-雨と晴れ-
隣国へ向かうには、城下町から隣国との境目にある関所まで真っ直ぐに通る央道を、ずうっと下っていく必要がある。
城下町から関所まで、央道は徒歩一月程の行程となっている。
馬車を使えばまだ早く、5日から8日では着くらしいけれど、アレスもスタンも、それから魔術師の彼女、エマも徒歩で向かう事を選んだ。
早い討伐を望んでいるわけじゃないのだ。
勿論、被害が大きくなることを望んでいるわけでもない。
「…雨、降ってきたね」
アレスが手を広げて、曇りきった空を見上げる。
柄に冷たい雫が当たるのを感じて、私は思わず少しだけ鳴った。
徐々に雨脚は強くなる。
城下町を出て5日目、私達は一つ街を越え、それから次の町へと向かう途中。
幅広に整備されている道は、けれど両脇に荒野を持ち、雨から体を隠す術は無かった。
黙々と3人は歩き続け、やがて雨は視界を白く染める程になった。
広がる荒野に、雨が叩きつけられる。
地面に勢いよく突き刺さる矢の様な雨は、跳ね返っては幻想的にも見える揺らめきで荒野を飾っていた。
歩き、歩き。
私は、冷たい雨が鞘に流れ込んでくるのを感じた。
酷い雨は空を覆い、地に強く打ち付ける。
「ほんと、酷い天気ね」
アレスの直ぐ後ろで、うんざりした様な声が上がった。
「雨季に入ったのかもな」
しんがりを務めるスタンが小さく呟くけれど、叩きつけられる雨でその言葉も直ぐに掻き消えた。
雨季。
雨の季節であり、花の季節の後にくる。
私は、この時期はあまり好きではなかった。
長く続く雨のせいで、森の箱庭へ訪れる小さな訪問者たちの足が途絶えるからだ。
けれど、私の柄に少しだけ手を掛けて、アレスは空を見る。
「じゃあ、雨が止めばもう暖かい時期だね」
しっかりと聞こえていた様で、彼は明るく言った。
そうだ。
今は、訪問者も何も関係無い。
私は、ただ一つきりの剣ではない。
彼の傍にいる、伝説の剣なのだから。
歩き、歩き。
雨は降り、視界を煙らせる。
白く染まった荒野のカーテンに、私は少しだけ暖かい光を見た気がした。
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雨は振り続けた。
2日目の夕方に次の町に辿り着いたので、ずぶ濡れのまま宿に転がり込んだ3人は、そのまま揃って風邪を引いていた。
翌朝には、宿の主人が出してくれた薬草が効いたのか、皆元気になっていたけれど。
しかし病み上がりだからかそのまま宿を出る事も無く、降りしきる雨を見ながら宿の部屋でそれぞれ物思いに耽っていた。
ぽつりぽつりと交わされる会話は、どれも上の空での受け答えでしか無くて、静かな雨の日が流れていた。
その日の夜、既に3人共布団に潜り込んでいる中、アレスがぽつりと言った。
「―――魔王は、斬らなくちゃいけない存在かもしれない。 でも全部は、誤解かもしれない」
私は初め、寝言かと思ったけれど、真夜中のその声は確かに、誰の受け答えを待つわけでも無く、アレスの口から発せられていた。
「魔王に苦しめられているって人がいる。 魔王は存在すら許されないって人もいる」
壁に立て掛けられた私は、静かにアレスの言葉を聞いていた。
雨脚は弱くなっていて、小さくさああ、と雨の声が聞こえる。
「魔王を斬る為に勇者がいる。 魔王を斬る為に伝説の剣がある」
アレスはゆっくりと身を起こした。
窓から差し込む月明かりが彼の顔を照らすけど、小さく俯いたその瞳は見る事が出来ない。
「僕は………」
そこで、一度アレスは言葉を止める。
静かな雨音が聞こえるだけの数分が過ぎたけれど、やがて彼は、ゆっくりと立ち上がった。
壁の私の元へ歩み寄り、私の前に立つ。
「僕は、勇者だ。 君は、伝説の剣」
私は、小さく月光を煌めき返す。
「何れ魔王と会って、君を振るわなくちゃいけない」
そっと伸ばされた彼の手は、ひんやりとした私の柄を、包み込む。
「君と、魔王を斬るか。 君と、運命を斬るか」
魔王を斬る。
それはとても嫌だ。
運命を斬る。
勇者としての、魔王を斬らなくてはいけない運命。
魔王の、悪しき者として斬られる運命。
それは。
「考え込むな」
小さな声で、アレスの足元から声がする。
腕を頭の後ろに回し、目を瞑っているスタン。
「難しく考えるな。 何かを斬る為の剣じゃなくて、お前を信じるために剣を振れよ」
そう言うと、それきりスタンは黙り込む。
「……僕を、信じるために」
スタンの言葉を繰り返し、アレスはゆっくりと私を見つめる。
「君には」
まるで、私に意識が有るのを知っているかの様に、アレスは“私”へ向けて言う。
「君には、少しだけ嫌な思いをさせるかもしれない。 でも僕は、勇者じゃなくて、アレスだから」
握り込んで人肌の温かさになった私の柄を、そっと、けれど確かに少しだけ強く握り込んで、アレスは続ける。
「僕に、力を貸して欲しい」
私は、小さく小さく、りぃんと鳴った。
翌日、天気は快晴になった。
3日間降り続いたせいか、雨季の貴重な晴れ間が覗いている。
「じゃ、行こうか」
午前中の柔らかい陽光に照らされながら、私は彼の傍にいて。
微かに雨の匂いの混じる風が吹き、地面の真っ青な水溜りをそっと揺らした。
更新です。
段々と裏の設定が芽を出し始めてます。
摘んでしまうか育てるか、随分悩みどころですが、今回はここまで。
文章少な目ですみません。