡々と答える。

 瑞希には、七実が放ったその三文字が一体何を意味する記号なのか理解できず、数秒ほど頭の中で数列やアルファベットを並べ、それからこれがただの外来語であることに気づき、なんだそんなことかとその意味を咀嚼して飲み込む。

「そっか、デートね。うんうん」

「ああ、デート」

「デート」

「うん」

「なんですってええええええええ!?」

「ぎゃああああ!? だから唐突に大声出すなよ!」

 デート? デートだと? 柚穂が?

「いやいやいや待ちなさいよ! 柚穂が私以外の女とデートだなんてそんなことあるわけないでしょ!?」

「色々突っ込みたいところはあるがまずは落ち着けって!」

「こうしちゃいられないわ! 早くあの子の後を追わないと……ていない!?」

「そりゃこんだけバカやってたらさっさとどっか行くわ!」

「探すわよ!」

「お、おう!」

「私の柚穂に手を出したのはどこのどいつだ! 出てこいこらああああああ!」

「だからやめろって見られてるから!」

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